感謝しかありません
「で、だ。お前を仮に川魚として、綺麗な川と汚い川、どっちを泳ぎたい?」
「出来るなら、綺麗な川で泳ぎたいです」
「よし、正解だ。ちなみに汚い川で泳ぎたいと思うのも正解だ」
「じゃあ意味なくないですか」
「本人にとっての問題なんだから正解不正解なんてねーんだよ。で、話には続きがある。汚い川に慣れた魚は綺麗な川で泳げると思うか?」
「泳げるんじゃないですか」
「はい、正解。飴でもくれてやろうか?」
正解しかしていない。
別に飴目当てじゃないし、この質問に一体何の意味があるのだろうかと入夏は思った。
「じゃあ、汚い川で生まれて綺麗な川に移ったとしよう。お前は汚い川に戻りたいと思うか?」
「思いません」
「正解。個人的な評価をくれてやろう。まぁ、つまりそういうことだ」
「……あのすみません。つまりどういうことですか?」
「
「はぁ、そうなんですか」
「あぁ、不正解だ。キャッチャー出身だから分かるんだよ。そういう経験は逆に良い投手を潰し、悪いピッチャーを悪化させる。良い物を求めすぎるからな。『出来る事のハードルが気づかない内に上がっていく』、これが良いピッチャーと組む事の欠点だ。プロの投手といっても色んな奴が居る。たとえばアンダースローの
「そうですね」
「……お前意外としっかりしてんだな。まぁ、要するに今回のは荒療治だ。あえて制球難とかの欠点を抱えた、色々な投手と組ませて無駄な余裕をなくす。それで本当の自分自身を思い出させることが目的だ」
「本当の自分自身ですか?」
「あぁ、お前は知らなくても仕方ないな。あいつ、大学生の時はもっとイケイケだったんだよ。でも、投手の事をちゃんと思いやれる選手だった。それこそ今いる
「……なんというか、意外としっかりリサーチしているんですね」
「あ、
言い方こそ粗暴だが、中身は選手の事をしっかりと気遣っている。
初対面の印象ほど悪い人物では無いのかもしれない。
「じゃあ、どうしてわざわざ本人に事情を隠すような真似を?」
「あー、それか。単純に言えば、余裕を奪いたいからだな。勘違いされるかも分からんが、別に俺はあいつの事を好きでも嫌いでもない。けど未来を夢見るってのはかなり複雑でな、そればっかり考えるとつい今の事をおろそかにしちまうんだよ。今のあいつの成長をとどめているのは、変に未来を考える余裕があるからだと思うんだよな。だったらもういっその事今現在にしか集中できない環境を作ってやればいいわけだ」
『……なんか入夏君と似てるよね、この人』
勇名さん、ちょっと黙れ。
「分かりました、ありがとうございます。では俺は練習に戻るので」
「おぉいおいおいおい待て待て待て待て!! 最初にこっちが呼び止めたの覚えてねーなさては! 飯の時間なんだよボケが! 投手が
口は普通に悪いなこの人。
◇
次の練習の事を考えながら、入夏は昼食を取っていた。
美味しいもの、栄養のバランスが良いものを食べるのは当然だが、それ以上に次の事が気になって仕方なかった。
午前はウォーミングアップとバッティング練習。午後からは打撃練習もあるが、守備練習や走塁練習もしないといけない。
これは野手のメニューで、投手はオープン戦ひいてはリーグ戦に間に合わせられるよう、それぞれのペースを保ちながら練習をする予定だ。
キャッチャーはというと結構大変で、野手と投手の間を行ったり来たりすることがある。
守備の要としての守備練習はもちろん、投手とのコミュニケーションも必要不可欠。
バッティングだって、守備が大事なポジションだからできませんでしたで終わらせるわけもいかない。
入夏の脳裏には、かつての野球部のチームメイトのキャッチャー・
自分には関係の無い事だが、志々海と
浜栗は目的を話してくれたが、志々海がそれを理解しているかどうか。
それに西部の事に関しても聞きそびれた。
