天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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息も出来ない③

「ではウォーミングアップを十分に済ませたところで、本日のメインイベントに参りたいと思います。本日はこのイベントを体験したくて参加した方が多いと伺っております」

 

 ついにか、と入夏は目を見開く。

 メインイベント。日本刀……の重さを再現した物を振ってみる体験だ。

 周りに座っている子供たちもざわざわと騒ぎ始め、そのいずれもこのイベントを心待ちにしていたように見えた。

 

「ただ注意点が一つ。実のところ、刀という物はかなり重いんです。なので、肉体的にはかなりキツイかもしれません。その時は遠慮なく言ってくださいね。まぁ、ですが折角の貴重な体験ですので。一番は楽しみながら取り組んでいただければと思います」

 

 それでは、と和泉が声を上げると塩谷含めたスタッフたちが準備を始めた。

 彼らは台車の上に鉄の棒のようなものを載せ、それぞれの生徒たちの足元に配り始める。

 

「行きわたりましたね。それでは実際に持って重さを体験してみましょう。今回使用するものは数値で言うと1.5kg程度のものです。いきなり大きく持ち上げようとすると腕や腰に負担がかかるので、最初の内は重さを確認するようにゆっくりと持ち上げてください」

 

 和泉の言葉をうけて生徒たちは鉄の棒を握り、持ち上げはじめた。

 入夏も手を付け、持ち上げようとする。

 ……なるほど。持ち上げられないわけではないが、確かに重いな。

 プロ野球選手である入夏にとって棒状のものを持つのは慣れている。

 しかし、プロで使われるバットの重さは平均して大体900g前後。

 バット(勇名)の重さは960g程度なので、1.5倍以上のものを持ち上げている状態だ。

 これを振り回すというのは、中々に骨が折れる話だろう。

 

「どうですか。当時の人が如何に重い物を振り回していたか体験できたでしょうか。それでは試しに軽く振ってみましょうか。今現在持っているあなた方には分かるでしょうが、これをいきなり全力で振り回すと体に大きな負担がかかります。なので、あくまでも軽く。振ってみましょう」

 

 和泉が入夏達と同じような鉄の棒を握る。

 見やすいようにゆっくりと、直線のように綺麗な軌道で斜めに振ってみせた。

 いわゆる袈裟(けさ)斬りと呼ばれる振り方だ。

 

「さぁ、皆さんもご一緒に」

 

 入夏達も続くように振り込んでいく。

 しかしやはり、普段これほど重いものを振る事はなかったので中々軌道が綺麗にならない。

 袈裟斬りに振ったのはたった十五回。

 それでも振り終わった後には、入夏の額から珠のような汗がいくつも伝っていた。

 腕にはさきほどよりも疲労が重くのしかかっていた。

 

「はい、というわけで本日の体験はこれにて終了となります。皆さん、今日はお疲れさまでした。今日は帰ってゆっくりと体を休めてください」

 

「「「ありがとうございました」」」

 

 その場は解散となり、生徒たちは「キツかったわー」などそれぞれ喋りながらその場を後にしていく。

 入夏も片づけをしていると、後ろから塩谷に声をかけられた。

 

「よ。お疲れ! で、今日の体験はどうだった?」

 

「あぁ、良い体験ができた。お前のおかけだ。感謝する」

 

「そりゃどうも。結構大変だっただろ?」

 

「確かに、今までにない体験だった。今回は袈裟斬りだったが、機会があれば横に斬る動きも体験してみたい」

 

「ほぉ~、そうかそうか……。ちょっと待ってろよ?」

 

 そう言って塩谷は小走りで和泉の元へ向かうと、何やらひそひそと話し始めた。

 数十秒の間問答が続く。

 二人は会話の途中でこちらを確認するようにちらちらと視線を送っていた。

 やがて話の落としどころが付いたのか、塩谷が和泉を連れてこちらへと歩いてきた。

 

