天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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6月になって交流戦も始まりましたね!



のっぺらぼう

 コーヒーの匂いがする。

ジャズなのかボサノバなのかは知らないが、とにかく洒落た音楽と席について楽しそうに談笑する人たちの声が聞こえる。

入夏が扉を開けた先にあったのは、プロの殺伐とした空気で生きてきた入夏にとって真逆の世界だった。

 

 入夏は途端にジャージを着て来た自らの姿を確認する。

……正装とは程遠い服装な気がしてきた。

匂いとか大丈夫だろうか。

一度着替えてから出直すべきだろうか。

 

「あ、来た! こっちだよこっち!」

 

 角田の声が聞こえたので、入夏は店員に待ち合わせだと説明し案内される。

席にはテーブルを挟んで角田と女性が向かい合うように座っていた。

 

「いやーお疲れ様! さ、座って座って」

 

「どうも。そちらの方は?」

 

「まぁそういうのは後々説明するからさ、飲み物何にする? 誘ったのは僕の方だし奢ってあげるよ。ブレンドコーヒーがおすすめらしいけど」

 

 そう言って角田は入夏にメニュー表を渡す。

 

「カフェイン摂ると眠くなっちゃうので……どっちかというと甘い物の方が食べたいです」

 

「なるほど、そう来たか。じゃあガトーショコラとかどうかな」

 

「アイスクリーム付きのメロンソーダあるじゃないですか。これにします」

 

「自由だね! いいけどさ」

 

 角田のツッコミで向かい側に座っていた女性がくすくすと笑う。

入夏はその顔に見覚えがあった。

二軍への降格が決まったあの日、サインが欲しいと言っていた女性だ。

 

「逆又さん、でしたっけ」

 

 名前だって多分覚えている。

彼女が目を見開いて、口をぱくぱくとさせる。

 

「覚えてくださったんですか? あのっ、私っ」

 

「彼女は僕がお世話になったお偉いさんの孫娘でね。親切にしてもらったお礼がしたいと頼み込まれたんだ」

 

「いや、それがどうやって角田さんと逆又さんの二人を結び付けるんですか」

 

「んー、義理人情ってやつなのかな。僕がお世話になった分誰かに返したいだけ。それにしても、ファンの顔と名前を覚えているとは恐れ入ったよ」

 

「『ファンは出来る限り大事にしろ』って、プロ入りしてから角田さんに口を酸っぱくして言われましたからね」

 

 角田は技術に関しては滅多に口を出さなかったが、取材対応だとかの話に関しては厳しかった。

プロたるもの言動にも気をつけなければならない、とか敵は作らないに越したことないだとか処世術に関しては熱心に指導された覚えがある。

その甲斐あってプロに入ってからは大きなボロを出す事も無く済んでいるのだから、やはり入夏にとって角田は恩人だった。

 

「あの、ところで角田さん。これはあくまでも『もしも』の話ですけど。もしも、もう亡くなっているはずの人と交信できるようになったとしたら、それは喜ぶべき事なのでしょうか」

 

「え、何? 入夏君から急にそんなオカルトの仮定の話をするなんて? 悪い物でも食べた?」

 

「自分らしくない事を言っているのは分かってますよ。……だから、馬鹿馬鹿しいと思うなら笑ってください」

 

 入夏はそう言いながらも、実際は頭から湯気でも上がりそうな思いだった。

角田が返答に迷う今この瞬間ですら長く感じる。

自分でもどうしてこんな事を言ったのか分からない。

少し前であれば、入夏は「何を馬鹿な事を」と軽く一蹴していただろう。

例えるなら、頭の端にあった思いがぽろぽろと転がって口からこぼれていったかのようだった。

 

「そうだなぁ。世間一般体で言えば素晴らしい事だろうね。けど、僕としては遠慮願いたいかな」

 

「どうしてですか。可能なら話したいと思うんじゃないんですか?」

 

「僕としてはあの日の思い出だけでお腹いっぱいなんだよね。年を取ると、それ以上を求める必要は無いように思えてくるものだ」

 

 そういうものなのだろうか。

これが仮定の話である事もすっかり忘れ、釈然としない表情を浮かべながら入夏はクリームソーダにストローを突き立てた。

 

 

 

「あ、それでね? 入夏君も京華ちゃんも勇名さんの写真見たいって言ってたからさ。秘蔵コレクションを持ってきたんだよ! 全部ここだけのレアものだよ!」

 

「逆又さんも勇名さ、じゃない。選手の事を知っているんですか?」

 

「はい。角田さんに色々教えていただいてから、ファンになっちゃって。それよりも、是非見たいです!」

 

「いいよぉ、当時は白黒からカラー写真に切り替わり始める時期でね。これは……打席に立っている時のものだね」

 

