天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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今回、バットの秘密が明かされます。


原点、あるいはスタートライン

『何で俺を連れて来たのさ』

 

「しょうがないでしょ、持ってきてほしいって言われたんだから」

 

『いや、なんか嫌な予感がするんだよ。もしかして俺を引き渡したりとかしないよね?』

 

「何ですか悪い事でもしたんですか。しないですよ。あ、いた」

 

「入夏さん、こちらです」

 

 病院入口。

 冷たい風が体を打ち付ける12月。

 道場での修行の合間に縫った逆又(さかまた)との待ち合わせで、入夏はバット(勇名の入っているもの)を背負い、袋を持って病院に来ていた。

 

 ―――合わせたい人がいる。

 その約束を果たしに来たのである。

 待ち合わせ場所が病院という事は、体調が悪い人なのだろうか。

 

「すみません、今日はありがとうございます」

 

「いえ、今はそこまで忙しくないので全然」

 

 エレベーターに乗り、5回のボタンを逆又が押す。

 

「その。会いたい人、というのは。どこか体調が悪いのでしょうか」

 

 言葉を自分なりに慎重に選びつつ、入夏は言う。

 病院にいるというのはそういう事で確定なのだろうが、やはり気になってしまう。

 もしも「ホームランを打ったら手術を受ける」とか言われたらどう答えようか。

 

「……はい。最近、少し体調を崩してしまいまして。それも戻ってきているのであまり入院期間が長いというわけではないんです。ただ、これを機に会っていただきたくて」

 

 これを機に?

 喉の奥に引っかかるような違和感が入夏の頭に残る。

 

 廊下を通り抜け、いよいよ病室が近づいてくる。

 逆又が足を止めた部屋の名前の中には、『逆又(かおる)』という名前が書かれてあった。

 

『ねぇ、やっぱりやめようよ。あんまりファンの人と深く関わるのはさ、やめた方がいいんじゃないの?』

 

 勇名はこんな時に限って弱気だ。

 震えた声で囁くように話しかけてくる。

 ……いや、これも何かおかしくないか?

 こんな弱気な勇名を見た事が無い。

 

「じゃあ入夏さん、こちらへ」

 

 先に病室に入って来ていた逆又がこちらを向く。

 冬だというのに、入夏の額からは冷たい感触がした。

 理屈ではない、もっと直感的な何かが危険信号を告げていた。

 

 プロに入れば人間関係は大きく変化するから気を付けろ、と言われていた。

 目の前にいるこの女性は、本当に信用してもいい人間なのだろうか。

 

「入夏さん?」

 

「……あ、すみません」

 

 大丈夫だ。まだ危険感は拭えないが、怪しい物には誘われていない。

 もし誘われたとしても、その場で断ればいい。

 やましい事は何もしていないのだから。

 

 意を決して入夏は病室へ足を踏み入れる。

 薄い茶色に彩られた部屋の中には、一人の女性が病院のベッドに仰向けになって寝ていた。

 年齢は60代後半くらい。

 顔にはしわこそ刻まれており、髪も白髪が多くを占めているものの、身だしなみはしっかりと整えられている。

 逆又が「おばあちゃん、来たよ。ベッドの角度を変えてもいい?」と尋ね、女性はこくりと頷く。

 

「今日合わせたい人というのはこの人です。逆又薫、私の……祖母です」

 

「こんにちは。千葉ドルフィンズの入夏といいます」

 

 ドルフィンズ、という言葉を聞いて薫の表情がほころぶ。

 何となく入夏は既視感に襲われた。

 気のせいだろうか。

 

「ドルフィンズの! 懐かしいわねぇ」

 

「おばあちゃん。この人ね、背番号も同じなんだよ」

 

「あら、そうなの! 偶然ってあるものなのね」

 

「それで、あの、入夏さん。何か祖母を見て、思いついた事はありませんか?」

 

「……えっと、じゃあ。どこかでお会いした事って、ありましたっけ?」

 

 思いついた事、と言われて思い浮かんだのはやはり既視感の事だった。

 自分もどこか懐かしい感じがする。

 遠い昔、もっと親しい関係で出会っていたかのような。

 

 それを聞いた京華が強く反応を示したような気がした。

 

