みなさんも気をつけてください
勝ちたかったのは確かだったと思う。
そんなに相手のことを否定したかったのか、あるいは……。
けどなんか、唐突にアホくさくなった。
こっちは目の前の勝負に勝つことに必死だというのに、相手はそれすらも上回って気を遣ってくる。
例えるなら体育祭の競争でみんなでゴールしようてきなアレだ。
向こうがそんなだから、何だか自分の事がバカみたいに思えてくる。
どれだけ他人を見下していようと、結局現実は大口を開けてやってくる。
お前は1番にはなれないと奴らは笑っているのだ。
自分よりもずっと小さなはずの背中を、ずっと追い続けている。
ちょうど今の状況のように。
「……よし」
「よしじゃないんすけど」
先頭を歩く入夏の後ろで槍塚がツッコミを入れた。
入夏が足を止めたのはとある定食屋だ。
そこそこ年季の入った建物だが、高級感がなく庶民向けの雰囲気がある。
確かに彼が好みそうな店だ。
「あの、その前にどういう意図で誘ったのか聞いてもいいですか?」
「暑いしそれは中に入ってからにしよう。それとも話を聞いたら断るのか?」
「別に、そういうこすい事はしないですけど……」
槍塚の眉間にしわが寄る。
ただ単に夕飯を食べたいだけならいいけど、説教とかだと普通に嫌だな。
今の若者はご高説を垂れるのはあまり好きでは無い。
店内に入ると、高齢の店主が元気よく入夏に挨拶をした。
結構通な野球ファンのようで、「今日の試合見てたよ!」と入夏に話しかける。
入夏も入夏で愛想よく会話を交わしていた。
槍塚は眉をひそめる。
昔ならファンとの交流があまり好きでは無かったのに、短期間で人はこうも変わる者なのか。
席について、それぞれがメニュー表を見つめる。
槍塚は焼き魚定食を、入夏はチキン南蛮定食を注文した。
「で、そろそろ聞いてもいいですよね。そもそも何でここに誘ったんですか」
向かい合った席でずい、と槍塚は入夏に顔を近づける。
「あぁ。ここは数年前、俺が仙台に来て初めて飯を食べたところだ」
「あ、そう。で、何か俺に言いたい事あるんじゃないっすか? やっぱ説教っすか?」
「……俺はついさっきまで唐揚げ定食しか頼まなかったんだ」
「は?」
何それ、好き嫌いの話? え、どうでも良くない? 話の趣旨がまったく分からん。
しかも唐揚げとチキン南蛮ってさほど変わらねーじゃん。
「よくあるルーティンだった。けど、一時的に唐揚げを食べられない時があってな。それで初めて食べてみて分かった。案外チキン南蛮定食も美味しいんだ」
「…………」
「あの、だからつまりだな。誰かが望もうと望むまいと、否応なしに自分も周りも変わっていくんだよ。世の中って、結局そういうものだと思う。どうせ変わるんなら、俺たちはもっと欲張ってもいいはずだ。今日戦えばお前の中の燻りがなんとかなると思った。だから勝負を引き受けた」
口ごもりながらも答える入夏を見て、槍塚はようやく納得した。
あぁ、最近の自分がイライラしている理由がようやく分かったような気がする。
俺はこの人に置いて行かれたくなかったんだ。
同じような立場にいるのに、自分だけ取り残されるのが嫌だったんだ。
「どうも。けど、変わるだなんて随分簡単に言うんすね」
「言う通りだ。人間は誰しも簡単に変われるわけじゃない。でも、俺はお前が頑張って良い方向に変わろうとしていたのを知ってる。最近はずっと5番目以内に練習に来ていただろ?」
「……まぁ、そうですけど」
別にそれは大した理由じゃない。
何となくだ。何となくそうしなければいけないと思っただけだ。
「だから大丈夫だ。お前はきっと今、大きな
―――いつかじゃない。俺は、今のお前に期待してる。
思えば最初から、誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。
過ぎた過去の話じゃなく、遠い未来の話じゃなく。
もうちょっと近い距離の自分を誰かに見てもらいたかっただけなのだ。
入夏の言葉はいつだって無遠慮で、鋭利で、そして正直者の言葉だ。
だからこそ、槍塚の心には深く刺さった。
「はぁ、怪獣って。もうちょっといい例えなかったんすか」
「いや、すまん。気を悪くしたのなら謝る」
「別にいいっすよ。俺、
「……?」
「『期待してる』って言ったのはずーさんの方ですからね! あとからやっぱりさっきの無し、とか言うのは禁止っすから!」
「分かった。肝に銘じておく。それで、お前はどんな選手になりたいんだ?」
「そうですね、皆の期待と同じだけどホームランバッターになりたいかな。今シーズン序盤でそこそこヒットを打てたのは嬉しかったけど、やっぱりホームランを打った時が一番気持ちいいですから」
「いいゴールだ。だったらそれを目指さないとな」
「俺、決めました。自分の打撃にメスを入れようと思います。今日のあの打席、ホームランを打てるようになりたいです。それに、入夏さんが最初言っていたアレ。自分にとって必要なのは唐揚げ定食かチキン南蛮か、それとも焼き魚定食かを見極めたいですから」
打撃を一から作り直すためには二軍以外にふさわしい場所はない。
詰まるところ、フォームの作り直しという事で一時の戦線離脱が必要になる。
年棒は下がるかもしれない。来年同じ場所にいられるのかも分からない。
けど、欲張りで良いと言われたから。
もう少しだけ自分に正直でいようと思う。
◇
「なるほどな。二軍降格志願か。それだと今年の契約更改は恐らく厳しくなるぞ。それでもいいか?」
数日後。
監督室を訪れた槍塚は、自ら二軍降格を志願している事を伝えた。
監督の
「はい」
「理由を聞いてもいいか?」
「今のままでも、多分自分はそこそこ通用すると思います。けど、やっぱりそこそこの選手は嫌です。俺は、怪獣になりたいです。そのために打撃を一から作り直したいと思ってます」
「……なんというか、それは随分思い切ったな」
勢いのまま怪獣と言ってしまった事に槍塚は後から気づく。
代永は次の言葉が思いつかなかったのか、曖昧な言葉を返した。
「はい、正直自分でも驚いてます。でも、自分を見てくれている人がいるんだなって思うといてもたってもいられなくなって。人間、やろうと思ったら何でも行動できるもんですね」
「そうか。チームとしては耳が痛くなるような話だが、お前の意志が固いなら仕方がない。ただし、やるからにはちゃんと結果を出してから帰ってこい。厳しいようだが、一軍から外れるというのはそういう事だ。いいな?」
「分かってます。絶対、今シーズン中に帰ってきてみせます」
「それだけの覚悟をしているならもう俺から言う事はないな。いつ呼ばれてもいいように、しっかり準備してこい」
勢いよく返事をして、槍塚は監督室を後にした。
荷物をまとめようとロッカーに向かう。
「あ」
「ん」
曲がり角でばったり入夏と出くわした。
「どうも」
「二軍に合流するのか」
「はい。……別に逃げるわけじゃないですよ。絶対、もっと強くなってここに帰ってきます。そん時はもう一回勝負を挑みます。だから入夏さんは活躍し続けてくださいよ」
「あぁ、分かってる。次に戦える時を楽しみにしておく。だから必ず戻ってこい」
「たはは、相変わらずだなぁ。分かってますよ」
世の中は年功序列で出来ているのかもしれない。
けれど、そうだとしても腐る必要はない。
少しは抗ってみるのも悪くはないかもな。
入夏と握手をして、槍塚はそう思った。
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