五月初めの学校開始を告げる始業チャイムが鳴った。すぐに茶柱が手にポスターの筒を持って教室に入ってくる。その顔は険しい。
「せんせー、ひょっとして生理でも止まりましたー?」
池とかいう男子生徒がくだらんセリフを吐く。ウケると思っとるんか? こう言うやつは思考回路からしてカスなんやろな。
「これより朝のホームルームを始める。が、その前に何か質問はあるか? 気になることがあるなら今聞いておいた方がいいぞ?」
セクハラにも一切構わず、茶柱は告げる。すぐに数人の手が挙げられた。
「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれてないんですけど、毎月一日に支給されるんじゃなかったんですか? 今朝ジュース買えなくて焦りましたよ」
「本堂、前に説明しただろ、その通りだ。ポイントは毎月一日に振り込まれる。今月も間違いなく振り込まれたことは確認されている」
生徒たちは顔を見合わせ、動揺したように教室が少しざわつく。
「……お前らは本当に愚かな生徒たちだな。とっくに気づいている者もいると言うのに……そうだろう? 禪院」
「ッハ、私を雑魚どもと同じ括りに入れて欲しくないわ」
私はニヤ、と笑う。これから起こるであろう阿鼻叫喚の地獄絵図。正直この一ヶ月間それが一番楽しみだった。
「どう言うことっすか? 気づいたって……」
気づいたとは『何に』なのか。生徒たちの顔には疑問が浮かぶ。
「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけ忘れられた、などという幻想、可能性もない。わかったか?」
「いや、分かったかって言われても、なあ? 実際振り込まれてないわけだし」
本堂とかいう雑魚は不満げに言う。その時、六助くんが声高らかに笑った。
「ははは、なるほど、そう言うことだねティーチャー。理解できたよ、この謎解きがね」
さすがやね、やはり他の雑魚どもとは頭も違うわ。六助くんは机に足を乗せて、尊大な態度で本堂を指差す。
「簡単なことさ、私たちDクラスには1ポイントも支給されなかった、と言うことだよ」
「はあ? なんでだよ。毎月10万ポイント振り込まれるって……」
「私はそう聞いた覚えはないね。そうだろう?」
ニヤニヤと笑いながら六助くんは、茶柱にも指先を向ける。
「態度には問題ありだが、高円寺の言う通りだ。全く、これだけヒントをやって自分で気がついたのは数人とはな。嘆かわしいことだ」
教室の中は騒然となる。平田が皆の疑問を代弁するかのように手を挙げた。
「振り込まれなかった理由を教えてください。でなければ僕たちは納得できません」
茶柱は一切澱みなく生徒を地獄に突き落とす言葉を紡ぐ。
「遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や携帯を触った回数391回。一月で随分とやらかしたもんだ。この学校ではクラスの成績がポイントに反映される。その結果お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイント全てを吐き出した。それだけのことだ。入学式の日に直接説明したはずだ。この学校は実力で生徒を測ると。そして今回、お前たちは0と言う評価を受けた。それだけに過ぎない」
鉛筆の音が響く。堀北が現状を打開しようと遅刻欠席などの回数をメモしているらしい。
平田はそんな説明受けた覚えがないと必死に言うが、茶柱の反論に無事撃沈していた。まあそうやなぁ。確かに遅刻するな、私語をするなっちゅうんも義務教育で散々聞かされてきた基本中の基本やもんなぁ。
話の途中でチャイムが鳴り、ホームルームの時間が終わりを告げる。
「どうやら無駄話が過ぎたようだ。大体理解できただろ。そろそろ本題に移ろう」
茶柱は手にしていた筒から白い厚手の紙を取り出し、広げる。それを黒板に貼り付け、磁石で止めた。そこにはAクラスからDクラスの名前とその横に最大4桁の数字が表示されていた。Dクラスは0。Cクラスは490。Bクラスが650。そして一番高い数字がAクラスの940。
私は口笛を吹いた。
「……まさか」
堀北のこわばった声が聞こえる。
「やっぱり合ってたやん、うちのクラスがドベちゅうことか」
「正解だ、禪院。これにもすでに気づいていたとはな、やはりお前は面白い生徒だ。お前ほどの生徒が一体何をやらかしたらDクラスに選ばれるのか個人的にも非常に気になるよ」
暴走族とかと抗争引き起こしたり、喧嘩の末、何ヶ月も病院送りにしてやったりやね。……ま、そんなことはどうでもええやん。
「ドベって……」
「なんや方言やから通じひんのか? 最下位ちゅう意味やで。一つ賢くなれたな」
ま、それを覚えたくらいじゃAクラスには上がれんやろうけど。私は椅子を後ろに傾けてぐらぐらと遊びながらニタニタと笑っていた。
「そう、この学校では優秀な生徒はAクラスへ。ダメな生徒はDクラスへ、と。ま、大手集団塾でもよくある制度だな。つまりここDクラスは落ちこぼれが集まる最後の砦というわけだ。つまりお前たちは、最悪の不良品ということだ。実に不良品らしい結果だな」
教室が絶望のあまりしんと静まり返る。なんや泣き叫んだりする奴はおらんのかいな。つまらん。
「……これから俺たちは他の連中にバカにされるってことか」
ガン、と机を蹴った須藤に、茶柱は言い放つ。
「何だ、お前にも気にする体面があったんだな、須藤。だったら頑張って上のクラスに上がれるようにするんだな」