「もしかして、口説いてるの?」

 

「え??」

 

「ふふふ、冗談よ。こんなおばあさんを口説く人なんていないわよね。でも、そうねぇ。私も……何となく、あなたには会った事があるような気がする。あなたのお話を聞かせてもらえないかしら」

 

 それから入夏は屈託のない話をした。

 高校時代の事、プロに入ってからの事、それから色々と。

 薫も京華も、ずっと笑顔でそれを聞いてくれた。

 

 病室を夕陽が照らす。

 面会の終わりの時間が近づいていた。

 

「じゃあ、最後にこれを」

 

 入夏は持ってきていた袋を手渡す。

 

「入夏さん、これは?」

 

「今日、会いに行くという約束だったので。持ってきました。開けてみてください」

 

 薫が中身を取り出す。

 何の変哲もない、スポーツ用の帽子だ。

 頭文字にはドルフィンズの「D」の文字が刻まれている。

 もし相手が子供だったらどうしよう、と入夏が頭を悩ませながら考えた土産がこれだった。

 帽子ならとりあえず無難だろう。

 サインも書いておいた。

 

「ありがとう! 大事にするわね!」

 

 薫が微笑む。

 しかし、ほんの一瞬表情が陰ったような気がした。

 

 

「入夏さん、今日はありがとうございました。祖母も喜んでました」

 

「いえ、自分もいい息抜きになりました。こちらとしても感謝しています」

 

 病院を出て数分。

 入夏と京華は歩道を並んで歩いていた。

 外は冬だという事もあって、既に暗くなり始めている。

 

「……私、実は入夏さんに謝らないといけない事があるんです」

 

 ぽつり、と京華が切り出した。

 

「どうしたんですか?」

 

「入夏さんが、今使っているバットのこと。あれ、角田(かくた)さんから受け取ったものですよね」

 

「何故、それを」

 

「今まで隠していて、本当にすみません。でも、私は。おばあちゃんに会ったら、()()()()()()()()んじゃないかって」

 

 次第に京華が涙ぐんでいく。

 状況が全くつかめない。

 何故彼女はバットの事を知っている?

 先ほど感じたあの危機感はなんだったのか?

 彼女は一体、何者なのか?

 

「私は、逆又京華。逆又薫の孫娘。……そして、私の祖父は。勇名涼です」

 

「……は??」

 

 勇名の、孫?

 という事は、元のバットの持ち主??

 

「いや、でも……」

 

『ありえない!! そんなはずがない!!』

 

 入夏が否定するよりも先に、怒号のような声で勇名が叫ぶ。

 反射的に入夏は耳を塞いだ。

 

『俺は誰かと婚約した覚えなど無い!! それに! それに、彼女は……!!』

 

「入夏さん?」

 

「あ、いえ。何でもないです。何でもないんです」

 

 ちょっと落ち着きましょ、勇名さんと入夏は小声で呟く。

 

「で、でも勇名選手って、独身だったはずですよね」

 

「祖母が身ごもっている事が分かったのは、彼が亡くなった後の事なんです。DNA鑑定は既にしてあります。帽子が祖母のもとに残っているので」

 

 なんてことだ。

 ちょっと情報量が多すぎて頭痛がしてきた。

 

 つまるところ、逆又京華は勇名さんの実の孫娘というわけで。

 彼女がバットを託し、その結果角田を通してバットが自分の元へ巡ってきた、と。

 確かに、彼女は昔の野球選手の事を知りたがっていた。

 特に勇名に対しての関心が強かったことは、今になって考えてみれば以前の角田の会話から読み取れる。

 彼女が勇名に拘っていたのは、そういう事だったのか。

 

「……じゃあ、もう一つだけ。どうしてこのバットを、俺のところへ?」

 

 京華の表情が一層険しくなる。

 

「私の父……勇名の息子は野球の事を嫌っていたみたいで。父は女手一つで育てられたこともあって、勇名の事をよく思っていないんです。あ、別に父が嫌な人とか、暴力を振るう人とか、そういうわけじゃないんです。むしろ普段はいつも優しくて。ただ、野球の事になるとどうにも。耐えかねるものがあったみたいで、去年の夏頃にバットを処分すると言ったんです。……気づいたら、口が勝手に動いてました」

