「茶柱先生の言っていたテストが近づいてる。赤点を取れば、即退学だという話は、全員理解していると思う。そこで参加者を募って勉強会を開こうと思うんだ」
また平田がなんか言ってるわ。私はあくびを噛み殺しながら頬杖をついた。五月初日、つまり清隆くんと友達になってから1週間が過ぎた。今は授業が終わった昼休みの時間。授業中のクラスメイトの様子は最初と比べれば静かなものだ。真面目に授業を聞いていると言えるだろう。例外として須藤は堂々と居眠りしていたが。
「もし勉強を疎かにして、赤点を取ったらその瞬間退学。それだけは避けたいんだ。それに、勉強することは退学を阻止するだけじゃなく、ポイントのプラスにもつながる可能性がある。高得点をクラスで保持すれば査定だって良くなるはずだよ。テストの点数が良かった上位数人で、テスト対策に向けて用意をしてみたんだ。だから、不安のある人は僕たちの勉強に参加してほしい。もちろん誰でも歓迎するよ」
平田は須藤の目を見ながら優しく語りかける。須藤は舌打ちすると、目を逸らし腕を組んで目を閉じた。ま、今更須藤の性格上素直になんてなれないやろな。こいつにもプライドがあるやろうし。その後、数人の赤点生徒が席を立って平田の方に向かうが、須藤を含めた何人かは席に座ったままだった。……ま、どうでもええか。そんなことより清隆くんや。
私は後ろを振り向こうと体を捻ったその時だった。堀北が私たちに話しかけてきたのだ。しかもその内容。堀北の口から出たその言葉は、思わず私が警戒するようなものだった。
「お昼、暇? もし良かったら、一緒に食べない?」
普通ならなんとも思わないような昼ご飯のお誘いだ。問題は、この言葉があの馴れ合いを何より嫌っている堀北によってもたらされたものであると言うことだろう。こんなん私じゃなくても怪しく思うやろ。清隆くんもそう思ったのか、慎重に口を開く。
「堀北からの誘いなんて珍しいな。なんだか怖いぞ」
「そうやな、今度は何を企んでるん? ……まあ想像はつくけど」
「あら、人の好意を素直に受け取れなくなったら人間お終いよ? なんでも好きなものを食べて構わないわ。奢ってあげる」
私と清隆くんは自然と目を合わせていた。どうする?と目で問いかけられる。おごられて堀北に借りを作るのはやめとくべきだ。だがまあ、話だけでも聞くか。絶対、これを断っても堀北はしつこく諦めないだろうし。そっちの方がだるいことになるのは目に見えている。私は肩をすくめて行こう、と清隆くんの手を取った。
食堂にて。私は学生証カードを見せて堀北に告げた。
「私はおごらんくてええで、学生証持ってきたし」
「遠慮しないでいいのよ。ほら、綾小路くんもスペシャル定食を選んでいるわ」
清隆くん……。私はじっとりとした目で清隆くんを見た。清隆くんは「これを断れって言うのか?」みたいな顔をした。なんか、……清隆くんはちょっとふわふわしているところがあると思う。押しに弱いというか、流されやすい。それが元々の清隆くんの性質なのか、それともここの生活で浮かれているのか。……私がしっかりしなくては。そうや、私が清隆くんを守るんや。
私はそば定食を頼んだ。強引に支払おうとする堀北を押し除けて学生証カードで金を支払った。不満げにこちらを睨む堀北を鼻で笑う。
「それじゃ頂きます……?」
席を確保した私たちは座り、手を合わせる。清隆くんが食べるのを堀北はずっと、見ていた。凝視していたと言った方がいい。間違いなく裏があるで。清隆くんが恐々と一口食べると、それを待っていたとでも言わん限りに早速堀北は口を開いた。
「早速だけど話を聞いてもらえるかしら」
ほらな。席を立とうとした清隆くんの手を掴んで、阻止した堀北は語り出す。
「茶柱先生の忠告以降、クラスの遅刻は確かに減り、私語も激減したわ。大半のマイナス要素だった部分は消せたといって過言じゃない」
「ま、そうだな。元々難しいことじゃないし」
私は話半分に聞きながらズズッとそばを啜る。なかなか美味しいやんコレ。いけるわ。
