天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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前回のあらすじ。
バットの存在がバレてヤバい。


飛べない鳥の王子様①

「ふーん……触ったところ普通のバットっぽいけど。どこかにボタンとか付いてる感じ?」

 

「違います」

 

 まるで取り締まりのような扱いだ。

 バットをくまなく見つめる鳥居を見て入夏はそう思った。

 疑いをかけられた以上、入夏はバットを一旦渡さざるを得ない。

 信じてもらえるかどうかは別として、状況を打破するためにはちゃんと鳥居に説明する必要がある。

 

「喋っていいですよ、勇名さん」

 

『ホント? 一発ギャグをかましても良い雰囲気?』

 

「うわっ、すごい本当に喋った。手品みたい」

 

「手品じゃないです。今から自分に起こっている事を話しますので、聞いていただけませんか」

 

 決心して入夏はこれまでの顛末(てんまつ)を話した。

 知人にバットを渡された事がきっかけで、勇名涼という人物に憑りつかれる羽目になった事。

 彼を成仏させるには、彼の未練を探さなければならない事。

 考えるだけで頭痛がするような出来事の全てを包み隠すことなく話した。

 

「これが、今俺が直面している問題です。信用していただけるかどうかはお任せしますが……」

 

「うん、俺は信じるよ」

 

「そうですか。やっぱり……え゛」

 

 思ってもみないほどあっさりとした反応に入夏は思わず目を点にした。

 

「言っている事は意味が分からないけど、声が聞こえるのは事実だし。バットに何か付けているわけでも無いからね。証明しようがないからこういうのは何て言うんだっけ。あぁそう、『疑わしきは罰せず』という奴だ。ただ……周りがこの話を聞いたら納得はしないだろうね」

 

 確かに、と入夏は喉から低音を鳴らす。

 こんな荒唐無稽(こうとうむけい)な話を「そうかそうか」で聞き流す人間の方が少数派だ。

 この話が明るみに出たら出場停止処分、もしかすればそれよりも重い処分を受けてもおかしくない。

 少なくともバットの使用は禁止されるだろう。

 

「チームへの影響もある。俺だってこの話を誰かに暴露したいわけじゃない。けど、ただ俺が黙っておくだけというのも何か違う。ほら、君もチーム内で貸し借りなんて作りたくないだろう? だから交渉しよう」

 

 交渉?

 入夏が首を傾げる。

 鳥居が呼応するように人差し指を上に向けた。

 

「明日の試合だけ、君の持っているバットを遣わせてくれないかな。その代わりとして、俺は今日聞いた出来事をなかったことにする。これでどう?」

 

「それは……」

 

 入夏は口ごもる。

 物を貸すだけ。それもたった一日だけの話。

 条件としては破格とも言えるが、それでも入夏はすぐに頷けなかった。

 

 ―――勇名さんと約束をしたのは俺なのに。

 子供のような不満が頭の中を巡る。

 搔き消そうとしても、その感情が消える事はなかった。

 

「どうした? これじゃ不満だったかな?」

 

 怪訝そうに鳥居が言う。

 言わなければ。

 それでいいと言わなければ。

 たったそれだけのはずなのに、入夏の口はぱくぱくと動くだけだった。

 ここまで入夏が良い成績を残せた陰には間違いなく勇名の存在があったからだ。

 

『……いいだろう』

 

 鳥居の問いに返答したのは入夏ではなく勇名だった。

 

「ちょっと、勇名さん……」

 

『俺を使いたいんだろ? それで、従えばこの話は黙ってくれるんだろうね』

 

 なんだよ、それ。

 あんたは未練が見つかればそれでいいのかよ。

 入夏は自分の体から力が抜けていくのを感じた。

 

「勿論、約束は守るつもりですよ。けど、あなたが先に首を縦に振るとは思ってもみませんでした」

 

『こうなった以上、仕方のない事だ。決断は早い方がいい』

 

「へぇ、かなり合理的な考えをお持ちなんですね。話が分かる方で助かりました。それじゃ明日、お願いしますね」

 

 鳥居はロッカーのものを取り出すと踵を返していった。

 再び入夏と勇名だけがその場に残る。

 

『……もしかしなくても怒ってるよねぇ』

 

「別に……怒ってないですよ」

 

『君は嘘が下手だな、まったく』

 

 げんなりとした声で勇名が言う。

 

