「時は来た」
音声機材よし。画面よし。ゲーミングチェア。背もたれあって座りごごちよし。
一つずつ指を指して確認し、
未開の世界の開拓は、常に危険と隣り合わせだ。
偉人はいつだってこの危機を乗り切ってきた。
ならば、きっと俺にも出来るはずだ。
「さぁ、やるぞ……」
肩を慣らし、コントローラを掴む。
今から俺はとんでもない事をしようとしている。
『何してんの?』
「そりゃあ歴史に名を残す事を……ってどわぁ!?」
奥戸場以外、誰もいないはずの部屋。
その背後から声がかかってきたとなれば恐怖しかない。
「えっちょっ、
『おうお前のネーミングセンスはよく分からんが、色々巡ってきて返ってきたとこだよ。やっぱ浸かるなら生身がいいな。で、何しようとしてたんだ?』
「……配信っすよ。野球ゲームの配信」
ゲーム配信。
最近、動画投稿サイトを中心に一般的に広がってきた文化だ。
ゲームと配信機器を繋ぎ、その様子を配信する。
リアルタイムなので視聴者とのコミュニケーションが弾む事もある。
配信をする者に関しては、様々な種類の人間がいる。
専業にする者もいれば、暇つぶしと理由でする者もいる。
しかし、今からやる配信はただのゲーム配信ではない。
何といっても、プロ野球選手がする野球ゲームだ。
これはもう拍手喝采、発想の勝利というものだろう。
『へー、どんな感じなんだ?』
「あ、見ます? これ、データを眺めるだけでも結構楽しめるらしいんですよね。能力がそれぞれ数値化されてて、基礎的な能力だけじゃなくて『特殊能力』なんてものもあったりして」
『にしても、これ本当に遊べるの? ゲームっていうとこう……ドット絵とか使うんじゃない?』
「いつの話ですか! え、本当にいつの話!? じゃなくて、今はこういうのが主流ですよ。ドット絵のあるゲームもありますけど。せっかくだから、OBの選手に斑鳩さんが収録されてないか見てみようかな~」
奥戸場は拙い指の動きで丁寧にコントローラーを操作し、選手の能力データが表示されている画面へと移動する。
『……配信するって割には』
「下手って言いたいんですか? 仕方ないじゃないですか、このゲーム機買ってまだ少ししか経ってないんですよ。このゲームだって、今回のために新しく買ったものだし」
『そこまでしてやるほど配信ってのは面白いのか』
「面白いというよりは……だって目立つじゃないですか! 好感度を上げるには現実世界だけじゃなく、インターネット空間の中での振る舞いも必要になってくる時代ですよ! 『奥戸場さんってそういう考え方でいらっしゃるんですね、素敵』とか『やっぱ他の人とは違うわ』とかって言われてみたいじゃないですか!!」
またこの動機か、と斑鳩はため息をつく。
この奥戸場とかいう男、承認欲求が人一倍強い。
それもただ褒められるだけではダメなようで、「流石の血筋」なんて言われようものなら一人になった後ブチ切れするのが厄介だ。
「えごさ」? とかいう事をして一喜一憂したりしているし、現代っ子という事なのだろうか。
それとも三世代にわたるスポーツ選手の血という宿命がそうしているのか。
「えーっとそれで……あーあったあった! これが斑鳩さんのデータですよ」
奥戸場に促され、斑鳩は画面に目を移す。
そこには数値化とランク付けがされた「
『これ顔似てなくないか?』
「そーっすか? 何となく特徴はとらえてるような気もしますけど」
奥戸場も斑鳩も視線は数値の方に釘付けになる。
ストレートの最速は146km/h。
コントロールは可も不可もなく、Cランク。
スタミナは抑え投手の為かあまり多くなく、Eランクの扱いをされていた。
球種はこのゲームにしてはかなり多い方のピッチャーだ。
カーブやスライダー、チェンジアップ、シンカーなど数多くの変化球がいずれも高いレベルで付けられていた。
そして何より目立つのは特殊能力。
良い特殊能力のてんこ盛りである。
ストレートの伸びがよく、変化球のキレもいい。
緩急も自在に操る事ができるなど、ピッチャーとしては理想的な能力をしている。
流石、唯一憧れた選手というだけある、と奥戸場は感心していた。
「おろろ? これって結構レアな能力なんじゃ……へぇ! めっちゃ強い能力らしいじゃん!」
「絶対的クローザー」。
現役選手なら辛うじて1人付けられるかどうかのラインの特殊能力は、その名の通り絶対的な抑えとして君臨するピッチャーに付けられるものだ。
その能力の効果は、「最終回のセーブ機会で登板すれば相手の打撃能力を大幅に下げる」というものだ。
流石、初代セーブ王に輝いた投手は扱いが違う。
『俺そんなに強い能力で良かったんかな……』
「まぁ、強いのに越したことはないじゃないですか。受け取ってきましょうよそういうのは」
『でも君だって自分がそうされたらちょっとモヤモヤするだろ?』
「……じゃあ他の選手も見てみよっかな~」
ほぼ肯定に近い無視を決め込む。
その後、奥戸場は自らの所属している球団・北海道パイレーツの能力も試しに見てみた。
「うわっ、
「
「
『……まぁ、よく分からんが頑張れよ』
なるほど、データを見るだけで楽しめるというのはこういう事か。
それだけで時間があっという間に溶けていく。
にしても、選手が周りからどういうイメージで見られているかを知る方法としても中々アリなんじゃないか?
