天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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海賊なのかバイキングなのかはっきりしてくれ

 ウミネコ球場での三連戦を終え、また戦場は移る。

 千葉から新幹線に乗り、移動を挟んで今度は北海道パイレーツの本拠地へと乗り込む予定だ。

 移動した距離だけで言えば、大体一週間で本州を渡りきるような形だ。

 

 新幹線の中で眼鏡をかけ、入夏はスマホをいじる。

 視力が悪いわけではないが、スマホを長時間見る時はこうしている。

 といっても今回は娯楽の為に使うのではない。

 この間記者の佐藤(さとう)からもらった資料に目を通すつもりだった。

 新幹線とはいえ、関東から北海道に行くのだ。

 時間は十二分にある。

 送信されたファイルを開くと、右上に90という数字が表示された。

 これがページ数であると気づいたのは入夏が資料を読み始めて少ししてからである。

 

 1.鴨橋《かもはし》事件の概要、その関与について

 

 2.事件後の球界について

 

 3.勇名涼の失踪事件に関して

 

 まるで論文だ。

 彼女がいかに熱意を持って調べていたのか、その説得力を十分に持つ分量である。

 何故そこまでの執念を持っているのかは分からないが、調べていく上では貴重な資料であることに間違いない。

 1番気になるのが3項目だが、たどり着ける気がしない。

 とりあえず、全部は読めなくでも1項だけでも読もう。

 それだけでも40ページ近くあるけど。

 

 

 

 

 資料の序盤に書かれていたのは、どのようにして八百長が行われていたのかという問題だった。

 当時大阪ビクトリーズの投手だった鴨橋という男は裏社会とのパイプをもっており、八百長のほぼすべてが彼を介して行われていた。

 狡猾だった鴨橋は自チームや相手に大事な場面でエラーや三振をさせ、その見返りとして得た利益を選手へと還元していた。

 根回しも完璧―――、じわじわと彼は球界の裏の盟主となり、球界全体を内部から腐食していった。

 

 では、何故八百長が発覚したのか。

 それには二つの事件があったためである。

 まず一つ目がシーズン終盤、大阪ビクトリーズの投手である大城(おおしろ)氷雨(ひさめ)が鴨橋に対して起こした暴力事件である。

 当時居合わせた選手によると、会話の途中で急に大城が鴨橋に暴力を振るったという。

 当時大城は闘志の強い選手として知られてはいたが、暴力事件を起こすほど乱暴な人間というイメージを持たれていなかった。

 大城は急に一撃を加え、馬乗りになってなおも鴨橋を殴り続けた。

 放っておけば大城は鴨橋を殴殺《おうさつ》していたのではないか、とまで言われる勢いだったという。

 しかしチームメイトたちが居合わせた事で最悪の最悪は何とか免れた。

 鴨橋はこの事件で怪我を負い、事態を重く見たビクトリーズは大城に対して無期限の出場停止処分を下した。

 しかしこの一件で鴨橋は治療を余儀なくされる。

 それだけではない。

 この事件がきっかけで球界に対する悪い意味での注目が集まっていた。

 

 そして二つ目の事件。

 埼玉フィッシャーズの助っ人選手であったタイラー・サーモン選手による八百長の告発。

 彼は当時の球界では最高額だったフィッシャーズとの契約を打ち切り、母国アメリカへと帰ろうとしていた。

 帰国の際とある記者に対して日本球界に八百長の疑惑があることを囁き、これが契機となって新聞社が密に取材をする事となった。

 取材の結果、クロ。

 首謀者であった鴨橋は暴力事件を最後に登板する事が無くなり、永久的に球界と関わる事を禁止された。

 もちろんそれだけでおさまらない。

 芋づる式に関わっていた選手がどんどん告発され、球界を追放される事態となった。

 何も知らなかった選手が日本に失望して海外へ挑戦する、という事件まで起こった。

 そして最も深刻だったのがファンからの信頼の失墜である。

 次々と問題を起こすプロ野球界に対して失望の声が集まり、観客動員数は右肩下がり。

 野球界はこれまでにない暗黒期を迎えようとしていた。

 

 一方で、そんな時代で出場機会を得た選手もいた。

 千葉ドルフィンズの代永(しろなが)雄介(ゆうすけ)角田(かくた)善一(よしかず)や北海道パイレーツの斑鳩(いかるが)(かすみ)はその一例である。

 長く二軍で燻っていた、もしくは一軍での居場所に困っていた選手が幸か不幸か穴埋めとしてチャンスを得る事が出来た。

 代永は数年後に最多勝を獲得する活躍を見せ、斑鳩はストッパー(現在の抑えではなく、試合後半の数イニングを投げる投手)として日本の初めてセーブ王にも輝いた。

 

