臥遊忌譚   作:十卜或斗

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第1話

――独り、知らぬ大地の暗闇の中に取り残された時のような、心臓を波打たせる歪な焦燥感を、この場に居る全ての隊員が感じていた。

何の変哲もない山林地帯の山道に似合わない銃火器を携え、反面古風さを宿しながらも現代の洗練された装備が組み込まれた狩衣(タクティカルジャケット)を着込んだ面々が、揃った足音を奏でている。

 

「……この案件って、号級は一号で間違いないよな?」

「あぁ、出ても精々が穢装等級(えそうとうきゅう)Ⅱの界異(かいい)な筈だ」

「だったらよ、この重苦しさは何だってんだよ」

 

新人達(ルーキー)。お喋りはそれくらいにしておけ」

 

環境庁神祇(じんぎ)部、境界対策課(きょうかいたいさくか)

警察・消防に次ぐ、第三の公安系機関とも呼ばれるその組織は、境界災害に対処する組織として編成された公的組織である。

現世(うつしよ)幽世(かくりよ)を隔てる境界(・・)を超えて現れる異常――境界異(・・)常は、

古来より怪異怪談として知られる化け物共の正体であった。

霊障、祟、災い。物質的なアプローチでは干渉することの出来ないこれら"界異"を無力化し、人類社会に平和をもたらす。

それが彼ら境対の帯びる使命であり、仕事だ。

 

半月の新人研修を終え、もう半月の実地訓練も終え、正式に隊員となった新人(ルーキー)たちの初任務。

本来、貴重な人員を損耗しないためにも低い号級(レベル)の任務を与えられた筈のそれは、しかし異様な気配を纏っていた。

 

「やはり……不可解だ」

 

新人の指導者(メンター)としてアサインされた部隊長が、後方に停止信号の手合図をしながらぼそりと呟く。

ゆっくりと周囲を見渡しながら一歩も動かないその様子に不安を覚えたのか、しびれを切らしたかのように新人の一人が投げかけた。

 

「隊長、どうしたんですか」

 

許可していない発言に顔をしかめるも、隊長と呼ばれた男は静かに語る。

 

「境界異常にしては周囲の穢れが少なすぎる。周囲の木々を見ろ、枝葉は枯死しているが、幹はまだ生命力を失っていない」

「例え第一号級と言えど、幽世はあの世の世界。その流出である境界異常で、何の加護も身につけていない上に霊格の低い植物が生きているのは……不可解だ」

 

「不可解、ですか」

 

それがどうかしたのか、と。

新人は顔でそう語る。結局、界異の祓滅を行う事は変わらないじゃないかと。

 

「……」

 

しばらくの静止の後に、隊長は一歩後ずさる。

 

「一度退却するぞ。」

「え?」

「どうにもきな臭い……。幸いこの周辺に居住地はない。一度本部に報告し、万全の準備と人員で挑むべき案件だと判断した。」

「……了解(ラジャー)!」

 

せっかくの初任務がこのような形で幕引きとなるのを躊躇いつつも、上官の命令には逆らえないと、踵を返す面々。

そんな彼らの眼前に、飛び込んでくる影があった。

 

「すごい。貴方たち、鼻が効くのね」

 

鈴を鳴らしたような、せせらぐ河川の音を想起させる静かな声色。

山林にはそぐわない長尺の黒いゴシックに身を包み、大理石のような白亜の長髪を太陽に煌めかせる少女。

都会であればこそ、ことこの異常の中で邂逅するには警戒をもたらすに十分なその姿に。

境対の部隊員は呆けるほど、使命を忘れては居なかった。

 

「ッ()ェーー!」

 

隊長の掛け声と全く同時に、カラビナORZ90の銃口から祓串(ペグ)が射出される。

ローレンツ力を用いた電磁的な射出機構は静かに雷電の唸りを上げて、淡々と標的に弾丸(ペグ)を吐き出した。

 

けれど、音速を超えて射出された金属塊の五月雨は、彼女に至る直前にてことごとくを中空に止められる。

まるで見えない壁があるかのように、一切のダメージを与えられていなかった。

 

「あははっ、どれだけ撃っても無駄だよ! 私には虚籬(うろまがき)がついてるもの!」

 

彼女の煽るような言葉に動じることはなく、境対の実働部隊員は腰に佩いた黒不浄(くろふじょう)を抜刀した。

 

「推定穢装等級Ⅱ以上! 黒不浄の使用を許可する!」

「了解ッ!」

 

訓練で培った前方三、後方三の陣形で、訓練どおりの型をなぞって。

眼前の少女へと一斉に斬りかかり――

 

 

()して、虚籬(うろまがき)

 

――ぺしゃりと。蚊を潰したときのような容易さで、三名の隊員が破裂した。

 

