ベースを回る間は生きた心地がしなかった。
まるで、この場にいる誰もが自分を責め立てるように視線を突き付けている。
そんな気がして、顔を上げることすらできない。
ホームベースに近づくと、ランナーの二人の影が見える。
一瞬だけ入夏は顔を上げた。
二人とも明らかに表情が引きつっていた。
この状況を喜べばいいのかよく分からないようだ。
入夏もどうすればいいのか分からない。
ネクストバッターサークルから出てきていた
入夏は彼の最後の試合を壊してしまった事への罪悪感で一杯だった。
サヨナラホームランの祝福も控えめに、入夏はベンチへと引き上げていく。
「すいません」
監督の
誰かに謝らなければ心がどうにかなりそうだった。
「すいません……、すいません……!」
「謝るな。全力を尽くした奴を、俺は責めやしねぇよ」
代永は入夏の肩を軽く叩く。
もし全力を尽くした末の結果なら、どれだけ良かったことか。
(……あぁ、そうか)
入夏は自らの愚かさを悟った。
これは罰だ。
真剣勝負の舞台で手を抜こうとした、自分への罰だ。
あっという間に引退セレモニーも終わりを迎え、花束を抱えた亀津が観客席を一周してベンチへと帰ってくる。
入夏の視線は無意識に亀津からそれてしまっていた。
あんなプレーをしてしまって、本当にいたたまれない気持ちだった。
亀津が野球道具を抱え、入夏の座る前を横切ろうとする。
言うなら今しかない。
「あの、亀津さん。本当に……」
「謝んなよ」
言葉を遮られ、入夏の肩はびくりと震える。
「俺は怒ってねぇよ。むしろスッキリした。こんな引退試合、どこを探しても今回だけだろう。皆の記憶にはずっと残り続ける。その方が俺も本望だ。……それにな、最後のスピーチで言った通り、今日は攻撃も守備も散々走らされて滅茶苦茶疲れたんだわ」
亀津は膝を差し、ぽんぽんと叩く。
確かに今日の亀津は何かと走らされたり打球が飛んでくる事が多かった。
ベテラン、それも怪我を抱えた身には辛いだろう。
亀津の今後にもよるが、彼が次にこの球場を訪れるかどうかは分からない。
少なくとも、選手としての亀津はこの試合で既に終わりを迎えていた。
そう考えると、ますます自分の行動が許せなくなる。
勇名が何らかの力を使って打たせたことにも、それ以前に自分がわざと三振しようとしていた事も腹立たしい。
「これからも頑張れよ、ヒーロー」
じゃあな、と亀津はベンチ裏へと下がっていった。
もらった激励が、今の入夏にとってはただただ申し訳なかった。
◇
『シーズンはこれで終わった事だし、次に向けて反省をしようか』
家に帰ると、勇名は何の気なしにそう言いだした。
あまりの白々さに、入夏の怒りがふつふつと湧き上がる。
「どうしてあんな真似をしたんですか」
『まぁ起こってしまった事は仕方がないじゃないか、君が見据えるべきは未来じゃないのか?』
「聞いてんのはこっちだ!! いいから答えろ!!」
入夏の声が荒くなる。
『じゃあさ、お望み通り三振していれば良かったの?』
「そんな事はっ! ……そんな、事は」
入夏は続きを言えず、口をつぐんだ。
入夏と勇名はある程度感情がリンクしている。
あの時、あの打席で三振しようとしていた事は言い逃れようのない事実だった。
『俺にも情がないわけじゃないんだ。少しは申し訳ないと思ってるよ。君にじゃない。相手投手や亀津君にだよ。真剣勝負に水を差すべきじゃない。その点において勝手に干渉したのは悪手だった』
けどね、と勇名は言葉を続ける。
『俺は上手くなりたい人間の味方だ。君の味方じゃない。そもそも、勝負を放棄したのは君の方じゃないか。今の君に、誰かを追及するほどの説得力は持ち合わせてないと思うけどね』
長いため息を吐いて、勇名は最後に言った。
『……あまり、俺を失望させないでくれよ』
そこで、入夏の感情がかちんと起爆する音がした。
不甲斐なさ、申し訳なさ、やり場のない怒り、苛立ち、無力感。
負の感情に支配され、持っていたカバンを強く叩きつけた。
物に当たるのは入夏にとって初めての経験だった。
何かを壊したくてたまらなくなった。
「もういい。もう―――あんたには、頼らない」
入夏は怒りに震えながら精一杯の言葉を繋ぐ。
