入学式から一週間ほどが経った。
あれからずっと周りを観察していたが、この学校の仕組みに気づいている者はこのクラスにはいないようだ。授業態度は最悪の一言に限る。この調子では来月払われる予定のポイントを全て使い切ってしまうのかも知れない。
ま、どうでもええんやけどね。
ちゃんとポイントは無駄遣いしてないから、困るほどでもない。Aクラスにも興味はないし。
それにしても今日は教室が騒がしい。特に男。なんなんやろ。私は頬杖をつきながら少し思案して、思い至った。もしかして水泳か? ……アホくさ。さすが雑魚のカスが考えることやね。
しかし、清隆くんはちょっと羨ましそうに馬鹿話をする男子たちを眺めている。やはり私という”友達”がいても同性の友達は欲しいのかもしれない。
「同性の友達が欲しくてもアレに話しかけるのはやめとき。特に今はな」
私は親指でカスどもを指差した。ちょうど女子の胸の大きさのランキングをつけたり携帯で画像撮影する旨の話をしているところだ。胸の大きさで賭けるとも言っている。ほんま、きしょ過ぎて引くわ。そんなことして彼女になってくれる女がいると思うんか?
「この花の高校生活、クラスの女どもから軽蔑されたまま三年過ごしたくないやろ。清隆くんがどうしてもこのクラスの最底辺になりたいって言うんやったら、私も涙を呑んで見送るけど」
そこまで言えば理解したのか清隆くんは勢いよく首を横に振った。私は肩をすくめた。
「わかってくれたならええんや」
◇
昼休みが終わり、水泳の授業がやってくる。私は更衣室に入ると手早く水着に着替えるためシャツを脱いだ。そして水着を手にとる。
「わ、すごい! 禪院さんの腹筋。綺麗に割れてるね、何かスポーツやってたの?」
「あ? 誰やっけ君」
そこで話しかけてきた一人の女に私は片眉をあげた。私が見下ろしても女はニコニコと物怖じせずに笑っている。ショートカットで比較的整った顔立ちだ。……名前が思い出せない。ま、名前を覚えていないと言うことは大したことのない奴なんやろうけど。
「もう、自己紹介したのに忘れちゃった? 私の名前は櫛田桔梗だよ」
「ほうか、桔梗ちゃん。さっきの質問やけど答えはイエスやね。空手、ボクシング、キックボクシング、剣道、柔道、その他諸々格闘技系は一通り齧ったことあるで」
そうや、思い出した。ちょっと何日か前に連絡先を交換したいと言ってきて交換した女や。強者にしか興味がないと言うあからさまなスタンスもあり、クラスで一人浮いている私に話しかけてくるとは、相当度胸があるのか。浮いている奴を放っとけない優しさか哀れみか。
「すごい、運動が得意なんだね。将来はスポーツ選手になりたいとか、なのかな」
「ハッ、スポーツ選手? アハハ!」
私は思わず笑いが込み上げて爆笑してしまった。キョトンとした顔で櫛田は私を見ている。
「ははは、ふっく、く…………ふう、堪忍な。私がスポーツ選手とか面白過ぎて笑ってもたわ。ありえへんで、その未来は。……私はな、ただ強者になりたいんや。色々やるんもそのためや。私からしたらただの踏み台やな」
「そうなんだ、すごいなぁ禪院さんは目標がはっきりとしてるんだね」
ニコニコと笑う櫛田を眺める。この女なんちゅうか……どこか嘘くさい匂いするな。……ま、どうでもええか。
◇
プールは大きく綺麗で、設備も整っているようだ。
更衣室から出ると男子たちがもういて、女子たちを待っている。私はその中からお目当てを見つけると頬を緩めて駆け寄った。
「清隆くん!」
「お、おう直哉か」
清隆くんは挙動不審で目を合わせない。なんや?
それにしても清隆くんの体は……引き締まった肉体だ。やはりこうしてみると強者を隠せていない。見るものが見ればわかる、贅肉どころか、余分な筋肉でさえもが一切ない。究極までそぎ落とされた最低限の筋肉。闘う者の肉体として完成されているのだ。
堀北と一緒に、私は目を輝かせてじっと凝視してしまった。……堀北はなんだかんだ言って清隆くんの近くに毎回いる。嫌やわ、なんなんやろ。やっぱり孤高を気取った構ってちゃんなんか?
