「やぁ、最近好調なんだってね?」
球場の芝の上、ドルフィンズOB・
チームは福岡の球場から移動し、ホームである千葉ウミネコ球場で試合を行う予定である。
「はい。お心遣いどうもありがとうございます」
「そうかそうか。それは何よりだ。あー、ところでなんだが……。君、
逆又と言われて、入夏の頭の中に肌の白い、大人びた雰囲気の女性が思い浮かんだ。
彼女とはスーパーでばったり会って以降、ちょくちょく連絡を取るようになっていた。
最初はお互い拙い会話が続いていたのだが、段々と趣味嗜好が分かるようになってからは親しい関係性が続いている。
「またご飯作りましょうか?」とたまに送られるくらいだ。
「何か、と言われると。この前偶然出会ってからは親しくさせていただいていますけど」
「なるほどね……。君が誰と付き合おうが勝手な話なんだろうけど、女性関係で変な噂は立てない方が吉だ。そこのところはよく分かっているね?」
「はい。角田さんの経験談から教わりましたから」
「ならよし。今の君は上がり調子だから、変な人が擦りよってきたり、逆に変なところに入り込んでしまう可能性があるわけだ。プライベートで問題を起こすと、やはり良い印象は持たれない。だからしつこいようだけど、くれぐれも。ね?」
「はい」
入夏が頷く。
すると
「入夏選手~!!」
という声が近づきながら聞こえてきた。
ドルフィンズの番記者・
「最近のご活躍拝見しております! ずばり、好調の原因は―――あっ、お取込み中でしたか?」
「いや、大丈夫だよ。もう終わったから」
「あ、この方はドルフィンズOBの
「かかか角田選手!? これはっ、とんだ無礼を失礼しました!」
「いやいや、そんな頭を下げなくてもいいよ。それにしても、珍しいね。僕はそんなに目立つ方の選手じゃなかったから」
「えぇ、私は往年の名選手ならばっちり覚えていますとも!
「随分と偏った時代に詳しいんだね」
「え? あ、あはは……そうですかね? もちろん現在の選手も詳しいですよ! 特にイチオシなのは入夏選手です! というわけで、お話が終わったらまた取材させてくださいねー!」
そういって佐藤は他の選手の方へと走り出した。
記者というのはとても忙しいものなのらしい。
「彼女はすごいね。しっかりと野球界に対する熱量を持っている。久しぶりに良い記者を見れたよ」
「そうですか。彼女も喜ぶと思います。であれば、彼女の取材に手伝っていただけませんか?」
「いいけど……僕なんかに取材する事はあるの?」
「はい。彼女は昔のプロ野球に興味があるみたいで。特に『鴨橋事件』の事を調べているみたいなんです」
鴨橋事件。
当時のプロ野球としての信用を失墜させたと言われる、大規模な八百長一連を称した事件の名前。
それを聞いて、明らかに角田の表情が曇った。
「…………なるほど、鴨橋事件か。確かにあの事件は謎も多いし、気になる人には気になるものなのかもしれないね。ただ、僕個人の意見としてはあの事件を探ることはあまりおすすめしないな。アレは、単なる興味や熱意で触れるような話じゃない。人の限りない欲、どす黒い何かで形成された話だ。知っている者として、間違えた者として。それを引き継がせない事が僕達の使命だと思ってる」
「八百長に関係していなかった人が、そこまで悔やむような話なんですか?」
鴨橋事件を知っている人物は、いつも暗く語る。
それが入夏にはよく分からなかった。
佐藤記者の話では、選手たちはその動きを洗いざらいに探られ、関わっていた者に関しては重い処罰を受けた。
逆に言えば、当時の検査を受けて潔白と見なされた者。
つまるところ
その点で言うなら、角田はシロのはずだ。
角田だけではない。入夏がこれまで出会ったかつての名選手たち。
彼らも直接八百長には関与していなかった。
だったら「俺たちは関係なかった」と堂々としていれば良いではないか。
「悔やむさ。悔やんでも悔やみきれない」
角田は首を横に振る。
「僕らは間違えたんだ。気付くべきいくつかの問題を見落として、選択肢を誤った。関係したかしてなかったかじゃない。そこにいた全員に罪があるんだよ」
沈痛な面持ちで角田は言った。
しかしすぐに顔を振ると、表情を切り替えた。
「おっと、話が暗くなってしまったね。今から試合だというのに申し訳ない。まぁ僕の連絡先については彼女にいつ教えちゃっても構わないから。じゃあ、今日の試合も頑張ってね」
「ありがとうございます」
角田は他の選手を見に去っていった。
「罪……」
一人になった入夏はぽつりと呟く。
事件当時に生まれた事が無い入夏は、この事件がどれほど重いのか想像もできない。
その罪というのは、角田の言うように一生贖罪に費やさなければいけないものなのだろうか。
◇
試合はドルフィンズが入夏が先頭打者本塁打などで序盤からリードを奪うも、中盤に追いつかれる苦しい展開に。
延長戦となり、最後は疲れの取り切れていなかった鳴子がスパークスの3番・
ドルフィンズは5位から遠ざかる結果となった。
試合後、入夏はスパークスの選手控室へと向かっていた。
探していたのはスパークスの外野手・
入夏と同じ、今亡きOBと繋がる事の出来る人物である。
特に球場内を駆け回ることなく、入夏はすぐに綱井を見つける事が出来た。
彼は今日決勝打を打った生不と仲良く談笑していた。
「綱井。今話ができるか?」
「あ、入夏! すんません生不さん、ちょっとこの人と話してもいいっすか!」
「構わない。彼も何だか急いでいるようだし、そっちを優先させてあげてくれ」
「あざっす! それじゃ、向こうで話そう」
そう言って入夏と綱井は二人きりで話せるところへと場所を移した。
『なるほど……角田がそんな事を』
事のいきさつを入夏が口にすると、綱井の所に憑りついているOBである
入夏にとって樫村は他に比べて相談のしやすい人物だ。
サーモンの事はよく分からない。
「角田さんの話を聞いて気になったんです。確かに鴨橋事件が重い事件であることはよく分かりました。ただ、それでも。皆さんは角田さんの言う通り罪を背負っているのでしょうか」
『罪……罪か。彼がそう言っていたのは、多分。事件が発覚する少し前に犠牲者が出たからだ。君も知っているだろう、勇名涼だ」
「勇名さんが?」
『事態が水面下にあった中で彼が亡くなったんだ。偶然と捉える方が難しい。勇名に何があったのか、どうしてあいつが死んだのかなど今でも分からん。だが確かなのは、球界が勇名涼という偉大な人間を失ったというだけだ。……角田は勇名に心酔していた。だから次の勇名涼を生まない事を第一にしているんだと思う。かくいう僕もその一人だ。だから僕は教育者になる事を選んだ』
樫村は当時の球界を誇る名打者だった。
しかし、球界の歴史の中で彼がプロに対して指導した事は一度もなかった。
一度重いため息を吐いて、樫村が言う。
『そろそろ、君にも知ってもらうべきだろうね。今までは僕の自尊心が邪魔をして話すのを躊躇していたけれど、これを話さなければ意味が無い。少しだけ、昔話をさせてくれないか? 僕と勇名の間に何が起こったのかを』
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