甚壱、相手が悪いだけで多分普通に強キャラ
「うーん、あと一日遅ければ浴の準備もできたんだけどね、裏梅が。まぁ、禪院家にとっては、寿命が一日伸びたに過ぎないけど?」
「駄目だな、まるでなっていない。御三家といえども、この程度。藤氏の奴らはもっとマシだった」
人の気配があまりしない禪院家に、両面宿儺はため息を吐く。挑みかかろうという気概のある相手はいないのか。追いかけて殺すのも面倒だ。捨て置くか?
遠い親戚とはいえ、殺したところでなんの影響もないだろう。くだらん。
「ま、隠し通路の一つや二つあるだろうね」
そう言って、屋敷の端の方に羂索が視線をやる。
ここで禪院家に生き残られるのは面倒だな。殺すか。
禪院家、上空。
そこには、鵺と大蛇、そして虎葬を合わせた龍の様な姿の式神が旋回していた。
「おい、羂索。お前はさっさと自分の用事を終わらせてこい」
裏梅は忌々しそうに羂索を睨む。
再び宿儺の前で恥をかかされた。あの餓鬼ども、必ず殺して肉塊に加工してやる。
「ま、明日で決着はつけるさ。いやぁ、若い子のエネルギッシュな感じっていいよね。年甲斐もなく新技術の開発と洒落込ませてもらったよ」
「だったらさっさとその新技術とやらで天元を奪取してこい!」
「つれないなぁ。浴、興味あるんだよね」
ある一定の距離まで近づいた途端、見えない壁の様なものに押し返される。
「私たち3人だけを入れないことに特化させて、結界の強度を上げたか。まぁ、定番だよね」
羂索が結界を撫でる、それだけで御三家の強力であったはずの結界が崩壊する。
次の瞬間、屋敷の中から呪具が射出される。
「ま、これが浴の正しい使い方だよね。器物を呪具化することで器物そのものに外敵への防衛能力を付与する。普通は人に使うものじゃ無いんだよ?」
裏梅が息を吐くと、その吐息は冷気となり、氷柱となってそれらを全て打ち払う。あらゆる抵抗は無意味。培ってきた対呪霊、対呪詛師のノウハウも通用しない。
「ほう、貴様らが殿か」
空から降ってきた拳骨を破壊して、宿儺が呟く。
たった二人。たった二人で殿を務めるつもりか。或いは、あの二人以外にまともに戦える奴がいないのか。
「炳」。高専資格条件で、準一級以上の実力を認めた者たちで構成される、禪院家最強の術師集団。
最強であるはずの彼らは、今ここに、死を覚悟して立っていた。
♦︎
両面宿儺の復活。勿論、禪院家の呪術師もそれを察知していた。
やはり、総監部を裏切り、五条悟側の陣営に付いたのは間違いではなかった。禪院甚壱はそう確信する。他の二人のことはもう知らん。下手をすれば、不興を買う前に死んでくれて良かったまである。
酒を呷りながら、空の向こう側を眺める。
そして、今度は俺が死ぬ番、というわけか。残った財産の全ては一時的に蘭太に贈与してある。禪院家そのものが滅ぶことはないだろう。
──甚壱さん、遠くから強大な気配が!...逃げるしか...!
俺と長寿郎以外の人員は全て離脱させた。ある程度人員を分けて、複数の別々の通路から脱出させた。相手の人数は少ない。分散させることで、少しでも生存率を上げる。
──殿は俺が務めます。甚壱さんたちは逃げてください!あなた達がいれば家はどうとでもなります!
蘭太の術式は、確かに相手の足止めには有用だ。ここまで実力に差がなければ、という条件がつくが。
自身の財産を守る、というフェーズは当の昔に過ぎ去った。今はもはや、どの様にして家を存続させるか、を考えねばならない。
(仮に伏黒恵が奪還された時、召使の一人でもいなければ示しがつかんからな)
俺の命、俺の財産。その全てを今代の術師達にベットしよう。
出会ったことはない。しかし、確信がある。奴らなら、現禪院家当主、伏黒恵を呼び戻す、と。
「長寿郎。行くぞ。お前はもう十分生きただろう?」
「ほっほっ...最期に彼の呪いの王と戦えるとは、幸運というべきかなんというべきか」
伽藍堂になった屋敷の中で、座して待つ。
何とかして、逃げる時間を稼ぐ。それでも無理なら躯倶留隊が肉盾となってくれるだろう。
(仮に無理でも...誠に遺憾ではあるが、真希がいる。出来損ないではあるが──)
五条悟の陣営につくと決めた時に放った密偵。その調べによると、どうやらある特級術師と仲が良いようだ。何故扇は殺そうとしたのだろうか。一体何人の特級術師を敵に回すつもりだったのだろうか。実は禪院家を壊滅させようとしていたのではないか?
