天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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3章 わくわくペナントレース編 後半戦
一握りの疑惑と


「入夏さん、お元気ですか?」

 

「……えーっと、はい。元気かと言われるとその通りですね」

 

 記者の佐藤(さとう)(みどり)が電話越しに口にした言葉に、入夏は曖昧な笑みを返した。

 テレビではオールスターの様子が消音で流れている。

 実は入夏は佐藤とは結構綿密に連絡を取っている。

 昔の人物や事件に詳しい佐藤は、勇名の過去を探っている入夏にとってはこれ以上ない程ありがたい存在だった。

 

「それで今日は昔のどの選手についてお聞きしたいんでしたっけ?」

 

大城(おおしろ)選手っていましたよね。何故あの人が引退したのか知りたくて」

 

 入夏は大城(おおしろ)氷雨(ひさめ)の名前を挙げた。

 勇名の同級生、もっと言うなら同じ高校出身の二人だ。

 佐藤から聞いた話と勇名から聞いた話では大城の人格について乖離がある。

 『人を殴るような奴じゃない』という勇名の言葉が頭に残っていた。

 

 成績をざっと調べてみたが、圧巻だった。

 数年もの間タイトル争いから落ちる事なくひたすら勝利を重ねてきた事が数字だけでもよく分かった。

 しかし、彼の稼働年数が入夏にとっては気がかりだった。

 事件を起こしたことによる謹慎期間のブランクはまだ分かる。

 それからずっとタイトル争いを続ける圧倒的な成績を残しながら何故33歳という若さで引退したのか。

 よほど大きな怪我を負ったのだろうか。選手生命を絶つほどの。

 何故か入夏の脳裏には今の深瀬(ふかせ)の顔が浮かんだ。

 

『大城選手ですか。確かに引退するタイミングは周りから見たら早過ぎると思うのが自然なんでしょうけど、元々肉体的にも精神的にも限界が近かったみたいで』

 

「どういう事ですか?」

 

『引退する直前、肩に抱えていた怪我が悪化していたようなんです。治療してリハビリをすればまだ現役を続ける事も出来たんですけど、もう精神的にも余力が無いほどに燃え尽きていたみたいで。それで、その……』

 

 佐藤が何かを言い渋る。

 その声色には明らかに迷いが隠れていた。

 

「どうしたんですか?」

 

『いえ、その。これからする話はただの噂ですし、本当に眉唾ものの話なんです。えっと、入夏さんが今調べているのは勇名涼選手の事ですよね。その事に関して、大城選手に不穏な噂がありまして……。というのも、大城選手が勇名選手を殺したんじゃないかって』

 

「……は?」

 

『あ、いや。といっても本当に無理がある所も大きいんです。勇名選手が亡くなったのはシーズン中ですし、普通に考えてもあり得ない話だと思います。ただ、そうは言っても波風は立つもので……』

 

 確かに勇名の最期に関しては謎が多いというか分からないことだらけだ。

 何故わざわざシーズン途中で行方をくらましたのか。

 何故彼の遺体は崖の近くに転がっていたのか。

 ただの自殺として片付けるのはあまりにも不自然だ。

 

 ―――俺がお前を殺しにいく。

 夢の中で、大城は勇名に対してそう言っていた。

 もしも二人の仲を引き裂く何かがあったとして、それが原因で争ったというなら動機としては充分なものがある。

 

(流石に安直か)

 

 しかし、と入夏は思いとどまる。

 きっとあの言葉に純粋な殺意はなかった。

 確証はないが、そんな気がする。

 

「そういえば、佐藤さんって大城選手に取材したことがあるんですよね。その時に何か掴めなかったんですか」

 

『あれ、その事言いましたっけ? そうですね……結論から言えば残念ながらほとんど無いですかね。扉を開けていただくのに10回、お話し中に怒られる事25回、そこから信頼をいただくのにさらに10回。かなり険しい道のりを歩んだ割には得られるものは少なかったような。ただ勇名選手の話をした時は、何というか。愛憎どちらもこもったような表情をされていましたね』

 

「愛憎、ですか」

 

