天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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今回はドラフト&秋季キャンプ回です。
色々と名前が出てきますが、覚える必要は特にないので雰囲気だけ感じ取ってください


振ればいいってもんじゃないんですよ

 10月某日、東京都内のホテルにて12球団の首脳陣やスカウトが詰めかけた。

 俗に「運命の日」と呼ばれるドラフト会議の日である。

 高校生、大学生、社会人、独立リーグ等。

 それらを問わずアマチュア球界で活躍した選手たちがプロの門戸を叩けるかどうか、ここで決まるのだ。

 それぞれの球団に割り当てられた一つずつのテーブルを囲うようにして、会議は進行していく。

 彼らが周りの状況を考えながら獲得したい選手をスクリーンを通して発表するのだ。

 入夏は自宅から中継の様子を眺めていた。

 

『第1回選択希望選手。千葉ドルフィンズ……(ひらめき)華礼(かれい)。投手。東北都市大学(とうほくとしだいがく)

 

 ドルフィンズは以前から公言していた通り、最速158km/hのサウスポーの閃を1位指名。

 

『第一回選択希望選手。広島ファイアレッズ……蓬田(よもぎだ)凛空(りく)。投手。大平興産(おおひらこうさん)

 

 両リーグ交互、最下位だったチームから順番に1巡目指名選手を発表していく。

 スクリーンに名前が表示されるたびに会場では大きな歓声が上がった。

 

 1巡目指名では他の指名と異なり選手の指名が被る事がある。

 球界ではこれを競合と呼んでいる。

 一方でどの球団とも被らなかった場合は一本釣りと呼ばれ、その場合は選手との交渉権をすぐに獲得できる。

 年度によっては一人の選手に対して8球団が獲得の意を示す事も稀にあるが、通常だと多くても4球団程度が妥当の数字だ。

 

 さて、今回のドラフトはというと……。

 閃華礼(大卒、投手)……2球団(ドルフィンズ含め競合)

 九条(くじょう)桐正(きりまさ)(大卒、投手)……4球団(競合)

 蓬田(よもぎだ)凛空(りく)(社会人、投手)……3球団(競合)

 此葉(このは)幹人(みきひと)(高卒、内野手)……1球団(埼玉フィッシャーズのみ、一本釣り成功)

 (ひいらぎ)(けい)(社会人、外野手)……1球団(仙台スパークスのみ、一本釣り成功)

 馬渡(まわたり)雲英(きら)(大卒、投手)……1球団のみ、一方釣り成功)

 

 被った瞬間、監督の代永(しろなが)が天を仰いでいるのが映像に映っていた。

 競合したくなかったんだろうな、という感情が代永の落胆ぶりから伝わってくる。

 でも冷静になって考えてみれば今年が豊作なだけで、158km/hも投げられるサウスポーともなれば競合は必至だと思う。

 

 1位指名が決まったところで、一本釣りが成功した3チームは指名が確定。

 一方、競合したチームは厳正なる()()によって獲得できるかどうかが決まる。

 閃を巡る2球団、ドルフィンズは監督の代永(しろなが)がスーツのネクタイを締めてくじを引きに向かう。

 ドルフィンズは残った方のくじを引き、アナウンスに従って紙を開く。

 確率は2分の1。

 視聴者もその会場にいる人間も、くじを引いた二人の反応を窺う。

 緊張と沈黙が続く中、片方が紙を高く掲げた。

 代永だった。

 彼に歓声とフラッシュが一気に押し寄せる。

 「残り物には福がある」とはこの事なのかもしれない。

 

 次に4球団競合の九条。

 オーシャンズリーグでは大阪ビクトリーズと北海道パイレーツ、そして福岡マッハトレインズが指名していた。

 くじの結果、交渉権を掴んだのはマッハトレインズ。

 一昨年の玉城に次ぐエースを獲得する事に成功した。

 

 蓬田は3球団競合の末、広島ファイアーレッズが交渉権を獲得。

 くじを外した残りの球団も指名を続けていく。

 外れ1位でも3球団競合があったが、ドラフトは滞りなく進み3回目の指名で全てのチームが1位指名を終えた。

 

『第1回獲得希望選手。北海道パイレーツ……鷹取(たかとり)一真(かずま)。投手。ひかる生命(せいめい)

 

「鷹取……」

 

 入夏はその名前に聞き覚えがあった。

 高校最後の夏、最後の試合で対戦したチームのエース。

 ヒットで出塁こそ出来たものの、得点で上回られて敗戦を喫した相手だ。

 あれから大学に進学したとは聞いていたが、社会人野球をやっていたのか。

 

 ドラフト1位指名が終わり、休憩を挟んで2位以下の指名に入る。

 ドルフィンズは合計6人の選手を指名。

 投手4人、野手2人という形のドラフトだった。

 

 今回のドラフトで最も多くの選手を指名したのは仙台スパークスだった。

 一軍に登録できる70人以下の支配下選手指名で9人の選手を指名。

 育成指名でも5人を指名するなど、合計で14人を指名した。

 中でも一番話題になったのは全球団で一番最後のドラフト、9位の選手だ。

 

『第9回獲得希望選手。仙台スパークス……戌鷲(いわし)(しょう)。内野手。四葉自動車(よつばじどうしゃ)宮城(みやぎ)

 

 調べてみると、この選手は今年で26歳の選手だった。

 社会人出身の選手の中でもかなりの遅咲きの選手、しかも本職は一塁手ときた。

 ドラフトの速報をしているアプリにも顔写真は登録されていない事から、この選手の指名がいかにサプライズだったかが簡単に読み取れた。

 