スペアのバットをケースに入れて、入夏は乱暴にドアを開けた。
勇名の止める声が聞こえる事はなかった。
気分が悪い。吐きそうだ。
胃をひっくり返されたような不快感がする。
指摘されずとも分かっている。悪いのは自分だ。
勝負から背を向けた自分の落ち度だ。
持ってきたバットを取り出して、力任せに振る。
振る。振る。振る。振る。振る。
空振る音をより鋭く、大きく変えていく。
強さが必要だ。
何者にも揺るがされない、確固たる強さが。
もっと、もっと。
誰にも負けないくらい、強くなりたい。
誰にも頼らなくていいくらい、強くなりたい。
今回の事は生涯忘れはしない。
汗が灯に照らされて光る中、入夏は月にバットを向け、そう誓った。
◇
試合日程を消化しても、チームとしての戦いは終わらない。
来シーズンに向けた戦力補強のため、
まず、直近にまで近づいているドラフト会議の指名についてだ。
ドルフィンズは毎年1位では投手を指名する事が多く、今年も例年に漏れずその方針でいく予定だ。
もし右の長距離砲がいるのならそちらを優先させたいが、今回はめぼしい選手はいない。
今後育成していくにしても、下位指名で十分取れる範囲だ。
1位候補の本命としてリストアップされたのは、古豪・
大学No.1左腕と呼ばれる閃はサイド気味に放たれる最速158km/hのストレートを武器にした剛速球投手。
大学時代では先発、リリーフ共にこなしていたものの、プロではリリーフ向きだとドルフィンズのスカウト陣は考えている。
対抗馬としては鳥居の出身と同じ、東京の
平均149km/hのストレートと、大きく落ちるフォークで空振りを量産。
リーグ戦では最優秀防御率とMVPに輝いている。
九条は名門大学のエースという事もあって注目度が高く、競争が必至だ。
最後にもう一人、社会人チームである
球速・球威・コントロール・スタミナ・変化球とすべてにおいて高いバランスを誇るオールラウンダーといった感じの投手だ。
都市対抗のトーナメントではベスト4に進む活躍を見せている。
その他、2位以下の指名候補には高校で活躍した選手がずらりと並ぶ。
社会人ではかつて深瀬、入夏率いる穂波高校を甲子園で下した高校のエース、
会議は1位は競合が考えられる九条を避け、閃の一本釣りを狙う事で一段落をつけ終了する。
大砲タイプは取れたとしても育成に時間がかかる事が想定されるため、新助っ人の獲得もしくはチームの底上げが早急に求められる。
また、獲得が急がれるのは選手だけではない。
実はチームの参謀役を務めていたヘッドコーチが契約満了につき退任する事が決まっていた。
球団も様々な人材を探しているが、これといった人物が見つからない状況だった。
難航していたコーチ探しに、代永は深く息を吐いて顔を上げる。
たとえ嫌がる誰かの首を縦に振らせたところで、勝利には到底繋がるとは思えない。
もういっそのこと、という事で代永はチーム補強の総指揮を務める
この件に関しては自分に任せてほしい、後任は必ず見つけると。
尤もの事だが、こう言ったのは既に目を付けている人物がいるからだ。
代永はスマートフォンを取り出し、覚束ない操作でキーパッドを一つずつ触っていく。
やがてスマートフォンを耳につける。
何コールかした後、電話先から声が聞こえた。
『はい、もしもし』
『浜栗《はまぐり》か?』
『あぁ、はい。そうですけど。……え、もしかして代永さん?』
『そうだ。お前に提案がある。ヘッドコーチやってみねぇか』
スペック紹介:鳥居帝人編
打撃の安定感:そこそこ。長打を狙えば率は落ちるが、.270~290程度で安定している。
長打力:3番としてはややパワーに欠けるが、2桁本塁打を複数記録している。
走力:プロの中では平均的な速さだが、ベースランニングや盗塁の技術は高い。
肩:可もなく不可もないが、柔軟な動きに対応できる体の柔らかさを持っている。
守備力:フィールディングの技術はリーグ随一。高い守備センスは天性のもの。
捕球:エラーも少なく、守備範囲内なら安定してこなす
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