天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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一刀両断

 優れた投手の条件とは何か。

 時代錯誤かとなじられるかもしれないが、それは一人で完結させられるだけの能力にあると思う。

 マウンドを一人で背負い込み、そもそも前に飛ばさせることが無ければエラーや内野安打を恐れる必要もない。

 そういった意味で、深瀬和仁は完成された優れた投手である。

 

 先ほどの球種は恐らくスプリット。

 打者の入夏に「消えた」と錯覚させるほどの落差の、見事な変化球だった。

 深瀬の高校時代は投げ方を色々と試行錯誤していたようで、どちらかといえばスライダーが主体だった。

 しかし、現在はスライダーのキレの良さを保ちつつ新たにスプリットという大きな武器を手に入れた。

 鬼が金棒を両手で扱うようなものである。

 

 深瀬は勢いのまま2番の三護(さんご)に空振り三振、3番の鳥居(とりい)にはバットをへし折るほどの球威を見せつけてスリーアウト。

 ところどころでランナーを出しつつ要所を締めるドルフィンズ先発の蔵家(くらいえ)とは対照的に、深瀬は圧倒的な内容で三振の山を築いていく。

 ドルフィンズとしてはやっとの形で均衡状態を保っていたが、試合を動かしたのはやはりビクトリーズからだった。

 5回の表、先頭打者の達磨(だるま)がスライダーを打ち返し出塁を許すと、その後も四球が重なりノーアウト満塁のピンチを招く。

 蔵家は良いピッチャーではあるが、状況が悪くなった時に踏ん張れずに流されるようなところがあるのが玉に瑕だ。

 

 絶体絶命のピンチとなって、迎えるは両打ち助っ人外国人のロドン。

 大振りすることが多いイメージのある外国人バッターとは異なり、高いアベレージとパンチ力を持っている。

 初球、際どいコースのストレートを見送られボール。

 嫌な予感がして入夏は一歩、二歩と定位置から後ずさる。

 その予感は的中。

 ストライクを欲しがったボールを完璧に捉えられ、打球は右中間へ。

 センターの舘が追うも流石に間に合わない。

 丁度守備の中間を突くようにワンバウンドした打球はフェンスに勢いよく跳ね返った。

 一人、また一人とランナーが生還していくのが遠目に見える。

 舘が二塁へと送球したのは、一塁ランナーが既に生還した後の事だった。

 

 ドルフィンズの打線が一向に深瀬を攻略できないまま、試合は6回。

 入夏がこの日三度目の打席へと入っていた。

 第二打席はストレートを叩きつけてファーストへのゴロ。

 最初の三振よりはマシかもしれないが、入夏にとって凡打は等しく同じだ。

 

 初球、今度はいきなりスプリットがストライクゾーンに突き刺さり1ストライク。

 入夏は口元をぎゅっと結びキャッチャーのグラブを見つめる事しか出来なかった。

 深瀬が崩れない理由の一つがこれだ。

 コントロールに苦戦せず、自分から強気でストライクを攻める事が出来る。

 

 2球目は高めに外れたものの、3球目は空振りを奪われ追い込まれる。

 4球目、スライダーを引っ張ったが打球は一塁線を切れてファール。

 勝負の5球目。

 またも低めに制球されたスプリットは入夏のバットの上っ面に当たり高く打ち上がる。

 ファーストが一歩二歩と後ずさりながらボールをキャッチ。

 入夏はこの日4打席全てで凡退に倒れた。

 

 

 見誤っていたと言うべきか、それとも見違えたというべきか。

 ともかく完敗だ。

 駐車場に車を停め、入夏は空を見上げた。

 入夏の脳裏に今日の深瀬の投球が浮かぶ。

 あのキレ抜群のスプリットを打つためにはどうすればいい。

 何が足りない。

 

 そう考えながら入夏は自宅のドアに手をかけ、そして気づく。

 今日の夕飯をどうするか完全に忘れていた。

 飲食店……に行くような気分ではないし、カップ麺を食べるのもプロ野球選手の食事としては味気ない。

 仕方ない、自炊するか。

 意気込んで部屋に入り、入夏は冷蔵庫の戸を開ける。

 その瞬間、眼中に飛び込んできたのはスカスカの中身だった。

 首を傾げても現実は変わらない。

 確かにプロ野球選手は普段単身赴任のようなもので、シーズン中は家を空ける期間の方が長い。

 賞味期限の短い精肉を買っているはずがなく、買ったとしても腐らせてしまうに違いない。

 

