「買い物、済ませましょう。他の生徒にも迷惑になるから」
女が言って特に異論もなかったので買い物を済ませる。適当にカゴにシャンプーなどの日用品を放り込むとレジの列に進む。学生証の提示を求められたので、レジの機械に通すとすんなり会計が済んだ。
その間にも清隆くんはカップ麺にお湯を入れていた。女の会計が終わったので(私は待つつもりはなかったが清隆くんが待っていたのでそれに従った)私たちはコンビニの外に出る。須藤がコンビニの前で腰を下ろして待っていて、こちらを見つけると軽く手を上げた。清隆くんもちょっと嬉しそうに手を上げる。
「まさかここで食べるのか?」
「当たり前だろ。ここで食うのが世間一般の常識だ」
須藤は当たり前のように言い放った。清隆くんは困惑したような顔をし、女も呆れたようにため息をついた。ま、品はないが不良ならこんなもんだろう。どうでもよ。
「私は帰るわ。こんなところで品位を落としたくないし」
「何が品位だよ。高校生だったら普通だろうが」
須藤は噛み付くが女は目も合わせない。まあ確かに中高生ならコンビニの前で飲み食いしたことのあるやつの方が多いんじゃないだろうか。しかし、自分は品がいいと思っているこの女からしたらありえない行為なのだろうな。私はあくびをこぼした。自分が参加していない口喧嘩ほどどうでもいいものはない。
「あぁー? 人の話聞けよ。おい!」
「彼どうしたの。急に怒り出して」
女は須藤が見えてないかのように清隆くんに話しかける。この女も子供っぽい真似をする。そういうところが三流やねんぞ。もはや須藤は怒り心頭だ。
「こっち向けよ! ぶっ飛ばすぞ!」
「堀北の態度が悪かったのは認めるよ。でも、お前もちょっと怒りすぎだ」
清隆くんが宥めるように言う。へえ、この女は堀北というのか。初めて知った。頭の中でずっとやかまし女と呼んでいたのでそっちの方がしっくりくるが。
「ああ? んだと? こいつの態度が生意気なのが悪いんだろうが、女のくせによ!」
「女のくせに。時代錯誤も良いところね。彼とは友達にならないことをお勧めするわ」
堀北はそう言い放つと背を向けて歩き出す。
「待てよオイ! クソ女!」
「落ち着けって」
堀北につかみかかろうとした須藤を、清隆くんは制止する。そんな最中にも堀北は一切こちらに視線を遣すことなくスタスタと寮の方へ去っていった。
「何なんだよあいつは! くそっ!」
「人それぞれ、色んなタイプがいるもんだって」
清隆くんはそう言ったが、機嫌が悪そうに須藤は清隆くんを睨んだ。
「うっせぇよ。ああ言う真面目ぶったヤツ、俺は嫌いなんだよ」
須藤はカップ麺を引っ掴むとフタを剥がして食べ始めた。そんな中、清隆くんは須藤がラーメンを啜るところをぼんやりと眺めていた。まさかこいつが完食するまでここで見続けるつもりやないやろな。その時、コンビニから出てきた三人の生徒が声をかけてきた。
「おい、お前ら一年か? そこは俺らの場所だぞ」
揉め事の気配に私は視線を上げた。彼らは同じくカップ麺を持っている。私は少し思案した。喧嘩は見るのもやるのも好きだが、この学校の仕組みを完全に把握していない時に傍観するのはいかがなものか。もしかしたらただ見ていて囃し立てたりすることだって評価がマイナスになるかもしれない。まあ評価とかどうでもええんやけど。
「んだお前ら。ここは俺が先に使ってんだよ。邪魔だから失せろ」
「聞いたか? 失せろだってよ。こりゃまた随分と生意気な一年が入ってきたもんだ」
ケラケラと嘲笑う彼らに、須藤は立ち上がった。そして食べかけのカップ麺を地面に叩きつけた。汁や具材が地面に派手に飛び散る。
「一年だからって舐めてんじゃねえ、あぁ!?」
「二年の俺たちに対して随分な口の聞きようだなぁオイ。ここに荷物置いてんだろ?」
今、荷物を置いた二年の彼らはゲラゲラと笑い出す。
「はい俺たちの荷物がここにはありました。だからどけ」
「いい度胸じゃねえか、くそが」
須藤はこの人数差にも全くビビっていない。一触即発の雰囲気だ。私は少し思案しながら眺めていた。こいつらが喧嘩をしてDクラスのポイントが減ったとしてもどうでもいいとは思う。
