雑多なアサルト短編   作:ですティニー

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タイトル通りふと思った疑問とちょっとした思い付きでこうなりました、そのせいかアニメベースのつもりが他媒体からの電波受信多め。

─みんなー、準備はオッケー?はっじまっるよー!─


梨璃って媒体ごとに人の呼び方結構バラバラよねって話

「やってしまった……」

 

 以前先輩から教わった野良猫がよく集まるという猫の集会所の一つ、そこで安藤鶴紗はこの世の終わりのような顔で項垂れていた。何がダメだったのかと聞かれれば、恐らく全てがダメだったのだろう。

 

 あそこで理性を手放したことも、そのまま自棄になって飛び出したことも、たまたますれ違った学級委員長の注意の声も無視して廊下を駆け抜けたことも、そしてそれらに今隣で寝転びスヤスヤと寝息を立てている一柳梨璃を巻き込んだことも、全部全部全部全部──

 

◇◇◇

 

「そういえば、梨璃さんってあんまり他の人のことちゃん付けしないですよね」

 

 LGラーズグリーズ、通称一柳隊が結成してすぐのある日、今日は出撃担当でなく訓練の予定もないからとレギオン控室でお茶会をしてる中飛び出した二水のそんな一言が、全ての始まりだった。

 

「え?」

 

「そうですわね。梨璃さんの性格でしたら、同級生くらいは全員ちゃん付けで通してそうな物ですのに」

 

 当の梨璃は首を傾げていきなり何を言ってるんだろうという反応だが、楓を初めとする他のメンバーは何故か話題にされた梨璃本人より食い付きが良い。

 

「確かに、わたくしの知る限り梨璃さんがそう呼んでいる相手はふーみんさんだけですね。雨嘉さんの方はどうですか?」

 

「うーん、こっちのクラスの子もそうは呼ばれてないかな……大体さん付けのはず」

 

「ふーん。なら、工廠科の方はどうなんだ?」

 

「いや、来ても大体わしか百由様のところじゃからのう……他の連中と話してるイメージがあんまりないのじゃ」

 

 神琳と雨嘉の二人が2クラス分の情報提供してきたのを聞いて、ドーナツを食べる手を止めてまで質問してきた鶴紗からのそれには答えきれないといった風のミリアムと、完全に話の流れがそちら側に向いてしまっている。

 その様子に一人置いていかれてしまった梨璃は、隣に座る夢結の方に助けを求めるばかり。

 

「ど、どうしましょうお姉様?」

 

「わたしに言われても……大体、呼び方一つでそこまで騒ぐ物なのかしら?」

 

「なら聞くけど、もし梨璃が夢結のことをお姉様って呼ばなくなったら、どうだ?」

 

 そんな夢結の疑問は、梅からの爆弾投下により氷解どころか粉砕され、途端にティーカップを持つ手の震えが止まらなくなる。

 

「な、なるほど。それは、その……致命的ね」

 

「だろ? だからこれも重大な問題なんだゾ、当事者からすれば」

 

 的確にボディーを抉る例えによって動揺が収まらない夢結だが、二度もルナティックトランサーによる暴走状態に陥った彼女に襲われてもそれを真っ正面から受け止めた梨璃は今更何があっても夢結を見放すことなどないだろうとは、その一部始終を見ていた全員の見解が一致するところだろう。

 

「でも、なんでわたしにだけなんです梨璃さん?」

 

「えっと、二水ちゃんは同じ補欠合格仲間だから……かな?」

 

 曰く他の生徒はちゃんと実力で受かっているから、どうしても遠慮してしまうとのことらしい。

 

「で、先輩たちにはそもそも様付けと……うーん、試しに梅のことちゃん付けしてみるか?」

 

「はい! ……ってえぇぇぇっ!?」

 

「ちょっと梅?」

 

 親友の提案に悪ふざけか何かかと夢結が眉をひそめると、その程度の反応は予想済みだとばかりに梅からの返答も速い。

 

「いやいや、レギオン内の立場は隊長の梨璃が一番上だろ? いざって時に尻込みしないよう、ドーンって構えとかないとナ!」

 

「言っていることはともかく、それと呼び方に何の関係が」

 

「……いえ、わたしやりますお姉様! 梅様どころか、一柳隊全員をちゃん付けしてみせます!」

 

(あ、これはまた変なスイッチ入ったわねこの子)

 

