よろしくお願いします。
お茶会に誘われて
10月下旬。
季節は秋から冬へと移り、紅葉も移り替わるような時期だ。
ポストシーズンもいよいよ大詰め、オーシャンズリーグでは大阪ビクトリーズが順調に駒を進めて日本一決定戦に進んでいる。
シーズン終了を迎えたチームも、一部は来季に向けた秋季キャンプに取り組んでいる。
かくいう入夏の所属する千葉ドルフィンズも11月からキャンプに入る予定である。
「……家って、ここだよな」
入夏はOBの
「元気出してほしくてさ」という言葉にまんまとつられてしまった。
家を見てみると、何と言うか。
「誰もが憧れるような老後の家」という感じだ。
屋敷と見紛うような広さの隅にはそこそこの値段がしそうな車が駐車されている。
人工的であろう池には鯉が数匹泳いでいるのが確認できた。
よく餌を食べているのか、鯉たちは丸々と肥えている。
玄関の前に広がった庭には客を出迎えるように花が植えられている。
時期ゆえか咲いていない花もあるが、オレンジ、ピンク、赤色などの花が所狭しと並んでいた。
花の色によって花壇を分けているのは、角田が几帳面な事の証だろう。
インターホンを鳴らすと、ぱたぱたという足音がしてすぐに玄関が開かれた。
「あっ、入夏さん?」
「……んっ?」
思いもよらぬ人物の登場に入夏はぱちくりと瞬きをした。
あれ、訪問するところ間違えたか?
メモした住所はここであっているみたいだけど。
「何故
「あー、それはですね……」
入夏の目の前に立つスーツ姿の女性はショートカットの黒髪をなびかせながら頬をかく。
彼女は
ドルフィンズの番記者として活躍している記者だ。
入夏が二軍で燻《くすぶ》っている時期からの付き合いである。
「僕が呼んだんだよ」
部屋の奥から家の主、
「ほら、彼女は昔の時代の野球に興味があるって以前君が言ってたじゃないか。それで昔話を時々聞いてもらっていたんだよ。それで今日君が来ることを伝えてみたら思いの外食いついてくれてね」
「食いつい……、いや、間違いではありませんけども」
「入夏君から紹介してくれて助かったよ。こんな老人の話に付き合ってくれるなんてありがたい事だね。彼女、中々の聞き上手だから話し甲斐があるよ」
「えへへ。もう、角田さんってば下げて上げるのが上手なんですからー」
「はっはっは。さ、入夏君もあがってあがって」
「あ、はい。失礼します」
玄関には角田のものであろうスニーカーなどの男物の靴と、佐藤のものらしき革靴、それともう一つ女性ものの靴が並べられていた。
誰の物だろうか。奥さん?
いやでも、角田さんそういえば離婚して独り身って本人が言ってたから違うか。
玄関から和室へと案内される。
壁には掛け軸がかけられおり、その近くには花瓶に花が添えらえていた。
意外と多趣味なんだな。
「こんにちは」
「えっ、
逆又は最近懇意にしている、色々と謎の多い女性だ。
角田の知り合いという事で紹介されたのだから、佐藤がいることよりは驚きは少なかった。
そういえば置いてあった靴も若い女性用だった気がしないでもない。
「じゃあお茶を淹れてくるから、ちょっとだけ待っててくれよ。若い者同士の方が、会話が弾むだろうし」
そう言って角田はキッチンへと足を運ばせる。
入夏と女性二人がその場に残された。
「…………」
「…………」
しかし角田の言っている事は外れていた。
三人、さらに言えば二人はお互い面識が薄いのだから、全員ひとこと目が踏み出せない。
「あ、あーそうだ! お二人は面識がおありなんでしょうか」
佐藤が口火を切る。
気まずい空気に緊張しているのは震えた声を聞けば分かった。
それでも先に思い切って質問を出せるのは、さすが記者だ。
「そうですね。まだ今年が出会ってばかりの年です。たまに身の回りの世話を焼いてくれたりしてもらっているので、とてもありがたい関係です」
「え、身の回り……恋とかに発展しているわけではないんですよね?」
「いや、その! たまたま気が進んでやっているだけですから」
「あ、そうですか。うーん、それに関しては聞いたのが私で良かったですね。週刊記者なんかに見つかったら、もう面白おかしく書き立てられるのがオチですよ。せっかく結果が出てるんだから、素行で評価を下げないように気を付けて下さいね!」
「はい。気を付けます」
「そうそう、私も記者として負けてないですよ! もうじきどでかい山を掴む予定なんですから!」
「つまり。何かの手がかりを掴んだという事でしょうか?」
入夏の言葉に佐藤は人差し指をぴんと立てる。
どうやら質問の答えはYesらしい。
「ふっふっふ、そうです! 実際に書くかどうかは迷っているんですけど、世に出れば多少なりとも話題になると思います!」