しかし、まだこの学校の仕組みが正確にわかっていない今、そうはっきりと行動を決めてしまっていいものか。正直私も雑魚を甚振ることで久しぶりにストレス発散したい気分だったが、……やはりやめとくべきなのだろうな。
「おー怖い。お前クラスは何だよ。なんてな。当ててやろうか? Dクラスだろ?」
その言葉に私はピクリと片眉を上げた。須藤は噛み付く。
「だったら何だってんだ!」
「聞いたか? Dクラスだってよ。やっぱりな! お里が知れるってもんだよなぁ」
私は清隆くんに視線をやった。同じくこちらをみた清隆くんと目が合う。この時ばかりはお互いに何を考えているのかがわかった。
「あ? そりゃどういう意味だよオイ」
噛み付く須藤だったが、男たちは顔を見合わせるとニヤニヤと一歩後退する。
「可哀想なお前ら『不良品』に今日だけはココを譲ってやるよ。行こうぜ」
「逃げんのかオラ!」
「吠えてろ吠えてろ。どうせすぐ、お前らは地獄を見るんだからよ」
彼らは余裕な態度でここを立ち去った。どうやら私の仮説が当たっているみたいやね。
「あークソが、女といい二年といい、うぜぇ連中ばっかりだぜ」
須藤は散乱したカップ麺の残骸を片付けすることもなく、ポケットに手を突っ込み去っていった。こんなカスも入学できるんやから、ここの入学条件は勉学だけやないのはもう確定やね。私はコンビニの外壁を指さして清隆くんに話しかけた。
「清隆くん、どうする? ポイント気にするタイプ?」
指差した先には2台の監視カメラがあった。清隆くんはカメラを見上げるとため息まじりに言った。
「……片付けた方がいいんだろうな」
「そうやね、清隆くんがするなら私も手伝うわ」
私はカップ麺の器を拾い上げると片付けをし始めた。清隆くんもそばにしゃがみ込み割り箸を拾い上げたり片付けをして沈黙が降りてしばらくしたふとある時。清隆くんは口を開いた。
「なあ、……あっち側ってなんだ?」
私は手を止めてキョトンと清隆くんの顔を見た。いつも無機質な清隆くんの瞳には、何らかの感情が含まれている。
「いや、ほら初対面の時に言ってただろ?」
「そうやね。まあ、言ってみれば強者のことや。常人じゃまず、辿り着けない領域に足を踏み入れてる人間。他の奴らとの間には絶望的なほどの断絶されたレベルの差がある人間や」
私は片付ける手を止めてキラキラと目を輝かせて清隆くんを見た。清隆くんと出会えたことが何より嬉しかった。これまでどれだけ私が強者、あっち側を求めて生きてきたか。確実に何かが足りない空虚感、渇望感を抱えて私は今まで生きてきた。もはや諦めかけていたそんな時、憧れと出会ったのだ。こんなに相手の強さを実感できたのは初めてだった。
そう、彼は憧れだ。キラキラと光る私の一番星。しかし清隆くんは固い声で言葉を紡ぐ。
「……オレは強者じゃない。直哉は何か勘違いしてるんだ」
「私の審美眼は確かやで。私は確信してる、清隆くんは間違いなくあっち側や。こんな強い人見たことないんやから。それでな、私も……いつか私もあっち側に行くんや」
私は頬を染めていった。この時の私は憧れに出会えた幸福に浸るあまり清隆くんの表情をよく見ていなかった。
「何度も言うが、オレは強者じゃない。どこにでもいる”普通”の学生だ。そんなふうに言うのはやめてくれ」
声色は変わらない。でもその目。真剣で無機質な瞳に、確かに私は強烈な威圧を感じた。例えるならそう、何百トンもの水を浴びているような重圧。見えないものに監視されているような圧迫感。清隆くんは今、敵意とはいかないが不愉快に感じている。わずかだが気分を害しているのだ。
私は息を呑んで言った。
「わかったわ……堪忍な、そんなに目立つのが嫌なんやね」
清隆くんはほんまに強者と思われるのが嫌みたいや。……違うな。正確には己が強者だと私に触れ回られるのが嫌なのだ。彼の目的から外れるから。そしてどうも彼は”普通”にこだわっているようだった。”普通の学校生活”。まさかそれが彼の求めるものなのだろうか。だとするとそのために外界から断絶されるこの特殊な学校にきたことになる。そうでもしないと清隆くんは普通の生活が送れない環境にいたのかもしれない。
「いや……わかってくれればいいんだ」
私がしゅんとして謝ると清隆くんはちょっとホッとしたように言った。