『でも仕方ないじゃないか。こうする他に俺たちが助かる方法なんてない、そうだろ? それに、君が俺に頼るのは構わないが依存するのは良くない。いずれ俺は君の元を去る。その時自分じゃ何もできませんじゃ困るのは君自身だ』

 

「分かってますよ」

 

 入夏が投げやり気味に言った。

 そうだよ、分かってる。

 勇名さん(この人)の目的は未練を見つける事であって、俺を強くする事じゃない。

 彼の望みが叶うのなら、それに越した事はないはずだ。

 この人の指導は未だにピンとこないが、しっくりくる打者と出会えばきっとその人物は球界に名を遺すバッターになれる。

 そこにいるのは俺じゃなくてもいい。

 だって、俺自身は強くもなんともないのだから。

 

「こんな事態になったのは俺の落ち度です。それで鳥居さんと勇名さんが組んで、最強にでもなんにでもなればいいじゃないですか」

 

『む。君なぁ、俺が何でもいいと……まぁいい。約束は約束だ。明日、俺を使うのは君じゃなくて鳥居君だ。いいな』

 

 

 

 二死ながら、志々海を三塁に置くチャンスだ。

 打席上で入夏は大きく息を吐いた。

 結局バットは鳥居に預け、入夏はスペアのバットを使っている。

 

『いずれ俺は君の元を去る』

 

 入夏の耳の奥には昨日の勇名の言葉が残っていた。

 当たり前のようにいると思っていたけれど、勇名だっていつかはいなくなる。

 その時俺は、一体どうすれば良いのだろう。

 打席に入っているというのに思考が濁る。

 

 そのせいか、足元へと向かってくるボールに対して反応が遅れた。

 

「危なっ!?」

 

「うぉっ!?」

 

「アァァァイ!?(解読不能)」

 

 打者、捕手、球審が三者三様の声を上げる。

 ボールはジャンプした入夏の足元を抜け、捕球しようとする捕手のグラブをかいくぐり、普通に避けた審判を通り過ぎてバックネットへと転がる。

 ボールを捕手が追いかけている間にランナーの志々海が生還。

 点差は3点まで広がった。

 

 それにしても危なかった……。

 今の投球が直撃していれば負傷してもおかしくはなかった。

 ふと視線を下に落とすと、ホームインしていた志々海が滑り込んだ体勢から起き上がって何かを見ていた。

 志々海の視線は先発投手へ、そして捕手へ向けられる。

 そのまま何も言わず志々海は唇を尖らせベンチへと帰っていく。

 入夏が視線を上げると、投手と目が合う。

 その投手は非常にばつが悪そうに目をそらした。

 

 一体なんだっていうんだ。

 余計にもやもやした入夏はその後、ものの見事な空振りで三振に倒れた。

 

 試合は接戦ながらドルフィンズが優位に進め、9回の裏まで進む。

 3点差の僅差、久々のセーブシチュエーションでドルフィンズは(暫定の)クローザー、鳴子(なるこ)貞昭(さだあき)を送る。

 今日は最初からヘアゴムをせず、黒髪ロングのどこかホラーチックな見た目のままマウンドに上がっていた。

 その鳴子はいきなり先頭打者をツーベースヒットで出塁させるも、その後は三者連続三振。

 ランナーを出してからは完璧なピッチングで2セーブ目をあげた。

 この日は入夏も鳥居も無安打だった。

 

 

「入夏君。はい、これ」

 

 試合後、鳥居は真っ先に入夏にバットを返しに来た。

 

「え、あ。ありがとうございます。それで、その……今後も使いますか?」

 

 おずおずと入夏が質問する。

 鳥居は首を横に振った。

 

「いや、一回使って感触を確かめてみたかっただけだからいいよ。それに、彼と俺はあんまり馬が合わないみたいだからね」

 

 そう言って鳥居は自分のロッカーへと戻っていく。

 ひとまず危機は去った。

 しかし一回使っただけで馬が合わない言われるとは……。

 

 入夏はユニフォームを着替え、周りに誰もいなくなったことを確認した。

 

「勇名さん。鳥居さんと何かあったんですか」

 

『別に……』

 

 明らかに何かあった時の間である。

 

「何も無かったら馬が合わないなんて言われないでしょう」

 

『……ちょっと気になった事があるから指摘しただけだよ。入夏君と鳥居君は実力が違う。そしてそれ以上に、目指しているものが違う。彼が実力を伸ばそうと思っていたなら話は別だったんだけどね』

 

 どういう事なんだ?

 入夏は首を傾げるほかなかった。




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