天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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開幕戦、後半です


OPENING DAY① 千葉ドルフィンズVS福岡マッハトレインズ②

 試合は槍塚の一発でスタートしたが、その後打者を一巡するまでは一定の落ち着きを見せていた。

 どちらの投手も3回を順調に投げ切り無失点。

 星見(ほしみ)は既に4奪三振を記録。

 あの一球以来は立ち直って本来の良さを出せている。

 

 それよりも解説の亀津(かめつ)から見て意外だったのは、ドルフィンズのバッテリーの方だった。

 今日投げているエース・西部(にしべ)が組んでいるのは本来の正捕手ではなく、2番手3番手ともとれる打撃型の捕手・早々江(さざえ)だ。

 早々江は昨シーズンこそ捕手としての出場はほとんどなかったが、キャッチャー失格の烙印を押されたわけではない。

 むしろ本人から出場機会確保のために志願し、その打撃で他のポジションを勝ち取ってきた。

 だから、組むことが悪いと思っていたわけではない。ないのだが……。

 正直、本来の正捕手と組ませない事への不安が勝った。

 

 だが、今日の西部の出来はどうか。

 元々は三振に拘るタイプの投手だったが、今日の奪三振は1つのみ。

 しかし持ち前のコントロールの良さから成る打たせて取るピッチングで相手打線の的を絞らせず、ゴロの山を築いている。

 下手に三振を奪うよりも効率的にかつ、効果的に抑える事が出来ている。

 今までも、どこか惜しいと思っていたのだ。

 コントロールは良いが、相手の届かないギリギリのラインを突きすぎてランナーをためて自滅する。

 形はエースとはいえ、そのようなピッチングを時折するのは野手としてもリズムが悪くなる。

 しかし……浜栗(はまぐり)さんの指示なのか、思い切ったものだ。

 いつバッテリーが復活するかは分からないが、これもまた一つのカンフル剤といったところか。

 

『さぁ、試合は中盤の4回の裏へと入ります! ここまで開幕戦らしく落ち着いた試合運びを見せていますが、黒峰(くろみね)さん! マッハトレインズ側としてはそろそろ反撃をしたいところですよね!』

 

『そうですねぇ。3番から始まる好打順なので、ここで何かしらの形を作っておきたいです。相手が開幕投手とはいえ、こっちも開幕戦。ただ黙ってるのはプライドが許さないでしょう』

 

 その言葉通り、マッハトレインズ打線は奮起した。

 3番の加藤がアウトコースの変化球を綺麗に流し打ちしてヒット。

 4番の安藤はフルカウントからボールを見極めて四球。

 ランナーをためた状態で、別府(べっぷ)がプロ2度目の打席を迎える。

 オープン戦で、別府の長打力はどのチームにも知れ渡っている。

 ここが勝負所だ。

 亀津は思わず拳を力強く握る。

 

『さぁ、マッハトレインズにとっては初めてのチャンス、ドルフィンズにとっては初めてのピンチです! 亀津さん、守る側としてはどういった形が理想的でしょうか!』

 

『別府はまだ粗削りな部分もありますが、当たれば飛ばすだけの力は持っていますからね。本当ならダブルプレーを狙いたいところですが、ちょっとこのバッター相手にはね、意図的に当てさせるのも怖いです。なので一番理想的なのは三振を奪う事でしょう。やはり長距離砲というのは大振りな一面もありますから、打ち気を上手く利用したいところです』

 

『なるほど、では攻撃側の黒峰さんはどう思われますか?』

 

『まぁ、今回は好きに打たせるべきだと思いますよ。やっぱりチームも長打力を期待して打線に組み込んでいるわけですから。そこは別府も分かっていると思いますし、それが分からないような選手に開幕戦の指名打者なんてポジションは与えませんよ』

 

 確かに、黒峰さんの言う通りだ。

 期待されている選手で、本人もそれを背負えるだけの実力を持っている。

 あとは本番で結果を出せるかどうか、たったそれだけのシンプルで難しい問題だ。

 

 勝負はおそらく一球で着く。

 技術ではなく、選手の心理を考えて亀津は自らの考えに結論を出した。

 三振狙い、そして四球で満塁にはしたくないというバッテリーの心理。

 恐らくそれを分かっているであろうバッターは、一振りで仕留めに来る。

 だから投手の西部は、ストライクゾーンに。それでいて、しっかりと打者を攻めるようなボールを放る必要がある。

 