「…………綾小路くん、何か運動してた?」
堀北もやはり、なんだかんだ言ってこの清隆くんの筋肉が気になるようで清隆くんを問い詰めている。清隆くんはいつも通りのらりくらりかわしているが。もちろん私は清隆くんに嫌われたくないのでしつこく食い下がるような馬鹿なことはしない。清隆くんが白と言えば黒でも白になるのだ。
その問答に飽きた私は視線を逸らして、あたりを見回した。お、六助くんや。やはり六助くんもあっち側らしい完成された肉体をしている。流石やね。
「よーしお前ら集合しろー」
体育教師の呼び声に授業が始まる。まさに体育会系のような男だ。みる限り筋肉はちゃんとついているが、清隆くんみたいに研ぎ澄まされた実用的なモノではない。ま、見せかけの筋肉やね。
「早速だが、準備体操をしたら実力が見たい。泳いでもらうぞ」
「あの先生、俺あんまり泳げないんですけど」
一人の男子が申し訳なさそうに手をあげる。
「俺が担当するからには、必ず夏までに泳げるようにしてやる。安心しろ」
「別に無理して泳げるようにならなくていいですよ。どうせ海なんていかないし」
「そうはいかん。今はどれだけ苦手でも構わんが、克服はさせる。泳げるようになっておけば、必ず役にたつ。必ず、な」
含みのある言葉やんか。この学校の評価に泳ぎも関わってくるのだろうか。そういう試験でもあるとか? わからんな、泳ぎが必要な試験ってなんなんやろ。まさかこの水泳が直接評価につながるとは思えんし。
とりあえずまずは五十メートルを流して泳ぐように言われた私たちは、準備運動を済まし次々とプールに入っていく。ゴーグルをつけると、私は息を吸い込み泳ぎ出した。泳ぎ切った私は少し息を切らしながらプールサイドに上がり、水滴を落としながら先に泳ぎ終わった奴と共に全員が終わるのを待った。
「では早速だがこれから競争をする。男女別50M自由形だ」
「き、競争!? マジっすか」
クラスの男子が思わずと言ったふうに溢す。
「一位になった生徒には、俺から特別ボーナス、5000ポイントを支給しよう。一番遅かった奴には、逆に補習を受けさせるから覚悟しろよ」
歓声と悲鳴が上がる。私は腕を組みながらニヤと笑った。賞金は私のもんやね、女には負けんやろ。平凡を偽装している清隆くんは別にして六助くんに勝てるかはわからんけど。
堀北が泳いていた第一レースが終わる。次は私の番のグループだ。笛が鳴ると同時に私は飛び込み台から完璧なフォームで飛び込む。そして水中を滑るように身体を操り、加速する。やはり負ける気はしなかった。両サイドのレーンを泳いでいる女とグングン差をつけていく。
手加減はせえへん。全力や。ポイントは欲しいからな。それに私があっち側にどれだけ近いか確かめてもみたかった。
「24秒48」
男子と女子両方からどよめきが上がる。まあ、女子に勝つのは当たり前としてその後や。重要なんは。堀北が話しかけてくる。
「あなた水泳部だったの?」
「そんなわけないやろ。中学は帰宅部や」
「そう……すごいわね」
「これくらい、強者になるんやったらできて当たり前や」
私は堀北との会話をおなざりに、ちょっとイライラしながら腕を組み、男子のレースをじっと眺めていた。清隆くんは……今はいいとして問題は六助くんや。その圧倒的な泳ぎに思わずといったふうな驚きの声があちこちでする。どうせ一位やろうけど、……タイムは、タイムはなんや。
「23秒22」
教師は思わずストップウォッチを二度見する。私は歯を食い締めて舌打ちをした。1秒以上差があるやないか。
しかし現実は受け止めなければならない。これがあっち側と今の私の差。そこに男だからとか女だからとかの言い訳は存在しない。存在してはいけないのだ。強者を目指すと決めたのなら、これくらいの障壁は超えていかなければならない。それぐらい、できて当たり前なのだ。
だってそう言う道を私は選んだのだから。
自分に言い訳して生きるなんて、ダサい雑魚の生き方はしたくなかった。
ギリギリと歯を食いしばって拳を握る私に堀北がもの言いたげにこちらを見ていたのを、私は気づかなかった。