天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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SNSのす〃め

 ホテルの朝食会場で、入夏はコップの中にオレンジジュースを注いだ。

 今日の朝食はバイキング形式だ。

 スクランブルエッグ、小ぶりなソーセージ、みそ汁、白米。

 満足のいくまで皿に盛りつけ、適当な席へと座る。

 向かいでは新聞紙を広げた誰かが既に座っていた。

 多分ドルフィンズの誰かだが、顔までは見えなかった。

 

 例えば、チームにとって飛躍的な成長を遂げた救世主が現れたわけではない。

 チームが大型連勝したとか、順位に変動があったわけでもない。

 それでも今のドルフィンズはようやく駒が揃いつつある状況だった。

 先発と中継ぎ、そして抑えがある程度固まった投手陣。

 打撃はともかく守備には安定感のあるセンターライン。

 チームは間違いなく上り調子だ。

 

「なんだ、君か」

 

 正面に広がっていた新聞が閉じる。

 顔を出したのは鳥居(とりい)だった。

 テーブルにはお茶が湯気を放っている。

 鮭や玉子焼き、みそ汁などバランスの整ったまさに和風と言った感じの朝食が几帳面に置かれていた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう。新聞、読むか?」

 

「じゃあスポーツ欄だけ」

 

「これはスポーツ新聞だぞ。君も社会人なら色々情報は集めていた方が良い。現役を引退した時の事だってある。世の中の情報は吸収しておくに越した事はないからな」

 

「…………」

 

 入夏は思わず沈黙する。

 現役を引退したら。

 野球を辞めた後のことなんて今まで考えた事が無かった。

 

「こいつシャイなんだからあんまりダル絡みしたらダメっすよ鳥居さん」

 

 後ろから陽気な声が聞こえる。万田(よろずだ)だ。

 彼は周りを見渡すと、「隣空いてんじゃん。失礼するぜー」と言って入夏の隣の席に着いた。

 万田が運んできた皿の上にあるのはパン二つに、コンソメスープとオレンジジュース。

 鳥居とは対照的に洋風の朝食だ。

 

「あ、スポーツ新聞読んでたんすね。鳥居さんエゴサ好きそうですし、気になるんですか?」

 

「おい。それはどういう意味だおい」

 

「エゴサ?」

 

 入夏が聞き返すと、万田は鼻を鳴らす。

 

「そ。略さずに言うとエゴサーチ。最近SNSとかでも耳にしたことあるだろ?」

 

「悪い。俺、あんまりそういうの興味がなかったから分からないんだ」

 

「おっと、そうか。まぁそういうのは人それぞれだし、むしろちょっとした事で炎上するから興味が無い方が楽かもしれないな。エゴサーチっていうのはつまり、誰かの呟きに自分の名前が入ってないか検索するんだ。誰でも発信できるものが多いから褒めるだけのもあれば結構手厳しい事まで耳に入ってくるのが悩みどころだな」

 

 そんじゃあ試しに、と万田はスマートフォンを動かし始める。

 見せびらかすように向けてきた画面には「#鳥居帝人 #千葉ドルフィンズ」という検索ワードが入力されていた。

 

「……なんで僕なんだよ」

 

 頬杖をついて鳥居が不満を漏らす。

 

「だって人気選手は参考になるじゃないですか。それにSNSは怖いところだから。いきなり心無い一言で入夏が傷つくのは可哀想だと思って」

 

「君、段々僕に対する扱いがぞんざいになってないか?」

 

「まぁまぁ細かい事は気にしない気にしない。えーっとどれどれ、『鳥居選手LOVE』『スマートにこなすところがカッコいい』『顔がいい』。おー、知ってたかもしれないけど良かったっすね。肯定的な意見がほとんどですよ」

 

「当たり前だ。そうなるように常に気を遣っているからな」

 

「たまに『得点圏打率ゴミすぎ』『なんかナルシストみたいで嫌』とか言われてるけど。まぁこんなのは野球選手なら序の口ですよね」

 

「序の口なのか……?」

 

 悪口を平然と流す万田に入夏は愕然とする。

 なおさらエゴサというものが怖く感じてきた。

 

「わざわざ読み上げる必要ないよな?」

 

「これも勉強ですよ。他に面しr、じゃない。参考になりそうなのはー。『鳥居選手って女殴ってそうだよね』。……ふっ」

 

