いつもに比べて少しだけ短いです。
僕は勇名よりもいくつか年上だ。
だから、プロの世界に入るのも僕の方が先だった。
歳は確か……6コ上だったか。
まぁそんな事はどうでもいい。
大事なのは、その年の差がどうでもよくなるくらいの実力だった。
勇名は本当によく打つ選手だった。
じっくりとボールを見るタイプで、甘い球はほとんど逃さずに捉える。
打球はほとんど引っ張りばかりだったが、それでも打ちまくった。
勇名は率も残せてホームランも打てる選手だったが、僕はそうじゃなかった。
長打力や俊足があるわけではなく、残せるのは打率くらい。
打率だけが唯一の僕の武器で、誇りだった。
それである年、どちらが首位打者のタイトルを取るか競おうと言ったんだ。
僕らには確信があった。
他の誰かが首位打を獲る事はない。獲るのは僕か、そうでなければ勇名だろうという確信がね。
まぁ結果は君も知っているかもしれないが、僕は打率2位だった。
勇名は1位。打率だけじゃなく、本塁打王の二冠を手にした。
そうは言っても、僕は打撃で一部門だけタイトルを獲得する事が出来た。
最多安打だ。
これは打率ではなく、単純に積み重ねたヒットの数が競われるものだった。
あいつは四球がとにかく多かった。
四球の多さが高い打率に繋がっていたのかもしれないが、僕にとっては棚からぼたもちだった。
まぁ、ともかくだ。
シーズンオフ、タイトルの表彰式が行われた。
その年は君も知っているかもしれない選手がいたよ。
タイラー・サーモンは知っているかい。
彼は打点王のタイトルを獲得していた。
本人は2本差で負けた本塁打のタイトルの事を気にしていたけどね。
あいつはトロフィーを受け取った。
その年の僕の首位打者に懸ける思いは人一倍強かったと思う。
首位打者がいい。最多安打じゃだめだ。首位打者じゃないと。
理由はいろいろあった。妻からの激励、これから生まれる予定の子供と、それを育てるための給料がいる。
でも一番は、あいつに勝ちたかった。勝って僕の方が強いって堂々と言いたかった。
そうだよね。今考えても子供じみた考えだったと思う。
やり切ったという気持ちはあった。
それでも、負けは負けだから。
何とも形容し難い感情を抑えて、素直に祝おうと思ったよ。
そしたらあいつ、どうしたと思う。
表彰式が終わった後に話しかけてきてさ。
「そんなに欲しいならあげますよ」って、トロフィーを差し出してきたんだよ。
―――それは、また。酷い話ですね。
良かった。君も同じことを思ってくれているみたいで。
悪いね。勇名が選んだ人間だから、もっとろくでなしな男かとばかり疑っていた。
その時の怒りときたらもう、ね。
顔がみるみる熱を持ってきているのが分かったよ。
晴れ舞台の上だっていうのに、ぶん殴ってやろうとさえ思った。
……思っただけだよ。僕は大人だから。拳を握りしめるだけで済ませてやったよ。
悔しかった。屈辱だった。恥辱だった。
ただ、そうは言っても来季へのモチベーションが出来たのもまた事実だった。
絶対に次のシーズンではタイトルを奪ってやる。
あの野郎の鼻っ柱をへし折ってやろうという気持ちで挑んだ。
同時に、打つだけの一辺倒ではダメだと思った。
負けを認めて、改めて一選手としての価値をあげないと。
そう考えた私は走塁を磨くことにした。
と言っても、急に足が速くなるわけじゃない。
もちろんスピードを上げるのが一番だが、もう身体能力が伸びるような年齢じゃなくてね。
技術を教わるのに遠慮はしなかった。そういうのは無駄だから。
というか、余計なプライドを持たなかったのが功を奏した。
自分が一番下手だという自覚があったからね。
時間はかかったよ。だけど、今まで出来ないと思い込んでいた事を出来るようになるのは気持ちがよかった。
そこが僕の人生の分岐点だったと思う。
引退してから、僕は一線級の選手よりも幅広く人に指導する道を選んだ。
うまく出来ずに悩む人に、出来るようになることの楽しさを教えてあげたくてね。
……すまない、話が逸れた。
結果、タイトルは獲れたよ。あいつが突然消えた球界で。
戦う事さえも許されずに、「もうお前の勝ちでいい」と言われたようなものだ。
消息を絶つまで、あいつは4割近い打率を打っていた。
プロ野球で戦う君ならこの数字が如何に恐ろしい数字か分かるだろう。
あの時から僕は、僕らは負けたままだ。
あいつのいないタイトル争いなど何の意味もない。
そして、もう何を頑張ればいいか分からないままの状態のときに事件は起きた。
八百長事件、通称「鴨橋事件」と呼ばれる事件の事だ。
実際のところ、勇名に何が起こったのかは分からない。
ただそれは、やっぱりこの事件が関わっていたんじゃないかと思っている。
そうは言っても、手を抜きつつも4割を打てた人間なんていないだろうとは思う。
もしかすると今までの記録は八百長の上に成り立っていたのではないかとも思ったが、それは違う。
決定的な根拠があるわけじゃない。
それでも確信している。
俺が今まで戦ってきた勇名涼は。
あの天才打者は。
偽物などでは断じてない。
◇
樫村との話を終えて、入夏の気持ちはふわふわとしていた。
上手くは表現できない。
心が地面についていないかのような感覚だ。
まさかあんな話を聞けるとは思ってもいなかった。
疑問はある。それも一つや二つじゃない。
勇名は確かにちょっと変わった所があるというか、浮世離れしている節がある。
でもだからといって、努力している人を侮辱するような真似をするとは思えない。
そして、何故勇名は突然姿を消したのか。
本当に「鴨橋事件」が勇名の失踪に関係しているのだろうか。
……分からない。
生まれていない時代の事を言われても当然のことではある。
けど、知りたい。
そうしなければ、勇名はいつまでたっても一人ぼっちになりそうな。
そんな気がする。
『遅かったねぇ』
何も知らない、覚えていない勇名は能天気に声を上げる。
「樫村さんから聞きました。昔勇名さんが樫村さんにしたこと」
『……そう。で、どうだった?』
「ありえないと思いました」
『ははっ、君も言うねぇ。ま、あんだけ嫌われるんだからそれ相応の事はしたんだろうよ』
「勇名さん。何か理由があるんじゃないですか?」
『理由も何も、覚えていないんだから仕方ないよね』
「俺は、まだ信用に値しないということですか」
低いトーンのまま、入夏は言う。
周囲には重い沈黙が漂っていた。
『違う。違うよ。そうじゃない。信用するしないの話じゃない。でも、言いたくないんだ。特に、君には』
「どうしてですか。このままだと未練が遠ざかるばかりですよ」
『いや、必要だよ。回り道に見えるかもしれないけれど、それでも必要なんだ。大丈夫、距離はあるけど遠ざかってはいないよ。一歩ずつ近づいてる』
入夏は確信した。
彼の「覚えていない」は嘘だ。
勇名は自分の未練をはっきりと覚えている。
けれど、入夏が知らないでいることが必要な道?
……難しい問答は苦手だ。
『分かってる。覚悟ができたら。あるいは君が近づいたら教えてあげる』
「……約束ですよ。じゃ、素振りしましょう」
『相変わらずだなぁ』
「生憎それしかできないものですから」
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