聞いておくべきだったかなぁ……。
仲が険悪なわけではないと思うのだが、もし二人が崩れればチームの状況にも大きく関わる。
今年こそ優勝するために、何とか実戦には間に合わせてほしい所だが……。
どうにかしたいが、どうにもできない。
歯がゆいが、浜栗が提案したことなので何とかしてくれることを祈るしかない。
……それにしても、何か空気が悪いというかピリピリしてるなぁ。
自分には関係ないけど。
ちょっとだけ原因を探るため、入夏は辺りを見渡す。
どうやら原因は、新加入助っ人のポンズにあるらしい。
彼はこちらの食文化や空気に慣れていないのか、行動にこそ移さないがずっとイライラしているように見える。
通訳(海外スカウトかもしれない)に
体格の良いアフリカ系の男性がイライラしていれば、周りも警戒するだろう。
自分も隣に座られると逃げたくなるかもしれない。
そういったところがポンズの悩む原因の一つなのだろう。
可能なら助けてやりたいが、生憎自分は手一杯な上に不器用ときた。
むしろ下手にポンズを刺激してしまうかもしれない。
人に任せるのはあまり好きじゃないが、適材適所という物だろう。
多分、通訳の人やチームでほぼ親分的な存在の
申し訳ない、後は頑張ってくれ。
◇
「で、どうだ? ヘッドコーチを始めてやってみた気分は」
選手たちがユニフォームを汚しながら練習しているのを見ながら、監督の
「本音を言ってもいいなら俺も強いチームに行きたかったすよ。ま、でも発展途上のチームも面白いし、別にそれでいいんじゃないですかね。昔のドルフィンズもこんな感じだったし」
「懐かしいな。お前がひよっこだった時を思い出すよ」
「言うと思いましたよ。俺が現役時代の時に2軍コーチだったからって、あんまり昔の自分の事を言わないで下さいね。それ、チームにとってあんまり関係ない話ですから」
「で、仕事の話だ。お前ならどう打順を組む?」
浜栗は少し考えるそぶりを見せて、指折り数えながら話し始める。
「はいはい、仕事の話ですね。去年ほぼ固定していたのはライトの入夏、セカンドの
「指名打者やサードなら面白いのがいるんだ。
「あー、海外に派遣していたあの! 確かに向こうでも話題になってましたね。『ジャパニーズジャイアント』とかなんとか。長いっての、クソ。もう面倒くさいので略して『ジャジャ馬』と呼びますね。確かに去年の課題は長打力だから、ポジションがどこになるにせよ入れた方がいいですね。後は今のところポンズがどうなるか……」
「で、だ。聞いておいて何なんだが、組んでみたい打線があるんだ」
「顔色窺わなくてもいいですよ、ヘッドコーチはそれが仕事でしょ。よっぽど無茶苦茶じゃなけりゃ聞くだけ聞きますよ。仕事ですからね」
代永はわざと声量を抑え、浜栗にだけ伝わるように説明する。
「……はぁ。なるほど、尖ってますね。面白い試みとは思いますが、それってかなりギャンブルじゃないですか?」
「あぁ。でも何となくじゃないぞ。ちゃんとこっちにも考えがある。そこから点が取れるかどうかはまぁ……作戦次第だな」
「げ。こっちに委ねるんすか。相変わらず肝の太い人だこって」
「どうだ、良い作戦は組めそうか」
「それは一旦置いといて、オープン戦があるから組む事は出来ますよ。その時に考えても良いですか?」
「あぁ、助かる。じゃあ、良い作戦を考えるのを待ってるからな、頼むぞ
「……はぁ、丸投げかよ。別にいいけどさ。そういうの嫌いじゃないし」
シーズン中よりもキャンプでぎくしゃくした方がいいよね!
というわけで、それぞれが思いを抱えながら春季キャンプをしております。
次回はオープン戦の成績をダイジェストのような形で紹介する予定です
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