天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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俺と彼の第一打席③

 入夏の高校時代の話を教えてほしい?

聞いてどうするんですか。

本にしたい? 入夏を題材に? 野望が随分と大きいですね。

今でこそマシになりましたけど、当時は酷いもんですよ。

愛想は悪いしいつもしかめっ面してるし。

あの代のキャプテンほどキツイ役割は無い。今でもそう思いますね。

甲子園に出場したから良かったものの、トラブルメーカーでしたから。

でも、悪い奴じゃないんですよね。不器用なだけで。

 

 入夏を調べてるなら知ってますよね。あのインタビューの件。

「自分がもっと打たなければいけなかった」って言ったんですよ。

全打席で出塁した奴が。どうかしてますよね。

まぁそりゃあ怒るよなぁと。

あ、これはこっちの話です。

あれがそのまんま入夏という人間を表しているように、俺には見えてならないです。

 

 クソ真面目で超がつくほど負けず嫌い。

俺が見た入夏水帆という人間は、そういう奴です。

 

 そういえば、あいつが人に頑張れって言ったのは聞いたことないですね。

だからなんですかね。

野球はチームスポーツのはずなのに、いつも一人で戦っているような感じがするんです。

 

(取材記録より)

 

 

 道具を大切にしない人間は大成しない。

ただその道具に祟られることになろうとは、入夏は思ってもみなかった。

 

「バットは大事にしないとダメだよねぇ。そこは分かってる?」

 

「……はい」

 

 まさか道具の方に説教される日がくるなど、誰が信じるだろうか。

垂直に立つバットの前で正座しながら入夏はそんな事を思った。

 

 結論からいえばバットは全くの無傷だった。

木製にも関わらず曲がったり折れたりしておらず、綺麗なバットの形を保っている。

入夏がかなり強い力で叩きつけたのに、だ。

 

『折れない、曲がらない、壊れない! そういうバットらしいよ』

 

 入夏の頭に先ほどの角田の言葉が蘇る。

喋る機能も兼ね備えているとは聞いていない。

こんなものは専門外だ。

今すぐにでも返品したい。

 

『まぁ、急に驚かせたこっちも悪かったし。説教臭いのは誰だって嫌だろうからこれでこの話は終わりにしよう。それで、名前は?』

 

「……はい?」

 

『名前だよ、名前』

 

「聞いてどうするんですか。呪ったりしないですよね?」

 

『呪う? 何の事? ……あ、もしかして先にこっちから名乗った方がいいか』

 

「名前あるんですか? 作ったメーカーとかじゃなく?」

 

『ちゃんとあるよ失礼だな。俺の名前は勇名(いさな)(りょう)。プロの野球選手だ。元だけど』

 

「勇名? 勇名って、あの?」

 

 勇名、という名前に入夏はどこか聞き覚えがあった。

正確に言うなら、ほぼ強制的に角田から聞かされた覚えがある。

 

 勇名涼。

日本球界が最悪の暗黒期を迎える前に活躍した、『海割り』と呼ばれる左打者だ。

曰く彼の打つ鋭いライナー性の打球は誰よりも速く、綺麗だった。

曰く彼は日本球界最高の左打者である。

曰く彼は視線一つで相手投手を恐怖させていた。

これら全ての事は角田から聞いた話だ。

どこまでが本当なのか、それは入夏には知りえない事だが。

 

『知ってるの? それは鼻が高いな。まぁバットに鼻なんて無いけど

ね!』

 

 ははは、と声を出してバットもとい勇名は笑った。

全然面白くない。

 

「で、その選手がなんでバットになってるんですか」

 

『あーそれね。覚えがないんだ。これが自分のバットだっていうのは思い出せるんだけど。気づいたらこの中から出られなくなってるし』

 

「出られないって、どういう意味ですか」

 

『そのままの意味だよ。会話できたのも君が初めてだし、それまではずっと眠ってた。そもそも何で自分が死んだかも思い出せないんだよね。なぁ、俺が死んだ理由はなんて言われてる?』

