両先発は完璧な立ち上がりで3回を終える。
どちらも攻撃時間の少ない、あまりにもハイテンポな試合となっていた。
『次の打席、追い込まれるまではカーブを狙ってみない?』
「一球種だけに絞っていいんですか?」
勇名の言葉に入夏は怪訝な表情を隠せない。
ストレートならまだしも、カーブだけに狙いを絞るというのは中々にリスキーだ。
相手に狙いがバレたら完璧に抑え込まれる可能性だってある。
『あぁそこは大丈夫。
「要するに、さっきの打席の反省を活かすということですか」
『そうとも言える。けど、大事なのは先ほどの敗北を
「意外です。勇名さんが立ち直り方を教授してくるなんて」
『打者に敗北はつきものだからね。引きずりながら強気に戦うくらいが丁度いいんだ。それにさ、そろそろあのいけ好かない顔を歪ませてやりたくない?』
「……それ、いいですね」
4回の表、打線は一巡して再び入夏に打席が回ってくる。
逸らないように。焦らないように。―――悟られないように。
いつも通りを意識してバッターボックスへと入った。
俺は臨機応変とか、そういうのが出来ない。
計画が崩れると内心慌てふためいてしまうような人間だ。
だから、俺も徹底的にやる。
動機は違うだろうけど、徹底的という意味では俺は宮使さんや
目の前のチャンスを逃さないために、自分を貫き通す。
初球。
配球は、緩いカーブ。
快音を残してセンター前へと打球はワンバウンドした。
両先発の完全投球をまず崩したのは入夏のヒットだった。
◇
走塁用のグローブに付け替えた入夏は、早速リードを広げる。
玉城は良い投手であることに変わりはないが、崩す方法がないわけではない。
その一つがランナーを置いた場面での投球だ。
玉城はその独特な投法も相まって、クイックモーションを苦手としている。
そのため、俊足のバッターに出塁された際には警戒する必要があった。
球速の遅いカーブはバッテリーにも選択のしづらいボールとなるし、落ちるボールなら暴投をする可能性もある。
……いや、あのバッテリーがそう簡単にボールを逸らす方が考えづらい。
それでも選択肢を一つでも減らせるのなら儲けものだ。
スパイクで土を払い、姿勢を屈ませて玉城の投球を見る。
少しでも隙を見せれば走る。
初球、バッターボックスの
結果穂立は空振りして1ストライク。
越智は上半身で止めて転がったボールを右手で握り、ちらりと入夏のいる方向を見るだけにとどまった。
無視されているのか?
入夏の頭にもやもやとした感情が浮かんでくる。
越智の捕球力の高さはともかく、走者のいる場面で簡単に変化球を投げる。
ランナーからすれば「お前の事など眼中にない」と言われているようなものだ。
ベンチからは「走ってもいい」のサイン。
得点圏で上位打線に回せば、きっと何とか帰してくれる。
入夏は息を整え、玉城の動きに注視する。
まだ。まだ。……今っ!
そう思ってスタートを切った途端、玉城と目が合った。
「は?」
何故今こっちを、と思う間もなくボールは玉城の元から離れる。
玉城が投げたのはキャッチャーにではなく、ファーストだった。
既にスタートを切っている入夏は止まるわけにもいかず二塁へと向かう。
しかしボールはファーストからショートへと送球されていた。
挟殺プレーだ。
この場合ランナーは足の速さだけでなく、背後から追いかける守備のボールの位置を把握する判断力を求められる。
じりじりと詰めてくるショートに背を向け、今度は一塁へと足を進める。
ここで簡単に捕まるわけにはいかない。
がしかし、内野陣は集まって人数を増やし確実に入夏を仕留めにきていた。
何度も一塁と二塁の間を追われながら往復して、ついに入夏の背にグローブが触れる感触がした。
狙われていたのか?
最初のランナーを誘うような配球も、このために?
唇を強く噛みながらとぼとぼと入夏はベンチへと戻る。
「悪い、せっかく出塁できたのに」
ベンチで渦巻とすれ違う時、消え入るような声で入夏は呟く。
空気が重い。どうにも顔を上げられそうにない。
瞬間、ばしんという大きな音を立てて入夏の背中が叩かれた。
「……うし! この一発でチャラな!」
「そ、そうそう! 今のは相手が上手かっただけだって! あんま気負うなよ入夏!」
「大丈夫だぞ入夏。俺なんて通算で牽制死10回は食らったことあるからな!」
背中を叩いた渦巻を筆頭に、万田や阿晒が口々に声をかけてくれた。
「守る方は俺がいる。だから安心しろ」
「……分かった。これからのプレーでちゃんと取り返す」
入夏が顔を上げる。
その先には笑顔のチームメイトがいた。
◇
渦巻対マッハトレインズ打線は二巡目へと入る。
まずは1番、
投じたのは全てカットボールだった。
いきなり空振りを奪うと、最後は詰まらせてサードへのフライに仕留める。
次は2番の
ドラフト一位で入団したルーキーは非力さほど目立つものの、ここまで打率2割後半と好調を保っている。
ストレートで押して追い込んだものの、布施も負けじと食らいつく。
ファール。ファール。ファール。
優れたミート力を生かしたバッティングで、フェアゾーンに飛ばせずとも粘ってくる。
カウント2-2。迎えた8球目。
右投手から左打者の内角をえぐるようなカットボールに、布施のバットが回った。
見逃せばボール球というコースだったが、追い込まれた状況の中で渦巻のカットボールを前に見逃す方が難しい話である。
打線はクリーンナップへ。
3番の加藤は膝を大きく曲げる独特のフォームからヒットを量産する右の巧打者だ。
対する初球、今度はチェンジアップで空振りを奪う。
一球低めに外れたものの、3球目のストレートを振らせて打球はライトへと上がる。
落下点に入った入夏がボールを捕球し、スリーアウト。
この回も打者3人できっちりと締めてマウンドを引き上げていった。
5回の裏。左打席に
銀縁眼鏡をかけ、ゆったりとボールを待っている。
見た目は地味だがマッハトレインズの4番として巧打力も長打力もチームトップクラスの選手だ。
次期エース対4番。
その勝負はたった一球で決着がついた。
渦巻の直球に対して振り負ける事無く打ち返し、打球はライト方向へ。
入夏が背走で後退するも、ボールの勢いは強くあと一歩が足りなそうに見える。
(……いや。取り返すって言っただろ、俺は!)
強く地面を踏み込んで入夏は跳ぶ。
空中、それも腕を限界まで伸ばして向けたグラブにボールがおさまる。
ほっと息をついたのも束の間、いつの間にか迫って来ていたフェンスへと体がぶつかった。
「痛ッたッ!!」
声をあげるほどの痛みに悶えつつも、ボールを抱えたグラブは落とさないように集中する。
審判がアウトを取ったのを確認して入夏はボールを内野へと送球した後、肩を揉んだ。
「大丈夫っすか入夏さん!」
センターの
「大丈夫だ……。取り返すって皆の前で言ったからな。けど、俺はお前みたいに上手くは捕れないらしいな」
「いや、今のは響きましたよ。ほら」
舘がマウンドの方を指さす。
その方向に視線を動かすと、渦巻が外野手にも見えるようなハンドサインを出していた。
―――グッジョブ。
誰が見ても分かるような賞賛を惜しげもなく渦巻はあげていた。
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