具体的にはそれら全部の話を時系列順に通した翌朝の話に。
「──夢、かぁ」
昨日神琳の小さい頃の話を聞かせてもらったからって、その頃に今の自分が神琳の隣にいられたらなぁ──なんて、あり得ない仮定の夢。
神琳が、そして一柳隊のみんながいたからこそこうなれたわたしが、神琳と出会った時にそうであるなんて……あり得る訳がないのに。
それに、神琳から送られた言葉を当の神琳に届けるだなんて、今思い返すとちょっと……いや、大分恥ずかしい。
「あら、どんな夢だったの?」
「えっ、あっ……おはよう、神琳」
結局、今日も神琳の方が早起きだったみたい。しかも、さっきの呟きも聞かれてしまった……どうしよう?
「はい、おはようございます。それで?」
「な、何が?」
「なんだか名残惜しそうでしたので、どんな夢だったの?」
不味い。いや酷い夢ではなかったけど、流石に神琳に聞かせるのは、恥ずかしいとかそういう次元じゃない。あんなに格好つけたわたし、子供の頃どころか、今でも絶対あり得ないし……
「その、いいところで終わっちゃったから……上手く、言えないや」
「…………なるほど。わたくしには言えないような内容だったのですね」
「え゛」
なんで、なんでその辺りは何も言わなかったのに、神琳には分かっちゃうの?
「そうですか、朋友だと誓い合ったわたくしにも内緒にしたい夢だなんて……」
「ち、違うの! いや、違わないかもしれないけど。これは、わたしが勝手に見た夢だから。神琳は別に悪くないし……むしろ、被害者?」
ダメだ、寝起きにしてもあんまりに頭が回らない。神琳が淹れてくれたお茶を飲めば──なんて考えも、ベッドから起き上がりテーブルの上のそれを取るのすら、今は絶対に防がれてしまう。まさにパーフェクトガード……それは、この前の鶴紗。
「そろそろ起きないと遅刻してしまいますよ。わたくしは先に行きますね」
「あ、神琳。待っ──」
明らかに態度の固くなった神琳を引き留める間もなく、バタンと部屋のドアが閉じられる。
折角神琳と本当の意味で仲良くなれたばっかりなのに、なにやってるんだろう、わたし……
◆◆◆
「……また神琳と喧嘩したの?」
「ごめん……」
お昼休み。午前の授業が終わってから急いで椿組の教室を訪ねても、そこに神琳はいなかった。
そうなると、楓にいつものようにじゃれつかれてる梨璃のところに行くのもあれだからって、わたしの足は窓際の一番後ろ、鶴紗の席へ向かってしまって、そのまま鶴紗に今朝の話をしたら、呆れたように返されてしまった。
「雨降って地固まった矢先にこれか……まあ、そんな風にしていられるのも平和な証拠だろうけど。きっかけは?」
「その、昨日見た夢の内容が……ちょっと神琳には言えないような、感じで……」
というか、ああいう夢ってよく考えれば一柳隊のみんなどころか、誰にも言える内容じゃない。
なのに、そんな夢に限って、目が覚める直前までのことをしっかりと覚えているんだから、人の頭って残酷……
「で、答えられないまま学校に行っちゃったと」
「うん……どうすれば、よかったんだろう?」
「そもそもその夢がどんなのか分からないと、いくら聞かれてもどうにもできない」
それは分かってる。分かってるんだけど……うぅっ、仕方ない。
「分かった。けどちょっとここは人が多いから……」
「了解。先輩から聞いたとっておきの場所がある、任せろ」
鶴紗がそう呼ぶのって、確か梅様の方。そうなると、噂の猫の集会所かな? 今日はあんまりいないといいんだけど……
◆◆◆
そんなわたしの不安を感じてしまったのか、それとも凄く真面目なオーラを出してる鶴紗のおかげか、幸い鶴紗に付いていった先の野良猫たちは、わたしたち二人を遠巻きに見ているだけだった。
ごめんね猫さんたち。嫌いじゃないし、むしろ実家じゃ飼ってたくらい好きではあるんだけど、今は心の余裕が……
「で、どんな夢だったの?」
「うん。ざっくりには、なっちゃうけど……」
神琳に昔の写真を見せてもらい、実際にその頃の話も聞かせてもらって、小さい時の寂しそうな神琳に、神琳やみんなから色々な物をもらって成長した、今のわたしが寄り添えたらなぁ──なんてことを寝る前に考えていたら、そのものズバリな内容で夢に見てしまった。
ということを伝えると、鶴紗は納得したように頷いていた。
「なるほど。確かにこれは、神琳には言いづらいかもしれないね」
「だよね。こんな、自分に都合がよすぎる夢……」
「でも、きっかけは神琳に恩返しがしたかったからでしょ?」
「え?」
そう、なのかな。こんな一方的なのが、恩返しだなんて綺麗な言葉に相応しいなんて、とてもじゃないけど……
「夢でもなんでも、むしろ夢に見てまで誰かのそばで力になってあげたいだなんて、それだけ相手のことを想ってなきゃできないでしょ」
「……うん。そう、だね」
言われてみれば……夢の内容に少し引っ張られ過ぎて、根っこの気持ちが有耶無耶になっていたのかもしれない。
今の神琳とわたしは『
そうじゃないと、この言葉を教えてくれた神琳の気持ちに、応えられないから。
「……ごめん、鶴紗」
「こういう時に欲しいのは、謝罪の言葉じゃないかな」
「うん、ありがとう……あ、猫が」
わたしたちの話が一段落したのを感じたのか、眺めていた猫の中から一匹の子猫が抜け出して、鶴紗の隣に。
その子に鶴紗が差し出すのは、チューブ状の袋に入った猫用のおやつ。なんていうんだっけ……?
