天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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今回、残酷な描写があります。
多分グロテスクではないので安心してください


1月4日① ※流血表現あり

危機感、なんてものは感じた時にはもう遅くて。

 脳に走る痛みと共に意識が遠のいていくのが分かった。

 今日は、冷たい夜の風が肌に沁みる寒い日だった。

 心のどこかでそんな気はしていたのだ。

 危ない橋を渡っている自覚はある。

 それ相応の覚悟はしてきた。後悔は思ったほどない。

 洗濯物を取り込んでおけばよかったなとか、そういう程度のものだ。

 何と言うか、自分の冷静さや呑気さに驚きしかない。

 まぁ口を開く余裕なんてものもないのだが。

 

 目が合った。

 ―――あぁ、そうか。

 やっぱり、あなたは。

 まだ―――。

 

 それを最後に、思考は暗闇へと沈んだ。

 

 

 

 

 長く、濃い1年間が終わりを迎え、新しい年がやってきた。

 電子時計は「1月4日」を指している。

 テレビを付ければ特別番組、外に出れば初詣に行こうとする人を見かける季節。

 そんな中、入夏はというと。

 朝からバットではなく、本物の刀を振っていた。

 

 オフシーズンに友人の紹介で道場の先生をしている和泉(いずみ)と出会ってから、入夏は度々道場を訪れては練習に励んでいた。

 体験会の際は鉄の棒きれだったが、ある程度認められた現在では日本刀を握らせてもらっている。

 これは聞いて驚いた話だが、刀は登録証を持っていれば銃刀法に問われることはないのだという。

 

「うーん。まだ少し力が入っていますね。では、今日も()()をやってみますか」

 

「はい!」

 

 入夏の目の前に藁束(わらたば)が運ばれてくる。

 通うようになって以降、入夏がいつも苦戦しているのがこの修行だった。

 

 和泉が試みれば上手く、直線的にスパッと斬れる。

 しかし入夏や他の参加者がやろうとすれば、藁束に引っかかってしまい一息に斬る事が出来ないのだ。

 

「私はあなたたちほどの力を使っていませんが、このように斬る事が出来ます。その意味が分かりますかな」

 

 斬れない様子を見ると、和泉は決まって笑みを浮かべながらこう言う。

 直接やり方を指導するのは難しいし、本人のためにもならない。

 とにかく実践あるのみだと和泉に語られたため、入夏はひたすら取り組んだ。

 

 藁束を綺麗に斬れず、今日も中途半端に繋がった藁束の数が十を数えたころ。

 疲労で重くなった腕は、されど確かな手ごたえを感じ始めていた。

 先ほどまでとは明らかに違う、体の力が上手く抜けているような感覚が襲う。

 そして、持っている刀の重みが全く異なっていた。

 今までの使い方は重みに逆らうような、そんな持ち方だった。

 だが現在はどうか。

 余計な力が疲労で抜け、ただ刀の重みを受け入れている。

 

 何かに気が付いたのか、和泉が口角を上げる。

 意を決して入夏は刀を斬り上げるように振った。

 ただ、力を入れずに振っただけ。

 たったそれだけの事で、藁束は綺麗に二つに分かれていた。

 

「……やった」

 

 重なった疲労のせいで、大きく声を上げる事はなかった。

 されど入夏の胸中には確かな充実感が残っていた。

 

 物事を、あるがままに。逆らうことなく受け入れる。

 それが脱力の神髄なのかと悟った。

 

 後ろから拍手の音が聞こえる。

 振り返ってみれば、和泉が朗らかに笑いながら手を叩いていた。

 

「今のは素晴らしかったですよ。これを継続できれば、あなたはきっと歴史に名を残す打者になれる」

 

 和泉は野球の事に関してあまり詳しいわけではない。

 しかしその言葉は、今までのどの言葉よりも腑に落ちるものだった。

 

 

 かいた汗をシャワーで流す。

 入夏は数か月後にやってくるシーズンへ思いを馳せていた。

 二年目のジンクス。

 勇名との決着。

 ライバルたち。

 