「──来たか」
日没を迎えるとともに絶命。その縛りと引き換えに力を引き出す。それと同時に、ある呪具を使用する。寿命を燃料に呪力量を増大させ、およそ半日で絶命が確定する呪具『石長』。
「ほう、貴様らが殿か」
長寿郎が地面に腕を突き刺すと、巨大な腕が現れ宿儺の体を掴み取り、地面に叩きつける。
他の二人は空から見守っているだけだ。
(舐められている、好都合だ)
拳を乱打すると同時に、その軌道をなぞる様に巨岩の如き拳骨が宿儺を撃ち据える。
起き上がった瞬間の宿儺を長寿郎の術式が平手で弾き飛ばし、掌印を組む間も与えずに拳骨をぶつける。
「打撲は愚か、傷一つないか...!」
パン、と閉じられた平手を、両面宿儺がその怪力でこじ開ける。
こじ開けるために両手を開いた瞬間の腹目掛けて、拳を放つ。
一瞬でも術式を使える隙を与えるな。一分一秒、少しでも長引かせろ!
「命を燃やすか。よい。多少はマシな術師がいる様だな。だが、つまらん」
長寿郎は、その名の通り異能とも言えるほどの寿命を持っている。それを捨て去り全てを呪力に回したことで、一時的に通常時の数倍の呪力出力を実現していた。
その腕が、最も簡単に破られる。
「術式を使うまでもない、ということか」
いつぶりだろうか。呪術師として強大な敵と戦うのは。いつからだろう、魑魅魍魎達と競い合うのは、財産と権力に変わっていた。
二対の腕が、呪力の軌跡を描く。長寿郎が宿儺の両足を掴み、そこ目掛けて拳が降り注ぐ。
破壊規模だけ見れば、特級にさえ届きうる。屋敷は基礎ごと完膚なきまでに破壊されて、穴だらけの大地が生まれる、同時に砂煙が周囲を覆い尽くす。
「それも呪具か」
規模は大きい。しかし、威力がまるで足りていない。
しかし、無傷であるはずの宿儺は、感心したような表情を浮かべる。
呪力が注ぎ込まれた砂煙は滞留し、その中にいるであろう術師の気配を覆い隠す。
勿論、甚壱と長寿郎の気配も、だ。両面宿儺ほどに強大な気配は隠せないが故に、一方的にメリットだけを享受できる。
気配が覆い隠された平手が宿儺の体を掬い上げ、それを拳骨が叩きおとす。宿儺を握り潰そうとする腕が破壊され、拳骨を全身で受け止めてなお無傷。
「つまらん術式だと思っていたが、訂正しよう。幾ら壊したところで本体へのフィードバックはないな。なるほど、盾としては優秀だな」
盾として優秀、などと言った次の瞬間には長寿郎の胸が貫かれていた。
「ほほっ!」
先に行くぞ、と言わんばかりに笑った長寿郎が、絶命する。
二人であったから、なんとか戦えていた。それが一人になったのであれば、詰み──否。
敗色濃い相手にこそ、全身全霊を持って挑む事。
いつぶりだろうか、俺が前線に立ち、全力で戦うのは。
降り注ぐ拳が、拳骨から脚に。降り注ぐのではなく、蹴り上げる様に。
拡張術式。拳ではなく、足による踏みつけを、蹴り上げを術式対象へ拡張。
「宿儺、術式でこい」
「ケヒッ!ケヒヒッ!なるほど。良い。僅かにだが、興が乗った」
そう言って、御廚子から斬撃を取り出そうとした宿儺が気づく。
「伏黒恵!俺の御廚子を封じるか!ケヒッ...ならばこちらで行こうか。自らの家の相伝術式で滅ぶとは、数奇なものだな」
『布留部、由良由良』
この詠唱は、まさか。
偽りの魔虚羅ではなく、本物の──!
