天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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それぞれのオフ(3) TVスペシャル 最高到達点を目指して ~深瀬和仁~

 時折室内練習場には気持ちの良いグラブの音が響いていた。

 音は軽快に、そして力強くその音を奏でる。

 その投球の主こそ今回の主役、深瀬(ふかせ)和仁(かずひと)だ。

 

 たった捕手を座らせただけの投球練習。

 それだけで周囲の雰囲気は急激に変わった。

 その場にいる誰も―――投球練習中の投手も含めて、が彼の動きに集中していた。

 エースという物は、どうしても他の選手を刺激して引きつけるほどの何かを秘めている。

 

 優勝に導かれるチームには、エースが必ずいる。

 彼らはチームのトップとして何を背負い、戦っているのか。

 今回の番組では深瀬などへの取材を通して彼らの素顔や生きざまをお伝えしたい。

 

 <最高到達点を目指して~深瀬和仁~>

 

 八月某日、大阪ビクトリーズのホーム球場・大阪ビクトリアドーム。

 選手たちが会話を重ね、時に笑いながら練習をしている中、深瀬は一人で黙々と練習に臨んでいた。

 一人、何も言葉を発する事無く、時間をかけてウォーニングアップに励む。

 フィールド内をジョギングする事から始まり、ストレッチ、上半身、下半身の軽い運動と続けていく。

 その一つ一つが深瀬を象る、大きな要因だという。

 

「試合前にする事は、先に決めています。『今から投げるぞ』というスイッチを入れる事、後は試合に集中したいので。それ以外の事はあまりしないようにしています」

 

 何故ここまで入念にストレッチに励むのか。

 その裏には、高校時代の大きな挫折があった。

 高校3年の夏。

 深瀬はプロ注目の右腕として、後にプロの舞台で戦うことになる入夏(いりなつ)選手(現・千葉ドルフィンズ所属)と共に穂波(ほなみ)高校を甲子園に導く。

 甲子園出場は高校として初めての快挙。

 地方大会で見せた「穂波旋風」が密かに期待されていた。

 しかし地方大会をほぼ一人で投げ切った深瀬には肩への疲労が深く残っていた。

 一回戦は辛くも制したが、二回戦。

 強打のチームで知られる永久大付属海翔(とわだいふぞくかいしょう)高校相手に5回7失点のノックアウト。

 高校最後のピッチングは、本来の実力と程遠い出来だった。

 

「あの時から、自分の最後の事を考えるようになりました。引き際というよりは、より強いプロへの思いです。自分がどんな選手になって、どういう選手として最後を迎えたいのか。負けた事は非常に悔しかったけど、あの時が今の原動力だと思います」

 

 深瀬はどういう選手になりたいのか。

 ここで我々がしきりに耳にしたのが、「最高到達点」という言葉だ。

 

「プロでいられる時間は限られています。その中で一番理想なのが、好成績を残してなおかつ息の長い選手でいる事。でも、自分の理想はそうじゃない。()()()()()()。10年先の事はひとまずどうでも良くて、数年先の事も今は考えてないです。このシーズンをどう生きるか。そこに全てを懸ける覚悟でありたい。生き物なんで、調子の良い悪いが分かれる年がある。ただ、それでも、たとえ1シーズンのほんの限られた時間でいい。『深瀬の最高到達点は誰よりも高かった』と、自分を知る誰もが口にするような選手になりたいと考えています」

 

 刹那(せつな)の時を、誰よりも高く飛ぶ。

 深瀬のグラブに刻まれている「fly high」という言葉は、正に野球選手としての彼自身を克明に示しているように見えた。

 

 一方で周りの選手は深瀬に対してどういった感情を抱いているのか。

 女房役を務める同学年の捕手・穂立(ほだて)(じん)にインタビューをした。

 

 Q.深瀬選手に対して、どういった印象を持っていますか?

 

「エグいです。いい意味でヤバい奴だと思ってますね。プロの試合って結構長期戦ではあるんですけど、1試合にかける思いが他の選手と比べてもやっぱり違うというか。やっぱりある程度活躍してくると『慣れ』って言うんですかね。上手く抜くことを皆覚えると思うんですけど、そうじゃないっていうか……。普通はバテると思うんですよ。逆に今までここまで安定しているのがヤバくて、積んでるエンジンが違うのかなっていう風には思ったりしてます。いい意味で初心を忘れないっていうのがあるんですかね」

 

 Q.他の選手に与える影響について、どう思われますか?

 

「いやぁ、ヤバいですね。こう、何ていうんですかね。『こいつが登板してる日は負けられねぇぞ』っていう空気が、誰が言うでもなくあるんですよね。防御率トップ(取材時点)で、あまりランナーを出すタイプでもないから守る側にもリズムが生まれてくる。だから……そうですね。『打たないといけない』と考えたら力むバッターも多いと思うんですけど、『よーし打つぞー』程度に考えさせてくれるのがすごいですね」

 

 Q.エースが空気を作る、という感じでしょうか?