「ほーらまぐろ味だぞー、美味しいかー?」
「んなぁ~」
「鶴紗、今日は猫相手にも落ち着けてるんだね」
「……誰から聞いた。二水か? それとも梨璃? 梅様、はちょっと違うか」
正解はふーみん……なんだけど、多分言わない方がいいんだろうなぁと、誤魔化すように恐る恐る子猫の方に手を伸ばしてみる。鶴紗からのおやつに夢中みたいだし、なんだか行ける気がして。
……あれ? これって神琳が鶴紗の気をスイーツで引いてる隙に、鶴紗のポニテを勝手にぽむぽむしてたのと同じやり口じゃあ? むむ、自然に思考パターンが神琳に染まってきている……?
「雨嘉、梅様が言うには猫はそういうのに敏感だから、あんまり殺気は出すなってさ」
「さ、流石にそこまでは行ってない……と思いたい」
でもわざわざそんなことを言われるってことは、すぐしかめっ面になる癖が出ているのかもしれない。平常心平常心……よし。
「ご、ごろごろ~」
「な~う……」
「触れた……触れたよ鶴紗!」
「うん、結構上手いんじゃないかな」
「やった!」
誉められた。けど気分が晴れたからってはしゃぎ過ぎたのか、わたしの上げた声に子猫はビクッとして、他の猫たちのいる方に帰ってしまう。
「あ……もっと、触りたかったのに」
「機会はいくらでもあるでしょ。この子たちは他の集会所でも結構見かけてるし」
そうなんだ。流石は鶴紗、猫の模様がプリントされてる大きなカバンを持ってるだけは、ある。猫缶やさっきの以外にも、遊ぶための玩具とか色々入れてるのかな?
「そうだ、時間大丈夫……あっ」
「結構半端だな。今から食堂行っても、注文が出来る頃にはお昼休み終わりそう」
携帯を出して時計を確認すると、大体そんな感じの時間。しまったなぁ、わたしがお昼抜きになるだけならまだしも、鶴紗まで巻き込んで……
なんてしょんぼりしていると、何故か目の前でカバンの中を漁りだす鶴紗。ま、まさか猫缶を食べるつもり!?
「ダメだよ鶴紗! いくら猫が好きだからって、そこまで人間を捨てちゃ……!」
「は? たまに猫探しててお昼食べに行く時間なくなるから、こういう時の備えくらいはしてるってだけなんだけど」
そう言って鶴紗が取り出すのは、学院の購買で売っている袋入りのパンがふたつ……そ、そうだよね。いくらなんでも猫缶を食べるだなんて、そんなこと普通しないよね。
あれ、でもふーみんが前に見たって時の鶴紗は、黒猫相手に『猫缶一緒に食べるかにゃ~?』って迫ってたとか……なんて考えは、わたしの顔の前にズイッと突き出されたパンの袋に遮られた。
「鶴紗?」
「どっちか選んで」
つまりは分けてくれると、そういうことらしい。えっと、鶴紗はドーナツだとチョコのかかったやつをよく食べてるから……そっち系を残した方が、いいのかな?