『はい、これは大城選手に限った話ではないんですが、勇名さんの話をすると皆さんちょっと表情が曇るんですよ。極端に怒ったのは大城選手くらいですけど、あの人の場合もやっぱり顔に出ていました。懐かしむような顔がしたかと思えばふっと消えて「怒りや憎しみ」になるような。それで、表現するなら何というか、うー……ん。大城さんのは別れた直後の元カノみたいな感じだったんです』

 

「すみません、そういうのあんまり分からなくて」

 

『で、ですよね! あー、何言ってるんでしょう私! 本当に恥ずかしいので今の発言は無かった事にして下さい!』

 

 あはは、と佐藤がごまかすように笑う。

 スマートフォンの画面越しでも彼女が恥ずかしさに顔を赤くしている姿が想像できた。

 

『……あ、そうだ。元カノと言えば。大城選手に卒業アルバムを見せていただいた時があったんですけど』

 

 最初門前払いだった人間がそこまで関係を進展する事があるのか。

 改めて入夏は佐藤の取材能力の高さに舌を巻いた。

 

『それで同じクラスに勇名選手がいて、あともう一人紹介されたんですよ。名字がかなり特殊だったんですけど、えーっと何だったかな』

 

「メモとかに書いてあるんじゃないですか」

 

『いやー書いた覚えはあるんですけどね。その書いたメモをどこにやったのか忘れてしまったといいますか』

 

「…………」

 

『無言にならないで下さいよ! 私だって色々大変なんですから! えーっとそう、「かま何とか」さんです! その方、結構勇名選手と大城選手の二人とかなり親密だったらしくて。というのも、大城選手の幼馴染で野球部のマネージャーだったんですよ。ただ、同じ野球部の勇名選手と親密になっていたらしくて』

 

 幼馴染、野球部部員とマネージャー、三角関係。

 確かに青春ものではありそうな恋愛関係だ。

 

「あれ、でも勇名さんって結婚されてないですよね」

 

『そうだよ。俺は生涯独身だよ』

 

 あんたには聞いてない、引っ込んでろ。

 突然割り込んできた勇名に入夏は威嚇の表情を出した。

 

『確かにそうなんですよね。彼女がその後どうなったのかは……正直なところよく分かりません。どちらかがフッたのかもしれませんし、流石にそこから先はプライベートな問題ですから』

 

「分かりました、お時間をとっていただきありがとうございます。それで、最後にお聞きしたい事があるんですけど」

 

『はい、なんでしょう! 答えられる範囲でお答えしますよ!』

 

「何があなたをそこまで突き動かすんですか」

 

 ひゅ、と息を切る音が携帯から微かに聞こえた。

 勇名たちが現役だったのは入夏が、そして佐藤も生まれる前の話だ。

 だというのに、あまりにも彼女は当時について知りすぎている。

 

『あ、あははー。そうですねぇ、やっぱり気にはなりますよね。その件に関してなんですけど、なんというか。……自分の中で整理がついていなくて。質問を質問で返すようで恐縮なのですが』

 

 ―――私は、彼らを憎んでいるように見えますか?

 佐藤の言葉には悲痛さが無い。

 ただ純粋な疑問なのだという事は、入夏には確かに分かった。

 

 

 

(なんて返すのが正解だったのだろうか)

 

 電話を切った入夏はベランダを開ける。

 裸足をサンダルに乗せ、外の景色をぼんやりと眺める。

 外では暗がりの陰から蝉がじりじりと喧しく鳴いていた。

 もうそんな季節か。

 勇名と会ってからはもう3か月近くの時間が過ぎようとしていた。

 

 今までにない人との出会いや変化がめまぐるしく動いた前半戦だった。

 苦難や悔しさはあってもとても充実したシーズンだと、入夏は思う。

 けれど、時々こうも思うのだ。

 自分は彼らに一体何を返す事ができるのだろうか、と。

 

 スマートフォンから通知音が鳴る。

 佐藤から連絡が来たのかと思ったが、どうやら違った。

 チームメイトの槍塚(やりづか)からだ。

 

『ずーさん、俺と勝負してください』

 

 槍塚にしては珍しい、回りくどくない端的な台詞には彼の闘志のようなものがこもっていた。

 




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