 戦うべき相手、戦うべきものは色々とある。

 勇名の事はまだまだ知らない事ばかりだ。

 ライバルたちだって、きっと成長してくる。

 何ができるか、何を成せるか。

 それはきっと、このシーズンにかかっているはずだ。

 

 風呂から出て、濡れた髪をドライヤーで乾かしてスマホを手に取る。

 見れば、一件の通知が来ていた。

 

『今日の20時、○○のところで会っていただけませんか』

『あなただからこそお話したい事があるんです』

 

 記者の佐藤(さとう)だった。

 文体のためか、普段の元気で多弁な口調からはかけ離れている。

 ○○、というのは入夏の家からもそう遠くない、人通りの少ない場所だ。

 時期が時期なら長い階段から見晴らしの良い景色が見える、本物の穴場だ。

 何故この場所を指定したのかはよく分からない。

 どこか淡々とした話し方に、入夏は一抹の不安を感じていた。

 が、すぐに杞憂だと思った。

 

『分かりました』

 

 とりあえずそれだけ返して入夏は布団に潜る。

 疲れ、達成感、風呂上がり。

 眠気を誘うには十分すぎる要素だ。

 とりあえずアラームをセットしておけば時間に遅れる事はない。

 着替える時間や、移動する時間を加味して16時30分にセットする。

 これで心配はなし。

 入夏はそのまま迫りくる睡魔に身を委ねた。

 

 起きた時間はぴったり。

 外が寒いため青い防寒着を羽織り、目的地に向けて車を走らせる。

 外はもう既にとっぷりと暗くなっている。

 車の窓からはちらちらと雪が降っているのが見えた。

 起きた時からずっと振っている。

 これは明日にも積もるかもしれない。

 

 適当なパーキングエリアに車を停め、駐車券を取る。

 やっぱり改めてこんな辺鄙(へんぴ)な場所に呼ばれたのは、何かおかしい気がする。

 時計を見やる。時刻は予定よりも少し早い。

 早く着きすぎたな。

 でも、彼女の事だ。もっと早く来ていそうな気がする。

 せっかくなので探してみようかと思ったその時。

 階段の下に、何かが横たわっているのが見えた。

 デカい石? それとも何かの生物。

 暗いせいでよく見えない。

 

 どうしてか、心臓の鼓動が早まり始めた。

 ……ドラマの見過ぎだ。移動日に時間があるからとサブスク契約をしたのが良くなかった。

 違うよな。

 そんなわけない。

 恐る恐る、階段を一歩一歩踏みしめるように降りる。

 これまでこんなにゆっくりと階段を下りるのは初めての経験だった。

 

 ()()()()()のは、女性だった。

 ぐったりと力なくうつ伏せに倒れており、だらんと垂れた腕からは動く気配が全くない。

 

「……! と、とにかく救急車!! いや、警察も!」

 

 小刻みに震える手でスマートフォンを操作し、119番に通報する。

 たどたどしくも何とか現在の場所と状況を伝え指示を仰ぐ。

 

 彼女は頭から血を流していた。

 ハンカチを取り出して、出血している部分を抑えようとする。

 

「嘘、だろ……?」

 

 その女性を、入夏は確かに知っている。

 倒れていたのはドルフィンズの番記者・佐藤(さとう)(みどり)だった。

 

 

 彼女はやってきた救急車に運ばれていった。

 入夏は呆然としたまま、警察の人から状況を説明しなければならなくなった。

 

「それじゃ、被害者の女性と会う約束をしていたと?」

 

「はい。メッセージも残ってます」

 

「そうですか」

 

「あの、これって事件なんですか?」

 

 入夏が訊くと、警察官は淡々とした様子で話した。

 

「今のところは何とも言えません。足を滑らせて転んだ可能性もありますし……誰かに襲われた、という可能性も捨てきれませんので」

 

 待った。

 これ、もしかして。

 事件だとすれば、真っ先に疑われるのは自分なのではないか。

 

 警察官が入夏の元から離れて何やら話し合っている。

 やがて彼()は入夏を囲う様にして戻ってきた。

 

「入夏さん。この事件の参考人として、事情聴取を願えますか?」




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