きっかけとは、空に浮かぶ風船の紐のようだと思う。
手を伸ばしても離れていく。それでも手を伸ばし続けなければ望んでいるものを掴めない。
ほんの少しの些細で、それでもあまりに遠く、あまりに大きな違い。
成長とは、
掴み損ねて飛んでいった感触を求め、何度も何度も手を伸ばし、必死になって追いかける。
跳べる距離が大きくなるほど、チャンスは多い。
風船の中身は、手に取らないと分からない。
そんな苦々しくも充実感のある日々を送れていると、入夏水帆はそう思っている。
何かを掴みかけている―――。
ジョーンズからホームランを放ち、そう感じた打席から既に50もの打席を重ねていた。
何度かの打席で取りこぼしながらも、入夏の打撃は打席を重ねるごとに冴えていった。
この日の対戦相手は福岡マッハトレインズ。
先発投手はかつて『高校No.1投手』と同世代で謳われた
最速160km/hに迫るスピードボールで三振を量産し、今年もマッハトレインズのローテーションの一角を守り続けている。
試合は初回に2点を先制したマッハトレインズが中盤まで試合を有利に進める。
ドルフィンズも
今日の西園寺と入夏の対戦では西園寺が優勢だ。
第一打席はインコースに入ってくるスライダーを打ち返して一二塁間へ強烈なゴロを飛ばしたものの、マッハトレインズが得意とする守備シフトであらかじめ一塁方向へ寄っていたセカンドのグラブに阻まれアウト。
第二打席は角度こそ上がったものの球威に押し負け、ライトフライ。
ここまで結果としては良いところがなかった入夏だが、3度目の打席にチャンスが回ってくる。
6回の裏、ノーアウトからヒットで出塁した8番・
バッターボックスに向かいながら入夏は思考を巡らせる。
ランナーをどう帰すか。
それも、もちろん重要だ。
けれど入夏の頭が、体が叫んでいる。
あともう少しで打撃の神髄を掴める、と。
西園寺がセットポジションに入って投じた初球、速球がバットを掠めてバックネットに直撃する。
……違う、こうじゃない!
もっと自然なスイングができるはずだ。
2球目のボールゾーンに沈むチェンジアップを見送り、3球目はストレートを捉えきれずファール。
追い込まれたところで、堪らず一度間を取った。
『考えすぎ。もっとシンプルに』
ちくり、と背中を刺されるように勇名の声がする。
「はい」
『でもスイングは出来てる。あとは自分に自信を持つだけだよ。……君になら、
「見える?」
『まぁそこは体験してからのお楽しみだよ。じゃ、楽しんでおいで』
「…………?」
わけも分からないまま、再び打席に立つ。
そして、体の動きを確かめるように一つ一つゆっくりと丁寧にバットを3度、くるりと回した。
バットを強く握ると、右手にできたマメが痛む。
観客の鳴らすチャンステーマがバックグラウンドで流れる音楽のようだった。
自分の吐息が、ずっと近くに聞こえる。
西園寺が投球動作に入る。
すぅ、と息を吸い込みバットに意識を届ける。
全身から両手へ。両手からバットへ。
右手のマメが繋いでくれた血流が、構えたバットへと流れていく感触を帯びる。
静かになった世界で、誰かがバットを振る姿が見えた。
力感がなく、それでいて鋭い。
透明な鏡合わせのような錯覚。
まるで、それは入夏が理想とした―――。
陰に隠れた打者の顔の一部がこちらを見る。
一部だけだったが、それが誰だったのかは何となくわかった気がした。
乾いた打球音で、入夏は急速に現実へと引き戻される。
打球は気づかぬ間に外野へと落ち、勢いそのままフェンスへと転がっているようだった。
ライトとセンターが慌ててボールを取りに行く様子を一瞥し、入夏は2塁まで走り切る。
タイムリーツーベース。
歓喜に沸くベンチが、入夏へと声を上げる。
荒くなった息を抑えながら、控えめに入夏は右手でガッツポーズを作って見せた。
◇
追いついてからのドルフィンズの流れを、マッハトレインズは止める術がなかった。
2番の槍塚に四球を与え、西園寺は降板。
継投策に入るも3番の
さらに8回。入夏の4度目の打席。
投手のインコースを突くストレートをいとも簡単に捉えて見せた。
先ほどの打席を丸々コピーしたかのようなスイングに、観客の声が上がる。
打球は速度をほとんど落とさず、あっという間にライトスタンドへ一直線に突き刺さった。
歓喜に沸くドルフィンズベンチを横目に、マッハトレインズの正捕手・
投手のピッチングは悪くなかった。コース通り、良いところにボールを投じてくれていた。
配球もセオリー通り、面白みはないが、狂いがあったわけでもない。
が、それを全てぶち壊す入夏のバッティング技術に圧倒された。
強打者には慣れている。
3球団を渡り歩いた越智には日本の2つのリーグを経験し、多くの強打者と対戦した自負がある。
そういう相手に対しては繰り返し映像を見て、対策を重ねる。
だが、今までの打者とはレベルが違う。