「じゃあ、メロンパンもらうね」
「分かった」
そのまま二人して袋を開けて、「いただきます」と食べ始める。
鶴紗のパンはコッペパンの上側をチョコでコーティングしている物で、それを黙々と食べているのを眺めていると、パンの真ん中の辺りにチョコの下に隠れたクリームが見えた。へぇ、そういうのなんだ。
「ん、チョコでも顔に付いてる?」
「ううん、そうじゃないけど……ね、鶴紗ってチョコ好きなの?」
「……嫌いじゃない。雨嘉こそ、そっち選んだってことはメロンパン好きなの?」
「うーん、わたしも普通かな」
そんな何気ない会話を一度挟んだくらいで、あとはそんなに時間もないからと急いで食べ切ると、最後に「ごちそうさま」と揃って挨拶。
日本のこういうしきたりには、感謝の気持ちを忘れないためって意味があるらしいけど、やっぱり気持ちを伝えるのって大事だよね。
「そろそろ戻ろっか」
「そうだな、まだ午後も訓練あるし」
スカートを払いながら立ち上がると、そのまま校舎の方へ。その途中、まずは鶴紗にわたしの出した答えを。
「上手く言えるか分からないけど……ちゃんと神琳に、わたしの気持ちを伝えてみるよ」
「そうするといいんじゃないかな。楓のやつといい、ああいうタイプは真っ向から来られると、自分がペース握れないからって逆に弱いはずだし」
鶴紗からしたら、神琳も楓と同じなんだ……いや、神琳の鶴紗への執拗な猫可愛がりは、される側には楓から梨璃へのセクハラスレスレのそれと大差ないか、うん。
◆◆◆
鶴紗とそんなことを話していたからなのか、放課後レギオンの控室に入ったわたしが見たのは、中々にアレな光景だった。
「ごきげん、よう?」
「……」フンスフンス
「あ、雨嘉さん! ごきげんよう!」
え、なにこれ? 梨璃がソファに座りながら教科書を開いて予習か復習かをしてるのは、別にいい。忘れてはいないけどわたしたちはまだ高校生、勉強も立派な仕事なんだから。でも……
「か、楓……なに、してるの?」
「…………」フンスフンスフンス
わたしからの質問も聞こえていないのか聞いていないのか、楓は梨璃に後ろから抱き付きながら梨璃の髪に顔を埋めて、一心不乱にナニかを吸っている。怖いよ……
「なんか、今日授業終わってからずっとこうなんだ」
「………………」フンスフンスフンスフンス
「えぇ……梨璃は、よく平気だね?」
「うーん。ちょっとくすぐったいけど、そんなに動いてはいないからかなぁ?」
慣れって恐ろしいなぁ。確かにお風呂で体洗う時とか、わたしの見てるだけでも楓の梨璃への距離はとんでもなく近いけど、これが神琳と鶴紗なら、後ろ目掛けて頭突きが飛んでいるところなのに。
なんて考えていると、後ろから何人か入ってくる音がしたから、そっちを振り向くと一年のみんなが……でも、相変わらず神琳だけはいない。
「雨嘉さんごきげんよう゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!゛?゛」
「楓ぇ……おぬし遂にそこまで堕ちたか。嘆かわしい」
控室に入った途端、おかしくなった楓を見た二水が出ちゃいけない声出しちゃってる……ミリアムはミリアムで深刻そうなのは口だけだし。そして鶴紗が、そんなふたりの後ろで呆れていた。
「なに、この状況?」
「鶴紗、今日楓に何かあったの?」
「いや、クラスではそこまで変じゃ……普段と同じって意味で、元々変人だけど」
じゃあなんで急にこんなことに? なんて鶴紗と二人で首を傾げていると、ミリアムが自分のCHARM、ニョルニールのポール部分を楓のお腹の前に通し、二水がその先を持っての二人がかりで楓を無理矢理くの字にして、梨璃から力ずくで引き剥がしていた。
「ふんすふんすぐえあ……」
「楓さん、梨璃さんが無抵抗なのを良いことに、そろそろ一線越えないで下さいね? わたしもなるべくなら、同じレギオンの仲間を通報したくはありませんから」
「いや、これで越えてないと言い張るのも苦しくないかのう?」
多分、そこがふーみんなりの優しさなんだと思う……そういえば、なんでわたし二水のこと、時々ふーみんって呼ぶようになったんだっけ?
