天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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そろそろこの章も終わります。
現実ではペナントレースが始まったばかりですが、こっちはオフに。
何故真逆をいくのか。


怪獣は繭の中③

 シーズンも残り試合がわずかになってきた。

 オーシャンズリーグは大阪ビクトリーズにマジックが点灯。

 2位のマッハトレインズとは7ゲームを離し、優勝に向けて道を固めている。

 

 優勝や3位まで、いわゆるAクラスが近いチームは依然激しい戦いが続くが、そうではないチームもある。

 千葉ドルフィンズは既に優勝の可能性は完全に消滅している。

 後半に追い上げる事はできたが、やはり序盤で躓いたのが痛手だった。

 

 そんなわけで、チームは若手の有望株を一軍に昇格させていた。

 槍塚(やりづか)(だん)もまたその一人である。

 

「お久しぶりで―――っす!!」

 

 練習を開始する前、円陣の真ん中に立って槍塚はいつものように元気な声をあげる。

 しかし、彼にも見て分かるような変化が起きていた。

 肌はこんがりと小麦色にやけ、袖からは日焼けの後が覗かせている。

 そして、体が一回り大きくなったように見える。

 腕や上半身の筋肉は元からそこそこあったが、そこからさらに鍛えているように見える。

 そして特に目を引くのが下半身。

 長身の割に細く長かった足は徹底的な走り込みで強化したのか太くなっていた。

 

「今日から改めて、精一杯頑張っていくんでよろしくお願いします!」

 

 まばらな拍手が球場に響く。

 槍塚は大げさに見えるほど頭を大きく下げ、やがて円陣の中、入夏の座っている隣へと戻ってきた。

 

「なってこれたか? 怪獣に」

 

「ははっ、そりゃあまあ。見てのお楽しみって事で!」

 

「そうか。楽しみにしてる」

 

「ねぇそこら辺もっと掘り下げてくれません? 『すごいな槍塚、どうやったんだ?』とか」

 

「それが分かるのは試合で、なんだろ?」

 

「ったはーッ! ずーさんそこはもっとノッてくれなきゃ!」

 

 ……やっぱりこいつは少し苦手だ。

 元気に騒ぐ槍塚に背中を叩かれながら、入夏はそう思った。

 

 

 大阪ビクトリーズとの今シーズン最後の試合は、ドルフィンズのホームである千葉ウミネコ球場で行われる。

 今日の試合、ドルフィンズは左馬(さば)、ビクトリーズは蓬莱(ほうらい)が先発投手として予告されている。

 ビクトリーズは自慢の先発三本柱を他のチームにぶつけるつもりのようだ。

 ホームで試合が出来るのは残り5試合。

 その中には亀津(かめつ)の引退試合も含まれている。

 

 相手は現在進行形で首位を争っているチーム。

 最後の対戦では勝って来季に繋げたい。

 

 試合前、入夏はライトの守備位置から舘とキャッチボールをしていた。

 舘の送球は落ちそうで落ちない真っ直ぐに近い軌道を描く。

 今シーズンはこの矢のような送球でこれまで4度の捕殺を記録していた。

 負けじと入夏も強く送球を返す。

 舘のようなレーザービームはまだ投げられないが、コントロールには自信がある。

 今じゃ球界のエースと呼ばれる男とよくキャッチボールをして技術を盗んでいたから。

 

「入夏さん!」

 

 外野席から聞きなじみのある声が聞こえた。

 振り返ると、逆又(さかまた)が手を振っている姿が見えた。

 舘に一度練習の中断を申し出て、入夏はライトの観客席の方へと小走りで向かった。

 

「今日も見に来てくれたんですね」

 

「はい。私、根っから入夏さんのファンなので。この試合と、あとシーズン最後の試合は観戦しにいく予定です」

 

「そうですか。いいプレーを見せられるように頑張ります」

 

「あ、あと……そのですね。シーズンが終了したら、是非入れていただきたい予定があるんですが……」

 

「予定?」

 

「入夏さんに会いたいという人がいるんです」

 

 会いたい? わざわざ自分に?