 また、無期限の試合出場停止処分を受けていた大城はファンからの強い復帰要望の声が寄せられた。

 しかし大城は断固として復帰しようとせず。

 そのまま引退しようとしていたその時、日本初の選手会長である宮使(みやつか)竜郎(たつろう)から強く説得された。

 4時間にもわたる説得の後、大城は復帰を決意。

 6年間の間でいくつものタイトルを連続で受賞するなど大立ち回りを見せるも、その後は大怪我の影響を受けてほとんど出場はしなくなった。

 そして33歳の若さで引退を決意。

 本人の要望で引退試合は開かれなかった。

 

 

 

 スマホを閉じ、入夏は大きく息を吐いた。

 何というか、凄まじい情報量だった。

 眠気に打ち勝った自らを褒めてやりたい。

 

 しかし代永や角田の名前が出てきたのは意外だった。

 角田はまだしも、代永はあまり選手時代の事を語らなかったからだ。

 何か引け目があったのだろうか。

 そう考えていると、いつの間にか目的の駅についていた。

 北海道パイレーツの本拠地、バイコーンスタジアムは駅から歩いてすぐの場所だ。

 現在のプロ野球の本拠地としては最も新しい球場である。

 

「言うタイミングを考えてたんだけどさぁ……これ海賊とバイキングの区別ついてなくないか?」

 

 隣に立った万田が言う。

 球場の正面でこれ見よがしに構えているのは、両側に角の生えた大きな帽子をかたどった看板である。

 言われてみれば、海賊とバイキングは惜しいけど違う気がしてきた。

 鶏むね肉と鶏もも肉くらい違う気がする。

 

「あぁ、あれな。あえてこういう形にしたらしいぞ」

 

 鳥居が言う。

 

「あえてって、全然違うじゃないですか!」

 

「だって、海賊と言えばドクロだろ。ドクロを看板につけるのはどうなの、って話にならないか」

 

「た、確かに……言われてみれば」

 

 完全に言いくるめられ、万田の手がわなわなと震える。

 確かにドクロのある場所にはあまり良いイメージが湧かないという人もいるだろう。

 一見単なる間違いかもと思うが、これは英断なのかもしれない。

 つかつかと歩いていく鳥居と対照的に万田はまだ立ち止まって震えていた。

 

「くっそう、言い負かされた」

 

「別にいいだろ、それくらい」

 

「良くねぇよ! 俺、あの人に負けたくねぇんだもん! あんな飄々(ひょうひょう)とした人に負けたくねぇ!」

 

「お前、見た目通りガキ大将なんだな」

 

 

 

 最近できた球場だという事もあって、球場内はどこもかしこも綺麗だ。

 そして最近できた球場なので道が分からない。

 入夏水帆、23歳にして迷子である。

 トイレに行くだけだったつもりが、何故か道が分からなくなってしまった。

 とにかく進めるだけ進んでいくと2人の人影が見えた。

 同じチームのユニフォームだ。

 

 話しかけて道を聞こう、と思ったが違和感に気づく。

 二人とも口元に何か加えている。

 円柱のような……タバコか。

 看板を見る限り、今いる場所は禁煙のはずである。

 

「あの……タバコ」

 

 開口一番、入夏は今言うべきではない言葉を口走った。

 しまったと思いつつも、看板を指さし禁煙である事をアピールする。

 

「はは、参りましたね……こうなっては」

 

 その内の一人はチームの正捕手である志々海(しじみ)だった。

 志々海は左手をポケットに突っ込みながらずんずんと入夏へと歩んでいく。

 

「あなたも共犯者になってもらうほかないですね」

 

 そう言って入夏の口元に何かが突っ込まれた。

 タバコ!? いや、それよりももっとヤバい何かなのか!?

 困惑したが、どこか馴染みのある味がする。

 

「……ココアシガレット?」

 

「そういう事です。変な誤解をさせてしまって悪かったですね」

 

「なんでそんな紛らわしい真似を」

 

「僕もこういうのが好きってわけじゃないんですけどね。あの人、雰囲気から入るタイプなので」

 

 ほら、と志々海はその場にいたもう一人を指さす。

 その人物は今日先発予定のエース、西部(にしべ)銀丈(ぎんじょう)だった。

 場面が場面なら洋画によく出てくるタバコの火を灯りに佇む髭面の男に見えなくもない。

 

「ルーティンに付き合っているだけです。本物を吸うのは選手のコンディション的に良くないですし、何より今の時代禁煙の場所が多いですからね。形だけでもと思いまして」

 

「……いや、そんな事言われても普通に分からないですよ。志々海さんは関係ないのに……」

 

「ははは、関係なくはないですよ。僕らはバッテリーなので。それに、なんやかんやで僕もこの時間が好きなんですよ」

 

 志々海はにこりと微笑んだ。

 




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