「入夏さん、でしたよね。塩谷さんから話は聞いております。本日はこのイベントに参加していただき、ありがとうございました」

 

「こちらこそ、ありがとうございました。今日は貴重な体験が出来て良かったです」

 

「そう言っていただけて光栄です。それで、本題なのですが……ここで少しの間練習してみませんか?」

 

「修行ということですか?」

 

「今日の延長線と考えていただくのが分かりやすいかと。塩谷さんから次は横に振る動きをしてみたいというお話を伺ってますので、そちらの経験もぜひしていただければと思っております。もちろん、プロ野球選手という事も伺っておりますのでそこまで、キャンプイン等もあるでしょう。お時間はそこまで奪わないようにいたします。いかがでしょうか?」

 

 問われた入夏は思考をめぐらせる。

 このトレーニングがバッティングにどういう影響をもたらすかは未知数だ。

 不安がないわけではない。

 そうは言っても、少し変わったトレーニングをしてみるのも良いかもしれない。

 先ほど言っていた力の使い方のコントロール。

 それが出来れば、もう一段階上のレベルを目指せる気がする。

 それに野球と似たような動作をするのに出来ないままで終わりました、というのは気分としてあまりよくない。

 

「……分かりました。是非、そちらで練習させてください」

 

 考えの末、入夏はトレーニングをここで積む事を決めた。

 和泉が朗らかに笑う。

 

「そうですか、それは良かった。では日程の方はまた改めて……」

 

 入夏と和泉は連絡先を交換し、次回の予定を取る事を約束した。

 

 

「うん。……うん。今日は付き合ってくれてありがとう。仕事の方は後で私がやっておくから、カメラだけ片付けてくれれば。私は少し残るから、先に帰ってていいよ。うん、じゃあお疲れ様」

 

 改めて片づけを終えた入夏の横目に入ったのは、記者の佐藤(さとう)とカメラマンらしき男が会話をしている所だった。

 口調からして、佐藤の方が先輩なのだろう。

 すぐに会話を終え、カメラマンは機材を片付け去っていった。

 入夏と佐藤も道場を後にする。

 二人の進む方向は同じだった。

 

「今日は取材をさせていただき、ありがとうございました!」

 

「あ、はい。でも許可を出していただけたのは和泉先生の方なので」

 

「た、確かに……」

 

 何とも気まずい時間が空く。

 こういう時は普段佐藤から話題を振ってくれるパターンが多いが、何故か今回は物憂げに表情を浮かべるばかりで中々会話が発展しない。

 今日の取材があまり記事になるものではなかったか。

 そうであれば誘ってしまったのは間違いだったかも。

 

「あの、入夏さん」

 

 佐藤が彼女にしては珍しい、震えた声で言う。

 

「少しだけ、私の話をしてもよろしいでしょうか」

 

 その言葉も、普段の佐藤からは想像できなかった。

 一人前の記者である彼女は、相手の事を掘り下げるような質問を多く投げかける事が通常運転だ。

 自分の事を語るのは滅多になかった。

 だから、入夏には余計に気になった。

 

「聞きますよ。俺で良ければ」

 

「ありがとうございます。……以前、取材に対して何が自分を突き動かすのかと仰ってましたよね」

 

 入夏は静かに首を縦に振る。

 彼女が昔のプロ野球、それもまだ自分が生まれてすらいないころの鴨橋事件に詳しい理由がずっと疑問だった。

 憧れ、というならまだ納得できる理由ではある。

 しかし、彼女の執着は単なる憧れでは説明しきれないものを感じさせていた。

 

「私の父親も野球をしていたんです。それも、結構高いレベルでやってたらしくて。プロを目指せるって周りの人みんなに言われてたそうなんですよね。本人もその気で、プロになれるんじゃないかって。……でも、あの事件、鴨橋事件が起きた」

 

 鴨橋事件。

 思いもよらなかった方向からその言葉を聞き、入夏は目を見開いた。

 そんなところで彼女と事件が繋がっていたのか。

 

