最近執筆する時間が中々取れず、投稿が遅れてしまいました。
投稿ペースは以前のようにはいかないかもしれませんが、頑張って書いていきます。
お茶に手をつけ、少し口をつける。
人肌ほどに暖められた温度はちょうどよい。
ほどよい熱が体を温めていく。
ふと煎餅の袋を開け、かじるとぱり、と音がした。
普段自分から買おうとは思わないが、こういう時に食べると美味いと感じる。
「どうだい、口にあったかな」
入夏の正面には
「はい、美味しいです。ありがとうございます」
今日は休日。
次の試合がホーム球場なので、移動日もない完全なオフだ。
いつもはこういった日も練習に勤しんでいたが、色々と考えた結果今日は羽を伸ばす事にした。
ちらりと庭に視線をやる。
以前は整えられていた花壇はほとんど片付けられているようであった。
庭の手入れも怠っているのか、雑草が伸びているのをそのまま放置している。
正直なところ、今日をオフにしようと思った理由の一つが角田の存在だった。
というのも最近の角田は体調を崩しており、その上呆けつつあると
そう言われてみれば、角田のしぐさや行動は確かに年齢的な衰えを感じさせるものばかりだった。
『もしよろしければ、時間が空いた時に角田さんとお話をしてあげてくれませんか? やっぱり私よりもプロ野球選手の方が話も盛り上がりますし、角田さんの刺激にもなるかもと思いまして』
京華の言葉に、入夏はすぐに了承の返事を返した。
プロ野球選手としてのふるまいを学べたのは角田がいてくれたからだ。
そんな彼に自分が何か返せるのであれば、と思い今日に至る。
「それで、最近はポンズさんから
「はは、それは良かった」
角田は少し笑ったのち、弱弱しく咳き込む。
恩師が衰え弱っていく様を見るのは少し心が痛んだ。
「……体調、良くないんですか?」
「年をとれば体調不良なんていつもの事だよ。それより、
「元気でしたよ。本当にあんなことが自分の身に起きたとは思えないほど」
信じられないことに、佐藤は襲われたとは思えないほど明るかった。
現在リハビリ中という情報がなければ、あの日に何も起こっていないのではないかと錯覚してしまうほどだ。
普段から快活な性格とはいえ、一度命を狙われたのだからもっと怯えているものかとばかり思っていた。
この前電話した時も「交際中の彼氏から実質プロポーズみたいなものを貰っちゃったんですよ~」とこちらの心配など瞬時に吹き飛ばすかのような惚気話をされた。
彼女の事だ、本人が元気なのだからそれ以上心配するのも違う気がする。
危なっかしいことに変わりはないけど。
「……強い子だなぁ、本当に。それで、犯人は見つかったんだっけ?」
「いえ、まだ見つかっていないそうです」
角田は湯のみを口につける。
少しお茶を飲んだのちにはぁ、という吐息が漏れた。
「そうか。僕としては早いところ捕まえてほしいけどね。で、どう?」
「仰っている意味がよくわかりません。どう、と言われましても」
「君が犯人を捕まえるつもりはない?」
一瞬、言った意味が分からなかった。
落ち着くために入夏もお茶を飲んで、そしてまた頭の中に大きな?マークが浮かんだ。
「いや、そういうのは警察に任せておいた方が良いと思います。それに自分は本業で忙しいですし」
「でも、勇名さんが亡くなった原因を知りたくない?」
「気には、なりますけど。それとこれと、何の原因が?」
誘われるような角田の言い方はどこかねちっこくて嫌な感じだ。
こういう時のこの人の押しの強さは以前にも経験してきた。
バットを押し付けられた時もそうだった。
でも、自分はただの野球選手だ。
賢くもない自分に探偵の真似事なんてできるはずもないし、そういう事をしたいわけでもない。
「以前話したと思うけど、今回の話と勇名さんの亡くなった原因と繋がっているかもしれないんだよね。同じ人物や組織が関わっていて、それで今回佐藤さんが狙われた。今度は誰が狙われるかわからない。もしも犯人が同じなら、きっと彼は焦っているはずだ」
角田の口調が徐々に熱くなっていく。
確かに犯人が見つかっていない今、真相をつきとめるのは警察でも難しいかもしれない。
けれど、腑に落ちない。
「どうして、俺にその話をするんですか」
「疑われたんだろう? 親しい人を殺されかけて、君が憧れている選手の過去の事件にも繋がっている可能性がある。ならばこの事件を解決させる権利を一番に持つのは君を除いていないと思うけどね」
ドラマでもないのに、少し因縁があるだけで探偵になるというのは無理があるだろう。
