相性超最悪。
私の腕を掴んで結界から引き摺り出した相手を見る。
何かが膿んでいるような、嫌な匂いがする。呪霊か呪詛師か...半分半分。混ざり合った感じか?
「おいおい...不用意に他人に触んなって、教わんなかったか?」
私の腕に触れた掌を巻き込むようにして釘を刺す。
そこから伝わった呪力が、その人型の腕を突き破る。血液が舞う。
血液が皮膚にポツポツとかかる。
「おやおや...これは手厳しい。...我々兄弟に課せられたおつかい。その中に呪術師殺しは含まれていません。退けば見逃しますよ、お嬢さん?」
裸蝶ネクタイにボディハーネス、Tバックという何ともいえないファッションセンス。髪型は堂々としたモヒカンの男。
密着状態から離脱した男は、投擲した釘を華麗に避けながら応える。
「へぇ、私ら以外にも
アレってなんだアレって。知らんわ。ま、これで引っかかって話してくれる、お喋りな馬鹿ならいいんだが...
「まぁ、確かにあれは我々兄弟には無用の長物ですが...ねっ!」
横凪に振るわれた拳を避け、顎にハイキックを喰らわせる。
やっぱりこの感触。肉体があるな。
「なぁあんた。お遣いってんなら、こっち側に付く気はないかしら?そっちの条件よりも高い金額を約束できるわよ?」
相手が人間かもしれないって言うなら、やりようは他にも色々ある。
お遣い、と言うなら上に誰かがいるはず。何を対価に従っているか。それが金か、呪具か、それとも何かの術式の恩恵に預かるのか。
呪詛師集団...いやあの特級呪霊集団か?高専襲撃時に、呪詛師が協力していたと言う話は聞いている。
花御の記憶が残ってればよかったんだけどね...上級呪霊の頭の部分は、それこそ複数頭があるのでもない限り式神にできないから、記憶がなくなってるのよね。何となく漏瑚と真人のことは覚えてるらしいけど。
「ふ、我々兄弟の絆は、金などと言う下賤なものでは切れませんよ。...少々おしゃべりが過ぎましたね。失礼。私が話したことは忘れてください」
私を深追いするつもりはないのか、目の前の相手からは特に悪意は感じない。あぁもう、やりにくいなぁ!
「ていうかあんた、ずっと体の正面見せ続けてるけど、縛りかな?何かの術式に必要な手順?まぁ、何だっていいけど」
「少々背中がコンプレックスでしてね。見たら殺しますよ?」
さて、どうするか。四肢の1本や2本でも捥いで、高専に突き出す。これで行こうか。
「まぁ、呪詛師なんてやってるんだ、腕の一本や二本、消し飛んでも文句は言うなよ...っ!」
瞬間、背後から悠仁と化け物が飛び込んでくる。
「あ、釘崎」
「あ、兄者」
空気が凍った。一瞬の沈黙。
あーあ。完全に見てるわね、これ。背中見てるわね。
「み、み、見たなぁ!殺す、貴様は絶対に殺す!バチ殺しだ!」
怒りに震えた男の声が響き渡る。
「え、誰、なんかごめん」
飛び込んできた化け物と男からは同じ雰囲気がする。つまり、目の前の男は人間じゃない?差し詰め、人間と呪霊のハーフってところかしら。そんなのがありえるかは知らないけど。
化け物相手にはそこまで怒ってるようには見えないのを見るに、やはり仲間なのだろう。言葉を聞く限りは兄弟か?
「殺す!」
「なら、んな服装すんなよ!『簪・平打ち』」
悠仁に気を取られた一瞬で背後に回り込み、左腕に釘を打ち込む。
内部から発生した斬撃は、そのまま腕を切り落とした。
「ぐっ...蒸れるんだよ、服着ると!!」
腕の切断面から、溢れ出す液体が私の全身にかかる。
目潰しか、でも、目だけが全てじゃないんだよ!