「それって、結構スキャンダラスな話だったりするんですか?」
続いて逆又が質問を飛ばす。
佐藤は軽く首をひねった。
「うーん、それは企業秘密ですかね。まだ公開するかどうかも決めていないですし、こういった話を先に誰かにバラすわけにもいきませんから」
すいません、私ばかり話してしまいました、と佐藤は舌を出す。
「お待たせ~」
やがて角田がお茶をティーカップに乗せて戻ってきた。
ティーカップの中には明るい茶色をした液体が注がれている。
「……紅茶ですか?」
「えっ、ごめんお気に召さなかった!?」
「あ、いえ。そういうわけではないんですけど。和風な家だったものですから、ちょっと意外と言いますか」
「あー。ははっ、よく言われるよ。年を取ってから色々なものを知ってみようと思ってね。紅茶もその一つだよ。こだわってみたら中々美味しいものなんだな、これが」
角田は豪快に笑う。
なるほど、多趣味そうな部屋の内装はそういう考えから来ているのか。
「まぁそれで、今日呼んだのはさ。この前の試合、君がもしかしたら後悔してるんじゃないかなって思って」
「うっ」
図星をつかれ、入夏からうめき声が漏れる。
「やっぱりね。入夏君はさ、表情に出なくとも何となくオーラで喜怒哀楽が伝わってくるから、多分君が思っているよりも分かりやすいよ」
「……そうですか。後悔は、正直しています。もうちょっと上手くできなかったものかと」
「贅沢だなー。いやでもね、僕はそういう所も含めて勇名さんに似ていると思うよ。ヒットやホームランでまぁいいか、とならない所というか、どこまでも満足しない所がね。そう考えると、やっぱり君に背番号33を預けて良かったと思うよ」
角田の口から出た「勇名」という言葉に思わず入夏の表情が歪む。
よりによって、今一番聞きたくない人物の名前が出るか。
いやでも、角田さんだからな。そりゃあ言うよな。
「角田さんが預けたわけではないですよね」
あまり彼の話はしたくないので、入夏は話をやや別の方向に逸らそうと試みた。
「はっはっは。それは確かにその通りだ! でも、君のプレーは彼を彷彿とさせるほど目を引くものだって事は真実だから、そこは信じてほしいかな」
さてと、と角田は白い紙製の箱を持ってくる。
その中にはショートケーキが4つ入っていた。
「元気になるのには甘い物を食べるのが一番! 買ってきたから、みんなで食べよう!」
「ありがとうございます! あの、私の分のケーキ代はお支払いしますから! おいくらで……」
「それを言うのは野暮ってものだよ、佐藤さん。おじいさんと話をしてくれたお代として受け取ってくれればそれでいいから」
そう言われた佐藤は少し申し訳なさそうにショートケーキを受け取った。
入夏と逆又もお礼を言ってショートケーキにフォークを伸ばした。
「……美味しい」
甘ったるくないクリームとみずみずしさの残る苺。
上手くは表現できないが、今まで食べたケーキの中でも群を抜いて美味しいかもしれない。
「あぁ、良かった良かった。このケーキはね、駅の近くの……」
角田が嬉しそうに語る。
とりあえず、ケーキ屋の名前は頭の中に控えておこうと入夏は耳を傾けた。
◇
帰路につきながら、入夏は先ほどの角田の言葉を
他の人がどう見るかはともかく、角田の眼には入夏と勇名が重なって見えたのだという。
一応師匠として勇名に教えを乞うているのだから、そうなるのは自然な事にも思える。
教わった選手のフォームに近づくのは珍しい事ではない。
(でも、これでいいんだろうか)
教えてもらっている事に不満があるわけではない。
最終戦のせいで仲は悪化しているが、彼の言い分が尤もであるのは明白だ。
でも、今後はどうする?
このまま勇名涼の模倣として生きるのか。
彼がいなくなってしまえば、もう指導してもらうことは叶わない。
そうなったときに、俺は自らの力で立ち上がる事が出来るのだろうか。
スペック紹介:阿晒兵太編
打撃の安定感:チームでもトップクラスで、1年を通して不調の時期が短い。1カードにつき最低1本はヒットを打っている。得点圏には非常に強いクラッチヒッター
長打力:中距離砲のため飛距離は他のチームの4番と比べて控え目。ツーベースヒットが多い。
走力:見た目に反して速い。スタートダッシュも良いため、意外と厄介。
肩:普通。弱くもなく強くもない。
守備:ファーストとレフトが主だが、守備範囲が狭いわけではなく足もあるためハイレベルにこなせる。
エラー:ファーストとしての捕球力は高い。たまにゴロをエラーする。
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