天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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77話って縁起がいい数字ですね


息も出来ない①

 シーズンは最終的に大阪ビクトリーズが日本一を制した。

 日本一決定戦のMVPは2試合に先発し、いずれも無失点で勝利投手に輝いた深瀬(ふかせ)が選ばれていた。

 これで今シーズンは全てのチームが日程を消化し、選手たちはオフシーズンへと入る。

 それでも選手はただ休養に入るわけではない。

 オフシーズンで選手たちは疲労を取ると共に、自主的にトレーニングを積んで次のシーズンに備えるのだ。

 選手によっては合同で自主トレーニングに参加する者もいる。

 その他に入夏のチームメイトでは槍塚(やりづか)たち数名が冬に海外で行われる野球リーグ、通称ウィンターリーグに派遣されている。

 ……お土産、あるといいな。

 

 それはそれとして、入夏にも転機が訪れていた。

 

「イベント?」

 

 携帯電話の向こうで入夏は言葉を返す。

 相手は元同級生の塩谷(しおや)だ。

 入夏と勇名の関係性を知る数少ない人物の一人で、現在は実家の寺で次期住職として修業をしている。

 

『そうそう、つっても大規模なものじゃないぞ。毎年うちの親父の知り合いが主催してるんだよ。で、プロ野球選手って結構独特な自主トレする人いるだろ? それで、まぁお前も興味があったらなと思って』

 

「何をするんだ?」

 

『簡単に言えば、道場の稽古体験みたいなもんだな。先生の指導のもとで刀を振ってみる体験が出来るんだよ。そうは言っても昔ならともかく、今のご時世じゃ素人に本物を握らせるわけにもいかないから、実際の刀と同じ重さの棒きれを振ってみようって話だ。実際俺も何度か参加させてもらった事はあったけど、ありゃあすごいぞ。そりゃもう、筋肉痛になる。けど昔、その先生に指導してもらったプロスポーツ選手もいるって言うから、今のお前にとって何か参考になるんじゃないかなって思って』

 

「なるほど……」

 

『あ、でもあくまで『参加者』だからギャラは出ないし特別扱いは出来ないって先生も言ってたからな。お前がそういう待遇を受けたがるとは思ってないが、一応な。気が向いたら連絡してくれ』

 

「分かった。行く」

 

『え?』

 

「行く」

 

『即決かよ!? 誘っておいてなんだけど、流石にもう少し考える時間が欲しいって言うと思ってたぞ!?』

 

「成長の機会があるのなら逃す理由はない」

 

『……あー、そう。まぁ、お前の事だもんな。まさかすぐにその言葉が出るとは思ってなかったけど。よし、分かった! じゃあ今から日時と場所を送るからちゃんと間違えずに来いよ!』

 

 ほどなくして、入夏のスマートフォンから通知音が鳴る。

 塩谷からのメッセージには日時や場所などの詳細の情報が書かれた紙の写真が添付されていた。

 刀とか、そういうのはどちらかというと深瀬(ふかせ)の方が飛びつきそうな話題だ。

 高校時代に時代物の小説を紹介されたので、入夏にも少し興味はあった。

 それにプロスポーツ選手にも指導した経験があるというのだから、何かを得るためのヒントになるかもしれない。

 

 

「はい、えー本日はご参加いただき、ありがとうございます。まず最初に、講師の和泉(いずみ)先生から挨拶をさせていただきたいと思います」

 

 塩谷が司会のマイクを握り、道場の体験会は幕を開けた。

 隣で厳格な雰囲気を醸し出している白い袴を来た老人が塩谷からマイクを受け取り、挨拶を始める。

 桐生という人物は調べる際に写真で一度拝見した経験があるが、あまり力の強そうな人間には思えなかった。

 一つにまとめた白い髪は、男の積み重ねた年を雄弁に語っている。

 小柄の体も骨と皮とわずかばかりかの肉を足したような老人だった。

 顔には深いしわが刻み込まれており、見るからに老いを感じるような見た目をしている。

 肉体的な全盛期は間違いなく過ぎている。

 刀の実際の重さはバットよりもすごいという話を塩谷から聞いたことがある。

 こんな人がその重い刀を振れるのか、不安と疑念が入夏の中で渦巻いていた。

 

「本日講師を務めさせていただきます、和泉と申します。今日はこの体験を通して皆さんが何か一つでも多くの事を学び取れる機会になればと考えています。えー、記者の方もいらっしゃるようですが、私としてはですね。いつも通り、というわけにもいかず気持ちが舞い上がっておりますから、普段の2割増しのトーンほどで話させていただきたいと思います」

 

 軽いジョークにわはは、と小さな笑いの渦が怒る。

 和泉の言う通り、今日は番記者の佐藤(さとう)が取材に来ていた。

 誘ったのは入夏だ。

 世間話のついでで何となく気が進んだ当時の入夏が佐藤に今日の事を話してみると、思い切り食いついた。

 是非取材させてほしいと熱量に押し切られ、入夏は「確認させてください」とその場を諫めるしか出来なかった。

 主催者の和泉には塩谷を経由して許可をもらっている。

 

「では、話を聞き続けるというのも退屈でしょうし早速始めていきましょう。それでは皆さん、一度立ってみてください」

 