「なっ……」

 

山道には隊員だったモノが散らばり、その内容物による刺激臭が辺りに立ち込める。

ペンキをぶち撒けたような真紅は、彼女の周囲だけを迂回したような意匠を演じて、この大地を彩っていた。

 

「真っ赤でキレイよ」

 

「っ! 縁起(憑霊)持ちか!」

 

「だから言ったじゃない、私には虚籬(うろまがき)が居るもの」

 

隊長と呼ばれた男は瞬時に判断する。瞬く間に三人を絶命せしめる縁起持ち相手に、こちらは初任務の新人を抱えて練度不十分。

生き残る道は――無い。冷静に、冷徹に、そう断じる。

その思考回路の最中、わかりきった結論を待つよりも早く動き出した右手で、彼は懐の用具を取り出した。

それは、絶体絶命の際に上空へ打ち上げる信号弾。異変の合図。異常の狼煙。

判断と同時に引いたトリガーは、爆裂音と共に光を誘い、銃口からは太陽のような光弾が発射される。

 

筈だった。

 

「駄目ですよ、それは」

 

ふっ、と。この世全ての光が失われたかのような闇に包まれる。

それは一瞬の出来事。瞬きするよりも短い間の事象。

けれど、ただそれだけのことで、信号弾はその機能を完全に失っていた。

光は放たれず、なんどトリガーを引いても、カチッ……カチッ……っと虚しい撃鉄の音が響くだけだ。

 

「もう! もったいないじゃない、臥遊(がゆう)! 増援が来たら、もっとたくさんドロップ品取れるのに!」

 

「リスクとリターンが見合ってないんですよ、(ムジナ)。黒不浄が六本に狩衣(ジャケット)が六つ。十分でしょう」

 

「ちぇっ、つまんないのー」

 

拗ねたように、白髪の少女が顔を逸らす。その一動作だけで、残る二人の新人が肉塊に変わった。

 

「……お前たちは」

 

突如として少女の傍らに現れた男から目を離さぬようにしながら、唯一人残ってしまった『隊長』はそうこぼした。

その男の姿は、異様と呼んでなお足りぬ異貌。

顔は雑面にて覆われ、境対の狩衣(ジャケット)を幾重にもかさね、改造したような独特の服装を身にまとい。

けれど露出肌の埋め尽くすように刻まれた入墨(タトゥー)は、注視すればその全てが瘴形文字による呪句である事がわかる。

感じ取れる気配から、その塗料(インク)は穢れによって造られている事は、熟練であれば誰でもわかること。

人の、魂のカタチを歪める『穢れ』を自らに彫り込む者が率いる組織など、祓魔師(ふつまし)の経験の中で一度しか聞いたことがなかった。

 

曰く、最悪の呪詛犯罪者

曰く、人知を超えた異常者

曰く、幽世で生まれ落ちた怪物

魔人(・・)――臥遊(がゆう)の集めた祓魔師殺しの集団。

 

「……『忌譚(きたん)』ッ!」

 

遊び半分か、金銭か、それとも異能そのものか。動機は一切不明。目的も一切不明。

ただ現れ、ただ殺し、ただ去っていく。

その悪辣さと尻尾のつかめなさから周知はされども、境界異常に対応する中で徐々に存在感は薄くなり。

そして、忘れた頃に再び現れる幽玄の魔人。その走狗達。

 

「如何にも。私は忌譚の臥遊です。こちらは同じく(ムジナ)

 

「よろしくお願いするわ、おじさま」

優雅に、ゴシックのフリルスカートの先をつまみ、カーテシーを行う白髪の少女……貉。

それに合わせるように、臥遊は軽くお辞儀をした。

 

「一体何が目的なんだ……お前らは……」

 

「それは――」

 

勿体ぶったように、仰々しい歩みを演じる臥遊は、嘲りを隠さない態度で『隊長』に告げた。

 

「ヒミツです」

 

そして、破裂音が山に鳴った。




界異『虚籬(うろまがき)
仮想全高 未知
仮想質量 未知
存在規模 三号級
穢装等級 Ⅲ(防御専念時はⅣ相当)

存在強度 C+
疑似知覚 F
穢装出力 C+
空間機動力 F-

概要
妖怪『ぬりかべ』の類型と思われる不可知の界異。
呪詛犯罪集団『忌譚』構成員、貉の縁起。
知覚不可性が強く、特に視覚に関しては五号級と同等程度の不可視能力を所持している。
存在の格として『存在していない』という概念を抱えており、幽世以外での物質干渉は不可能に近い。
しかし、境界異常発生時に発生する『瘴気』が十分に存在している場合であれば、幽世同様に物質干渉を行える。
見えない壁による圧殺が基本的な攻撃手段となる。

存在していないぬりかべ、Null壁。
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