 入夏は少しの間(いぶか)しむ。

 

「……まぁ、予定が合えば構わないですよ」

 

 結局、後からどうとでもなるような言葉を返してしまった。

 それでも逆又は肯定と見たのか、ぱぁっと表情を明るくした。

 

「ありがとうございます。試合、頑張ってください!」

 

 いよいよ試合開始が近づく。

 スタメンには槍塚が6番・指名打者として名を連ねた。

 昇格して早々にスタメンとして名前が挙がり、ファンからは驚きの声と歓声が上がる。

 

 2回の裏、0対0の状況で早速槍塚に第一打席が回ってくる。

 ヘルメットを被り直し、槍塚が構える。

 そのフォームは以前までのものと明らかに異なるものだった。

 右打席で右足よりも左足をホームベースに近づける構え。

 クローズドスタンス、と呼ばれるタイプの打撃フォームだ。

 日本の野球では足の位置を揃えるスクエアスタンスか、後ろ足をホームベースに近づけるオープンスタンスが一般的で、クローズドスタンスの選手は少ない。

 海外ではたまに目にすることがあり、スパークスのアーノルドはこのクローズドスタンスを採用している。

 クローズドスタンスは逆方向へ強い打球が打てるようになる一方で、その体勢から視界が他と大きく異なるのが欠点だ。

 

 初球、外角に誘うスライダーにバットが止まりボール。

 足の使い方も変わっている。

 降格する前までは足を上げてボールを待っていたが、今ではすり足だ。

 以前まで苦手だった外に逃げるスライダーをうまく見極められるようになっているようだ。

 カウントが2ボール2ストライクとなり、迎えた6球目。

 外角のやや高めに入ったスライダーに対して逆らうことなくセンター方向へと打ち返した。

 打球は右中間を真っ二つに破ってワンバウンドし、フェンスへとぶつかる。

 外野手がボールを捕球している間に槍塚は二塁を陥れた。

 槍塚ははにかみながら控えめにガッツポーズを挙げる。

 クローズドスタンスの良い点をまさに表すかのような鮮やかなツーベースヒットだった。

 この長打を皮切りに、ドルフィンズは下位打線が活躍し2点を先制した。

 

 4回に回ってきた第二打席ではカウント3ボール1ストライクからボール球を見逃して四球。

 打席である程度余裕を持てているのか、きっちりと出塁して次の打者に繋げた。

 その後5回にビクトリーズ打線に1点差まで追い上げられたが、その裏に入夏の17号2ランホームランが飛び出しリードは3点に広がる。

 

 そして6回の裏、槍塚に今日3度目の打席が回ってくる。

 ノーアウトランナー無し、ピッチャーは2番手に交代している。

 その初球だった。

 外角よりのボールを上半身の強靭なパワーで強引に引っ張った。

 強烈なスイングが高い快音を残して打球はレフトへ高く上がる。

 槍塚はホームランを確信したのか、バットを左手で高く掲げて軽くぽいと投げ捨てた。

 

 怪獣の産声。

 悠々とダイヤモンドを一周する槍塚を見て、そんな言葉が入夏の脳裏に浮かんだ。

 

 

『―――という事で、本日のヒーローインタビューは槍塚選手でした!』

 

 にぎやかなヒーローインタビューを終え、槍塚はファンに手を振りながらベンチへと戻ってきた。

 マイクを向けられた中であれだけ「最高です」と声を上げた通り、槍塚は非常に上機嫌そうだ。

 彼の視線はファンのいる観客席を一回りほど動いた後、ベンチで座る入夏の姿を射止めた。

 槍塚の表情が明るくなる、いや。元から明るいのだが。にやり、と擬音のつきそうな笑みを浮かべる。

 

「あっ、ずーさん! 待っててくれてたんですか!」

 

「ああ。いいバッティングだった。やっぱりお前はすごいスラッガーだ」

 

「そうでしょそうでしょ!? で!?」

 

「で、とは?」

 

「ほらー、あれですよあれ」

 

「……お前の求めているものと合っているのかは分からないが。『どうやったんだ?』」

 

「はっは、そりゃまぁ普通の事をしたまで! と言いたいところなんだけど、実際はもっと地味な感じだったんですよね。最初の半月は打席にすら立たずにひたすら打撃コーチとのフォーム探しばっかり。色々試しましたよ、スタンダードなフォームから有名選手の打ち方、果てはメジャーリーガーの打ち方とかも。でも中々上手くいかなかった」

 

 槍塚は照れくさそうに頬をかく。

 

「諦めたくなりました。夜の街に繰り出したくなるし、酒だって飲みたくなった。でも、俺あの時入夏さんに言われた『怪獣になれる』って言葉を思い出したんですよ。あれは本当に嬉しかった。だから諦める前に、やるなら思い切ってクローズドスタンスに変えて見る事にしたんですよ。一番人気のない足の置き方だけど、やってみて初めてしっくりきた。これが怪獣への道、だってね。後からは試合に出まくってフォーム固め。細かい微調整を、打撃コーチとの二人三脚みたいな感じでずーっと積み重ねて、で。これですよ」

 

「そうか。お前は繭を破ることが出来たんだな」

 

 槍塚は一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに歯を見せて笑った。

 

「はは。まさにそうっす!! 表現の仕方はよく分かんないですけど!」

 

 槍塚が右の拳を差し出す。

 何となく入夏も右の拳を差し出すと、槍塚も応えてくれた。




次回、シーズン最終戦!
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