天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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チームとして掲げているスローガンがサブタイトルなのですが、文法的におかしくないか不安です


SHOWTIME IS NOW!

 昔がどうだったのかはよく覚えていないが、近ごろはスタメン発表のための映像にも力が入っているようだ。

 ドルフィンズの本拠地・千葉ウミネコ球場に設置された電光掲示板では、ファンの期待を煽るかのように今年のスローガンである「SHOWTIME IS NOW! 」という文字が、海を象徴させる青い背景をバックに踊っている。

 踊っているというか、ゆっくりと回転している。

 最近の映像技術は凄いんだな、と何と無しに思った。

 

 球場内もかなりの盛り上がりを見せていた。

 心なしか、去年の開幕戦よりも客の入り様が違う気もしてくる。

 彼らも球場の空気に煽られるように、今か今かと試合開始を待ちわびているように見えた。

 熱気が膨らむのも無理はない。

 今日はドルフィンズにとって今シーズン初めてのホームゲームだ。

 

 順位として、ここまでドルフィンズは1勝2敗で4位タイ。

 対戦相手の大阪ビクトリーズはまだ3試合とはいえ全て勝利している。

 

 深瀬(ふかせ)は……この球場にはいない。

 開幕戦で既に登板しており、スケジュールから見てもこのカードで千葉を訪れることはない。

 対戦したかった気持ちもあるが、何か心に引っかかるものがあった。

 怖気づいていると言われれば、そうかもしれない。

 戦う事が怖いというより、ちゃんと戦うための準備が今の自分には整っていないような気がする。

 今までの自分であれば、焦りこそすれこんな事は思わなかっただろう。

 後ろ向きなようで、「もっとやれる」という前向きな気持ちのような。

 落ち着けてはいるけれど、何だか自分の意志を整理できない。

 

 ビクトリーズの先発投手は神木(かみき)

 エースの座は実質的に深瀬に奪われているものの、本来ならば開幕投手になってもおかしくないレベルのサウスポーだ。

 クセのある剛速球とフォークを武器に昨シーズンでは2桁勝利を記録。

 コントロールはアバウトだが、それでも大崩れするケースは少ない好投手だ。

 

 対するドルフィンズの先発投手は渦巻(うずまき)

 腰を大きくひねる、()()()()投法と呼ばれる独特(唯一無二ではない)な投球フォームが特徴的な右投げの投手だ。

 入夏の同期で、武器は大きく変化するカットボール。

 この球種の投球割合は6割。

 昨シーズンだけでも多くの打者から三振を奪ってきた、まさに代名詞とも言えるボールだ。

 今シーズンのキャンプでもボールの改造に着手しているようで、オープン戦でも好成績を残している。

 味方としては頼もしい限りだ。

 

「聞いてくれ、入夏。俺が編み出したこの魔球、この名前は……『カットボールEX』、いや、それよりも『鬼カット』の方が浸透しやすいか?」

 

 ……改名案を聞いてくる、この点を除いて。

 最近は試合前にこうやって渦巻から絡まれる事が珍しくなかった。

 正直どちらでも良いと思う。五十歩百歩だ。

 最初に聞かれた時に、傷つける事は言うまいと「どっちも良いな」と答えたのが良くなかった。

 同期、同学年という事もあってチームの中では親しい関係な分、元々距離は近かった。

 が、最近は顔を合わせるたびに新しい改名案を聞いてくる。

 ネーミングセンスがあまり成長していないのが、余計この作業の虚しさを増幅させていた。

 

「何を言ってんだ、何を。ほれ、んなもんどうでもいいからお前の練習する場所はこっちな」

 

 助け船を出してくれたのは、いつも通り捕手の早々江(さざえ)だった。

 ―――助かった。

 早々江も入夏や渦巻の同期であり、年齢も同じ。同級生だ。

 この3人組の中では恐らく一番のしっかり者である。

 

「あっ、待て早々江! せめて一言、感想だけでも―――!」

 

「入夏も、面倒くさい時は言っていいからな。下手な遠慮をするとこいつ、ますます調子に乗るぞ」

 

「……すまん」

 

 やれやれ、と言わんばかりの様子で早々江がため息をつく。

 渦巻は何かを言いかけていた様子だったが、早々江が連れて行ったためその続きを聞き取る事は出来なかった。

 

 

 試合が近づくにつれ、徐々に観客席がファンで埋まっていく。

 今日来ている観客は試合もそうだが、球場内の映像を楽しみにしているファンも多いとどこかのうわさで聞いた。

 