 何かすごい盛り上がってる。

アイスの溶けたクリームソーダをストローで吸いながら、入夏はぼんやりと眺めていた。

確かに入夏は勇名の写真を見てみたいと角田に言った覚えはあるのだが、そこまで盛り上がるとは思っていなかった。

 

「ほら、入夏君も見てみなよ。これは僕と勇名さんのツーショットだよ」

 

 角田から写真を受け取り、入夏は写真に目を向ける。

写真を見た入夏は感動とは程遠い表情で写真を見つめ、それを右へ左へ、そして上へと向けた後に深くため息を吐いた。

 

「……角田さん、ふざけてるんですか?」

 

「えぇ!? 何で!? どうして!?」

 

「だってこの写真。二人のうち片方の顔が写ってないじゃないですか。逆光か知らないですけど、これじゃ顔の輪郭しか分かりませんよ」

 

「いや、いやいやいや。そんなはずはない! そんなものを持っているはずがない。ちょっと見せて。……ほら、写ってるじゃないか! 勇名さんの顔が!」

 

 そう言われて入夏は再び目を凝らして写真を確認する。

しかし、何度まばたきをしても写真に写っている光景は変わらない。

写真に写っている二人の人物の内、一人は目も鼻も口も無い。

画質が悪いのかその顔だけはまるで妖怪かのように真っ白だった。

 

「やっぱり見えないです。これじゃ『のっぺらぼう』が写っているようにしか見えない」

 

「うーん? どういうこと?」

 

「私にも見せてください。……私には角田さんの言うようにしっかり写っているように見えますけど」

 

 二人には見えている顔が入夏には見えない。

それが想起させる事すなわち、心霊写真である。

何ともかぐわしきホラーの香りに入夏は目まいがしそうな思いだった。

 

「じゃあこれは!?」

 

「見えないです」

 

「この写真! これは見えるでしょ流石に!」

 

「さっきと同じです」

 

「じゃあドアップのこれはどうだ!」

 

「…………」

 

 俺が何をしたっていうんだ。

そう入夏は思っていた。

不快と言えば不快なのだが、それは決して角田に嫌悪感を覚えているというわけではなく。

オカルトの類が苦手な人間が心霊写真(のようなもの)を延々と見せられて平常心を保てという事自体が無理な話である。

 

 誰か助けてくれ、と入夏が思っていた矢先に着信音が鳴った。

入夏のスマートフォンからだ。

 

「すいません、電話がかかってきたみたいなので席外しますね」

 

 好機。

断りを入れて席を立ち、外に出てスマートフォンを取り出す。

「代永監督」と表示された画面を開いて着信に出た。

 

「もしもし、入夏です」

 

「俺だ。代永だ。休日のところ悪いが、お前に伝えなきゃならん事がある。……その前に、良いニュースと悪いニュースのどっちが聞きたい?」

 

「どっちからでも良いのでもったいぶらずに教えてください」

 

「ノリってものが分かってねーなお前。まぁいい、良いニュースからだ。お前は明日から1軍合流だ、荷物まとめとけ」

 

「で、悪いニュースはなんなんですか」

 

(にしき)監督の休養が決まった。恐らく夕方ごろに正式に会見が開かれる。喜んでいいのやら悪いのやら、ついに俺に出番が回ってきやがった」

 

 

 

「おかえり入夏君! 何の電話だったの?」

 

「角田さん、すみません。もう少しお話しをしたかったんですが、急に帰らなければいけなくなりました」

 

「え? 入夏さん、それってどういう事なんですか」

 

 話についていけず、困惑した様子の逆又。

説明しようとしたところで入夏は角田が手で制された。

彼は入夏が何を言おうとしていたのか分かっていたようだった。

 

「大事な事は正式に発表されるまで口にしない方がいいよ。まぁでも、分かった。だったら僕らとしては止める理由なんてないさ。むしろそんな時期に手間を取らせてしまって悪かったね。後はこっちが払っておくから心配しないで」

 

「いえ、こちらこそ誘っていただいてありがとうございました。それでは」

 

「あぁ、そうだ入夏君。最後に一つ言っておかないと。……頑張っておいで」

 

「はい!!」

 

 角田に教えられた通り、元気よく返事をして入夏は店を出た。

 

 

 

「角田さん。わざわざ『頑張っておいで』って言ったのは()()()()()ですよね」

 

「はっはっは。さて、何の事かな?」

 

「流石に私でも分かりますよ。相変わらず角田さんはそそっかしいですね」

 

「そそっかしいと言われたのは初めてだな。まぁそんな事はどうでもいい。それよりも気がかりなのは……」

 

「写真の件、ですよね」

 

 逆又の言葉に呼応するように、角田は苦い顔をした。




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