「最初はファンから大バッシングを食らう程度で済んでいたんですけど、ダメージはもっと深く、違う所にたまっていました。経営が傾くことを危惧した球団が、選手の獲得を見送るようになったんです。間違えた判断ではなかったと思います。球団経営が傾きかけていたのは事実ですし。逆に言えば、取りたい選手は的を絞って調査されるわけですから、歯牙にもかからない選手がそれまでと言われればそれまでの話です。そして、結果として私の父親は指名を見送られた」

 

 鴨橋事件の後、何故球界は「史上最悪の暗黒期」と呼ばれるようになったのか。

 その要因の一つとして挙げられるのが、選手の空洞化だ。

 選手の獲得を控える球団が多くなったことで、チームの中核を担う選手が出てこなくなった。

 少数精鋭と聞こえはいいが、新しく入団する選手は少ない分だけその期待も大きくのしかかり、中にはプレッシャーに潰されてしまうものもいた。

 事件が起こる前から活躍していた選手、樫本(かしもと)斑鳩(いかるが)達はその後も好成績を残したものの、その後進の育成が遅れ日本球界全体がレベルダウンした、と憶測が飛び交っている。

 所詮はインターネット上の噂話なので真偽は怪しいが、確かにあり得なくもない話だ。

 

「私はどうしても納得できなかった。何故父の将来は閉ざされたのか。それに納得できるだけの理由が欲しかった」

 

「じゃあもしかして、記者になったのって」

 

「そうです。一番情報が手に入りやすそうな仕事を選んだ。改めて考えると私って滅茶苦茶単純な人間ですね。それで、色々な人に話を聞く機会を得ました。最初は彼らの罪を暴いてやろうって思ってたんです。でも、段々話を聞いていく内に考えが変わっていったんです。彼らもまた、大事なものを奪われた被害者だった。復讐するべき相手なんて、もういなかった。だからもう、その考えを捨てました。償いとして、せめて何があったのかを知らなければいけない。そう考えるようになりました」

 

 一呼吸おいて、佐藤ははっきりとした口調で言った。

 

「私は今、鴨橋事件の真相を掴みかけています。でも多分、世間に公開する事はないと思います。納得できるための理由を知るだけです。今まで取材してくれた人たちに報いるためにはそれが一番だと考えています」

 

 事件の真相。

 それを知る事が出来れば、勇名の未練を解決できるかもしれない。

 

「……あの、その話。俺に教えてくれませんか。絶対に人に話したりはしません」

 

「すみません。今はちょっと。でも確信が持てたら、その時はちゃんと話します」

 

 同じ時代のファンとして、ね。

 と佐藤は締めくくる。

 

「長話に付き合ってくれてありがとうございました。いつもお話を聞いてばかりだったから、たまには自分の話をしてみたくなったんです。あー、やっぱり人に話すとスッキリしますね」

 

 彼女は大きく背伸びをする。

 今まで、自分は彼女の事を何を知らなかったのだと入夏は思い知らされた。

 ……いや、知ろうともしなかっただけか。

 

「入夏選手も。何か悩む事があったら人に話せばスッキリすると思いますよ。あ、もちろん私に言っても、記事になんてしませんからね!」

 

 入夏の頬が少し緩む。

 つられるように、佐藤も微笑んだ。




スペック紹介:舘正宗編

打撃の安定感:低いレベルで安定している。バントの成功率は高い。
長打力:ボールに力負けする事も多く、あまり高い弾道で上がる事も無いためここまで通算本塁打は0。
走力:チーム内でもトップクラスに速い。
肩:チームメイトの万田にはひけをとるが、中々の強肩。スローイングの精度もよく軌道が真っ直ぐなため、ランナーを刺す場面もあった。
守備力:外野守備はチーム内でも頭一つ抜けている。以前は躊躇いがあったが、ダイビングキャッチを試みるなどいざという場面に強くなった。
捕球:エラーはほとんどしない

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