息を呑むほどの綺麗なスイングを、これまで越智は見たことがなかった。
『……戻ってきたな』
「爺さん、久々に喋ったかと思えばそれかよ……」
懐かしむような
さて……残りシーズンでどう対策を重ねていくべきか。
走る頭痛に、越智はもう一度表情を歪ませた。
文字数が少ないので、こちらに普段書けない投手事情を。
ローテーション
・制球力に長けた現エース。例年なら捕手は
・アンダースローのベテラン右腕。テンポよく淡々と投げ、6回から7回くらいを2~4失点でまとめてマウンドを降りていく。多彩な球種でゴロを量産するタイプの投手で、二遊間の守備が固いドルフィンズで好調を維持している。
・去年トレードから獲得した剛速球左腕。志々海とは大学時代の先輩後輩関係。制球難(四球もそこそこ多いが時折とんでもないところにすっぽ抜けるボールがある)の投手だったが、志々海とのバッテリーで大学時代の輝きを取り戻す。ヘッドコーチは「やっぱあいつ献身的にリードさせた方が光るよな」とぼやいたとか。
・腰を大きくねじる「たつまき投法」から魔球カットボールを操る裏ローテのエース。入夏の同期でドラフト1位、ローテーションでは一番交友関係の深い存在。少ない球種ながらも高いスタミナで完投能力が高い。それでも昨年は怪我で出遅れていたので、ファンからは心配されている。表ローテが球団のエース格と対決することが多いため、現在の所チームの勝ち頭。
・縦に落ちるチェンジアップで三振を積み重ねる左のエース候補。制球力も高くスタミナもあり、能力は高いのだが……。重くない球質と肝心なところで甘く入る悪癖のせいでホームランを浴びがちなので、首脳陣からの評価はなかなか上がらない。これでも鳥居の同期で、指名は1位と鳥居よりも上。
・作者から存在ごと忘れ去られかけていた幻の6人目先発。大卒3年目と若い期待のホープ。年齢は多分入夏とタメだけどあまり面識がない。2種類のシンカーで打者を手玉に取る技巧派。でもたまに炎上する。
ローテーションは大体この6人+若手先発などをスポット登板に置く体制で回しています。今のところ大崩れはしていないです。去年活躍していた
ブルペン
・サイドスローからコントロールされた直球とスローカーブのコンビネーションで打者を打ち取る右のベテラン。高卒でプロ入りし、4年目に定着して以降は安定して40登板以上している。現在34歳だが、まだまだ元気。関西弁の気のいい兄貴肌で、ブルペンの実質的リーダー。僅差のビハインドやリード時に登板する。
アレハンドロ・ナイル
・初登場で負傷降板したけど、実は今シーズンも残っている助っ人外国人。150km/h中盤のストレートとキレのあるスライダーが武器。昨シーズンは打球が直撃し戦線を離脱していた時期もあったが、復帰してからは場面を問わず登板してくれるので重宝されている。ただ、リリーフの入れ替わりにより序列は低め。
・投球フォームが美しいとSNSでバズッた経験のある若手右腕。体が細く、スピードこそないが、質の良い真っすぐで打者から三振を取る姿は圧巻。昨シーズンは中々結果を残せず悔しいシーズンを送ったが、今年は見事に復活。僅差のリード時や火消し役として躍動している。
・目が怖い。独特の眼力で相手を圧倒する右腕。昨シーズンは一時セットアッパーを任されるまで信頼を置かれたが、今年は序盤に崩れ微妙な立ち位置に。それでも一軍にはビハインドの場面などで登板している。
・サイドスローから繰り出される変化球でゴロを量産する次期リリーフの柱候補。ビハインドの場面を任されることが多いが、登板すると援護点が入ってくることが多く不思議にも勝ち星が多い。一軍や二軍を行ったり来たりしている立場だが、期待度が高いのは間違いない。
・去年にリリーフ転向してから飛躍を遂げた若手右腕。手元で絶妙に変化する直球とスライダー、フォークのキレは一級品。真面目でペース配分を考えるあまり先発ではボコボコだったが、リリーフとして1イニングを全力で投げ切る事で振っ切れた。主に7回を任され、セットアッパーとして結果を残しつつある。
・去年のドラフト1位。左のサイド気味のフォームから剛速球と打者の内を突くスライダー、シュートでアウトを築くゴールデンルーキー。普段はニコニコで、返事も元気が良い好青年。このギャップにやられるファンがいるとかいないとか。今年はいきなり結果を掴み、8回を任される。
・一昨年のドラフト1位サウスポー。人呼んで、『投げるホラー映画』。ロングの黒髪をなびかせながら長い腕を振り下ろすさまは相手に恐怖を与える。フォーク、スライダーで奪三振も多いが、コントロールに難がありランナーをためやすい所謂劇場型。いつもピンチを作りギリギリで打たれないので、ドルフィンズのファンも相手のファンも満身創痍ジェノサイド状態にする稀有な投手。
以上、濃いけど中々書けないピッチャー事情でした