自分のデータは……配信でのリアクションがわざとらしくならないよう、今は見るのを避けておこう。
さてと、と一息吐いて時計を確認する。
SNSで予告していた時間が近づいてきている。
接続は問題ないかな。
……ん? アレ? あれあれあれ?? 何かキャプチャーボードの調子が悪い? あれ、この場合どうすればいいの?
ちょっと、もう少しで配信なんですけど!?
間に合うのか!?
◇
『奥戸場宙、野球ゲーム配信をします』
配信画面が開けるようになり、何百人もの視聴者が詰めかけてきていた。
しかし予告の開始時間から10分程度経っている現在になっても、画面は待機中用のものから全く変わっていない。
・もしかして何かあったか?
・機材トラブルらしいよ。本人がSNSでそう言ってた。
・これ本物?
「……はぁっ、はぁっ。やっと繋げた。コンピュータ如きが人間に勝てると思うなよこの~!」
・あっ本物だ
・いきなり口悪くて草
「ん? あっ、そっか! これ繋がってるから声も……って800人もいるの!? マジ!? こういう時って挨拶いるんだっけ? えー、今の発言とか切り抜かれたりしないよね?」
・目に見えて慌ててて草
・多分切り抜かれるぞ
・やってしまいましたね~
「上の人に怒られるかも……ってそうじゃなくて! この配信へようこそ! 今日やっていくのは見て分かる通り、『白熱スーパーウルトラプロ野球special』の最新データ版! 買ってる時思ったんだけど、スーパーとウルトラは同時に使うものだっけ? あとspecialは余計じゃない?」
・それは確かに
・というか名前長いよな
・仕方なかったんや……ゲーム会社にも色々あって
「で、今回はプロ野球選手の視点で操作できる『プロ野球人生モード』をプレイしていこうと思いま、思う! もちろんプレーするのは自分自身! 他の選手のデータは見たけど、まだ自分のは見てないからちょっと楽しみだな~」
・他の選手で印象的なのありました?
・ワクワク
「印象的だったのは……やっぱ矢守さんかな~。巧打力があそこまで低い野手ってあの人くらいじゃない? あれって打率どれくらいになるんだろうね」
・俺が試しに1年やってみた時は1割もいかなかった
「そっかー。いやでも、あの能力じゃ仕方ないよな。バットとボールが30cmくらい離れてた時あったな。守備であの人がいるかいないかじゃ安心感が大違いなんだけど。さて、能力能力! ……へー、コントロールもスタミナもそこそこあるじゃん! 球速も再現してるし、変化球も多いし! 割とこれは高評価もらってるんじゃない? 野手能力は、うわ。あんまり良くないな。まぁ確かに打率は微妙でホームランはぎりぎりで二桁だったし……」
・全体的にパイレーツの選手は
・チーム打率5位の打線だからしゃーない
・投手力はあるから! バランスを取るために必要だっただけだから!
「じゃあとりあえずゲームを進めていこっか」
モード開始。
奥戸場のアバターが出てきて、場面はいきなり契約更改を振り返る場面となる。
年棒は6000万スタートらしい。
「もうちょっと貰ってるけどな」
なんて爆弾発言をしながら春季キャンプ、オープン戦を終える。
オープン戦は難易度が高くないせいか、すっと抑えられた。
「これ投球を全部操作してたら流石にテンポ悪いな。簡単に抑えられるのもゲームとして面白くないし、ピンチの時だけに設定しとこ」
空いた時間はとりあえず練習に費やし、いよいよ開幕戦を迎える。
体力ゲージがなんかピンチだが、まぁ開幕投手をさせられるわけはないし大丈夫だろう。
『お前にもそろそろレギュラーとして出場してほしいと思っている。そのための素質を見せてくれ』
「あ、レギュラーじゃないのね。へー、ふーん?」
・怒ってる?
・確かにまだ若手だけども
『今日の開幕戦、お前に託したぞ!』
『開幕投手に選ばれた!』
「……はい?」
・オワタ
・ファーwww
・体力死んでて草
「レギュラーじゃないのにぃ!? そういうのは先言ってよ監督! 体力ゲージほぼ空なんだけどこれ大丈夫?」
そうは言っても、操作しないわけにはいかない。
コントローラーを握りしめ、奥戸場は開幕戦に臨む。
最初の操作機会はいきなり初回から回ってきた。
「体力もう空なんだけど。あっど真ん中……いきなりタイムリーかぁ」
「!」の付いた棒球はいとも簡単に弾き返され、あっさりと先制点を許してしまった
結局体力不足が祟って3回4失点ノックアウト。
オープン戦では良かったのに。
これもまた現実を再現したという事か。そうだとすれば、やるなゲーム会社!
