天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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トルネードは二つもいらない②

 両先発は完璧な立ち上がりで3回を終える。

 どちらも攻撃時間の少ない、あまりにもハイテンポな試合となっていた。

 

『次の打席、追い込まれるまではカーブを狙ってみない?』

 

「一球種だけに絞っていいんですか?」

 

 勇名の言葉に入夏は怪訝な表情を隠せない。

 ストレートならまだしも、カーブだけに狙いを絞るというのは中々にリスキーだ。

 相手に狙いがバレたら完璧に抑え込まれる可能性だってある。

 

『あぁそこは大丈夫。宮使(みやつか)さんは相手が弱い所を徹底的に突くタイプのキャッチャーだからね。向こうのキャッチャーが彼の遺志を引き継いでいるのなら、必ず一球は挟んでくるはずさ』

 

「要するに、さっきの打席の反省を活かすということですか」

 

『そうとも言える。けど、大事なのは先ほどの敗北を()()()()()という事だよ。失敗は成功の母と言うけれど、放っておいたら失敗はただの失敗だ。それを何ともない顔をしながら勝利に繋げてこそ、超一線級の選手だ』

 

「意外です。勇名さんが立ち直り方を教授してくるなんて」

 

『打者に敗北はつきものだからね。引きずりながら強気に戦うくらいが丁度いいんだ。それにさ、そろそろあのいけ好かない顔を歪ませてやりたくない?』

 

「……それ、いいですね」

 

 4回の表、打線は一巡して再び入夏に打席が回ってくる。

 逸らないように。焦らないように。―――悟られないように。

 いつも通りを意識してバッターボックスへと入った。

 

 俺は臨機応変とか、そういうのが出来ない。

 計画が崩れると内心慌てふためいてしまうような人間だ。

 だから、俺も徹底的にやる。

 動機は違うだろうけど、徹底的という意味では俺は宮使さんや越智(おち)さんと同じだ。

 目の前のチャンスを逃さないために、自分を貫き通す。

 

 初球。

 配球は、緩いカーブ。

 快音を残してセンター前へと打球はワンバウンドした。

 両先発の完全投球をまず崩したのは入夏のヒットだった。

 

 

 

 走塁用のグローブに付け替えた入夏は、早速リードを広げる。

 玉城は良い投手であることに変わりはないが、崩す方法がないわけではない。

 その一つがランナーを置いた場面での投球だ。

 玉城はその独特な投法も相まって、クイックモーションを苦手としている。

 そのため、俊足のバッターに出塁された際には警戒する必要があった。

 

 球速の遅いカーブはバッテリーにも選択のしづらいボールとなるし、落ちるボールなら暴投をする可能性もある。

 ……いや、あのバッテリーがそう簡単にボールを逸らす方が考えづらい。

 それでも選択肢を一つでも減らせるのなら儲けものだ。

 

 スパイクで土を払い、姿勢を屈ませて玉城の投球を見る。

 少しでも隙を見せれば走る。

 初球、バッターボックスの穂立(ほだて)に対していきなりフォークを投じてきた。

 結果穂立は空振りして1ストライク。

 越智は上半身で止めて転がったボールを右手で握り、ちらりと入夏のいる方向を見るだけにとどまった。

 

 無視されているのか?

 入夏の頭にもやもやとした感情が浮かんでくる。

 越智の捕球力の高さはともかく、走者のいる場面で簡単に変化球を投げる。

 ランナーからすれば「お前の事など眼中にない」と言われているようなものだ。

 ベンチからは「走ってもいい」のサイン。

 得点圏で上位打線に回せば、きっと何とか帰してくれる。

 

 入夏は息を整え、玉城の動きに注視する。

 まだ。まだ。……今っ!

 そう思ってスタートを切った途端、玉城と目が合った。

 

「は?」

 

 何故今こっちを、と思う間もなくボールは玉城の元から離れる。

 玉城が投げたのはキャッチャーにではなく、ファーストだった。

 既にスタートを切っている入夏は止まるわけにもいかず二塁へと向かう。

 しかしボールはファーストからショートへと送球されていた。

 挟殺プレーだ。

 この場合ランナーは足の速さだけでなく、背後から追いかける守備のボールの位置を把握する判断力を求められる。

 

 じりじりと詰めてくるショートに背を向け、今度は一塁へと足を進める。

 ここで簡単に捕まるわけにはいかない。

 がしかし、内野陣は集まって人数を増やし確実に入夏を仕留めにきていた。

 何度も一塁と二塁の間を追われながら往復して、ついに入夏の背にグローブが触れる感触がした。

 

 狙われていたのか?

