天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

11 / 105
宿題

「僕は今年こそ無冠の帝王から脱却する。君を追い越して最も強い打者になってみせる」

 

―――へー、そうなんですね。

 

「なんだその顔は。僕が鈍足の右打者だから無理だと思うか。大体な、足の速さは君とさほど変わらないだろう」

 

―――前から思っていたんですけど、どうしてそこまでタイトルにこだわるんですか。

 

「味わってみたいからだよ。トップしか持つことを許されない、トロフィーの重みというものを」

 

―――そんなに大事なものなんですか、それは。

 

「あぁ、僕の夢だ」

 

 目の前で男がはにかみ、夢はそこで途切れた。

入夏が上半身を起こして目を開くと、そこにはいつも通りの光景が映っている。

棚からは本が散乱し、無事なのは上にあるイルカを模したぬいぐるみと新聞記事のスクラップだけだ。

 

「……なんだ、今の」

 

 前髪をかき上げながら入夏は呟く。

夢と呼ぶにはリアルすぎる。

容姿はともかくあの喋り方と声は樫村のものだ。

これはもしかして、と考えを巡らせた入夏が立ち上がってバットを掴むと欠伸する声が聞こえた。

 

『なに~? まだ出番には早いでしょ? もう少し寝かせてくれたってさぁ』

 

「もしかして、野球をすることで何か思い出せるって本当なんですか」

 

『……あれは仮説なんだけどなぁ。変な夢でも見た?』

 

「見ました。それも、とびきりリアルなものを。あなたと樫村さんが話す夢です」

 

『そうか。俺が思い出した記憶と同じだね』

 

「樫村さんとは仲が良かったんですか?」

 

『どうだったかな。俺はあの人の事が苦手だった覚えしかないし。でも最初からそんなに険悪じゃなかった気もするなぁ』

 

 綱井に憑りついていた樫村、そして夢で見た記憶。

それらを結び付け、入夏は考える。

誰かに憑りついた選手と勝負する事で何かを思い出せるかもしれない。

しかしそうとなれば、樫村が言っていた『他の奴ら』とも対決する必要がある。

こんな事ならもっと具体的に聞いておけばよかった。

 

 ただ、そういった選手はきっと二軍にはいないだろう。

まずは一軍に再昇格しないと話にならない。

 

「では決定的に仲を裂くような出来事があったんでしょうか」

 

『まぁ、そういう事なのかなぁ』

 

 入夏が疑問を投げかけても、勇名はどこかぼんやりとした反応しか見せない。

自分の事だというのに勇名の煮え切らない返事に入夏は腹を立て、そして気づく。

 

「……あ」

 

『ん? 何? どうしたの?』

 

「ありますよ。調べる()()なら」

 

 

 

「勇名涼選手が起こした事件? 事件……事件ですか」

 

 入夏が言った()()、もとい佐藤記者はペンをあごに当てながら考える仕草を見せた。

 

「記憶が正しければ警察のお世話になった事はないと思いますけど……そもそも勇名選手って自分の事をあまり語らない人だったらしいですからね。勇名選手が早くに亡くなってしまった事もありますが、彼はメディアが好きではなかったようで。他の人が語る勇名選手は知っていても、本人へ取材できたケースが滅多にないんですよねー」

 

 勇名さんのバカ、自分で自分の首を絞めてどうするんだ。

入夏は心の中で悪態をつく。

 

「ところで、どうしてそんな事を知ろうと思ったんです?」

 

「勇名選手を見習う過程で、そういう事も知る必要があると思ったので」

 

「勉強熱心なんですね! でも仮に事件を起こしていたからといって真似するのはダメですよ。『狂人の真似とて大路を走らば』なんとやらです!」

 

 佐藤は鼻を鳴らして自慢げに語るが、入夏は苦笑いしか浮かべられなかった。

もののたとえだろうが狂人はちょっと言いすぎなんじゃないだろうか。

 

「そういえば前に生前の樫村選手に取材したことがあると言っていましたよね」

 

「はい。それがどうかしましたか?」

 

「勇名選手と樫村選手の間に因縁があったりとかはあったんでしょうか」

 

「因縁ですか。うーん……樫村選手は勇名選手に首位打者のタイトルを阻まれた経験がありますし、それが自身の人生の分岐点と後に語っています。ですが、それだけというか……それ以外二人を紐づけるものがないといいますか……」

 

 入夏の脳裏に今朝見た夢が蘇る。

夢の中で樫村は首位打者を取ると宣言していた。

あの発言が現実の物ならば、確かに因縁が無かったわけではない。

けれど果たしてそれだけなのだろうか。

たったそれだけの理由で樫村が勇名の事を毛嫌いするようになったのだろうか。

 

 ―――分からない。

やはり自分には分からないと入夏は思考に蓋をした。

 

「そうなんですね。逆に取材するような真似をしてすみません」

 

 とりあえず、聞くべきことは聞けた気がする。

入夏が佐藤におじぎをすると、佐藤は慌てながら両手を横に振った。

 

「いえ! いえいえいえ、もうそんな事はね! 全然気にしてないです! こうやってお話が出来るだけでも私は幸せなんですから!」

 

「ありがとうございます。恩に着ます」

 

 万田に呼ばれ、入夏はもう一度佐藤にもう一度会釈をしてその場を去った。

 

 

 

「知っている者もいると思うが、現在一軍はどん底だ。くだらねー三流記者共は『錦監督解任まで秒読み』なんて嬉々として書くくらいだ。……あながち否定しきれないというのも事実だがな」