 

「知りませんよ」

 

『そうか。まぁ覚えてないって事はそこまで気にするほどのものでも無いんだろう』

 

 あっけらかんとした様子で勇名が言った。

勇名涼という人物は25歳という、選手としては絶頂期であった時期に亡くなっている。

様々な憶測が飛び交っているというが、入夏はそれ以上の詮索をした事が無い。

人の死にあれこれと他人が理由をつけるのは無粋だからだ。

 

『それよりも、君の名前は?』

 

入夏(いりなつ)です。入夏(いりなつ)水帆(みずほ)

 

『へー、アマチュア? プロ?』

 

「……一応、プロです」

 

 大打者と呼ばれる人物を前にして、堂々とプロだと胸を張っては言いづらかった。

細い声で入夏が答えると聞き返されたので、結局はっきりと言わされる羽目になったのだが。

 

「それよりも! 喋らない事はできないんですか」

 

『……あ―――、無理だね。一度繋がったら多分、バットが近くにあれば死ぬまで俺の声が聞こえるんじゃない?』

 

「は?」

 

 今、何を言ったのだこのバットは。

近くにいる限りこのおしゃべりバットと付き合い続ける事になるのか?

冗談ではない。

どうしてこんな目に合うのか、皆目見当もつかない。

 

『じゃあ早速試合で使っていく?』

 

「いえ、それよりも先に行く場所ができました」

 

『行く場所?』

 

 勇名の聞き返す声を無視して、入夏はポケットからスマホを取り出す。

それから何かを送信すると、バットケースに手を伸ばした。

 

「お(はら)いに行きますよ」

 

『え?』

 

 

 

 入夏が車を停めた先は寺であった。

そういえば石段を駆け上がるトレーニングはしたことがなかった。

そう思った入夏はバットケースを肩に提げ、走り出す。

20段ほど上ると着いたので、全然体は温まらなかった。

 

 境内に入る前に2礼2拍手1礼だったか。

定かではないが、ともかく礼儀はあるに越したことはない。

2回頭を下げ、次に手を叩こうとする。

 

「ここは神社じゃねーぞ。賽銭入れたいなら他行きな」

 

 遠慮のない言葉は同級生ならではのものだ。

声の主はどうやら掃除中だったらしい。

竹の(ほうき)とゴミ袋を装備していた。

高校時代のスポーツ刈りよりもさらに短くなった髪に、自然と入夏の視線が向いた。

 

「……塩谷(しおや)

 

「お前が寺に来るとはな、何かあったのか?」

 

「髪が短くなったな」

 

「こりゃ剃髪(ていはつ)っつーんだよ! 剃ってんの! 元キャプテン様だぞ、ちょっとは敬え!」

 

 塩谷(しおや)(ただし)

入夏の狭い交友関係の内にいる一人であり、高校のチームメイトだ。

現在は実家を継いで住職として修業中だと本人から聞いた。

 

 というかお前な、と塩谷が指をこちらに突き付けて続けてまくしたてる。

 

「来るなら来るでちゃんと連絡よこせよ! っていうかバット担いでジャージって……何しに来たんだお前!?」

 

「連絡はしただろ? スマホに送信したはずだが」

 

「そうだな連絡はあったな! って『今からそっち行く』『助けてほしい』の二言で伝わるわけねーだろ! 昔から言葉足らずなんだよお前は! びっくりしたわ急にこんな事言われたから! ……で? とりあえず聞いておくが『問題起こしたから出家したい』とかじゃないんだな?」

 

「違う」

 

「だろうな。お前は出家とか向いてねぇし。じゃあ何の用件だよ」

 

「何かに憑りつかれてしまったらしいんだ。助けてくれ」

 

「はぁ?」

 

「新しいバットを持ったら憑りつかれた」

 