多分、最初に言い出したのって梅様……だったよね? 神琳がそれにつられたのか「ふーみんさん」なんて言い出して、そこからわたしも? こういうのも、レギオンの繋がりなのかな。
なんて思っていると、楓が引き剥がされて自由になっていた梨璃が、いつの間にかてちてちと目の前に来ていた。
「ところで雨嘉さん、神琳さん何かあったの? 教室出る時、今日はレギオンの方には来れそうにないって言ってたけど」
「うん、ちょっとね……でも、大丈夫」
この様子だと神琳はクラスのみんなには何も言ってないみたい、まだ怒ってるのかな。
でも今から探しに行こうにも、今日は明日やる訓練のミーティングがあるし、わたしだけでも聞いておかないと……うん、わたしが残るのを分かってるから、神琳は安心して抜けられたんだ。そうポジティブに思っておこう。
「お、みんな揃って……ないナ?」
「まったく……神琳さんは今日来られないって梨璃からメールで連絡があったでしょう、梅?」
「でも、歩きながらケータイ見たら夢結すぐに怒るだろ?」
「当前よ。百合ヶ丘のリリィたる者、最低限のマナーは守りなさい」
そうしていると先輩たちも来たから、授業が休みな明日の訓練は早朝からだとか、こないだの佐世保での戦闘について何かあればだとかを一通り話し終えると、そのままいつものようにお茶会へ。
「あ……これ神琳の好きなやつだ」
「そうなの? じゃあ部屋に持って帰っちゃう?」
「うん。みんなが……いいんならだけど」
梨璃には遠慮がちに言ったけど、そんなのは無用だと言わんばかりに、みんなはわたしにお菓子を持たせてくる。というか、当然のようにまだ開けてない一袋を丸ごと。
「え、えっと?」
「おぬしらのイチャつきが見れんというのも、それはそれで調子が狂う。皆程度の違いはあれど気にしておるということじゃ」
「おふたりは結構いい新聞のネタに……こほん。神琳さんと雨嘉さんが並んでいないと、やっぱり一柳隊らしくないですから!」
「わたくしとしても、神琳さんがあの調子では同じ司令塔として張り合いがありませんもの。ちゃちゃっと仲直りしてくださいな」
「……ありがとう」
やっぱり、みんなには敵わないなぁ。神琳、明日はまた、二人でみんなといられたら──
◆◆◆
結局、あれから晩御飯の時も入浴時間にも、神琳は捕まらなかった。
食べる時間はズラせばいいとしても、お風呂はどこかのシャワールームで済ませたのかな……でもここには、わたしたちの部屋にはいるんだろうなって信じて、鍵を閉めて出たはずのドアをそのまま開ける。
「神琳、ただいま」
電気は消えてる……でも鍵が開いてるってことは、神琳はここにいるんだ。一旦帰っただけなら、神琳なら絶対に開けっ放しで出ていったりはしないから。
「…………」
返事はない、けど電気を点けなくても分かる。気配とかそんなのじゃないけど、ここにいるんだろうなぁとベッドに腰掛けて、まずは気持ちを伝えなきゃ。
「朝はごめんね……ううん、ありがとう神琳」
「……お礼を言われるようなことなど、した覚えはありませんが」
思ったよりあっさり返事をしてもらえたし、声も口調ほど怒ってる感じじゃない。朝はわたしが混乱したまま話しちゃったから、なのかな。
「そうだね……でもあの時は誤魔化しちゃったけど、多分いい夢だったんだと思う。それだけ……夢に見るくらい、わたしはいつでも神琳のそばにいたいってことだから。だから、ありがとう」
「……では、どういたしまして」
声の聞こえ方から神琳は壁の方を向いているんだろうけど、それでもいいやとわたしもベッドの上に寝転んで、神琳と背中合わせになる。
「……雨嘉さん?」
「わたし、天の秤目持ちなクセに人との距離感とか全然分かってないから……また神琳のこと、不意に怒らせちゃうかもしれない。だけど、もしそんなわたしでよかったら」
「わたくし、いつも言っていますよね? あなたはもっと自信を持った方がいいわ、って。わたくしは、雨嘉さんだからこそ生涯をかけて共に在りたいと、そう思えたのですから」
そこまで言うと、背中越しに神琳が動いたと思ったら、柔らかい感触が背中に……
「……神琳?」
「今日一日雨嘉さんと離れてしまっていたから……今のわたくし、少しワガママなんです」
そのまま神琳にぎゅっと抱き締められるけど、苦しくはない。むしろ温かくて落ち着けるからと、つい体の前に来た神琳の手を握ってしまう。
「ごめん神琳……それとも、ありがとう?」
「ふふっ、ではどちらも頂いておきますね」
確かに、今の神琳はワガママで欲張りさんだ。でも、それだけわたしを求めてくれているんなら……うん、悪い気はしないや。
◆◆◆
「……朝?」
とはいえ今度も夢オチ……なんてことはなくて、わたしの目の前には神琳の寝顔が……え?
「しぇ、神琳!?」
「すぅ……すぅ……んぅ……」
え、えっ? ゆうべは神琳に後ろから抱き付かれたまま寝たはずなのに、なんで目の前に?
それに、そもそも神琳が壁際だったのに、どうして今はわたしがこっちに?
「……鍵が開いてる? 二人とも、入るぞ」
この声……鶴紗!? そうだ、今日は朝から訓練があるんだから……時計、今何時……
「……あっ」
「………………なるほど?」
「雨嘉さん……ダメよ……」
待って鶴紗、何を理解しちゃったの? 神琳も寝言で何言っちゃってるの!?
「夢結様にはわたしから言っとく。どうぞごゆっくり?」
「鶴紗ぁーーーーっ!!」
結局神琳が寝惚けたまま抱き付いてわたしを離してくれないから、鶴紗を追うこともできなくて、そのまま無慈悲に部屋のドアは閉じられた。
─イノチ感じるほどに─