 

「そんな空気清浄機みたいに(笑)。え、例えがおかしい? マジですか」

 

 Q.キャッチャーから見て、深瀬選手のどういう所がすごいと思いますか?

 

「えー、全部エグいですよ? ストレートはキレがあって速いし、スライダーもいいでしょ? そんでカーブ、他の投手なら決め球(ウイニングショット)にしてもいいくらいの変化をするし、スプリットに関しては言うまでもないくらいいいボール。球種とかコントロールもいいけど、強いて言うならやっぱり……持続力ですかね」

 

 Q.持続力というのは?

 

「スタミナですね。体力的な部分もありますし、メンタルもすごいんですよ。試合中盤や終盤にかけての集中力の長さは他の球団を見ても中々いないんじゃないかと思ってます。そういうところは、やっぱりエースの器だなって見てて思います」

 

 リーグ最多の投球回を記録している中で、得点圏の被打率は1割5分と抑えている。

 緊張した場面での集中力の高さは他の選手と比べても抜きんでている事がよく分かる。

 

 シーズン終盤、深瀬は新たなステージへと進化を続けていた。

 防御率をはじめ、ほとんど全ての先発投手の成績はトップ。

 唯一勝利数では先輩の神木(かみき)に譲ったが、それでも現在最も優れた投手と言って余りある成績だ。

 その裏にあるのが、決め球・スプリットの改造である。

 空振り率は驚異の25%超え。

 実に4度に1度以上の頻度で空振りを奪っている、まさに魔球である。

 

「直球と錯覚させるほどのスピードが欲しかった。そのために指の握りとかける回転を意識している」

 

 試行錯誤を重ねて迎えた今季、スプリットの平均球速はなんと3km/hもアップ。

 その精度も高く、打者の手元で大きく変化することで相手打者を大いに困らせるボールへと進化した。

 

 深瀬へのインタビューを通して我々が感じたのは、高い向上心だ。

 現在の位置に固執せず、常に高みを目指し続けるその姿は求道者(ぐどうしゃ)にも近しい。

 

 最後に我々は深瀬に対して、一つの質問をした。

 

 Q.エースとは何か?

 

「他の何にも縛られない自由な存在だと思ってます。運も、環境も関係ない。全ての敗因に左右されず、勝ち続ける投手だと思っています」

 

 深瀬和仁。

 若くして常勝軍団のエースを背負う男は、まだまだ先をひた走る。

 

 <制作 ○△□テレビ>

 

 

 塩谷(しおや)(ただし)は通話音の響くスマホを片手に、広い廊下をぐるぐると回っていた。

 深瀬のドキュメンタリー番組。

 あれを見終わって、すぐに深瀬に電話をかけようと思ったからだ。

 

 敵にとっての味方は、果たして敵なのだろうか。

 そう問われると、少し違うんじゃないかと塩谷は思う。

 俺は入夏や深瀬の敵ではない。

 同級生として、自分はもう比べようもないかもしれないが……。それでも俺は二人を常に応援し続けたいとそう思っている。

 

「もしもし、塩谷?」

 

「そうだ。深瀬、元気してるか? お前の特番見たぞ」

 

 あぁ、と深瀬は気恥ずかしさからか少し言葉を濁す。

 確かに同級生に自分のドキュメンタリーを見られるというのは、少し恥ずかしいのかもしれない。

 

「で、どうだ。こっちに帰ってくる予定はないか? お前、家は大阪(そっち)の方だろうけど実家は千葉(こっち)だろ?」

 

「ん―――……わりぃ、ちょっと忙しくてあんまり帰る予定は考えてないわ」

 

「やっぱり、入夏がいるからか?」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 直球。真っ直ぐなのはいい事だが、この場に入夏がいなくて良かった。

 ここまで嫌いと態度で示されると、入夏も相当傷つくだろう。

 

 思うに、深瀬は入夏と対等でいたかったのだろう。

 高校に入るスタートラインは同じで、二人は対等なはずだった。

 3年の時も、エースと主砲として二人は対等であり続けた。

 甲子園のあの試合があるまでは。

 

 あの試合で、二人は対等ではなくなった。

 不甲斐ないエースを助けたバッター、それがあの試合の構図だった。

 一度崩れた関係を直すのは難しい。

 だったらもう、上下をはっきりさせた方が楽なのだろう。

 

「そうか……まぁ。気が向いたらまたこっちに来いよ」

 

 こんな事しか言えない自分が、塩谷は情けなかった。




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