天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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クリスマスですね。
皆さんは誰かにプレゼントを渡しましたか?
もしないなら私にファンアートとか感想とかプレゼントしてもいいんですよ?


烏賊と蛸

 野球と釣りは似通っている。

 投手と打者は、釣りでいう釣人と魚の関係である。

 双方がいなければこの競技は成り立たない。

 

(中略)

 

 ということで私の釣り人生を語っていこうと思う。

 

斑鳩(いかるが)(かすみ)著「釣りへ行こう!」から引用

 

 

 

「……ずーさん。ずーさんってば」

 

「ん? 悪い、聞いてなかった。どうかしたか?」

 

 チームメイトの槍塚(やりづか)に話しかけられていた事に気づき、入夏は顔を彼の方へと向けた。

 千葉ドルフィンズは幸先よく1勝をあげ、2戦目に挑もうとしていた。

 普段なら意気込んで試合に集中しているところだが、入夏にはもう一つ気がかりなところがあった。

 今日パイレーツの先発投手として予告されている奥戸場(おくとば)(そら)の存在だ。

 奥戸場はプロの世界では珍しい投手と野手の二刀流で活躍している選手であり、先日の試合でも1番センターとして試合に出場していた。

 当の彼はチームメイトと談笑していた。

 

「だから最近の登場曲はもっとノリの良い曲にするべきか迷ってるんですよ~。ほら、最近ちょっと打率下がってきたし気分も変えたいなーって思ってて」

 

「そうか。じゃあそうするといい」

 

「あまりにも興味が無さすぎる!」

 

「話が終わりならちょっと向こうに行ってくる」

 

「えっちょっと、ずーさん!」

 

 槍塚が入夏の肩を掴む。

 その表情からは不安の色が見て取れた。

 

「最近何かおかしいっすよ。今まで人と話す事にあんまり興味が無かったのに、急に他の選手とコミュニケーションを取るようになっちゃって。一体どうしたんですか?」

 

「……宿題ってところだ。いずれ人は変わらないといけない時が来る。その時が今来たってだけだ」

 

「いや、今って。しかもそんな急に変わる事あります?」

 

 呆れかえるような、それとも意味が分からないような顔で槍塚が声を返す。

 

「確かに少し無理をしている事は否定しない。けど必要な事なんだ」

 

「はぁ? 本当にどこかで頭でも打ったんじゃないですか?」

 

「お前も他人事じゃないからな」

 

 槍塚を背にして入夏は言う。

 それ以上、槍塚は何も追及してこなかった。

 槍塚は賢いから、きっと分かっているだろう。

 後はそれを受け入れて前に進む勇気が槍塚にあるかどうかだ。

 

 入夏はずんずんと足を踏み込み、奥戸場達パイレーツの選手の中に混じっていく。

 

「奥戸場、ちょっといいか」

 

「はへ? 何すか入夏さん。わざわざ敵の陣地に入ってくるとはいい度胸じゃないですか。いや待てよ、俺も今度そうしてみればより注目を……」

 

「いいか?」

 

「あっはい」

 

「気になる事がある。お前と斑鳩さんはどうやって出会ったんだ?」

 

 この前の会話は愚策だった。

 確かにいきなりデリケートな問題に手を突っ込めば相手の気分を害して当然だ。

 だから、まずは身近なところから聞いていくべきだと入夏は判断した。

 人の感情の機微に疎いが、それでも知ろうとしない限りは何もできない。

 地道でも進もうとした結果である。

 

「あー、あれですね。前日譚、つまるところのエピソード0を御所望というわけですか。いいでしょう、いや! いいだろう! とくと聞くが良い!」

 

「あぁ、聞かせてくれ」

 

「……なんかそう素直に言われると調子狂うなぁ。えーっと、そうだ。俺は孤高の一匹狼であるが故に、師の存在に飢えていた。当然と言えば当然だ、俺のような選手がそう簡単に生えてくるわけなどないからな。正直、他の選手も見下していたよ。だが、昔のとある選手の映像を見て大きくインパクトを受けた。そう、それがまさしく斑鳩さんだよ。といってもこれは接点じゃない。あくまで俺の一方通行の憧れだ。そもそも、俺が斑鳩さんを知ったのはプロに入ってから、彼が亡くなった後だからな」

 