 最初のランナーを誘うような配球も、このために?

 唇を強く噛みながらとぼとぼと入夏はベンチへと戻る。

 

「悪い、せっかく出塁できたのに」

 

 ベンチで渦巻とすれ違う時、消え入るような声で入夏は呟く。

 空気が重い。どうにも顔を上げられそうにない。

 瞬間、ばしんという大きな音を立てて入夏の背中が叩かれた。

 

「……うし! この一発でチャラな!」

 

「そ、そうそう! 今のは相手が上手かっただけだって! あんま気負うなよ入夏!」

 

「大丈夫だぞ入夏。俺なんて通算で牽制死10回は食らったことあるからな!」

 

 背中を叩いた渦巻を筆頭に、万田や阿晒が口々に声をかけてくれた。

 

「守る方は俺がいる。だから安心しろ」

 

「……分かった。これからのプレーでちゃんと取り返す」

 

 入夏が顔を上げる。

 その先には笑顔のチームメイトがいた。

 

 

 渦巻対マッハトレインズ打線は二巡目へと入る。

 まずは1番、田吹(たぶき)に対するピッチング。

 投じたのは全てカットボールだった。

 いきなり空振りを奪うと、最後は詰まらせてサードへのフライに仕留める。

 次は2番の布施(ふせ)

 ドラフト一位で入団したルーキーは非力さほど目立つものの、ここまで打率2割後半と好調を保っている。

 ストレートで押して追い込んだものの、布施も負けじと食らいつく。

 ファール。ファール。ファール。

 優れたミート力を生かしたバッティングで、フェアゾーンに飛ばせずとも粘ってくる。

 カウント2-2。迎えた8球目。

 右投手から左打者の内角をえぐるようなカットボールに、布施のバットが回った。

 見逃せばボール球というコースだったが、追い込まれた状況の中で渦巻のカットボールを前に見逃す方が難しい話である。

 打線はクリーンナップへ。

 3番の加藤は膝を大きく曲げる独特のフォームからヒットを量産する右の巧打者だ。

 対する初球、今度はチェンジアップで空振りを奪う。

 一球低めに外れたものの、3球目のストレートを振らせて打球はライトへと上がる。

 落下点に入った入夏がボールを捕球し、スリーアウト。

 この回も打者3人できっちりと締めてマウンドを引き上げていった。

 

 5回の裏。左打席に安藤(あんどう)(やすし)が入る。

 銀縁眼鏡をかけ、ゆったりとボールを待っている。

 見た目は地味だがマッハトレインズの4番として巧打力も長打力もチームトップクラスの選手だ。

 次期エース対4番。

 その勝負はたった一球で決着がついた。

 渦巻の直球に対して振り負ける事無く打ち返し、打球はライト方向へ。

 入夏が背走で後退するも、ボールの勢いは強くあと一歩が足りなそうに見える。

 

(……いや。取り返すって言っただろ、俺は!)

 

 強く地面を踏み込んで入夏は跳ぶ。

 空中、それも腕を限界まで伸ばして向けたグラブにボールがおさまる。

 ほっと息をついたのも束の間、いつの間にか迫って来ていたフェンスへと体がぶつかった。

 

「痛ッたッ!!」

 

 声をあげるほどの痛みに悶えつつも、ボールを抱えたグラブは落とさないように集中する。

 審判がアウトを取ったのを確認して入夏はボールを内野へと送球した後、肩を揉んだ。

 

「大丈夫っすか入夏さん!」

 

 センターの(たち)が駆け寄ってくる。

 

「大丈夫だ……。取り返すって皆の前で言ったからな。けど、俺はお前みたいに上手くは捕れないらしいな」

 

「いや、今のは響きましたよ。ほら」

 

 舘がマウンドの方を指さす。

 その方向に視線を動かすと、渦巻が外野手にも見えるようなハンドサインを出していた。

 ―――グッジョブ。

 誰が見ても分かるような賞賛を惜しげもなく渦巻はあげていた。




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