 桐生は人と話すのに慣れているのか、すらすらと進行を進めていく。

 雰囲気こそ厳かだが、ユーモアのある語り口は人を和ませるものがある。

 こうして体験会は幕を開けた。

 まずは竹刀の握り方。そこから姿勢など、基礎的な事から桐生は丁寧に指導していく。

 姿勢を正されて改めて感じた事だが、和泉の姿勢は非常に整っていた。

 腰や背が曲がる事無くしゃんと伸ばされていて、重心もしっかりとしている。

 そういえば、勇名と出会ったばかりのころに重心の話をされた事があった。

 勇名曰く体の中心は「(はら)」にあり、そこに重きを置くという話だった。

 入夏も桐生に負けじと背を伸ばそうと試みるが、和泉と違って長い間自然体として保たせることが中々できない。

 普段から意識している者としていない者との差なのだろう。

 

 次に素振り。

 和泉が手本として型を見せ、それを真似する形で生徒たちも竹刀を振る。

 話し方は変わらず朗らかだが、竹刀はまっすぐに綺麗な軌道を描く。

 バットのスイングは振り下ろすような竹刀の軌道とは全く異なるものだが、ぶれない軌道でスイングが出来たらさぞ気持ちの良いバッティングが出来るはずだ。

 

「皆さんはこれまで、様々な手段で力を付けてきたと思います。昨今の情報伝達やトレーニング方法が発達した世の中では、筋肉を付ける事が容易になったと言えるでしょう。しかし、手に入れた筋肉はすぐに十全(じゅうぜん)に使えるかと問われれば、そうではありません」

 

 竹刀を振る生徒たちの周りを歩きながら和泉は言う。

 

「筋肉を付ける、力を付ける。それ自体を目的として鍛える方もいるでしょう。それも結構。ただ忘れられがちなのが、付けた力を使う事にもまた技術がいるということです。人によって使い方は様々ではありますが、付けた力を正しく使う事が出来れば今日はこの話だけでも覚えて帰ってください」

 

 入夏の横を通り過ぎる前、和泉はこちらを向いて少し微笑んだ。

 

「それでは、一時休憩を取ります。各自昼食などを取って午後に向けて備えるように」

 

 あっという間に時間は過ぎ、気づけば時計の短針が12時を指していた。

 各々が昼食を迎える中、入夏も塩谷に誘われ一緒に昼食を食べていた。

 お互いがおむすびをメインとして選び、加えて入夏はたんぱく質摂取のためサラダチキンを持参している。

 

「で、どうよ。来てみた感想は」

 

「聞いていて確かに『なるほど』と思う点はあった。けど、それを今の自分が出来るかどうかは正直……よくわかってない」

 

「まぁメインは午後の方に押してあるからな。今の時点で一つでも納得してくれるものが出来た時点で収穫なんじゃねーの?」

 

 続いて、あ、そうだ。と塩谷が言う。

 

「勇名さんの未練がどうとかいう話、前したろ? あれで俺、考えたり調べたりしたんだけど。一つ当てはまりそうなものがあってな。自分でも言うのには心の準備がいるんだが……『強さゆえの孤独』とかが原因なのかもしれんぞ」

 

「『強さゆえの孤独?』」

 

 入夏は首を傾げる。

 

「んんん……言葉をそのまま返されるとより一層恥ずかしくなるな。フィクションではよくある話だろ。やれ『戦いに飽きた』とか『俺より強い奴と戦いたい』とか、そういう孤独。お前は自分の弱さを嘆くことが多いけど、強かったら強かったでそういう悩みもあるんじゃねーの。分からんけど」

 

「その原因を解決させるためにはどうすればいい?」

 

「んな事俺に言われてもなぁ……。まぁ、物語とかだったら強いライバルが登場するとか、まぁ実際に負けさせるとかか?」

 

「なるほど、そんな方法が……」

 

 入夏が感心していると、塩谷は(いぶか)し気に眉を逆ハの字に曲げた。

 

「お前本当に男子高校生を経てるんだよな?」

 

「一応高校は出てるが」

 

「皮肉だよ。男子なら少年漫画の一つや二つでも履修(りしゅう)してろっつの。で、さっきのは大衆的な意見。世間の考える『孤独の解消法』だ。俺個人が考えるのはやっぱり、『理解者』がいるかどうかじゃねーかな」

 

「……理解者」

 

「別に同じ目線、同じ立場のライバルじゃなくてもいいんじゃないかって話だよ。その人の葛藤とか悩みとか受け止めて、それでも一緒に笑ったり泣いたりするような仲間がいるかどうか。ぶっちゃけ、辛い事を辛いって吐き出すだけでもいい。そういう弱みを見せられる誰かがいれば、ちっとはマシになるとは思うんだけどな」

 

 理解者。

 人よりも優れた能力を持っていた勇名にとって、確かにそんな人はいなかったかもしれない。

 いや、いても弱みを見せられなかったのかもしれない。

 じゃあ、今の自分は果たして。

 勇名涼の理解者たりえるのだろうか。

 

「まぁ、残念ながら俺は孤独とは縁遠い人間だから合ってるかどうかなんてさっぱり分からん。あんまり本気にされるとそれはそれで困る。あー、でももしお前が孤独だっていうなら、弱みの一つくらいは聞いてやるよ。口は堅いから安心しな」

 

「あぁ。ありがとう」

 

 一瞬、塩谷が不満そうな顔をした。

 その理由はよく分からなかった。

 




今度ブログか何かで選手データを公開しようかなと考えてます。
パワプロ2023年版だけど。

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