結界を用いず生得領域を展開することは、空に絵を描くに等しい。
それこそ、千年以上生きた化物や、呪いの王の様な一部の人外にしか行使できない技術である。
しかし、伏黒恵が今展開した領域は、
必殺にあらず。必中にあらず。相手に逃げ道を与えながらも、その範囲は通常の領域と同様。
閉じない領域などと言う高尚な技術ではない。不完全な、言うなれば閉じることができなかった領域。
自身の生得領域というペンキを、周辺に無造作にぶちまけただけの紛い物。
それでも、普通はこんなことはできない。
──俺は、この感覚を知っていた。
二人がかりの領域展開。自身では外殻を展開せずに領域を展開するという行為を何度も行ってきた伏黒恵だからこそできる技。
影の中から、ポコポコと漆黒の軍隊が現れる。
伏黒恵を先頭に、玉犬が整列し、左右に分かれて道を作る。
アォーン、という狼の遠吠えが夜の渋谷に響き渡る。
ニヤリ、と暴君の頬が歪む。
その笑みは、優秀な術師を蹂躙することへの期待故のものか。
伏黒恵と、釘崎野薔薇の鼓動が同期する。
「「いくぞ」わよ」
遠吠えが彼方へ消えた瞬間──
拳と拳がぶつかる衝撃が、都市を揺らした。
砕け散ったガラスが雪の様に降り注ぐ。
♦︎
この世界でなら、私たちは誰にも負けない。
最っ高だよ!恵!お前って奴は、本当に──!
暴君が駆ける軌跡に満象が降り注ぎ、弾丸の様に放たれる玉犬の群れが、暴君の体を切り裂く。
本来の、100%の力を発揮した顎吐は、暴君の拳を喰らった側から体を再生させ、強靭な肉体と電撃をフルに使ったインファイトで体を揺らす。
両脚に付与された貫牛の力。拳には満象の重量を、背には鵺の翼を。
「正面から、貫くッ!」
両脚に絡みついた灰怒羅が暴君を地面に縫い付け、そこ目掛けて私は全力で突進。
衝撃波が周辺の建物の外壁を剥がす。瞬間的に音速を超えた突進は、暴君の腹筋に突き刺さり、その口から血が垂れる。
しかし、致命傷には程遠い──!
完成されたフィジカルギフテッド。その肉体はマッハ3の攻撃さえも耐え、虚式「茈」を喰らっても意識だけは残る程に強靭。
故に、この程度の攻撃ではまだ倒れない。
男は掴み取ったトラックを振り回し、私目掛けて投げつける。
残っていたガソリンに引火し、爆散。トラックの質量を払い除け、お返しと言わんばかりに倒れた電柱を雨の様に投げつける。
車とコンクリートが飛び交い、その間を影の式神が縫う。
まるで怪獣映画か何かか。そう思いながら鵺を足場にし、ビルの壁を走る男の頭部を蹴り飛ばし、地面へ叩きつける寸前に、地面から這い出した陀艮の生み出した巨大な鯨が男を飲み込み、体内に待機していた貫牛が突進する。
瞬間、一瞬で式神は破壊され、体内から現れた暴君は、私以上の速さで五寸釘を投擲する。
釘同士がぶつかり、球体の様になって地面に落ちる。
私の使う釘は、長い間私の呪力に馴染ませている都合上、半ば呪具化している。とはいえ、その量は微弱。それなのに式神を最も簡単に破壊できているのは、それだけ身体能力が高い証拠。
影の束縛を引きちぎり、瓦礫を散弾の様に投擲してきたのを、満象の影に隠れてやり過ごす。
「確かにその肉体は凄えよ、でもさぁ!それだけで勝てる程甘くもねえんだよ!!恵っ!」
合図に合わせて地面から影が迫り出し、暴君の肉体をドーム状に脱兎の群れが覆う。
360°、全方位を影に覆われた男目掛けて、影の中から釘が機関銃の様に放たれる。
十種影法術と芻霊呪法の合わせ技。影の中から、満象の質量で圧縮した水から放たれた穿血に乗せ、超高速で放たれる「簪」と「簪・平打ち」。対象が沈黙するまで続く、刺突と斬撃による途切れることのない連続攻撃。
「「『簪・三千世界』」」
数秒の後、突如として脱兎の檻が破壊される。
中から飛び出てきたのは、全身に釘が突き刺さり血を流しながらも壮絶に嗤う暴君の姿。