『暗くなります。足元にご注意ください』

 

 そんなアナウンスが何度かされた後、球場の明かりが一斉に消えた。

 そしてその後僅かな時間で電光掲示板が光る。

 

 沈黙の中、電光掲示板の水面からイルカが飛び跳ねた。

 同時に映された映像は、前身も含めてこの球団が優勝したシーズンの胴上げのシーンだった。

 

 また一頭、また一頭と飛び跳ねる。

 その度にダイジェスト形式ながらも、「黄金期」と呼ばれたころの映像が映った。

 

 映像は黄金から苦難の時期へ。

 それでもチームの最前線で戦い続けた選手たちの姿が映る。

 

 そして、映像は現在へ。

 チームに在籍している選手たちの姿が様々な視点から移される。

 投球に入る者、バッティングの構えからバットを振る者。

 本当に色々な選手の映像が目に留まるように仕込まれている。

 

 昨年までのファインプレーやホームランなどを映しながら、イルカはついに飛躍する時を迎える。

 海中から海上へ、それは飛躍の比喩なのだと分かった。

 今こそが跳ねるべき時だと、跳ねて見せると言わんばかりの攻めた映像だ。

 球団にとって、今年こそが見せ場=「SHOWTIME」であるという期待の表れだった。

 

 映像が一旦終わり、球場内に明かりが戻る。

 

 『Today's スターティングラインナップ!』

 

 再び電光掲示板に注目がかかる。

 

『1番、ライト 入夏~、水帆!!』

 

 虹のかかる背景。

 それをバックに、入夏がバットを持ってスイングする様子が映し出される。

 バットを振った後は、水滴のような演出が画面の端々に残った。

 改めて見ると、少し恥ずかしい。

 

 入夏の紹介が終わると、槍塚(やりづか)鳥居(とりい)と続く。

 そして打線が9番まで回ると、最後は先発投手が宣言される。

 背景は同じ、先発の渦巻が投じたボールは青いオーラを纏っているような演出がなされる。

 

 正直、嬉しかった。

 去年まではあまり実感が無かったが、この映像だけでもどれだけ自分たちに期待してくれているのかがよく伝わってくる。

 ならば、彼らが誇れる選手でいたい。

 そんな思いが体中を駆け巡った。

 

 スターティングラインナップ

 千葉ドルフィンズ

 1番 ライト    入夏水帆

 2番 指名打者   槍塚(やりづか)(だん)

 3番 セカンド   鳥居(とりい)帝人(みかど)

 4番 レフト    阿晒(あざらし)兵太(ひょうた)

 5番 ファースト  クレイヴ・ポンズ

 6番 キャッチャー 早々江(さざえ)(しん)

 7番 ショート   万田(よろずだ)英治(えいじ)

 8番 サード    穂立(ほだて)(れん)

 9番 センター   (たち)正宗(まさむね)

 先発投手 渦巻(うずまき)雷麦(らいむ)

 

大阪ビクトリーズ

 

 1番 ショート    根古(ねご)権太(ごんた)

 2番 ライト     達磨(だるま)(ぎょう)

 3番 センター    番場(ばんば)朱鶴(しゅかく)

 4番 ファースト   羽場(うば)大悟(だいご)

 5番 サード      ブラッド・ロドン

 6番 キャッチャー  穂立(ほだて)(じん)

 7番 指名打者     ニコラス・スタンバーグ

 8番 レフト     山田(やまだ)(はる)

 9番 セカンド    井達(いだち)(はじめ)

 先発投手 神木(かみき)(ごう)

 

 1回の表を三者凡退で終え、入夏が打席に入る。

 この土、この風景、この熱気。

 やはりここが自分にとってのホームグラウンドだと痛感する。

 開幕戦は福岡で迎えたが、千葉でのリーグ戦が待ち遠しかった。

 

 バットの先で3回ほど円の軌道を描くように縦に回す。

 大丈夫、落ち着いている。

 今の自分はいつもより少し信頼できるはずだ。

 

 神木が投球動作に入る。

 ボールを引き込むように入夏はバットを後ろに引いた。

 集中、けれど力まず、練習通りに。

 

 投じられた速球がホームベースめがけて飛んでくる。

 瞬間、バットの真芯がボールを捉えた。

 力の入れ方は100%ではない。

 それでも真芯で捉えたボールは、いともたやすくライトスタンドへとまっしぐらに飛んでいく。

 歩きながら置いたバットが、ピタリと立つように止まった。

 