 一つ、大きく西部が息を吐く。

 そして投球モーションに入った。

 

『さぁ、別府選手に対しての初球! ん投げましたぁ!!』

 

 あっ。

 あっ。あ―――。あ――――――。

 

『打ちましたぁ!! 打球はセンターへ!! センターへ!! まさか入ってしまうのか!! 舘が下がって! 見上げましたホームラァーン!! なんと!! プロ初ホームランは、自らの門出を祝う逆転3ランホームラン!!』

 

 うん、まぁ、うん。

 心の中で呟きながら、亀津は天を仰ぐ。

 決して悪いボールではなかったが、西部にしては甘く入ってしまったかな。

 変化球が低めに制球しきれなかったのが痛恨だった。

 ただ、それをたった一球で沈めた別府の能力の高さも感じられた勝負だった。

 西部の課題である「連打されたらとことん打たれる」癖の修正はまだ時間がかかりそうか。

 でも仕方がない部分はある。修正しろと言ってすぐに修正できるほどプロの世界は甘くない。

 

 西部が顔を上げる。

 亀津は、西部の表情が死んでいない事を確かに捉えていた。

 

 

 どの世界も、フィクションの世界であってもほとんどが過去には戻れない。

 それはスポーツ界にも言える事だ。

 あの時、三振していなければ。あの一球さえなければ。

 ただ、そこで地べたを這いつくばって己の無力を嘆くのか。

 それとも泥まみれでも立ち上がって次へと進もうとするのか。

 今日の西部は、間違いなく後者であると亀津は思った。

 

 打たれこそしたものの、西部は今日の投球スタイルを大きく変える事はしなかった。

 低めへと神経を使ってコントロールし、ゴロアウトを重ねていく。

 弱さはすぐには克服できない。

 けれど確かな成長をこの開幕戦というマウンドで間違いなく見せてくれた。

 西部が6回まで投げ切って降板した際には、大きな拍手を送りたくなるほどだった。

 解説席だったので流石に自制心が勝ったが。

 

 さて、課題は打線だ。

 槍塚の一発以来、星見にはすいすいと投球を重ねられていた。

 特に中盤から多投しはじめたスローカーブの効果は抜群。

 ストレートとの球速差は30km/h。

 例えは悪いが、原付と普通自動車くらい違う。

 マッハトレインズの越智(おち)との配球の前に、完全に手玉に取られていた。

 唯一気を吐いていたのは4番の阿晒(あざらし)くらい。

 2安打を放っていたが、いずれも単打だった。

 元々チャンスに強いタイプの巧打者であることを考えれば十分すぎる活躍なのだが、他が続かないとホームが遠い。

 

 槍塚は一つ四球を選んでいたりと、各々は出来る事をしている。

 ただそれがチームとして繋がっているかは疑問が残る。

 

 しかし、チャンスは巡ってくるもの。

 ラッキーセブンと言われる7回、100球を超えそうな星見へと打線が襲い掛かる。

 7番の早々江がチーム5本目のヒットで出塁。

 8番の安里は倒れて2アウトとなるも、9番の舘に対して代打・(しば)が送られる。

 柴はストレートとカーブの球速差に翻弄されながらもすんでのところでバットに当て、フルカウントまで粘った末に四球を選んだ。

 

『さぁ、ここで打席に立つのは昨シーズンにほとんどの項目で自身キャリアハイの成績を残した入夏選手! ……おっと、マッハトレインズのベンチから雪上(ゆきがみ)監督が出てきて、これは投手交代でしょうか?』

 

『よくここまで投げ切ったと思いますよ。球数的にもここが今日の限度でしょう。問題はこの競った場面で誰を登板させるかでしょうね』

 

 さぁ、ここはマッハトレインズ側の采配の見せ所だ。

 リリーフには終盤の勝利の方程式の一角として、既に所属しているスマイルズという外国人とは別にもう一人を確認している。

 オープン戦での成績は悪くなく、順調な仕上がりを見せている。

 ただ、それだけでこの火消しの場面を任せるというのはギャンブルだ。

 調整は上手く投げられていても、実践でボコボコに打たれる事もあるのがプロの世界。

 開幕戦だからこそ慎重さと大胆さが求められる。

 勝つための。勢いを削ぐための。そして、序盤に入夏の息の根を止めるための采配。

 当人ではないはずなのに、張りつめた緊張感で息が詰まりそうになる。

 ファン目線で応援するというのは、これほど神経をすり減らすものなのか。

 