まぁ、大方体力がないのが原因なんだろうけど。
コメント欄がなんか盛り上がってるからそれはそれでいいか。
その日はゲーム内の監督から非常に渋い顔をされたが、その後はピッチャーとして危なげなく好投を重ねた。
最初は酷かった防御率も2点台にまで安定。
オールスターファン投票にも上位に食い込んでいた。
だた、一つだけ納得のいかない事があった。
「野手として全然出場させてくれないな」
・ゲームはたまによく分からないAIの判断が出てくるからね
指名打者制を採用しているオーシャンズリーグでは、投手が打席に立つ機会は皆無と言っていい。
現実でもゲーム内でも奥戸場は外野手としての守備が出来るのだが、何故か野手として出場させてもらえない。
これがもし現実なら監督室にちゃんとノックはして抗議しているだろう。
二人分の働きができるのだから唯一無二の選手なのに、どうにもその半分の力が発揮できる場面を奪われると歯がゆさがある。
・質問です! 今奥戸場さんが気になっている選手って他球団にいますか?
「あ、質問来てた。他球団で気になる選手は……結構いますよ。今年いくつものタイトルを取った
言い終わった後、奥戸場は閃いた。
ここでまだ活躍していない選手を挙げる事で、選手を見極める目を評価してもらえるのではないか、と。
「……まぁ他にはー。まだ育成選手なんですけど、マッハトレインズの
・もし当たらなかったら?
「えー、当たると思うけどぉ?? まぁでも、もし外れたらその時は……その時は苦手な食べ物を食べます。豆腐とか」
・子供か!
「まぁ、それはそれとして。そろそろオールスターも近くなってきたから投票結果を見てみようかな……」
『すまん、奥戸場……。明日から二軍に合流してくれ』
『二軍降格が決まった』
「え?」
突然の通告に、奥戸場の頭が急停止する。
予想外の展開に一瞬手が完全に止まるも、すぐに配信中だという事を思い出して意識を取り戻す。
奥戸場は困惑しながら震えた手でコントローラーを操作し、詳しい成績を再確認した。
勝利数は確かにあまり挙げられていないが、防御率はチーム内でも指折りの優秀さだ。
降格の基準が全く分からない。
「えぇ……」
とりあえず奥戸場は監督に鬼電するという暴挙に出たが、何故か監督の評価が上がるばかりで特に効果はなかった。
いや、評価が上がるなら最初から降格させないでくれよと、という言葉が喉から出かかる。
「……はい。えっと。じゃあ、今日の配信はここまでにします。次回があるかどうか分からないけど、お楽しみに……」
・分かりやすくテンション下がってて草
・涙ふけよ
・お疲れー
奥戸場は配信を切った。
『お、配信は終わったのか。どうだった?』
声が聞こえなくなった事に気づいたのか、斑鳩が戻ってきていた。
「こ、こんなの間違ってる……」
『あ? なんて?』
「こんなはずじゃない! そもそも選手の能力を数値とかいう定数におさめる事自体がナンセンスです!」
『いや、やり始めたのお前だろ』
「えぇい! うるさいうるさーい!!! こうなったら誰が見ても優秀だって分かるくらいの成績を現実で残してやりますよ!!」
『お前毎回変なところで火が着くよな』
「走り込みしてきます! それじゃ!!」
奥戸場はすぐにジャージに着替えて乱暴にドアを開けた。
経緯はどうあれ、彼の心に火が着いた事だけは確かだった。
スペック紹介 奥戸場宙編
球速:最速150km/h。プロ入りして5km/hほど伸びた。
コントロール:大崩れすることがない程度には優秀。どの球種でもある程度操れるのが強み。
スタミナ:完投能力はほぼないが、ノックアウトされない限り5回までは投げ切れる。
変化球:これといった決め球はないが、球種が豊富。
守備:かなりうまい方。
打撃の安定感:まだ荒いところがある。
長打力:パンチ力はあるが、長距離砲ではない事は明らか。
走力:かなり速い。俊足選手が多いパイレーツでもトップを争えるレベル。
肩:流石投手。かなり強い。
守備(外野):守備の上手い先輩がいたおかげでかなり上達している途中。
捕球:たまにファンブルしてランナーを進塁させる時がある。
今回登場したパイレーツの選手達:
兜……兜大将。むらっけが強いため、ファンからの評価がいまいち低い長距離砲。
矢守……矢守健。外野守備がトップクラスに上手い。奥戸場の守備の手本となっている存在。打撃はからっきし。
大門……大門元気。球界屈指のクローザー。スピード、コントロール、変化球全てにおいてハイレベル。シーズン最終戦で入夏にサヨナラホームランを打たれたのはこの人。
宇坪……宇坪蘭太郎。パイレーツで最も優れた外野手。パワー、走力、肩などの身体能力が高い。