つまらない長話が続く入学式がようやく終わった。教室に戻ってきた私たちは一通り敷地内の説明を受け、解散となった。やっとだ。私はイライラと頭を掻きながら歩き出した。
「ッチ。それにしてもあの入学式はクソやな。どいつもこいつもダラダラ喋りやがって。もっと簡潔に、要点だけ揃えて喋れや。お前のせいでこっちは貴重な時間無駄にしてんねんぞ、どつき回したろか。あのジジイらの何が偉いんかマジで理解できへんわ。どうせ実力もないのにコネとか小賢しい策とかで高い地位に座ってんねんやろ。ほんま虫唾が走るわ」
私は文句を言いながら歩いていたその時、ふと視線の先に清隆くんの後ろ姿を見つけた。何やら寂しげな背中でポツネンと歩いている。喜ばしいことにあの姦しい女はいないらしい。私はパッと笑顔になると駆け寄った。
「清隆くん! 今一人なん? このあと予定とかある?」
「お、おう、 禪院か。特に予定はないが……逆に聞くがオレにあると思うか?」
清隆くんは突然声をかけられたことに動揺したようだが、寂しげにそう答えた。清隆くんは友達が欲しいんやね。意外やわ、強者はそんなもの興味ないと思っとった。
「一人みたいやね。奇遇やなぁ、私も一人やから一緒に買い物にでも行かん? この学校の設備もどんなもんか一回見ておきたいし」
「! ああ、一緒に行かせてくれ」
私が提案すると清隆くんは少し顔を明るくして頷いた。
「じゃあ決まりやね……それと禪院じゃなくて直哉って呼んでや。初めに言ったやろ?」
「……ああ、分かった。できる限り努める」
「名前を呼ぶくらいそんな大層なもんじゃないんやから、そう身構えんくても……もしかして清隆くんって彼女とかおらんの?」
「いない」
私はにっこりと笑った。
「友達は? それはおるやろ?」
「……いたら、今一人でいると思うか?」
「おらんのやね。やったら私が清隆くんの友達第一号や、光栄やわ。これからよろしゅう、清隆くん」
私は右手を差し出し握手を求めた。しかし、清隆くんは驚いたようにその手を凝視する。何やの? ただの握手やん。そないに固まることあったか? 私ははたと思い当たってニヤニヤした。もしかして女の子の手触るのに緊張してんのやろか? かわええとこもあるやん。私は勝手にそう解釈し、強引に手を取る。
「ほな、行こか」
私は半ば無理やり清隆くんの手を握ると強引に引っ張り出した。その手のひらを握るとわかる。この鋼のような体幹。やはりただものではない。私は頬を染めた。今は背中を少し丸めて隠しているようだが、きっと本来は武術に長けたものらしく背筋の通った堂々とした佇まいをするに違いない。
「お、おい、直哉」
「なんや? あ、もしかして馴れ馴れしすぎた? だったらごめんなぁ、私って距離の縮め方とかよう分からんくてな」
私は少しおどけたように振り向き笑うと清隆くんは困ったような表情を浮かべただけだった。
◇
私は清隆くんと自動ドアをくぐる。
私たちは清隆くんのきっての希望でコンビニにやってきた。なんでコンビニなんかに興味があるんかと思って聞くと、清隆くんは「一度も行ったことがないから」と答えた。私は表情を変えずに「ほーん、そうなんか」とだけ言ったが、正直内心で驚いていた。よほどの箱入りじゃないと考えられないセリフだ。私が言えたことではないが、これまで小中学合わせても友達0人話といい、謎めいた清隆くんの過去に関係するのかもしれん。
「……またしても嫌な偶然ね」
コンビニの中に入るとあの、やかまし女がいた。私は嫌な顔をする。清隆くんはその女に話かけた。
「そんなに警戒するなよ。というか、お前もコンビニに用事だったのか」
「ええ、少しね。必要なものを買いに来たの」
テキパキと商品を選んでカゴに入れていた女は、その手を止め何か言いたげに私の顔を見る。
「あなた……今日のあれはどう言うこと?」
「はあ?」
私はイライラとしながら女をみる。その女は上から下までジロジロと私を見ると言葉を放った。
「あなたに思慮深い考えがあるとは思えないけど、一応聞くわ。偽りなく答えなさい」
それに返す言葉は一つ。私はバカにしたような笑みを浮かべて言った。
「それぐらい自分で考えろやカス」
いきなり隣で口喧嘩を勃発させた私に、清隆くんは慄いたように顔を見てくる。女はため息を吐いた。
「あなたに期待した私がバカだったわ。低レベルな暴言しか吐けないようなくだらない人間が私が考慮すべき意見を持ってるとは思えないもの」
「あの程度の読みも思いつかへん、それどころか私に答え聞いてくる時点でおつむのレベル知れてんねん。あんたに言うたところで理解できるんかいな? プライド高くて自分が頭ええと思てるとこ悪いけど、たいして良うないで。最初から相手が自分より下やって決めつけてコミュ障爆発さしてる上に頭悪いやらなんか可哀想になってくるわ。私が言えることやあらへんけど、さすがDクラスって感じやな」
女が言い返そうと口を開く前に清隆くんは言葉を滑らした。