直前の記憶と音を頼りに投擲した釘が掠る。
それと同時に、男の背から、血でできた羽のようなものが生える。
蝕爛腐術 極ノ番 『翅王』
「おいおいマジかよ...お前、そのレベルか!」
「そして──蝕爛腐術『朽』。厄介なお嬢さんには、先に死んでもらいましょうか。粘膜、傷口。私たち兄弟の血を取り込み、術式を発動すれば、侵入箇所から腐食が始まります」
接触...目潰しされたあの時、それに全身に被ってる以上、何処かからさらに入り込んでいてもおかしくないわね。
「その量なら...保って5分でしょうね」
♦︎
不味いな。
モヒカンの男──壊相はそう考える。
『バチ殺し』とは言ったものの、このままだと自分たち兄弟が殺されかねない。
あの女は、全身に血を浴びている以上、殺したも同然。
しかし、仮に女を殺したとしても、あの男と式神、そしてもう一人気配を感じる人間が合流すれば、弟が殺されてしまうかもしれない。
女を殺しても、式神が消えるかは未だ不明。
弟の血塗は、表面には出ていないが内部にかなりのダメージを負っている。今は未だ命に別状はないが、このまま戦っていれば間違いなく殺される。
厄介な女は、今頃術式の痛みで動けないはずだ。
「血塗。撤退します。」
お遣いを受ける義理はあれども義務はない。兄弟の命を賭けるほどのことでもない。
「兄者...わかった。」
痛みで鈍っている血塗を抱き抱えると、そのまま走り出す。
背中を見せることになるが、気にしている暇はない。
「血を媒介にした術式ねぇ...あんたら、相性最悪だよ、私と」
瞬間、下腹部に激痛が走る。
棘状の呪力が腹をぶち破り、口から血が垂れる。
呪詛返しの術式。それも相当高度な...!言うだけのことはある。このダメージを継続的に与えられ続ければ、女を腐らせ殺すよりも前に自分が死ぬ。
「くっ...!命拾いしましたね!」
故に、術式を解除するしかなかった。それ以前に、予想よりも術式の通りが悪かった──まるで腐ったそばから治しているかのように。
解除すると同時に、退路を塞ぐようにして現れた木の根を腐食させることで突破する。幸いなことに、式神の術式とは相性がいいようだ。
猛追する敵目掛けて、兄のように血を槍のようにして噴射して見せたり、腐らせた木を倒し進路を塞ごうとするが、距離はなかなか広がらない。寧ろ、近づいてすらいる。
風の刃を翅で受け止め、振るわれる木の根を腐らせ、種子の弾丸を弾こうとして、しまったと思う。
どうやら呪力を吸って成長するらしい種子が、そのまま翅を構成していた呪力を吸い取る。体に根付かれることは回避したが、一瞬だが、翅王が解除される。
その瞬間に距離が縮まり、背中に複数の釘が突き刺さり、背中をズタズタにする。
「あ、兄者...」
「ふ、弟のために、命を張らない兄がどこにいますか...!」
思わず膝をつきそうになるところを、死ぬ気で意識を保つ。
立て、壊相。ここで立たなければ、誰が弟を守ると言うのだ。
命を燃やす。弟を救えるのならば、この命などくれてやる。特級相当の存在の、命を賭けた縛り。
残った命全てを激しく燃やし、再び前へと駆ける。
兄のように血液を高速で循環させる。真似事も真似事。アレと比べるのも烏滸がましい。限界を超えて引き出した力は、自分の体さえも徐々に腐らせる。
耳を掠めるヒュンヒュンと言う空を切る釘の音が、今にも自分の首を切り落とそうとしている死神の笑い声に聞こえる。
「ぐ、ぐぅ...!」
思いっきり跳躍し、夜の道路へと飛び込む。
冷え冷えとしたコンクリートの感触が足裏を打つ。
「そろそろ...鬼ごっこは終わりよ!」
男の拳が腹にあたり、釘が胸に浅い傷を負わせる。
男の方は、何故か力が乗り切っていなかった。それ故に意識を飛ばすことだけは防ぐことができた。
「な、こいつ...泣いて...」
