「これは……全部、ハインツ氏の、絵?」
入り口付近からそう声が聞こえた、浅谷と冴子が連絡を受けて合流して来たのだ。彼女らもまた、この異様な展示会の光景、ただひとりの人物画が無数に並んでいるのに圧倒されている。
「仮にも個展を開いて、それが全部自画像なんて……」
瞳は相変わらず、幼い頃の自分とハインツが描かれた一枚に見入っている。そのハインツの表情はあくまで柔らかく、在りし日の父を鮮明に思い出させる。
泪もまた、絵の一枚一枚をゆっくりと眺めて行く。幼い時の記憶にある父がまさにそこにいた。
まるで写真のアルバムのように、いや、油絵と言う父の人生そのもので描かれたそれは、より雄弁にハインツの『人生』を語っていた。
だが三姉妹の内ただひとり、愛だけがその個展の絵を見て、どこか引っかかるものを感じていた。
(なに……この感覚、まるで、パズルみたいな違和感……)
彼女にとって初めて見る父の姿。だけどその絵が、舞台が、一緒に描かれている人物が、どうしてか、どこかで
「あっ、ああっ! こ、これっ!」
突然そう叫んだ愛が、まるで猫のように敏捷に動いて、一枚一枚の絵の前にステップワークしていく。
その場の全員が何事か、と愛に注目する。そして彼女は振り返って、全員にこう告げた。
「ここの絵、全部、
泪が、瞳が、俊夫たち元キャッツ特捜科の面々が、絵を流し見て「「あ!!」」と声を上げる……
確かにそうだ。このハインツの自画像の数々は、過去のハインツが描いた絵の、当時のハインツのシチュエーションそのままだった。
彼が絵筆を持っている絵の背景は絵画『ライン川』に描かれている河川敷だ。彼とティータイムを楽しんでいた女性は、絵画『裸婦』に描かれていた女性、そのモデルさんだった。
本棚の前で難しい顔をしているのは絵画『読書』と同じ書蔵室、そして懐かしの母、
瞳が見入っていた絵は、かつて父が描いてくれた『MY DAUGHTER HITOMI』と同じ服を着ていた、幼い頃の瞳だった……。
確かな鑑定眼を持ち、悲しみに沈み損ねた愛だからこそ気付けた違和感。そのパズルのピーズが一度ハマると、この個展のハインツの絵が、今までの絵とセットになるのは明らかだった。
「え……なに、どういう、こと?」
「どうして……こんな絵を」
泪と瞳が絵を眺めながら、アメリカに保存している『ハインツ・コレクション』とここの絵を組み合わせながら、その意図を察せずに動揺している。
最初に
「そういう……ことか」
ほぼ同時に浅谷がそれに気付いた。遅れて武内、そして平野もその真意を悟る。
「立派な方ね、ミケール・ハインツ」
「ああ……尊敬するよ」
「だな」
瞳たち三姉妹、そして永石だけがそれに気付かない。目をぱちくりさせて彼らを見る瞳に、俊夫は静かにこう語った。
「瞳……絵にある右下のサインを、見てみな」
そう告げられて瞳は、今まで見ていた絵を見る。その右下に綴られたサインには、こう記されていた。
――都立美術館様へ――
「こっち……『西村作蔵様へ』って……」
「これ、『重村市之助氏へ』になってる」
そのサインを読み取っていく彼女たちの声を聞いて、永石は脂汗をじっとりとかいて立ち尽くしている。これは……まさか、まさか!