なるほど、簪だけでは殺しきれない、でも、この技はこれじゃ終わらない。
「やれ!」
恵は、領域内部であれば、式神の能力を他者にも付与できる。
否。それは昔の話。彼の解釈は、ある京都校の男の術式の効果対象を参考に、呪力を纏った全てのものまで、拡大していた──
「『鵺』+『簪』...『簪・彼岸花』」
恵が叫ぶと、突き刺さった釘から電撃が溢れ、体内へ直接電気を流し込む。
激しいスパークはその全身を焦がし、釘が砕けるほどの電撃がバチバチと音を立てて最後には空へ登っていく。
口から煙を吐き、暴君はついに膝をつく。
「今だ、畳み掛けるぞ!!!」
恵が叫ぶと同時に、両腕に満象を合体させ、その腕を肥大化させた顎吐をぶつける。
暴君の体が地面に沈み、影の下のアスファルトが砕ける。
電撃を纏った水の竜巻が男を巻き上げ、そこ目掛けて重量を増した大樹の根が振るわれる。
玉犬・渾と、少年院の特級呪霊の爪が背中を十字に切り裂き、その傷の中心部目掛けて穿血が命中する。
かと思えば、穿血の先端にかかった影が突如として貫牛へ変わり、その体格で無理やり傷を広げる。
此処は俺の世界だ。自由にやって、身勝手にやって何が悪い。
勝つイメージを、目の前の敵を殺すイメージを押し付けろ。
貫牛の背に乗る玉犬・渾が騎兵の様にかけ、鵺の電撃を纏った脱兎の群れが傷口目掛けて飛び込む。
瞬間、背後で大樹の根が天へ伸び始めているのを知覚する。何をしようとしているのかを理解した伏黒は、釘崎に貫牛の能力を何重にも重ね掛けする。
天へ伸びる大樹は、高層ビル群さえも越える。
そして、それを一気に駆け下り、敵の臓腑を貫く。
速く、速く、速く。マッハ2.9の突進は、自身の体さえも破壊する。
それらを円鹿の力で癒しながら、自身は反転術式を使わずに、拳の先へ呪力を回す。
腕を尖らせ、全身を一つの釘と仮定する。
全身を使った簪を、ぶつける。
「ぶ、ち、ぬ、けぇえええええ!!」
一本の釘は、確かに男の腹を穿った──僅かに右へ逸れて。
右の脇腹と肩がごっそりとこそげ落ちている。間違いなくこれであの男は死ぬ、でも...即死じゃない。
今まででいちばんの狂った笑みを浮かべ、残った方の腕を振り上げる。
「釘崎っ!間に合えっ...!」
その拳が止まる。
玉犬の力を纏った拳が、男の心臓を貫いた。
互いの荒い息遣いだけが聞こえる。
こぽ、と口から血が溢れる。
「お前...名前は?」
急に男の目に理性が残った気がした。
伏黒に、ポツリと呟く。
「伏黒恵」
死ぬ前に相手の名を聞きたい、といったところだろうか?それとも、もっと何か別の...?
「そうか...」
──禪院じゃなくて、よかったな
それを最後に、男の体が崩壊する。
「あぁ、やっと死んだのね...」
私の呪力の消費量は、実際のところそこまでではない。しかし、体力的にはもう限界が近い。
恵に至っては、領域まで使ったのだ。もう一度領域を使うには日を置く必要があるだろう。
血を流しすぎたのか、思わずふらっとする。
恵が支えてくれたが、そのままもつれあう様にして倒れてしまう。
気が抜けたのか、二人が重なり合う様に意識を失う。
休息を求めたのだろう。耳をすませば寝息が聞こえてくる。
一瞬でも長く、効率の良い休息を。二人の身体はそう判断した。そうしなければ、近い将来「死ぬ」と。
少年院の特級呪霊が、周囲の店舗から毛布を拝借すると、そっと柔らかい笑みを浮かべて眠る二人にかけて近くの瓦礫に腰掛けた。
♦︎
ほぼ同刻:井の頭線 渋谷駅 アベニュー口にて
「なっ!」
吹き飛ばされた後輩二人の姿を見て、咄嗟に追いかけようとする真希を、直毘人が止める。
「まぁ、行けば足手纏いになるだけだろうな。あれは要はお前の完成系だ」
(さて、扇よりはマシそうだが、二人であの亡霊を倒せるかどうか...)