 そう時折と言わず真っ直ぐすぎるきらいのあるシルトの張り切り具合に、内心頭を抱えるシュッツエンゲルがここに一人。

 とはいえ所詮はごっこ遊びのような物なのだから、精々どこぞのご令嬢の暴走にさえ注意していればいいかと、建前を言っておきながらウキウキを隠さない梅を眺めつつ、どこか夢結は楽観視していた──この時は。

 

「ほらほら、早く呼んで呼んで」

 

「はい、行きます! ま、梅ちゃん?」

 

「んー……なんかパンチが弱いナ。もう一押し!」

 

 呼び方のパンチとはなんなのか。一人目から既に方向性がおかしくなっているが、それに真剣に付き合ってしまうのも梨璃の素直な部分なのだろう。

 

「パンチ……吉村……Thi……Thi梅ちゃん?」

 

「お、なんかいい感じ。もいっかい!」

 

「Thi梅ちゃん! Thi梅ちゃん!!」

 

 どこがどう梅の琴線に触れたのかは分からないが、請われた以上に繰り返す梨璃の声も釣られて弾んでいるのだから、恐らく正解でいいのだろう。

 

「あはは、なんだか楽しくなって来たゾ! ほら次は夢結の番だ」

 

「んぐっ……!? わ、わたしはやるとは一言も」

 

 そもそもやるのは梨璃なのだが、ともかく急な不意討ちに紅茶を噴き出さなかっただけ誉めてもらいたい。そんな心境でいると、意を決した表情なシルトの顔が夢結の目の前にあった。

 

「り、梨璃?」

 

「お姉様、ううん……夢結ちゃん」

 

「ごふっ……!」

 

 一撃だった。

 いくら常日頃澄ました態度で通していようと、所詮は多感な時期の女子高生に過ぎないのだ。自分のことを慕い、自分もまた愛おしく思う相手に普段より遥かに近い距離感での呼び方をされては、クールで格好いいお姉様という顔は血反吐と共に幻想の如く砕けて散ってしまう。

 

「ゆ、夢結ーッ!?」

「お姉様ぁぁぁ!?」

 

「……おい、どうするんだアレ」

 

「あちらはそのまま梅様に責任を取って貰うとして。わたくしたち一年生はどうしましょう?」

 

 気を失い二人がかりで左右からユッサユッサされている夢結を置いておいて、と済ませられるのは誰に対しても物怖じしない神琳の胆力故か、あるいはあの先輩が不意にポンコツを晒すのにも慣れてしまっただけか。

 

「え、えと……誕生日順、とか? あ、わたしは12月「21日ですよね! 雨嘉さんのお誕生日、わたしと同じだからよーく覚えてます!」ふ、ふーみんも同じ日なの? 珍しいこともあるんだね」

 

 またしても流れを作るのは雨嘉へやけに食い気味に迫る二水。であればもうそれを止められる人物もおらず、誕生日トークの始まりである。

 

「わしは11月25日じゃが、そもそも他に同じ月なやつはおるのかのう?」

 

「わたくしと鶴紗さんが同じ2月で一週違いだったかと、6日と13日で」

 

「え゛。何で知ってるんだ神琳……クラスで誰かに話した記憶とかないんだけど」

 

 大体そういう時に怪しいのは誰かといえば、鶴紗の視線を避けるように縮こまる二水の様子が答えだった。

 

「そういえば、以前二水さんは百合ヶ丘の生徒全員のプロフィールはもう把握済みだと……」

 

「わーっ! わーっ!」

 

「……はぁ、別に驚いただけ。取って喰ったりはしないから」

 

 楓から明かされるそんなプライバシーも何もあったもんじゃない情報といい、週刊リリィ新聞でしょっちゅうアレな内容をすっぱ抜いていることといい、もしかしなくとも他のリリィから度々追われてたりするんじゃないかと二水の日常が不安になる鶴紗だが、例えそうでも自己責任かとそれ以上考えるのをやめた。

 

「で、最後は楓だろ。いつなんだ?」

 

「ああ、元旦じゃよ。こやつは誕生日まで派手じゃないと気が済まんのか?」

 

「ちょっとミリアムさん? なんであなたが答えてるんですの?」

 

「なんだか、結構後ろの方に偏ってるね?」

 

「夢結様が4月、梨璃さんが今月で次が梅様の7月、そこからミリアムさんの11月まで空きますから、ほとんどが下半期ですね」

 