 一塁を踏み、二塁を蹴り、三塁を回る。

 まだだ。

 まだ満たされない。

 結果は出せたし、感覚は掴めたような気がするけれど、これも100点ではない。

 実力で打ったというよりは、たまたま振ったところにボールが来てくれたような感じだ。

 あまり爽快感はない。

 悩みながらのベースを一周した。

 

 ホームベースを踏んでベンチに戻る途中ですれ違った槍塚が、何だか気まずそうな顔をした。

 見れば槍塚の上がった手の位置が、寂しそうに取り残されている。

 ハイタッチをしたかったのだろう。

 多分、考えながら帰ってきたせいで存在に気が付かなかった。

 悪い事をしてしまった。

 後で謝ったが、槍塚はいつもの軽い口調で「大丈夫っすか?」と言われた。

 そんなに心配になるレベルなのだろうか。

 ……もっと選手として向上しなければ。

 

 先頭打者初球ホームランから始まったものの、やはり神木も好投手。

 やられっぱなしではない。

 二度目での対戦ではカットボールを引っかけ、ファーストへのゴロに倒れる。

 

 やられた、という悔しさが顔を歪ませる。

 打撃に答えはない、気はするけれど。

 1歩進んで1歩下がって、ひょっとすれば2歩も3歩も下がっているような気もしてくる。

 

 背中に周囲からの期待と焦燥がのしかかる。

 野次だけが鮮明に聞こえた。

 こんなものじゃないだろ、と血が沸騰するような熱に浮かされる。

 勇名涼が求める人間は。

 ファンが期待していた入夏水帆は。

 自分自身が自信を持っていた理想像は。

 こんなちっぽけな選手には収まらないはずだ。

 

 足りない。

 道筋はあれど、届きそうで届かない。

 その苦しみが、ずっとずっと胸の中に残っている。

 息を吐きだす。

 まだ終わりじゃないだろ、と前を向く。

 やれるはずだ。

 だって、いつもよりもずっと自分に期待できているじゃないか。

 

『入夏君さ、ちょっと色んなものに囚われすぎてない?』

 

 うるさい。

 このままだとあなただって成仏が出来ないだろ。

 

『そうだけどさ。苦しんでほしくないんだよ。自分を追い詰めたら出来るものも出来ないよ?』

 

 聞こえているのに、聞こえないふりをした。

 そうした方がいくばくか楽だった。

 

 

「なぁ、代永(しろなが)さん」

 

 試合が終わり、ホームゲームを僅差の勝利で収めた熱気が冷めやらない球場の中。

 浜栗(はまぐり)は監督の代永に声をかけた。

 

「なんだ」

 

「この前、代永さんが『入夏と勇名涼は似ている』って言っていましたよね。勇名の事はよく知らないし、はっきり言ってどうでもいいです。けど、入夏が危うい人物なのはよく分かりました。……今どき中々いないですよ、ホームランを打ったのに浮かない表情をする選手なんて」

 

「その部分は似ていないが、入夏が危ういのは確かだ」

 

 「確かだ」って、自分のところの選手をそんな他人事みたいに。

 ……いかんいかん。

 感情的になっては伝わるものも伝わらない。

 強く言いたくなる気持ちを抑え、あくまでも大人として冷静に浜栗はその続きを訊く。

 

「何か、アドバイスとかされないんですか。せめて、考え方への助言だけでも」

 

「聞くと思うか。今のあいつが」

 

 言葉に詰まる。

 言ったところで、というのはあながち見当はずれな言葉ではない。

 ()()()()タイプの選手は良くも悪くも我が強い。

 話をしたところで聞いてくれるかどうか、受け入れてくれるかどうかはまた別の話だ。

 それこそ、言うだけで満足してはならない。

 

 「……いや、そうじゃなくても。違うでしょ。今のあいつに必要なのは、もっと、こう……!!」

 

「あいつは言葉一つじゃ納得しねぇよ。全部だ。8割じゃなくて、10割をとらないと気が済まない欲深いタイプだ。言葉なんかじゃ救えねぇ。あいつが、自分の納得できる結果を出すしかないんだよ」

 

「潰れたらどうするんですか」

 

「そうならない事を祈るしかないな」

 

「そんな言い方はないでしょう!」

 

「手を差し伸べて何とかなるならそうしてる。これ以上は過干渉だ。……分かりやすく苦しんでいる内がまだいいのかもしれないな」

 

 そう言って代永は引き上げていった。

 最後の台詞が何なのか、浜栗にはうかがい知る事ができなかった。




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