甚壱は拳に力を込める。巨大化された拳を、通常の大きさまで圧縮。全呪力を込めた拳を、生涯最後の一撃として。撃ち放つ。
「残念だが、既に適応は終わっているのでな」
布留部の言と、その方陣。つまり、本物の魔虚羅の能力は。
「適応、頭の方陣を使ったあらゆる事象への適応だな!そして、その腕についた剣は、正の呪力を固形化させた対呪霊において必殺の剣、か」
拳を打ち破られ、胸が貫かれる。
「両面宿儺よ、携帯電話とは、便利なものだな」
「...なるほどな」
機械に気配はない。そして、結界は破壊され、電波を妨害するものはない。命と引き換えに他の術師を逃すついでに、魔虚羅の情報まで拡散したか。
「まぁ、この体の慣らしにはなったか」
♦︎
『浴』という儀式がある。
本来は、家宝として秘蔵する器物を外敵から守るために呪具化する儀式である。蠱毒で厳選された生物を潰し濾すことで得られる呪力の溶液に、器物を十月十日漬け込む。
「それを呪霊で再現か。まさに職人技だね」
「万の指と、駄目押しの浴で伏黒恵の意識を沈める。本来なら、あそこでこいつの姉を殺しておくべきだったが、出来なかったことは仕方がない」
次、小僧でも殺してやれば完全に意識は沈むだろう。
魂の解析ができていたが故に、呪力によって縛りつけ、意識を朦朧とさせることはできた。しかし、先ほどの様に急に目覚められる可能性もある。
呪いに浸かる。魂を鎮める。眠るがいい、伏黒恵。幻の中で彷徨うがいい。
「顔、それでいいんだね?」
「今はな。受肉は半ばで止めておいた方が、反転に頼らない回復方法が残る。都合がいい」
さて、五条悟はどんな味がするか。憑霊の餓鬼はどうだろうか。そして──、釘崎野薔薇。次会う時はどんな姿になっているだろうか。
死ぬまでの暇つぶしには丁度いい。人間とは、やはり面白い。
浴。その儀式については知っていた。
式神、その中でも特級に属する者達の呪力を幾らか分けてもらい、抽出する。そして、
(あとは、この中に私の呪力をありったけ注げばいい)
共鳴りの応用で、呪力を注ぎ込む。
ここに溜まっているのは、ただの呪霊の呪力にあらず。混沌とした液体を見つめる。
呪霊の区分の中に、怨霊というものがある。想いの強さが故に、呪霊として再びこの世に戻ってきた人の魂。
例えば、特級過呪怨霊『祈本里香』。まぁ、あれは乙骨の無自覚の縛りに起因するものではあるから例外か。とはいえ、乙骨と祈本里香、両者の相愛の強い想いが原因の一つであることは間違いない。
例えば、呪霊直哉。向こう側、五条悟達のいる世界に立ちたいという強い想いが、再びこの世界に降り立つ原因となった。
他にも、怨霊に属する呪霊は、誰もが皆現世に強い想いを残している。
私の、『伏黒恵』を助けたい、という想い。恵に、悠仁。先輩達。友達の皆が大好きだという想い。それを狂おしいほどに増幅させる。
(呪霊になる訳じゃない。というか、呪霊になったら対偽魔虚羅で不利すぎるし、なんなら羂索に調伏されかねない)
怨霊へなる方法を応用する。
肩に刃を入れる。鋭い痛みが走る。
尋常じゃない呪いの気配と、血の匂いに反応したのか、悠仁が飛び込んでくる。
「く、釘崎!?」
「大丈夫だ、別に気が狂ったわけじゃない!
もし私が宿儺なら、恵の魂を少しでも沈めるために似たような儀式を行う。
魔に落とされた恵を助けようとするなら、少しでも距離を近づけるために自分の体も同じだけ堕とす必要がある。
ただ、呪霊に近づきすぎてもだめだ。あくまで人間じゃないと、救い出すことはできない。
肩口から刃を入れ、左半身を左腕と足の半分ほどごと刮ぎ落とし、その断面を呪力に浸す。
呪力が傷口を侵食し、尋常じゃない痛みが走る。戦闘時と違い、アドレナリンも出ていないこのダメージ。痛みが直に脳を突き、汗が流れる。
「くっ、ぐ...!」
今の私は、ほとんどオートで反転術式が発動するレベルまで来ている。だから、今も勝手に体が再生しようとしているが、呪力がそれを阻害する。
その反応を利用する。元に戻ろうとする体の働きを利用して負のエネルギーで体を再構築する。
拒絶反応によって、もう半分の体が腐り始める。だが、体は形になり始めた。
「真人ぉ!」
「はいはい。『無為転変』」
通常の術式を使う分なら式神にダメージはない。
体が変質する。時間がない、だから、少しでも下駄を履く。私の全てを差し出さないとまだ届かない高みへ。
本当は、正攻法で越えたかったけどね。
「『遍殺即霊体』」
体が変質する。真人の様に、完全に人外に変化してはいない。腕や足が甲殻の様なもので覆われ、腰からは黒いスカートの様なものが生えている。
まだ完成じゃない、さらに定着した呪力を反転させる。肉体とは別に、正のエネルギーとして定着させる。そうじゃないと残った生身が腐り落ちる。必要な時だけ再度反転させて呪力体になればいい。
「おい、釘崎」
悠仁が、本当に心配そうな声で話しかけてくる。
完全に別物に変わった左腕を動かす。うん、大丈夫だ。というか少し眩しいわねこれ。
力を込めると、甲殻やスカートが体内に収納される。
力の使い方もだいぶ変わってくるわね。慣らさないと。今までは柔らかかったからすぐ死にかけてたけど。
「...ごめん、釘崎」
「何で悠仁が謝るのよ?これで恵を助けてハッピーエンド、それでいいじゃない。というか、悠仁も宿儺に浸されたし、多分恵も弄られてるし?これでお揃いじゃない?なんて」
悠仁は、その目を見てられないと目を逸らしかけた。そして、突然私の体を抱きしめてきた。
「絶対、助けような」
「当たり前でしょ?」
感想、評価、誤字報告などありがとうございます!励みになります!
強化フォームの見た目は、まぁお好みの最終決戦装備を想像してください。ちなみにドレスっぽい見た目。普段は隠されててるから悠仁と恵以外は味方陣営だと、『五条悟』ぐらいしか気づけないんじゃないかな?
ちなみに万の指は猿脳のポタージュの味がしたらしい。