「いや聞こえなかったわけじゃねぇんだ。ちゃんと聞こえて意味が分からねぇから聞き返してるんだわ。まずな、順を追って話してくれるか?」

 

 塩谷にそう言われ、入夏は起こった事を順番通りに話した。

OBの人からバットを手渡された事。

そのバットが急に喋ったこと。

叩きつけても傷がつかなかった事。

そして、バットが近くにいる限り声が聞こえ続けるという事。

塩屋は途中から眉間にしわを寄せて唸りはじめたが、入夏の話を最後まで聞いていた。

 

「……はぁ、なるほどな。面倒くさい人間には面倒くさい話が降りかかってくると。これはそういう教訓ってわけだな」

 

「面倒くさくて悪かったな」

 

「あ、自覚あるのか。ところで勇名って名乗ったんだろ、そのバットとやらは? ちょっと俺も持ってみてもいい?」

 

「ん」

 

「どれどれ。おぉ、やっぱりロマンがあるな。伝説の選手のバットって」

 

 塩谷がバットを取り出して感嘆の声を上げる。

確かに亡霊がらみの話が無ければ、入夏も素直に感動していただろう。

もっともそれをどうして角田が持っていたのか、そして急に渡しに来たのは全く以て不明ではあるが。

 

「俺には声とかは聞こえねぇけどなぁ。しかし物に魂が憑りつく話は聞いたことがあるが、まさかバットとはな。よっぽど野球が好きだったのか、未練があるのか」

 

「頼む、お前だけが頼りなんだ」

 

「……まぁ、仕方ねーな。お前が冗談とか言わないのは知ってるし、協力はしてやるよ」

 

「随分あっさりと引き受けてくれるんだな」

 

「だって実際のところ、お前には本当に頼るあてがないからこっちに来たんだろうし」

 

「……悪い」

 

 高校時代から毎度、塩谷の懐の深さには毎度頭が下がる。

他の部員と衝突しそうになった時も間を取り持ってくれたのはいつも塩谷だった。

それに3年間同じ部活だっただけあって、入夏の事をよく分かっている。

 

「ま、こういうのは大体生前に残した未練が原因だろうな。バットに憑りつくくらいだ、野球関連で何かやり残したことがあるんだろう。そこは本人に聞いてみるしかないな」

 

 ほらよ、と塩谷からバットを返される。

野球関連で残した未練と言っても、入夏には見当もつかない。

同業者に『日本史上最高の左打者』とまで言わしめるほどの打者だった勇名がやり残した事とは何だったのだろうか。

 

「勇名さん。聞こえますか?」

 

 咳払いをして、バットに話しかける。

友人の前でこんな事をするのは恥ずかしい事この上ないが、背に腹は代えられない。

 

『未練の話でしょ。困った事に思い出せないんだよね。ほら、さっき言ったでしょ。どうして自分が死んだのか覚えてないって。ただ、彼の言う通り野球をしたら何か思い出せるのかも』

 

「だから、使えと?」

 

『そうしてくれると嬉しいな』

 

 少し媚びた風な勇名の声が気持ち悪い。

大きなため息が口から漏れた。

 

「……とりあえず、使ってみるしかないのか」

 

「あ、無理矢理引きはがすとかはやめとけよ。恨みを買うと、少なくとも良い事は起こらねぇからな」

 

 バットを手にした時点でアウトじゃないか。

ますます角田がこのバットを渡した意味が分からない。

反感を買うような真似をしたか?

 

「それと、これに関してはこっちの勝手な都合だけどな。またこっちに来いよ。バットの事も気になるし、別に用があってもなくてもいいから」

 

「すまん」

 

「悪いと思ってるならたまには顔を出せ。もう一人の出世頭と一緒にな」

 

「それは無理だ。あいつはまだ俺の事を嫌っているだろうから」

 

 塩谷の吐いたため息は、バットの騒動を話した時よりも深い。

 

「……あぁ、そうか。だったら早く追いついてやらねぇとな」

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