と言いたいところだったが、完全に熱を持った角田の前でそんなことを口にするわけにもいかず。
「あくまでも俺は警察の捜査に委ねます。……事件を解決させるために必要な情報を持っているのであれば、協力はしますけど。期待はしないでください」
立ち上がって、よく分からない妥協のようなことしか言えなかった。
◇
曇り始めている空は、入夏の心情の移り変わりをそのまま表しているように見えた。
正直、角田に会ったことをやや後悔している。
もちろん、勇名の事は大事だ。
角田が心配だったという事にも嘘はない。
けれど野球は自分が食っていくのに必要なもので、今は今後の自分にとっても大事な時期なのだ。
集中させてくれと言いたくなるのも仕方がないだろう。
自分は警察でも探偵でもない。
ただ少し幽霊の声が聞こえるだけの一般人だ。
当の本人も事件の事についてはよく覚えていないようだし、やはり自分にできることはなさそうだ。
……角田さんも、一体何を考えているんだろうか。
「すみません。協力できるような事もなくて」
『いや、いいんだよ。ぶっちゃけ、俺を殺した犯人なんていたとしてもどうでもいいしね』
「それはいくらなんでも言い過ぎじゃありませんか?」
『だって、時効だよ。時効。そりゃあ当時は「うらめしや~」なんて思ってたかもしれないけどさ。40年以上たつと怒りも恨みもなくなるっていうか……、ニュースの中の出来事のようにしか思えないんだよね。というか結局、どうなっても同じ結末になっていたような気がする』
同じ結末?
それは、つまり……自分が死ぬのをなんとなく悟っていたという事だろうか。
「そんなに色んな人に恨まれてたんですか? そこまで嫌われるようなことは……、いや……でも……」
今までの経験を考えればちょっとわかる気がするというか。
この人と関わりのある人で、敵意を持っていない人の方が見たことがない。
角田さんかフィッシャーズOBのサーモンくらいだろう。
『そういうところで口ごもるの勘弁してくれないかなぁ。そういうもんだよ、当時はバチバチだったし方向性が違ったの! まぁ恨まれてることはしてきたような気もするし、否定しないけどさ、何も殺したいと思うほど恨むなんてそんな……あぁ、でも思い当たりあるな。俺の事を確実に恨んでるだろう人が』
勇名は寂しそうにつぶやく。
「……誰なんですか」
『やらないだろうけどね。彼女なら、
入夏の脳裏に、優し気な顔をした老婆の顔が浮かぶ。
彼女に会ったことは一度しかない。
けれど、彼女が人を殺すようなことをするとは到底思えなかった。
そしてなによりも。
「つい数か月前に入院していた人ですよ。そんな人がが誰かに危害を加えられると思いますか?」
『う。まぁ、状況を考えればそうなんだけどさ。彼女なら俺の事を一番恨んでるかなって。勝手な理由でいなくなって、その上彼女を身籠らせたときた。もう最悪だよね』
自虐するように勇名はけらけらと笑う。
なんだかそれは、ごまかすようで。そうでもしないと自分を許せないような声色だった。
「お子さんの事、知らなかったんですか」
『まぁね。そうだと言われたら心当たりはあるけど、この前までは本当に知らなかった。……大変だったろうに。俺の事なんて忘れたかっただろうにな』
「…………」
何か、気の利いた一言を言おうとしたが、何も声をかけられない。
だって俺は知らない。
大切な人の温もりも、焦がれるほどの恋も。
だからこうして口をつぐむ事しかできない。
ふと、着信音がなった。
『出なよ』と促されるままスマートフォンを開くと、逆又京華からだった。
『もしもし、入夏さん?』
「はい、そうです」
『角田さんには会っていただいて、ありがとうございます。やっぱりプロの方とお話しできて角田さんもうれしかったと思います。もしかしたら、あの……角田さんが変な事を話していたらと、心配になってしまって』
――—当たってる。
付き合いが長いだけ、京華も角田の事をよく分かっているのかもしれない。
「なんだか、祖父と孫みたいな関係ですね」
『そうですね。私の祖父はもう亡くなっていましたから、角田さんには特別懐いていたかもしれません。私が幼いころからずっと祖父の話をしてくれて―――、父からはあまりよく思われていませんでしたけど。私にとっては大切な家族だと思っています』
「角田さんの体調、よくなるといいですね」
『……はい。あの、入夏さん。たかが一ファンの私が言うのも恐れ多いんですけど、絶対優勝してくださいね。応援してます』
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