 打つ側の入夏はというと、ここまで無安打。

 まだ一戦目という事もあってそれほど重く捉えてはいないが、やはり良いスタートは切っておきたい。

 ……打てよ、入夏。

 昨シーズンのようなお前の活躍を俺は見たい。

 

『投手の交代をお知らせいたします。ピッチャー星見に代わりまして、背番号19。三間(みま)が上がります』

 

 ホームチームの勝利の方程式らしく、バックスクリーンでは火花をバックにした派手な演出と共にマッハトレインズのリリーフエース・三間(みま)秋吾(しゅうご)の登板が宣言される。

 濃い顔立ちと髭からは想像しにくいが、繊細なコントロールを武器にしたリーグ屈指のリリーフだ。

 

 これはまた思い切ったな、と亀津は下あごに手をやった。

 三間を使うとすれば8回と思っていた。

 しかしこの場を抑えられる可能性が最も高い選手は、クローザーのスマイルズを除けば三間以外の選択肢はないだろう。

 マッハトレインズ側の開幕戦に懸ける執念が伝わってくる。

 

『ここでマッハトレインズもリリーフエースを投入! まだ開幕戦という事を忘れてしまうほどの熱戦です! 恐らく、この試合ではこの局面が大きな分岐点(ターニングポイント)になるでしょう! 黒峰さん、ここで登板した三間としてはどういった配球で攻めていきますか?』

 

『それはもう、とにかく丁寧にですよね。点差は2点あるわけですから、本塁打以外は許容範囲でしょう。今日の第一打席でいきなり本塁打を打っている槍塚には繋げたくないので、もうとにかく丁寧に勝負する事を意識してほしいですね。とは言っても三間は高い実力を兼ね備えたリリーフですので、しっかり勝負をしてくれると思いますよ』

 

『ありがとうございます! では、亀津さん。攻撃側としては何を意識すればよいでしょうか?』

 

『三間選手はとにかく投げミスの少ない選手ですからね。対応力の高さが求められると思います。ゾーンは広げつつ、際どく外れる変化球に対しては警戒してほしいですね』

 

『ありがとうございます! 我々はもう、この対決を固唾を呑んで見送る他ありません!! さぁ第一球、三間が短いモーションから投げました!』

 

 三間の指から放たれたボールは弾丸のように強く、糸を引くような綺麗な直線を描いてキャッチャーミットへと突き刺さる。

 外角を攻めた鋭いストレートに球審がストライクを宣言した。

 バッテリーは2球目こそボール球で打ち気を逸らしつつも、3球目は変化量の少ないカーブで打者の裏をかいて空振りを奪う。

 追い込んだ状況。入夏はバットの握り方を変える事はない。

 

 ―――そうだ、それでいい。

 お前は小手先の技術でヒットを打つことを優先していては駄目だ。

 

『バッテリーが追い込みました! 亀津さん、打者としてはここからの場面どう対応していけば良いと思いますか?』

 

『対応……対応するというより、自分の強みを押し付けるようなバッティングをしてほしいです』

 

『な、なるほど……。さぁ、長い間をとって三間が頷きます! 入夏に対して第4球、投げましたぁ!!』

 

 三間が右腕から勢いよくボールを繰り出す。

 対角線上、右投手から左打者の内角を突くような真っすぐ。

 正真正銘の手が出ない、という表現がよく似合うような。

 そんなストレートだった。

 

『ストライクゥ―!! 開幕戦ッ、それも終盤のプレッシャーのかかる場面で見事決めて見せました三間選手ッ!!』

 

 大歓声の球場の中。

 亀津は一人の選手を見て背筋に何かが走るような感覚に襲われた。

 入夏だ。

 普段なら悔しさを表情ににじませるはずの入夏は、どこか落ち着いたような静かな表情をしていた。




というわけでほぼ一試合を通して「実況のみ」形式を試してみましたがいかがでしたでしょうか。
次回はちょっとだけ主人公たちに触れます。
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