「そうだ瞳。これはその対になっている絵の、
その俊夫の言葉に、まるで雷に打たれたかのように愕然とする三姉妹。
「ここの絵を、それらの人たちに贈る……この意味、分かるでしょう?」
浅谷が深刻な顔でそう続けた。
「お父様……そんな、私たちは、ただ、貴方に会いたくて……」
「だって、だって……あの時はそうするしか、ないと思って」
「パパ……私達を、叱ってるの? 私たちのやってたことは、間違いだって……」
「正解ですよ、キャッツ・アイの皆様」
そう告げたのはこの会場に皆を招いた男だった。彼は一番奥に歩を進め、そこにある絵、あの時彼女らが見た三人の天使のどこか怯えたように見える絵と、その隣にある、未だシーツに覆われた絵の前に立つと、そのシーツをふわさっ、と取り除いた。
「!!!」
三姉妹が愕然とする。開示された絵はやはりハインツだった。しかしその絵だけは、他のどの彼の絵とも違った表情をしていた。
怒っていた、叱っていたのだ。目だけは悲しい色を浮かべながらも、その口が、怒らせた肩が、まるで怒鳴り声を聞こえさせるかのようであった。
それが、怯える三天使の、そう。三姉妹の絵とぴったり重なった。彼は父として、間違ったことをした娘達を、しっかりと叱りつけていたのだ。
この時初めて全員が、いや、
ここは娘達が、そしてそれを支援した永石が働いた泥棒行為を、ハインツが償おうとした場所だったのだ。
その認識を全員が確信したのを見て、香が内ポケットから一枚の封筒を取り出した。
「みなさん、ハインツ氏から、預かっている手紙があります」
「「「……え?」」」
意外な人物からの言葉に、全員がその封筒の中の手紙に寄り集まる。慌ただしく封を切った泪が手紙を広げ、その懐かしい筆跡の文に目を走らせる――
――――――――――――――――――――――――――――――――
”私の可愛い、そして、愚かな娘達よ”
”お前たちがこの手紙を見ているという事は、私はすでにこの世の人ではあるまい”
”私は恐らく、お前たちの目の前で息絶えたであろうな”
”どうだ、目の前で大切な物が奪われた、その悲しみを理解したか”
”お前たちが、私を探し続けていたことは知っていた”
”だがその為に、お前たちは他人を傷つけた。他人の目の前で、その人の大切な物を盗み続けた”
”私の絵は、有難い事に高額の値を付けて頂いた。それを所有するのに各々方は高い金銭を、それを稼ぐための人生を注がれてきた事であろう”
”それを盗まれる、奪われるということ。それがどれだけ非道な事か、お前たちは今日、思い知ったはずだ、娘達よ”
”多くの者を傷つけ、費やしてきた人生を奪い、警察や警備員の方々に迷惑をかけ、絵を盗み続けた日々は楽しかったか”
”永石に莫大な財を出させ、好き勝手に他人の持ち物を奪い続けて、お前たちは舌を出して、してやったりと笑っていたのか”
”私はお前たちの父親だ。だからそんなお前たちが間違っているという事を、私が教えるべきだったのだ。しっかりと、躾けるべきだったのだ”
”だから私は償いの方法を考えた。お前たちが盗んだ絵の持ち主たちに対して、せめてもの詫びにと、自分の絵を描き続けた”
”この絵とセットで、盗んだ絵をオーナーさん達に返却して、そして誠心誠意に謝罪しなさい。それが私の、お前たちに伝える大切な遺言だ”
”同時に、お前たちに罰を与える必要もあった。お前たちが犯してきた過ち、目の前で大切な物が奪われ、取り返しがつかない事態に陥るのが、どれほど辛いかを示すために”
”ゴルゴ13に、お前たちの目の前で私を殺せと依頼したのは、他ならぬこの私だ”
”愚かな私の娘達よ。私の死を嘆くより先に、お前たちが反省と償いをしてくれる事を、切に願っているよ”
”ミケール・ハインツ”
――――――――――――――――――――――――――――――――
手紙を覗き込む全員が、その克己、正義、そして覚悟を感じて立ち尽くしていた。
「違う……間違っていたのは、私だ」
そう発したのは永石だ。自責の念に肩を震わせながら、彼は断腸の思いで言葉を続けた。
「私が……私が、分別ある大人として、泪様たちを止めるべきだったのだ! なのに、なのに私は、貴方を助けたいがために、
既に老人である彼が、まるで子供のように嗚咽を漏らしながら、愚かな自分を責め立てる。
「貴方の性格を知ってる私が、それに気付くべきだったのだ。若者の蛮行を止めるのが年配者の義務ではないか……それなのに、それなのにっ、私はっ!」