 普段ならここで諦めて妥協してもおかしくなかったが、今日の入夏は執念に燃えていた。

 深瀬に勝ちたい―――。

 そのために食べて精を付けるしかない。

 入夏は寝息を立てるバットをそっと置き、カモフラージュ用に帽子を被って再び外へと出た。

 歩くこと数分、自宅最寄りのスーパーマーケットに着く。

 かなり遅い時間帯だが、こんな時も営業してくれているのはありがたい。

 割引済みの惣菜をちらりと視界に入った。

 ……いや、今日は手作りのものを食べたい。

 

 肉じゃがでも作ろうかと精肉コーナーの肉に手を伸ばすと、横から現れた腕とかち合う。

 雪のような白い肌と触れ合う。

 

「あぁ、どうぞ」

 

「ありがとうございま……入夏さん?」

 

 げっ、どうしてバレたんだ。

 違いますと否定しようと入夏は顔を上げる。

 目に映ったのは見知った顔だった。

 

「……逆又(さかまた)さん?」

 

「覚えていてくださったんですね、嬉しいです」

 

 彼女は頬を少し紅潮させ、笑顔を見せる。

 逆又(さかまた)京華(きょうか)

 ドルフィンズのOBである角田(かくた)善一(よしかず)に紹介された女性にして勇名のファンだという。

 角田とはどういう関係なのか、何故勇名のファンなのか謎の多い人だ。

 

「まさかこんなところ、こんな時間帯に会うとは。あ、以前あったのは夜の事でしたね」

 

「あぁ、そういえばそうですね。といっても今日はレポートの提出に手間取って気づけば夜遅くになっちゃっただけなんですけどね。そういう入夏さんは自炊されるんですか?」

 

「まぁ、そんなところです」

 

「……あの、もし良ければ料理をお作りしましょうか? 今から肉じゃがを作ろうと思っていたんです。どうせ一人暮らしなので一部は残しますし」

 

「えっ」

 

 突然の逆又からの提案に、入夏は思わず間抜けな声を上げた。

 咄嗟に口元をふさぎ、目線が集中してきた周囲に頭を下げる。

 

「これでも私、料理には自信があるんですよ? 祖母直伝の肉じゃがはそれはもう絶賛の嵐です」

 

「いやでも、プロ野球選手がそういう事をするわけには」

 

 瞬間、入夏の腹からぐぅと音が鳴った。

 

「……体は正直みたいですよ?」

 

「うっ、しかし……」

 

「お願いします。この前のお礼がしたいんです」

 

 入夏は目を右往左往させ、しばらくして首を垂れた。

 こういう「お礼がしたい」といった感じの言葉に弱い。

 何とかしなければ、いつか詐欺に騙されかねないと思った入夏だった。

 

 

 挙動不審と言われかねないくらいに周囲に目を配り、入夏は逆又の家の前へと案内される。

 なんてことない、普通の一人暮らし用のアパートといった感じだ。

 「外で待つのは寒いですから」と入夏は部屋へと招き入れられた。

 もしこんな場面を誰かに撮られてしまったら、と入夏の額から冷や汗が流れる。

 

 部屋はかなり整えられていた。

 丸いテーブル、こじんまりとしたテレビ。

 ある程度の生活感を残しつつも、無駄なものは部屋に置かず綺麗にまとめられているような印象を受けさせる。

 

 タンスの上、入夏が以前書いたサインの隣には老婆らしき女性と逆又が写った写真が並べられている。

 

「私のお婆ちゃんです。私、生まれた時からお爺ちゃんがいなかったけどその分沢山お婆ちゃんに愛してもらって」

 

 包丁でリズミカルな音を立てながら逆又が言う。

 

「そうなんですか。それは……」

 

「ごめんなさい、別に困らせたくて言ったわけじゃないんです。こんな事突然言われても困りますよね」

 

「ところで、角田さんとはどういう関係なんです?」

 

「……やっぱり気になりますよね。安心してください、入夏さんが想像しているような(ただ)れた関係ではないですから。私もよく分からないんですけど、角田さんと私のお爺ちゃんが知り合いらしいんです。だから、私のお爺ちゃん代わり、みたいなものですかね」

 

 爛れた関係を想像していたって、中々失礼じゃないか?

 まぁ確かに、疑っていたのは間違いないけれど。

 

 やがて、逆又は味見してみてくださいと皿に軽く盛られた肉じゃがを差し出す。

 普段食べているものとは違う、甘い味がした。




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