 それも二水ノート情報だろうか。先日ここにいる全員で祝った梨璃はともかくまだ復帰していない夢結や梅の物まで出てくると、最初から二水とそこから聞いた神琳が仕切ればよかったのでは? とは触らぬ神になんとやら。

 

「あ、梨璃さーん。次ミリアムさんでお願いします」

 

「へ? あ、そっかまだ途中……行ってきます、お姉様」

 

「梨璃、夢結の屍を越えていくんだゾ……」

 

 はたしてこんなお遊びに致命傷を負うシュッツエンゲルと大真面目に挑むシルトとが副隊長と隊長で、このレギオンは大丈夫なのだろうか。そして見送る梅は言葉のわりには顔がにやけている。

 

「……勝手に殺さないでほしいのだけれど」

 

「夢結、起きたのか」

 

「ええ、美鈴お姉様と……東京で見たような顔と病弱そうな人に追い返されたわ」

 

 なんだかんだ復帰した夢結の発言に、東京での知り合いで死んだリリィなどいただろうかと梅は少し悩むが、世の中には三人は似た顔がいるというし、これもその類いだろうと深く考えないことにする。

 

「じゃあ行きますねー、ミリアムちゃん!」

 

「ふむ、存外しっくり来るのう。百由様の奇行に画面端で震えてそうな感じがある」

 

 それは誉めているのかどうなのか謎だが、ミリアム自身は腕組みをして頷いていて満足そうだからいいのだろう。

 

「よく分からないけど、よかったです!」

 

「うむ。ところで百由様といえばCHARMの修理を頼む時、変な改造をされんように用件ははっきりと伝えるんじゃぞ」

 

「はーい!」

 

「うーん、次どうしましょう? わたしは元からちゃん付けですし」

 

「じゃあ、わたし?」

 

 そうおずおずと手を挙げる雨嘉の前に、トコトコと梨璃が移動してくるとぎゅっとその手を取ってくる。

 

「えへへ、雨嘉ちゃん!」

 

「あっ、うん。いいかも……なんだか、ラムネが欲しくなる響き」

 

 理屈は分からないが、何故かそういう気分になってしまう。言ってから図々しかったかなと思う雨嘉だが、常にラムネを数本鞄に入れて持ち歩いている梨璃からすればその程度はなんの問題にもならないようで、ゴソゴソと自分の鞄を漁ると快く分けてくれた。

 

「はい、どうぞ」

 

「あ、ありがとう……いただきま」

 

 梨璃による布教の甲斐あってか慣れた様子でプシュっと蓋を押し、ラムネを飲もうとした雨嘉だが、そこで皆の視線を集めてしまっていたことに気付き、慌てて隣に座る神琳の陰に隠れてちびちびと飲み始める。

 

「あはは……で、二水ちゃんはどうしよっか?」

 

「うーん、今回のテーマ的にわたしが逆に梨璃さんをちゃん付けとかやっても仕方ないですし……」

 

「えー、いいんじゃないかな? ほら、結構楽しいよー」

 

 なんて手を広げてスタンバられてもどうしろと。そう思って回りを見るが、ニコニコと本心から誘っている梨璃以外の全員がやっちゃいなよ、と目線で二水に促してきている。

 

(あ、これ逃げ場ないやつだ)

 

 とはいえ二水自身も特に親しい相手にはちゃん付けをしているのは同じクラスの面々には筒抜けだし、即座に言い訳が用意できずなんとでもならない。

 

「ん、コホン……梨璃ちゃん」

 

「はー、なんかこう呼ばれるのすっごい久しぶりな気がする。ほら、百合ヶ丘だとみんなさん付けが基本だし? えいっ」

 

 半ばその風潮に飲まれているというのもあり、自分がいざ呼ばれると結構変わるなぁと嬉しくて、そのまま梨璃は二水に抱き付いていた。

 

「ちょ、梨璃さ「ちゃん」……うん、梨璃ちゃん」

 

「わーい♪」

 

 梨璃も梨璃で大分頭のネジが外れて来たのか、二水相手に頬擦りまでして普段以上に距離感がおかしくなって来ている。それへの反応は復活した夢結を含めほとんど微笑ましげな様子だが、例外が約一名。

 

「ぐぬぬ、その手がありましたか。やりますわねちびっこ1号……!」

 

「いやどの手じゃ、どの。というか次はおぬしの番なのじゃから、それくらい待たぬか」

 