 

 ―――私が次の持ち主を探す。

 何とも思い切った話だが、彼女はそれで父を納得させたのだという。

 

「昔から私は野球が好きでした。父に隠れて、こっそり河川敷の練習や高校野球の試合を見に行ったり。()()()()()()なのかもしれません。でも、知識に関しては素人も素人で。だから角田さんに協力してもらったんです。元々角田さんとは祖父との繋がりで幼い頃から親交がありました。あの人は祖父の事を心底尊敬していましたから、快く協力してくれました」

 

「なるほど。それで角田さんがあのバットを持ってきたんですね」

 

 何か色々と繋がってきた気がする。

 角田が勇名のバットを持っていた理由、京華が自分に接近してきた理由。

 全ては逆又家の騒動から始まっていたというわけだ。

 

「それで、バットの中身については……」

 

「中身?? 材質とかそういう話ですか?」

 

「あ、なんでもないです」

 

 うん、まぁそこまでは知らないよな。

 それが普通だもんな。

 中に亡霊が入っているなんて言っても信じてくれないだろうし、そうと分かっていれば人に渡したりなんてしないだろう。

 

「それで、こういう言い方はちょっと良くないんですけど。野球を見に行く大義名分が出来て、色々な選手に目を通しました。すごい選手、というのは勿論なんですけど。それ以上に私は、祖父の面影を探していたんです。そして9月16日、あなたを見つけました」

 

「去年の9月16日……あ」

 

 もしかしてあの試合か??

 あの試合を見て勇名の面影を感じたのか??

 入夏は失礼な事に「ちょっと人を見る目がないんじゃないか?」と思った。

 

 何故ならあの日は、入夏が初めてヒーローインタビューを拒否した日だからである。

 

 奇行をした場合、その反応は二種類だ。

 片方は人と違う感性だ、彼は天才に違いないと持て囃される者。

 もう片方は顰蹙(ひんしゅく)を買う者。

 

 それを隔てるものは何か。

 入夏は、行動の理由に理解ができるかどうかだと思う。

 奇を衒おうとせず、それでいて傍から見ればわけの分からない事をする。

 その理由が周りから見ても理解できない。

 そういう人間は天才、として扱われる。

 逆に理由がはっきりしているものに関しては、凡人として扱われる。

 

 要するに自分のヒーローインタビュー拒否にははっきりとした根拠があった。

 あの試合、決勝点となるホームランを打った。

 しかし、その前の守備で失点につながるエラーをした。

 それが悔しくてたまらなかった。

 だからホームランを打っても喜ぶ事は出来なかった。

 自分はマイナスを取り返しただけ、プラマイゼロ。

 それよりはプラスをした選手の方がいいだろうと、半ば自分への怒りを抑えながらインタビューを拒否した。

 これがあの日の全てだ。

 子供っぽいという自覚はあるし、迷惑をかけたという自覚もあった。

 そのため、自分は顰蹙を買う側の人間だと思っていた。

 

「どうしてか、映像で見ていた祖父の姿と重なったんです。それで角田さんと話し合って、あなたにこのバットを預けたいと思って」

 

 それならそうと言ってくれれば、とも思うが、当時の入夏は正面から渡されても応じなかっただろう。

 多少強引な角田のやり方が功を奏したわけだ。

 

「迷惑をおかけしてしまい、本当にすみませんでした」

 

 逆又が頭を下げる。

 

「謝らないで下さい。むしろこっちとしてはお礼を言いたいくらいです。あのバットがあったおかげで、こう、色々と……学べるものがあったので」

 

 お世辞ではない。

 本当に感謝している。

 勇名に出会わなければ、ここまで活躍できなかった。

 今年でクビを切られてもおかしくはなかった。

 ちょっと分からないところはあるけれど、それでも本当に感謝している事に偽りはない。

 

「本当ですか? ……ありがとうございます。では、またどこかで」

 

「はい」

 

 京華と分かれ、入夏は帰路に着く。

 

「勇名さん」

 

『…………』

 

「自分の事、話したくなったら話してください。それまでは待っているので」

 

 勇名は何も言わない。

 流石に自分の子供の存在を知らなかったことは本人にとってもこたえたようだった。

 

 




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