血塗の、兄を思う慈愛の涙。
呪術師でありながら、どうしても思考が一般人寄りの二人は、一瞬だけ動きが止まってしまう。
この一瞬が、兄弟の生死を分けた。
クラクションを鳴らしながら飛び込んでくるトラック。殆ど車通りのない深夜に飛び込んできた奇跡。
しめた、そう考え、トラックの荷台に飛び乗る。
そのまま助手席に座っていた男を引き摺り出し、人質とする。
「あなたたち、追えばコイツらを殺しますよ」
これで止まってくれれば僥倖だが、そうもいかないか。
「...悠仁。追わなくてもあのままだとあの人たちはどうせ死ぬ。追うぞ」
「あぁ」
一瞬悩んだ末に、女と男が走り出す。トラックに乗っているのにもかかわらず、このままでは追いつかれてしまう、そう感じる。
「ならば、これはどうでしょう」
運転手の男と、人質に取っていた男を纏めて、ギリギリキャッチできる速さで投げ捨てる。
相手は呪術師だ、それならば一般人を助けることができる場面で見捨てる、その選択肢はできないだろう。
案の定、追跡していた二人の動きが止まる。
運転席に乗り、血塗を助手席に座らせる。全力でアクセルを踏み込み、夜の道を爆走する。
あぁ、これならば血塗は何とか生かせそうだ、そう思った。
...そういえば、あの真人とかいう呪霊が、『何があっても体の一部を相手に奪われるな』と忠告してきたことを思い出す。
瞬間、自分の臓腑を突き破り、体内をあの女の呪力が暴れ回ったのを感じた。
「血塗...すまない....生きろ...」
野郎やりやがった!
投げ捨てられた人質をキャッチし、地面に寝かせながら心の中で叫ぶ。
両者共に、私の拙い反転術式のアウトプットでも、施せば何とか命は助かるぐらいのダメージを負っていた。
その為、治療の為にこの場を動くことが出来なくなってしまった。
「まぁでも...腕、拾ってるんだけどね!」
『簪・平打ち』で切り裂いた腕を、藁人形に押し付ける。人の要素が混ざっている以上、式神にはできない。でも、本来の共鳴りの用途には何の影響もない。
「『共鳴り』!」
五感でも、血液でもない。相手の部位を辿ることでその威力を増した共鳴りが、男の体を穿ったのを知覚した。
それと同時に、トラックが急にハンドルを切り、夜の闇の中へと消えていった。
「すまん、釘崎。見失った」
人質を素早く地面に寝かせ、追跡を再開した悠仁が、申し訳なさそうにそう言う。
「いや、私もあの一瞬迷った。...アレを逃せば、何人が死ぬかなんて、わからない筈も無いのにな」
森の中を見つめ、そう呟く。人質を見捨てると言う選択。アレらを逃したことで発生するかもしれない犠牲と、今目の前で倒れている人間の犠牲。それを天秤にかけた時、目の前の死を防ぐ方へと傾いてしまった。
「あの高さからの落下だ。生き残っているかは五分だが...」
遅れて、呪霊を倒し終えたであろう恵がやってくる。
人間と呪霊の入り混じった存在の出現。徒党を組み始めた特級呪霊。特級呪霊の集団と呪詛師による高専の襲撃。
「本当に、最近の世界は一体どうなってるのかしらね...」
拳を握りしめる。
全力を出しきれなかった。今まで、圧倒的な格上か格下とした戦ってこなかった。そもそもが未だ高専の一年生だ。地元で呪霊討伐の経験があるとはいえ、戦闘経験の不足。
それが足を引っ張った。
「これはちょっと...調子乗ってたわね、私」
鍛え直しかなぁ、なんて。
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血塗、生存。
この作品は、作者が自分が「こんな二次創作読みたい!」という意思のもと書いています。合わないな、と思う方もいるかもしれません。ご不快にさせたのは申し訳ないですが、そんな時はどうかそっとブラウザバックしていただけると幸いです