「万田、後で一緒に練習しようか。とびきりキツイやつ」

 

「ちょちょちょ、ちょっと待って! 言ってるの俺じゃないっすよ! あと別にこの人悪口のつもりで言ってるわけじゃないみたいです。『むしろ殴られたい』って言ってますよ」

 

 ほら、と万田は鳥居に画面を見せる。

 眉間にしわを寄せた鳥居はじっとその画面を覗くと、悩まし気に額に指をやった。

 

「……これは反応に困るタイプの意見だな。喜ぶのも何か違うような気がするし」

 

「やっぱり髪の色が原因じゃないんですか?」

 

 鳥居は地毛こそ黒だが、自らの髪の先端の一部を金髪に染めている。

 プロ野球選手としては珍しいメッシュという染め方らしい。

 

「そんな事を言われても、当分変えるつもりはないぞ」

 

「そりゃまたどうして」

 

「いいか、有名人は顔を覚えてもらってナンボだ。どれだけいいプレーを続けたとしても『あいつ誰だっけ』という思われてしまったら意味が無い。覚えてもらうためにはインパクトが必要なんだ。それにこの髪型には思い入れがある。一番憧れている人に褒めてもらったからな」

 

(なんか理由が乙女だ……)

 

 学園ドラマで聞いた事のあるようなセリフに、入夏は驚く。

 鳥居さんにこんな一面があったなんて、今までは全く知らなかった。

 

「勿論目立つというのは悪目立ちではなく、良い意味でという意味だがな。実際、この髪型に変えてから顔を覚えてもらった人の方が増えたのは事実だ」

 

「本当はエゴサしてますよね?」

 

「してない。そんな暇があれば相手の研究をする」

 

 そこはどうあがいても認めないつもりらしい。

 

「……自分の事はともかく、どうして他人の事をそこまで知ろうとするんですか」

 

 鳥居のじっとした視線が入夏へと向けられる。

 

「今はデータ野球の時代だ。君も分かってると思っているけど、情報があるかないかでは戦況が全く異なってくる。とまぁ、これが戦略的な事情だ。個人的な事情としては、相手の事をもっと知りたいからだ。向こうがどういう性格で、何が好きで、何を嫌うのか。プレースタイルはどうか。走塁意識はどうか。知識は通貨にも劣らない資産だ。何事も知ることから始まる」

 

「それが、もし間違っていたら?」

 

「……君が過去に何を経験したのかは知らない。可能なら知りたいが、語りたくはなさそうだし。僕個人の考えとしては、別に間違った情報を掴まされたっていいよ。自分の考えが間違っていたと気付かされるのもまた悪くはない。間違えていたのなら、その前まで遡ってまた考え直せばいい。ただそれだけの話だよ」

 

 素敵な考えだ。

 その考えがかつての自分にもあったら良かったのに。

 

「やっぱり、新聞読んでもいいですか」

 

「お! やる気になったか、入夏!」

 

「はい、どうぞ」

 

 ありがとうございます、と言って差し出された新聞を手に取る。

 一面は北海道パイレーツの奥戸場(おくとば)がカニのようなポーズ(新聞曰くこれがガッツポーズらしい)をする場面を切り取られていた。

 誌面によると奥戸場のサヨナラタイムリーで勝負を決めたらしい。

 性格に関しては分からない事だらけだけど、実力は確かなんだよな。

 打撃も守備も走塁も、何なら投球だって他の選手には負けていない唯一無二のものを持っている。

 

 続いて他の野球の面へと目を向ける。

 大阪ビクトリーズは正捕手の穂立(ほだて)(じん)が活躍したようだ。

 弟の穂立(ほだて)(れん)は現在ドルフィンズに所属している。

 男兄弟というと色々と大変そうなイメージが湧くが、入夏は一人っ子なのでその辺に関してあまり詳しくない。

 弟の方は少しだけ話したが愛想は良いし、先輩に好かれるんだろうなという性格をしている。

 最近は数個年上の外野手である(しば)や、一つ年上の(たち)と仲良くしているのをよく見る。

 

「あ、ドルフィンズの記事だ。……ん?」

 

 新聞にはドルフィンズの渦巻(うずまき)とマッハトレインズの玉城(たまき)がそれぞれ投球する姿が掲載されていた。

 

『待望のプロ初対決!! 「旋風」を巻き起こすのはどちらか!』




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