 キーッとハンカチを噛むステレオタイプが過ぎる悔しがり方をしている楓だが、満足した梨璃が二水から離れた瞬間には目を輝かせながら何事もなかったかのように待機するのは流石百合ヶ丘の至宝か。勿論誰も誉めてはいない。

 

「えーっと、じゃあ失礼して……楓ちゃん♪」

 

「はうっ!」

 

 即座に気絶した夢結程ではないが楓も相当な衝撃だったようで、見ているだけでハートが撃ち抜かれる音となんかムーディーなBGMが聞こえるくらい見事に仰け反って……かと思えば即座に姿勢を正しバッと梨璃を抱き寄せていた。相変わらず忙しないお嬢様である。

 

「梅、離して頂戴」

 

「いやいや、こっからが面白く──もといこの程度ならいつものことだろ」

 

 そこでシュッツエンゲルとして妹に不埒な行いをしようというのは見過ごせないと立ち上がろうとする夢結の肩を梅が押さえて離さないのは、いくら楓でも迂闊に一線は越えないだろうというまだ短い付き合いながらに微妙なラインの信頼がある、というよりは誤魔化しきれてない面白半分の言い訳か。

 

「梨璃さん。耳元で、左右から、囁くように、お願いしますわ?」

 

「う、うん。楓ちゃん……楓ちゃん?」

 

 何か変なリクエストだなぁ。とは思ったがそもそも普段から楓の行動は大概変なのだと大して気にせず、梨璃の口は楓の頭を右に左にと行き来する。

 

「のう二水よ、これってあれではなかろうか?」

 

「多分、おんなじこと連想してると思います。せーの」

 

「「ささやきASMR」」

 

 ASMR──人が聴覚や視覚の刺激によって感じる心地よい反応。を指す言葉なのだが、この場合はどちらかと言うとそれらの反応を引き起こす行為の方だろう。それを効果的に表現するための機材は、このご時世ほとんど手に入らない旧時代の産物となっている。

 とはいえ楓の実家であるグランギニョル社のコネを駆使すれば完全な状態のそれらを手にすることは可能だろうが、この機に乗じて極上のそれを生梨璃で味わおうという魂胆なのか。

 

「あぁ、これこそが真のアジール。まさしくわたくしだけの聖域ですわ~!」

 

「か、楓ちゃん。すっごい抱き付……く、苦し……がくっ」

 

「なんだこのデジャブ」

 

 感極まった楓にそのまま絞め落とされた梨璃の姿は今月の中頃、もっと言えば梨璃の誕生日である19日に相手は違えど見たような光景であることに額を押さえる鶴紗、まだレアスキルの制御が出来なくなるほど耄碌はしていないはずだ。というかそもそもファンタズムが視せるのは未来への可能性であって、過去の光景ではない。

 

「で、止めなくていいのか。お姉様?」

 

「……こういう時は、あなたも大概意地悪よね」

 

 以前力の加減が分からず同じように梨璃を絞め落とした前科のある夢結としては楓の行為を咎められる立場にないと、今になって手を離す梅からプイッと視線を逸らすことしかできなかった。

 

「はーい下がって下がってー」

 

「こ、こら離しなさいなちびっこ2号! わたくしには梨璃さ……あっ」

 

「おーいリーダー、生きてるかー?」

 

「うーん、うーん……」

 

 ミリアムに無理矢理引き剥がされてようやく鶴紗に支えられ手で扇がれている梨璃の現状に気付いたのか、楓のヒートアップし過ぎた感情も急速冷却されたようだ。

 

「わ、わたくしとしたことが少し熱くなりすぎてしまいましたわ……その、夢結様」

 

「今はわたしに謝っても仕方がないでしょう。反面教師にもなれなかったのはともかくとして」

 

 なるほど端から見ればあの時の自分もこんなだったかと、楓とまっすぐ目が合わせられず誰もいない窓の方を向いている夢結であるが、それが今は素直に怒られるより楓へのダメージは大きかったようで、部屋の隅で体育座りをしだす始末。

 

「はぁ、やらかしましたわ……」

 

「そもそも、楓さんにやらかしていない日があったでしょうか?」

 

「神琳、それトドメ刺してる」

 

 そこで否定しないのが一番のトドメだとは言うなかれ。いくら天の秤目持ちの雨嘉といえど、彼女の性格的に狙ったことではないのだろうから。

 