「どう言うことだ? さすがDクラスって……」
「ああ、清隆くんも気づいてはるんちゃうん? この学校の制度に。まず確定なのはポイントが毎月必ず10万ポイント配られるわけやないってことやな」
私は無料と書かれたワゴンを指差した。『一ヶ月3点まで』と但し書きが添えられている。
「佐枝ちゃん先生は支給額は実力で測られるって言うてた。つまり、あくまで10万は今のクラスの評価ってことや。来月も10万もらえるかどうかなんて分からん。あんだけ監視カメラが教室にあるんや、これから授業態度をじっくりと観察されるのは間違いないやろ。雑魚どもは全く気づいてないやろし、もしかしたら0ポイントもあり得るかもしれへん」
女は何かを考えこむように思案している。
「それと……今日の入学式。一番騒いでたの、うちのクラスや。逆にAクラスの方に行くほど静かやった。これがまず違和感を覚えたんよな。それで仮説を立てたんや。クラス分けも評価順やったりしてな」
「まさか……」
「私の予想はうちのクラスがドベや。不良品ばっか集めたクラスってわけやな」
私は面白いことのようにくつくつと笑いながら言った。だって笑えるやん。あのクラスの皆が自分がドベのクラスに集められたことを知って阿鼻叫喚となる姿を思い浮かベて私はニヤニヤと笑みを浮かべた。
清隆くんは言葉を濁しながらも言った。
「それは……さすがに、飛躍しすぎじゃないか」
「確かにそうやな。これだけで決めつけるのは早計やと私も思う。だから言ったやろ仮説やって」
「どちらしてもあなたの主観による一個人の感想って感じね。聞くだけ損したわ」
その時。
「っせぇな! ちょっと待てよ! 今探してんだよ」
大きな声がコンビニに響き渡った。レジの方を覗き込んでみると、クラスメイトの赤髪がカップ麺を握りしめ怒鳴っていた。どうやら末端を忘れたようだ。
「だったら早くしてくれよ。後ろがつかえてるんだから」
「あ? 何か文句あんのかオラ!」
清隆くんは何を思ったのかその赤髪のところに歩んでいく。何をしようとしているのか。私は清隆くんの背中を興味深く眺めた。
「何かあったのか?」
「あ? なんだお前」
赤髪は今度は話かけた清隆くんに睨みを効かせる。清隆くんに喧嘩を売るなんて、不良のくせして相手の実力も察知できんのやろか。随分間抜けやね。
「同じクラスの綾小路だ。困ってそうだから声をかけたんだ」
「ああ……そういやなんとなく見覚えがあんな。学生証忘れたんだよ。これからはあれが金の代わりになることを忘れてたんだ」
赤髪は納得したのか少しだけ落ち着いた声に変わり、清隆くんの質問に答えた。清隆くんはほんまに何を考えてはるんやろか。……まさかこれも友達作りの一環なんか? だとしたら清隆くんは間違っている。ああいうのと友達になりたければ、己の実力を示しこちらの方が立場が上だとわからせた方が話は早い。しかし清隆くんは言葉を続ける。
「良ければ立て替えるぞ? 取りに戻るのも手間だろうし。そっちが構わないならだけど」
「……そうだな。ぶっちゃけ面倒だ。ムカついてたしよ……俺は須藤だ。ここはお前の世話になることにするぜ」
「よろしくな、須藤」
須藤は清隆くんにカップ麺を渡すとお湯を入れるように指示して外に出て行った。
「初対面からこき使われているわね。彼の従順なシモベにでもなるつもり? それとも、これがあなたなりの友達を作るための行動なのかしら」
「癪やけど、こればかりは同意見やわ。清隆くんがパシリさせられる前に、一発入れて立場っちゅうもんを分からせた方がいいで。なんやったら私が黙らせてこよか?」
女が言った言葉に私は同意する。腕を捲って拳を見せると、清隆くんはものすごい勢いで首を横に振った。
「やめてくれ。直哉は思考が過激すぎやしないか、不良の天辺でも目指すつもりはないぞ。まぁ……ついでだし、別にいいさこれくらい」
清隆くんはカップ麺を握ってそう言った。
「そう? ならええんやけど」
私は拳を下ろすと少し不満げに言った。
私は清隆くんがなぜその実力を周りに見せようとしないのか不思議だった。彼はむしろ隠しているようにさえ見える。
その圧倒的な力。
強者として振る舞うことを許されるだけの”力”が彼にはある。でも、彼は”弱者”に見えるように平凡な男子生徒に擬態している。彼なりの目的があるからなのだろうが……あまり理解できない。
私は少し奇妙にさえ思っていた。私の強者へのイメージは漫画の中の禪院甚爾その人だ。その背中は”自由”だった。凍えるような孤独とともに、私はその背中に自由を幻視した。そうだ。私にとって強者とは、あらゆるしがらみから解放されて、常人が縛られる人間関係の何もかもから逸脱し解放されている存在だ。
でも、明らかに清隆くんはそんなふうに生きようとはしていない。少しの不満と純粋な疑問。彼のことをもっとよく知りたかった。
彼は時々演技風なところがあったが……友達を欲しがっているのは本心に見える。
もしかしたらそこに彼の目的のヒントがあるのかもしれない。