「あ?」
やはり想定していた通り、Aクラスに上がれる仕組みもあるようだ。このポイントの数値がそのままクラスのランクに反映される、か。ということはこの時点でポイントを保有していたらCクラスに昇格できたのかもしれんというわけか。ま、今となっては後の祭りやけど。
「さて、もう一つお前たちに伝えなければならない残念な知らせがある」
黒板に追加するように貼り出された一枚の紙。そこにはクラスメイト全員分の名前と数字が並んでいる。
「先日やった小テストの結果だ。揃いも揃って粒揃いで先生は嬉しいぞ。中学で一体何を勉強してきたんだ? お前らは」
ほーん、雑魚どもは大々60点くらいやね。最下位が須藤の16点。平均点は65点くらいか。
これが本番だったら入学早々退学になっていたと、茶柱はいう。何でもこの学校では中間テスト、期末テストで一教科でも赤点を取ったら退学になるらしい。
それに7人ほどが驚愕の声を上げる。
「ふっざけんな佐枝ちゃん先生! 退学とか冗談じゃねえよ!」
「私に言われても困る。学校のルールだ、腹をくくれ」
「ティーチャーが言うように、このクラスには愚か者が多いようだねぇ」
爪を研ぎながら足を机に乗せる六助くんが言う。その自由気ままな態度はまさに私が思い描いていた強者そのもの。
「何だと高円寺! どうせお前だって赤点組だろ!」
「フッ。どこに目がついているのかねボーイ。よく見たまえ」
その名前があるのは、私の名前の隣。同率首位の座だ。その点数は90点。さすがやね。
「絶対須藤とおんなじバカキャラだと思ってたのに……!」
池以外にも驚嘆のような嫌味のような声があちこちでした。
「それからもう一つ付け加えておこう」
茶柱は話しだす。どうやらこの学校の高い進学率にも裏があるらしい。やはりって感じやな。頬杖をつきながらぼーっと聞き流す。何でもAクラスに上がるしか、進学先が叶う恩恵を受けることはないのだと茶柱はいう。ほーん、ま、私には関係ない話題やな。
「そ、そんな……聞いてないですよそんな話! 滅茶苦茶だ!」
立ち上がったのはメガネをかけた生徒だ。私はニヤニヤしながらそれを眺めていた。このまま慌てふためく雑魚どもの醜い姿を観戦するのならポップコーンでも食べたいところやね。
「みっともないねえ、男が慌てふためく姿ほど惨めなモノは無い」
六助くんは呆れたようにため息を吐いて言った。その様子にメガネをかけた男、幸村は噛み付く。
「……Dクラスだったことに不服は無いのかよ。高円寺」
「不服? 何故不服に思う必要があるのか、私には理解できないねぇ」
六助くんは爪を研ぐ手を一切止めない。
「俺たちは学校側から、レベルの低い落ちこぼれだと認定されて、その上進学や就職の保証もないって言われてんだぞ、当たり前だ!」
「学校側は、私のポテンシャルを計れなかっただけのこと。私は誰よりも自分のことを評価し、尊敬し、尊重し、偉大なる人間だと自負している。学校側が勝手にD判定を下そうとも、私にとっては何の意味もなさないと言うことだよ。仮に退学にすると言うのなら、勝手にするがいい。後で泣きついてくるのは100%学校側なのだからね」
澱みなくその言葉はつらつらと語られる。その時、一人分の拍手が鳴り響いた。生徒たちの視線をこちらを向く。私はニコニコと拍手を止めると言った。
「いやあ、さすが強者らしい姿やね。全くの同感やわ。顔も知らん雑魚に勝手に評価されたところでって感じやしな」
どうせ評価する学校側におるんは強くも何ともない雑魚だけやろうし。そないな奴に落ちこぼれだとレッテルを貼られても、どうでもええやん。だってそうやろ? どうでもええカスに何と思われようとどうでもええ。それ以上でもそれ以下でもない。こんなん当たり前のことやろ。
「おや、なかなか意見が合うようじゃないか、聡明なガール。確か君は禪院家の令嬢だったねぇ、聡明なガールも政治家になるのかな?」
爪を研ぐのを止めて、六助くんは私を見る。私はハッと笑うと顔の前で手で払う仕草をした。
「アホ言わんとってや、私がそんなタイプに見えるんか? 私の仕事は家が用意した相手と結婚するくらいやね」
ま、大人しく結婚するとは言っていない。あっち側の強者としか結婚したくないし。それに最悪、籍だけ入れときゃいいんや。
「なるほどねぇ、聡明なガールがそれをよしとするのなら私は構わないよ。君と同じように私も学校側に進学、就職を世話してもらおうなどとは微塵も思っていないのでね。高円寺コンツェルンの跡を継ぐことは決まっている。DでもAでも些細なことなのだよ」
幸村もこれには反論できずに腰を下ろすしかないようだった。
「浮かれた気分は払拭されたようだな。お前らの置かれた状況の過酷さを理解できたのなら、この長ったるいHRにも意味があったのかもな。中間テストまでは後3週間、まぁじっくりと熟考し、退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している。できることなら、実力者にふさわしい振る舞いを持って挑んでくれ」
強めに扉を閉めると、茶柱は教室を出ていった。
直哉ちゃんは高円寺と同じ変人枠としてクラスメイトには認識されてますね。綾小路以外に友達は一人もいません。仲良くなろうと話しかけられれば、とりあえずちゃんと言葉を返すので会話が成立する分、堀北よりコミュニケーション能力は上です。友達がいないのは単純に、変人だと認識されて誰からも仲良くなりたいと思われていないから、ですね。