 

 集合してすぐ、代永が話し始めた。

入夏はよくスポーツ新聞を読んでいるが、最近に限っては見出ししか見ていない。

『先発、またも一発攻勢に撃沈』や『悪夢……35イニング連続タイムリー無し』という見出しだけ見れば、悪い所ばかり取り上げられているのを察して続きを読む気にもならないからだ。

 

「ちょっと代永監督! そんな選手の士気を下げるような事は……」

 

「バカヤローが。こいつらはもうガキじゃねぇ。それにな、こんな状況で一軍にお呼びがかからねぇ事にもっと危機感を持たねぇとダメだろ」

 

 コーチが止めようとするも、代永に止まる様子はない。

 

「……古い精神論ですね。代永カントク」

 

 声を上げたのはチーム最年長野手である亀津(かめつ)だ。

大卒からドルフィンズ一筋を貫いて15年。

実績は充分に持ちながらも現在は二軍生活が続いている。

 

「言いたい事があるらしいな、亀津」

 

「別に。ただ……」

 

 そう言って亀津は入夏の隣、舘の方向をちらりと見た。

亀津の視線を受けて舘が目線を下に落とす。

 

「実力以外の原因でここにいる奴も忘れないでいただければってだけです」

 

 代永と亀津が無言で視線をかち合わせる。

明らかに険悪な空気だ。

これでは話が進まないと呆れた入夏が横を見ると、舘が小さく震えているのが見えた。

 

「……じゃ、じゃあいつも通り柔軟運動から! 怪我しないようにしっかり伸ばせよ! それじゃ解散!」

 

 間に入ったコーチのひとことでミーティングはお開きとなった。

各自がストレッチに入る中、入夏も腕、腰、足と体を伸ばしていく。

 

「しかし亀津さんもあれだよなぁ。あんなにあからさまに言わなくたっていいだろうに」

 

 入夏の隣で腰を回しながら、万田がふと言った。

 

「あからさま?」

 

「ありゃ舘への当てつけだろ。接触して怪我したんだから気持ちは分かるが、あそこまで言われちゃ舘も可哀想だろ」

 

 万田が指摘するように、舘と亀津は去年のオープン戦で交錯事故を起こしている。

当時センターを守っていた舘が外野に飛んできたボールを捕球する際にレフトを守っていた亀津と激突。

舘は全治1か月の重傷を負ったが、それよりも亀津の怪我に比べればマシな方だった。

元々抱えていた右ひざの爆弾が爆発したのだ。

亀津はシーズンを一年丸々棒に振り、その期間を全てリハビリにあてる事になった。

今でこそ試合に出場できてはいるが、当時はそのまま引退するのではないかと言われるほどの大怪我だった。

 

「俺はそういうの分からないけど、憶測で語るのは良くないと思う」

 

「そりゃ分かってるけどさ。どっちの悔しさも辛さも理解できるからもどかしいんだよな」

 

「……理解できる、か」

 

 本当に?

本当に万田は人の複雑な感情を理解できているのだろうか?

入夏の頭に浮かんだのは、皮肉ではなく疑問と羨望だった。

 

 入夏にも推測はできる。理解だってできる。

ただ、確かめようがないという事実がいつも入夏の思考を遮断するのだ。

間違えた解答を出すのが怖くて、真っ白な答案用紙をそのまま提出するように。

人の考えを無意識のうちに決めつけてしまう事こそ身勝手ではないのか。

 

「俺には、他の人の事を理解できる自信なんてない」

 

 入夏は寂しそうに、そうこぼした。

 

 

 

 ふわりと軽く宙を舞うボールがバットと正面衝突し、小気味のいい音と共にネットへと吸い込まれていく。

額から流れる汗を気にも留めず、入夏は連続してバットを振っていた。

入夏が高速ティーバッティング(※他の人に下から投げてもらったボールを打つ練習)に入って49球。

入夏が球を投げるスタッフに目を動かすと、彼の方が息が上がっている。

 

 打ってから間を置かずに次のボールが飛んでくるので、足を上げる暇はない。

よって強いスイングをするには上半身の動かし方が重要になる。

今の君にはそれが効果的な練習だと勇名は言っていた。

 

 上半身、上半身、上半身。

体の動きを意識して50球目のボールをネットまで飛ばす。

打ったボールを拾い入夏がスタッフに頭を下げて礼をすると、切れ切れな息と言葉が返ってきた。

 

『うーん……』

 

 片付けを終え、別の練習へと移動しようとした最中に勇名の唸り声が聞こえる。

 

「どうしたんですか、勇名さん」

 

『君は気にならないの? 舘君の事』

 

「……別に。俺が何かしたところで解決するとは思えませんし」

 

『ふーん。じゃあ俺も君に教えるのやめようかな』

 

「……え」

 

 思いもよらない勇名の言葉に、入夏の体がフリーズした。

見込みがないから諦められたのか?

ぐるぐると回る思考で、入夏の感情が迷走する。

 

『入夏君って【俺が何をやったところで】とか、自己評価が低いところあるよねぇ。君がそういうスタンスだと、こっちとしても教えがいがないんだよね』

 

「え、あの。勇名さん?」

 

『嫌なら条件をあげる。舘君の持つ、選手としての致命的なズレを見つけて解決する事。それまでは何も教えません』

 

「―――はい?」 




感想、評価等いただけると嬉しいです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。