ヒザを付き、ついには両手を地に付けて、まるで土下座のような姿勢で呻き続ける永石。どこで間違ったのだと、こうなるまで何故気付かなかったのかと、己の愚かさを呪い続ける。
「ハインツさん……」
俊夫が顔を上げ、改めて見るこの部屋に、そこに描かれているハインツ達に、あらためて称賛の言葉を送る。
「あなたの立派な意思、それで救われました。心からお礼を申し上げると共に、あなたの償いのお手伝いを、俺がさせて頂きます」
「おいおい『俺たち』だろ?」
「そそ、俺達はなんたって『キャッツ特捜科』だからな」
「そうね。犯罪者のアフターケアも、警察官の務めですものね」
武内が、平野が、そして浅谷がそう続く。彼らは皆、元キャッツ特捜科の刑事たちなのだ。
言葉を変えれば、キャッツから
だからこそ元のオーナーに償いの絵を用意してくれたハインツのその意思に、感謝と尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
加えるなら、さっきハインツが撃たれた後の槙村香の立場が、かつての自分と被っていた。だからこそ俊夫はあの場面で香を庇ったのだ。
泪が、瞳が、愛が、そして永石が罪悪感に沈んでいた。父から、そして親友から叩きつけられた、あまりにも強烈な
「瞳、泪さん、愛ちゃん……行こう。俺が一緒に謝ってやるから」
「だーかーらー、俺たちだっつーの!」
俊夫が救いの言葉を発し、平野が軽い調子で続く。そのやりとりに、ふっと昔の空気を思い出した。
あの喫茶店『キャッツアイ』にて、泥棒と警察官がワイワイやっていた、その日常を。
そんなみんなが、私達に騙され続けていた彼らが……自分たちを許してくれる、一緒に謝ってくれる。
父が残した『お詫びの品』と一緒に。
「ありがとう……俊」
顔を上げた瞳が、泪が、そして愛が、精一杯の強がりで笑顔を見せる。
本当は泣きたい。永石のように精一杯自分を責めたい、過去に盗みをして舌を出していた自分を思いっきり殴ってやりたい。
でも、今自分たちがする事は、そうじゃない。
それが分かっているから、彼女たちは無理矢理にでも笑顔を作って、するべき事に逃げずに相対していく。
こんな素敵な、力を貸してくれる人たちが、いるんだから。
◇ ◇ ◇
二週間ほど前。フランス、シーニュ地方の田舎町。
依頼人、ミケール・ハインツからの依頼の全容を聞き終えたゴルゴ13は、心の中でその人物の潔癖さに唸っていた。
「娘を罰するために、自らが死ぬ、と?」
「はい。それを成すのは貴方しかおりません。お手持ちの資料の通り、娘たちの周りには、かの
頭を下げるハインツに、ゴルゴはその依頼を受けるか受けざるかを天秤にかけていた。
己自身が納得するならば、いかなる強敵が立ちはだかろうが、例え国家が相手でも引くつもりはない。
だが、この人物は惜しまれるべき男だ。単に画家としての価値だけではなく、その清廉潔白さは、裏の世界で生きるゴルゴにとって、眩しい程に輝いていたからだ。
「そして……受けて頂けるなら、もうひとつお願いがあります」
「……聞こうか」
その天秤に、もうひとつの重りを乗せる言葉が、ハインツから告げられる。
「どうかこの件で
ざわっ、とゴルゴの肌に戦慄が走る。殺すのはハインツのみ、つまりファルコンもシティハンターも、その他の自分に殺意を向ける者すらも、
「貴方のルールに違反するかもしれません。しかし、この依頼が娘達を罰するものであるには、死ぬのは私だけでなくてはなりません。他の者を殺せばそれは単なる抗争事件、つまり娘達に対する罰が
思慮深い事だとゴルゴは思う。娘達を罰するためだけのイベントにするならば、他の誰が死んでも確かに良くはない。彼の娘達が『抗争だから仕方無い』などと思うようなら目的は達せられないのか……確かにそうだ。
だが、それは自分の仕事のルールに違反する行為だ。いかなる場合でも自分に殺意を向ける者も、仕事の現場で同じプロ同士が出会った場合も、殺される前に殺すのが鉄則であり、自分に課した鉄のルールだ。
この人物の誠実さ、そして依頼に対する裏表のない態度、隠し事をしない真摯さと事前調査の確かさ。仕事の難易度と報酬、それらをすべて加味した上で、彼は答えを出す。
「その依頼、―――――――」
UAは自作トップクラスに伸びてるのに、評価が入らない……
面白いのかつまらないのか、どっちなんやー!