 奥戸場の言葉に入夏は首を縦に振る。

 確かに斑鳩が亡くなったのは今から十年前の話だ。

 斑鳩は引退後気が抜けたように野球から釣りへとのめり込んだらしく、優れた実績を誇りながらもコーチ職にはつかなかったという。

 まだ50代後半という若さで亡くなった原因は病気ではなく、事故。

 乗っていたボートが転覆した結果溺死したのだという。

 

「だが俺はそれでも彼に近づきたかった。斑鳩さんの枠に囚われない変幻自在のピッチングは俺の理想だった。そんな時、今から1年ほど前に斑鳩さんに出会ったんだよ」

 

「死んでいるのにか?」

 

「あぁ、さしもの俺も半信半疑だったさ。死人が目の前に現れるわけない、悪夢だと思って頬をつねった。だが現実だった。本物だと言える確証こそないが、そこはまぁ魂がそう告げていたんだ。そしてあの人は言ったんだ、『君の矛盾に惚れた。俺の元に付いてこないか?』とな。プロローグ、完」

 

「待ってくれ、最後の発言は一体」

 

「おおっと、物語には余韻が大事なんだ。そういうのはまた今度にしてくださ、してくれよ」

 

「分かった、今回は引き下がる。また今度教えてくれ。斑鳩さんとも今度話をさせてくれ」

 

「ですってよ、斑鳩さん」

 

『……そうだね、また今度』

 

 奥戸場の後ろからくぐもった声が聞こえる。

 それを認識した入夏は二人(?)にお辞儀をしてドルフィンズの練習場に足を戻した。

 何とか最初の悪印象からは逃れられたかもしれない。

 後で勇名さんにも色々と話を聞いてみよう。

 彼は何も覚えていないかもしれないけど。

 

 

 

 汎用の応援歌が鳴り響く中、入夏は打席上で投手の違和感を感じていた。

 マウンド上には先発の奥戸場が3球目を投げ終えたところだ。

 この前の投球フォームと似ているようで、何かが決定的に違う。

 それを進化と言うべきなのかは分からない。

 ただそれでも、ここまでのピッチングは彼のポテンシャルを存分に発揮していた。

 

 4球目、センター方向に打ち損じた打球はショートのグラブに収まり1アウト。

 ドルフィンズ打線としても謎の違和感に翻弄され、一巡した打順でヒットを打てたのは6番の早々江(さざえ)だけだった。

 

 第二打席、入夏は際どいコースを見逃した。

 結果として四球を選び出塁。

 一塁上から奥戸場の様子を観察する。

 違和感の正体を掴めない限り、打線が奥戸場を攻略するのは難しいだろう。

 一塁塁上、自分の息だけが聞こえるほどに集中させ奥戸場の投球を凝視する。

 肩の動き、体の出し方、肘の角度。

 瞬間、入夏は奥戸場の実力の高さを悟ることになる。

 

 フォームを僅かに変えている、それも意図的に。

 普通であれば、ピッチャーの投げ方は小さな差こそあれど常に一定だ。

 だが目の前にいる奥戸場は違う。

 自分で意識して複数のフォームを投げ分けている。

 それも出力を落とすことなく。

 これがいかに厄介か。

 通常であれば3回、4回と打席で対戦すれば打者の目はピッチングに慣れてくる。

 しかし奥戸場は自由にフォームを自らの意志で変えられる。

 そしてボールの質が大きく落ちる事の無いため、その理論が通用しないのだ。

 奥戸場の柔軟な体、そして恐るべき器用さがあっての技術である。

 

 これが斑鳩から教えてもらった技術か。

 なるほど、これだけでも斑鳩が如何に厄介なピッチャーだったのかを垣間見えるような投球術である。

 

 その後、ドルフィンズは本塁打2本を浴びるなど4失点で劣勢となる。

 フォームを絶妙かつ自在に操る奥戸場を前に打線は1点しかあげる事が出来ず。

 8回からははパイレーツお決まりの勝利の方程式が発動。

 まずは(さかき)が三者凡退で締め、9回はリーグ屈指のクローザーである大門(だいもん)が登板。

 ずば抜けたコントロールと大きく曲がるスライダーでドルフィンズの下位打線を翻弄しゲームセット。

 

 入夏はこの日、3打数1安打1四球だった。




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