「まったく、なんでこんなことで二人も気絶させてんだ……」

 

「ん、んぅ……」

 

 アホらしいと鶴紗が呆れていると、楓から救出した後ずっと支えていた梨璃が身動ぎしたので、起きたのかと腕の中の彼女へ視線を落とす。

 

「……鶴紗、ちゃん?」

 

「ん゛っ゛……!」

 

 なるほど、これは皆を笑えないなと、起きたばかりなくせに先程までのよく分からん遊びのことは覚えていた梨璃の普段よりトロンとした表情と声に、鶴紗はその理性を総動員して抵抗を試みる。ここで何かをしてしまえば、即座に楓の同類へと成り下がるからだ。

 などと堪えている様子が外から見ても分かるからと、頭頂部のアホ毛をピコンと跳ねさせて梨璃の耳元まで近寄るのはミリアム。彼女の顔は、明らかに何かを企んでいる風にニヤリと歪んでいた。

 

「違うな、間違っておるぞ梨璃。それは鶴紗ではなく猫じゃ、そしておぬしも今は猫さんなのじゃ」

 

「お、おいミリアム、何適当なこと」

 

 ただでさえあの一言で限界なのだ、そこに寝惚けたまま猫の真似などされては──と鶴紗が危機感を持ったと同時、梨璃に制服を掴まれる。

 

「そっかぁ、猫さんだったんだ~。にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ~、梨璃だにゃ~♪ 猫缶食べるかにゃ~?」

 

「あ゛っ゛……が……にゃ」

 

「にゃ?」

 

(ああ……これは……無理……っ)

 

 今の鶴紗にはファンタズムも何も関係ない幻覚で、梨璃に猫の耳と尻尾が見えてしまっていた。その上完全に夢だと勘違いして無遠慮に甘えてこられては、理性のダムなど虚しく決壊してしまう。

 

「にゃ、にゃにゃ~! 梨璃の方こそ猫缶食べるかにゃ~? こーんなにいっぱいあるにゃ~♪」

 

「うぎゃあ、鶴紗が壊れたーーーっ!?」

 

「……あー、スイッチ入っちゃいましたかー」

 

 至近距離でそれを聞いて飛び跳ねたミリアムとどこか遠い目で眺める二水との差は、初見か否かの違いだろうか。他は膝を抱えて部屋の片隅一人ぶつぶつ言っている楓はともかく、二年生二人は固まり、雨嘉は虚空を見つめており神琳に揺すられている、刺激が強すぎたようだ。

 

「……あれ、何か変な夢見てた?」

「……あっ」

 

 果たして正気に戻るのが同時だったのは、二人にとって幸運であったのか。ただはっきりしているのは、鶴紗が小刻みに震えていることだけ。

 

「鶴紗さん……あ、次でしたっけ?」

 

「……う、うわぁああああああああああ!!」

 

「え? な、何!?」

 

 悲鳴を上げた鶴紗は梨璃を抱えたまま走りだし、その勢いで控室のドアを体当たりで強引に開けるというか倒しながら廊下の向こうへ消えていった。

 

「あ、わたくしの順番……」

 

「いや、もっと他に言うことあったじゃろ」

 

 とはいえ確かに神琳が誰かにちゃん付けされる光景など、こんな場面でもなければ見れなかったろうとは残された全員が思ってはいるが。

 

◆◆◆

 

「はぁ……」

 

 そうして今に至る訳だが、やったことのアレさだけならば楓や時々変な要求をされていた梨璃の方が上だろう。しかし鶴紗にもイメージという物がある、以前二水に猫相手に『ああなって』いたのを見られた時は見るからに引いていたこともありリリィ新聞に載せられることがなかったおかげで全校生徒に弄られる事態こそは避けられたが、一柳隊の中だけでもそれは致命傷になる。

 

「まったく、あなたたちは気楽でいいわね」

 

 当然ここは猫の集会所と言われるくらいなのだから野良猫がそれなりにいるのだが、今の鶴紗は意気消沈して梅曰くの殺気など出ていないだろうにも関わらず、集まるのは眠っている梨璃の方ばかりとあれば、つい素の口調で文句の一つも出てしまう。

 

「はぁ……」

 

 結局何度目かのため息と共に地面へ仰向けに寝転がり、夕焼けに染まりだした空を見上げるのみ。しばらくそうしていると、不意に鶴紗はお腹の方に重みを感じた。

 