「次に私たちがすべきこと、それは二週間後に迫っているテストでより良い点数を取るための対策よ。さっき、平田くんが行動を起こしたようにね」
「勉強会か。ま……確かに赤点対策はできるだろうな。ただ────」
問題は須藤たちやろうなぁ。勉強会を開くとしても本人たちにやる気がないと。そして、……堀北は生徒のやる気を引き出せるタイプには見えない。堀北に教師役がつとまるかどうか。それが一番の問題やね。
「ただ、何? 随分と含みのある言い方ね。問題でもある?」
「いや、気にしないでくれ。でもお前が他人を気にするなんて珍しいな」
それに対して、堀北は髪を払うと腕を組んで堂々と言い放つ。
「本来なら、テストで赤点を取るなんて私には考えられない。けれど、世の中にはどうしても赤点を取ってしまうような、どうしようもない生徒がいるのも事実」
須藤たちのことか。勉学ができるかどうかには興味はないが、ほぼほぼ同じ意見やね。私は口を挟んだ。
「まあ要するにあの雑魚のカスどもを集めて勉強会でも開こってことやんな。カスどもを集める。鈴音ちゃんはそのための協力がほしいんやろ。でも清隆くんはそこまで仲良いわけじゃないと思うで」
どうするん?と私は箸を持つ手を止めて、問いかけた。
「先ほどまで沈黙を保っていたのに、どういう風の吹き回しかしら。それに、それほど仲が良くないとはどう言うこと?」
堀北は眉を少しひそめて告げる。堀北は案外人のことを見ていないのだろうか。池や須藤などのグループと、清隆くんの微妙な空気を感じていないのかもしれない。興味がないだけかもしれんが、……ま、鈴音ちゃんはコミュ障やしね。
「まあ、単純な話私のせいやね。ほら私クラスで浮いてるっていうか、嫌われてるやん」
「あなたが一部のクラスメイトによくない感情を抱かれてるのは理解しているわ」
「その私と客観的に見ても一番仲がいいのが清隆くんや。な? わかるやろ?」
清隆くんと彼らは最初の頃は友達と言えたのかもしれない。しかし最近はどうだろう。特に五月以降は清隆くんが彼らと仲良く話しているのを見ていない。正直、友達を増やしたがっている清隆くんには申し訳ないが、清隆くんが私を選んでくれた気がして少し嬉しくもある。
堀北は一瞬黙り込んだ。そして口を開く。
「……仲が良くないのはわかったわ。でも、どうしても彼らの勉強会は必要よ。どうにかして勉強会に参加させて頂戴」
「お前無茶言うなよ。下手したら嫌われてるんだぞ? だったらお前が誘ったほうがまだ来ると思うぞ」
「私に案があるんやけど」
私はまた口を開く。こちらを注視する二人に、にまと笑って箸をふる。
「いいわ、聞こうじゃない。その案を」
「桔梗ちゃんを仲間に入れるのはどうや? 彼女はえらい別嬪さんやからな、カスどもも喜んで参加するんちゃうか?」
その言葉を聞いて一気に堀北は顔を顰めた。
「待って、そんなこと許可した覚えはないわ。どうして櫛田さんが手伝う必要があるの? 彼女は補習が必要な生徒ではないはずよ」
「いや、でもいいと思うぞ、その案。櫛田が誘えば間違いなくあいつらは来る」
しかし堀北は納得できないという顔をして沈黙を返す。私はデカいため息を吐くと、髪を掻き上げて堀北を睨み据えた。
「あのさぁ、なんか鈴音ちゃん勘違いしてへんか? コミュ障拗らしてる君より、よほど桔梗ちゃんの方が使える人材やで? 鈴音ちゃんが奴らを集めるよりも、よっぽど簡単に効率的に桔梗ちゃんは人を集めることができる、その能力があるんや」
堀北は反論しようと口を開くが、私は畳み掛けた。櫛田と何があったのか知らないが、こんなことで迷うくらいならAクラスなんか目指すべきじゃない。
「その点で、桔梗ちゃんの方が上やって自分でもわかってるやろ。……それに、使える手はなんでも使うべきや」
その言葉に、ピクリと堀北の肩が揺れる。深く考え込むように目を伏せる堀北。
「鈴音ちゃんの一番の目的はなんや? Aクラスに行くことやろ。なら迷うなや」
長い長い沈黙の後、堀北は顔を上げると私の目をまっすぐ見据えた。
「…………そうね、櫛田さんをこの勉強会に引き入れることを認めるわ」