 来年、同僚になる選手達、戦う事になるかもしれない選手達に入夏の胸は躍った。

 夜中なので軽く筋トレをするだけに済ませておいた。

 

 

 11月、千葉ウミネコ球場は木製バット特有の甲高い音が響いていた。

 秋季キャンプ、ドルフィンズは来季に向け打撃強化を一つの目標に掲げていた。

 昨季は打点最下位に終わった打線を改善するのには、若手たちの底上げが必須である。

 バッティングの練習をして、休憩時間に昼飯を食べて、少しノックを挟んでまたバッティング練習。

 屋内練習では筋力をつけるためのトレーニング。

 ここのところ毎日がこんな感じの日程だった。

 

 特に今年センターとして活躍した(たち)や、終盤に復調した槍塚(やりづか)は『強化指定選手』に名前が挙げられ、二人は徹底的にしごかれていた。

 懐かしい、入夏も3年連続くらいで指名されたことがあった。

 あの時はコーチにも熱心に指導してもらって心強かったな。

 結果はあんまり出なかったけど、それも含めて今に繋がっているのだと信じたい。

 

「ぐええ、マジ無理……」

 

「うおりゃああああ!!!」

 

 二人の表情は対照的だった。

 元々打撃が課題だった舘はずっとバットを振らされて疲れ果てている。

 バントなら割と自信あるのに、と小声で呟いていた。

 逆に打撃が一番の槍塚はとても生き生きとしていた。

 フリー打撃では柵越えの打球を連発し、表情も明るい。

 テンションが上がっているのか、すれ違う時にハイタッチを求められた。

 

 入夏自身はどうかというと、正直微妙だった。

 練習でいくつか納得のいく当たりを打っているものの、良い時の状態はもう少し先にありそうな感じがする。

 ただ、もっと上手くいっていないのがバット(勇名さん)との関係だった。

 あれから最低限のコミュニケーションこそ取っているが、会話が全く弾まない。

 シーズンが終わって野球以外の事が増えればこんなものなのかもしれないが、二人の仲は現在最低値を更新しているような状態だった。

 

「…………」

 

 バットをゆっくりと振り、首を傾げてまた軌道を確認する。

 思い出すのは最終戦の時。

 やってしまったシチュエーションとしては最悪だったが、あの時は今までで一番良いスイングをしていた気がする。

 

「上手くいってないのか?」

 

 後ろから鳥居(とりい)に声をかけられ、入夏の肩が跳ねた。

 主力選手として今シーズンほぼ全試合に出場している選手としては珍しく、秋季キャンプに参加している。

 理由を訊くと「今年はバッティングで色々と不甲斐なかったし。まぁ、あと万田(よろずだ)と守備連携をもっと磨いておきたいっていうのもあるかな」という言葉が返ってきた。

 今シーズンまでは少し気取った感じがして苦手だったが、最近になってストイックで泥臭い一面が顔を見せるようになったことで、入夏は好感を持っていた。

 

「はい。ちょっと体の開きが早いような気がして」

 

「ん、俺はそういうのコーチじゃないから上手い事指導できないけどさ。……ここだけの話、それだけじゃないんだろ?」

 

「え?」

 

「だから、最後の試合で勇名さんと何かあったんでしょ?」

 

「!!」

 

「大方、打ちたくない君と勝負を捨てたくない勇名さんで対立したってところかな」

 

「!!??」

 

 そうだ、この人は自分と勇名の関係を知っている唯一の人物だった。

 でもそこまで見抜かれているとは、なんだか恥ずかしい。

 

「当たりか。何か君たち、付き合って倦怠期を迎えたカップルみたいだよね。勇名さんってかなり前の人だし考え方が違うんじゃない? 入夏君があの時打ちたくないって言うのは俺からしたら頷ける話だし。考え方が合わないっていうのは思っている以上に辛いし、もういっそのこと振っちゃえばいいんじゃない? まぁそうなったら、今度こそは俺が勇名さんに指導してもらおっかなー」

 

 勇名は何も言わない。

 例え方が変な気もするけれど、ツッコめる雰囲気でも無かった。

 

「いや、やめておきます。多分、振ればいいってもんじゃないんだと思います。確かにあの時は後悔したし、引退した亀津(かめつ)さんに申し訳ないってずっと思ってます。けど、そこに至るまでの道を進んだのは自分ですから。それに、これで打てなくなったらそれこそ亀津さんに合わせる顔がなくなりますからね」

 

 鳥居が口角を上げる。

 

「……ふーん、答えはもう出てるのね。あー良かった良かった。ただでさえ打てる打者が少ないのに、主力が不調なんて目も当てられないからね。じゃあ、はやいとこ仲直りしなよ」

 

 鳥居は満足げに目を細めて背中を向けた。

 鎌をかけられたのだと、入夏は何となく思った。

 捨てるかどうかを一度誘ってみる事で、入夏が思っていても言いづらかった事を言えるようにしてくれたのだろう。

 

「勇名さん」

 

『なにさ、古いタイプの人間とは合わないんじゃなかったの』

 

「すいませんでした。勇名さんは助けてくれたのに、あなたのせいにしてしまった事、改めて謝罪させてください。これからは行動で示します。だから、見ていてください」

 

『……じゃあたまに甘口のカレーライス買ってね』

 

「わかりました」

 

 鳥居の後押しがきっかけとなって、入夏は何とか勇名との関係を最低から引き上げる事ができた。




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