「……は?」

 

 無心でいたら遂に猫が来たかと期待しながら頭を上げると、そこに乗っていたのは梨璃の頭だった。

 寝相とかの問題じゃないだろ、と言いたくなるがここまで引っ張って来ておいて眠るのまで邪魔するのは忍びない。そう静観を決め込むことに──しようとして、先程のノリがまだ抜けてないのか、この際梨璃でも構わないかと魔が差してしまう。

 

(殺気を出さず……優しく、丁寧に……)

 

 梨璃は顔を下にして埋めて来ているから、後頭部へ手を伸ばし努めて優しくその髪を撫でる。

 

(柔らかいな)

 

 一年生の入浴時間、梨璃が楓に全身を洗われているのをよく見掛けるが、シャンプーも彼女の持ち込むような高級品を使っているのか、随分と手触りがいい。レギオンを組む前でも時折無所属リリィのみでの出撃の日が何度もあったのだから、多少は傷んでそうなものなのに。

 その点は日夜梨璃への愛を叫んでいるだけはあるのかと、楓の評価をただのやかましいセクハラお嬢様から少し上に修正した。

 

「うみゅ……」

 

(どれだけ無防備なんだ……これじゃ猫というより、むしろ犬か)

 

 寝返りを打ち気持ち良さそうな寝顔を見せ付けられての感想、というよりは梨璃が普段友人や夢結へありもしない尻尾をブンブン振りながら駆け寄るイメージも合わせてか。ともあれその姿がとても同級生のそれには見えなくて、どこか愛おしく──

 

(有り得ない。私は、もうそんな物を感じることなんて……)

 

 無いのなら、何故彼女のレギオンに入ろうと言い出したのか。一度はその誘いを断ったのだから、誕生日会には先輩に連れられたからと付き合っても、終わったならまた明日でよかったはずだ。

 それでいつも通りの日々に、顔を会わせれば挨拶くらいはする程度のクラスメイト同士に戻れた。なのにそうしなかった理由は──

 

「…………」

 

 それでも今はこの気持ちへの答えは出せず、鶴紗はただ無言でクローバーの髪飾りによって纏められた梨璃のサイドテールを撫でているだけだった。

 

◆◆◆

 

「梅様、どうなっていますの?」

 

「気持ち良さそうに寝ちゃってるナ。流石にこの時期でも夜は冷えるだろうし、回収するか?」

 

 日が落ち切った頃、結局そのまま鶴紗も猫に囲まれ夢の中に旅立ってしまったのを二人を探して猫の集会所巡りをしていた楓と梅に発見されたが、違うところを探している他の面々へ連絡を取ろうとケータイを取り出した梅の手を、楓の手が制する。

 

「……いえ、もう少しこのままにしておきましょう」

 

「ん? いいのか、愛しの梨璃さん取られてるゾ?」

 

「梨璃さんの愛は今更一人二人に収まる物ではありませんもの、今夜くらいよろしいですわ。それに、梅様も知らない訳ではないでしょう? 鶴紗さんの『噂』のこと」

 

 安藤鶴紗にはある噂がある。と言ってもそれは彼女に何か落ち度のある内容ではなく、今の世界では()()()()()によりしょっちゅう見られる類いの物なのだが。

 

「ま、これでも一応先輩として気にはしてるつもりだからナ。強化されてるって話くらい知ってるゾ」

 

「ええ、その手の実験をされた方は、解放されてからも様々な苦難に苛まれると聞きます。そんな彼女があんなに安らげているのなら、それを邪魔するのは」

 

「野暮だって言いたいんだろ? 司令塔の言うことには従うよ」

 

「でしたら、訓練ですらフォーメーションを崩して突撃しがちなのは正していただきたいのですが?」

 

「……アハハ」

 

 司令塔としての苦言にはこちらに気付いた猫を抱き上げながらの笑い声が返ってくるのみ。臨機応変と言えば聞こえは良いが、困った先輩ですわねと楓も手が届く位置にいた猫の頭を撫でていると、二人の耳に届くのは梨璃たちの寝言。

 

「えへへ、鶴紗ちゃん……」

「ん……梨璃……」

 

 この世界は決してリリィに優しいだけの物ではない。だから、せめてこのつきあかりの下でだけは、静かな眠りを──




─今日もお疲れさま。続きはまた、夢の中で─
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