禪院甚爾、天与の暴君の強さを、術式至上主義の禪院家でありながら理解する彼だからこそ、真希では足手纏いにしかならないと判断した。
いや、足手纏いで済むならまだ良い。真希であれば、簡単に游雲を奪われてしまうだろう。
「ジジィ。知った様子だが、アレはなんなんだ...?」
「...亡霊だ」
真希は兎も角、七海一級術師と自分なら加勢できる。
幸い、碌な呪具がない状態の奴だ。多少なりとも驚異度は下がっている。天逆鉾も、釈魂刀も、游雲もない状態。
(まるで理性のない獣だな。放置すれば呪術師は悉く全滅か。ふむ)
「七海一級術師。我らも行くとしよう──」
何かが来る。
次の瞬間、二人の一級術師は動いた。
禪院直毘人は真希の腕から游雲をもぎ取ると、そのまま建物の外に蹴り飛ばす。
「十劃呪法『瓦落瓦落』!」
同時に、七海は天井と柱を破壊して、呪力の籠った瓦礫で何かを破壊して、生き埋めにしようとする。
「逝ったか、陀艮」
ボコボコと瓦礫が泡立ち、コンクリートが融解する。
中から現れたのは、大地の化身。
「おいおいおい、冗談だろう...!」
こいつ、陀艮とかいう特級呪霊よりも、格段に強い!
幸いなのは、何故か既に大きなダメージを負っている事。もしや、五条悟を封印したのはこいつなのか、とさえ思ってしまうほどの威容。
「あとは任せろ。百年後の荒野で、また会おう」
七海建人の放つ再度の瓦落瓦落が呪霊の体に突き刺さる。
「アレが、報告にあった漏瑚、ですか」
あの様子だと、おそらくは溶岩に関する術式か、熱に関する術式か。
真希の残した薙刀を掴み取り、投擲。
当たった筈だが、まるで効いた様子がない。
「さて、これでは最早私情を挟む余地もなし、か。宿儺を目覚めさせるか否か...ふむ。宿儺は裏梅に任せ、儂はこのまま全てを燃やし尽くすのも良し、或いは...?」
まぁ、貴様らを殺してから考えれば良いだろう。
瞬間、七海建人は自身のすぐそばに、呪霊の気配を感じる。
「くっ!」
一か八か、自身へ接近した呪霊の体を7:3へ分割、その分割点へ、最高威力の一撃を!
確かに、自身の鉈は呪霊の腹を穿った。
百鬼夜行の時と同じ。全身全霊の、最高の一撃が、黒い一撃が決まった。
それでも、何故コイツは止まらない...!?
「まずは一人」
灼熱が、意識を削り取る。
「ちっ」
同時に、出口になり得そうな窓や扉が全て黒曜石で覆われたことを知覚する。
ここで我らを両方とも殺害するつもりか。
「ならばどうするか、なぁに。逆にこちらが殺してしまえばいい」
投射呪法。禪院直毘人の術式であるそれは、1秒を24分割し、あらかじめ画角内で作った動きを後追いする。
これを使いこなす事で、彼は五条悟を除いて最速の術師と呼ばれるまでに至る。
その速度は亜音速を超え、特級呪霊でも上位の実力をもつ漏瑚さえも越え、陀艮では全く対応できないほど。
一撃でも喰らえば死。
故に、一撃でも喰らわないために、縦横無尽に駅構内を駆け回る。
「ほう、なるほど。速いな」
速度とは、そのまま威力へ繋がる。
速度の乗った游雲による攻撃、そして攻撃を喰らう前に離脱するヒットアンドアウェイ。
この瞬間、漏瑚は目の前の術師を、処理するだけの雑魚ではなく、敵になりうる存在だと理解した。
これ以上呪力を削られるのはまずい。
パン、と腕を叩くと火山灰が空間を埋め尽くす。
「『火山雷』」
雷速vs音速
勝敗は明確だった。
音では光に敵わない。
様子見で威力が低かったからか、死にはしなかったが、僅かに速度が落ちた。
そして、その程度でも漏瑚にとっては十分だった。
圧倒的格上相手。それでも一矢報いたのは、熟練の術師故のプライド故か。その積み重なった戦いの経験値故か。
死を悟った直毘人は、相手の術式が発動する前に殺し切ることに勝ち筋を見出す。
投射呪法の重ねがけ。游雲の一撃を頭蓋へ叩き込む。
「二人目」
禪院直毘人の全身が焦げ、そのまま動かなくなる。
自身の頭部に突き刺さった呪具を抜き取り、そのまま墓標の様に地面へ突き刺す。
「眠れ、陀艮」
大地の化身が、渋谷の街へ進軍する。
感想、評価、誤字報告などありがとうございます!励みになります!
釘崎と伏黒が休んだのは、D&D的に言えば、小休憩です。
五条悟がまず初めに他の術師でも戦いが成立するレベルまで削り、他の術師が命をかけて更にダメージを蓄積させる。漏瑚よ、お前は宿儺か
ぶっちゃけどっちが見たいですか(一応どっちもストーリーは考えてあります)
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漏瑚vs宿儺
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漏瑚vs高専術師