(……はっ!? ここは一体!?)
気が付くと知らない場所にいた。思わず独り言を漏らしてしまいそうになったのだが、とある点に関して現状を把握した。
(……声が出ない!? むしろ手足も動かない……私はどうなってしまったんだ?)
視覚は機能してる。嗅覚はよく分からない。聴覚は……どうやら聞こえるな。カタカタという音がする。顔を向ける事は……出来た!
『オオオオオッ!』
(ぎゃああああああ!?)
なんという事でしょう。目の前には人間の骨格標本が武装した感じの……何かが武器を振り被っていて、今にも振り下ろしそうではありませんか。っていうか振り下ろしたわ、今まさに。
(うおぉぉぉ、良くわからんが殺されてたまるかぁぁぁぁ!)
全身のバネを使って身を捻る……思い通りかは知らんが動けた!
武器――何やら金属っぽさのない剣は、標的であろう私がいなくなったので、空しく地面を叩いた。そしてその破片が周囲に飛び散り、つまりはこっちに飛んでくる。
(痛たたた……あれ、痛くない?)
当たった感触はあるんだが、裂傷とか打撲とは無縁な感じ。痛覚が働いてなかったりするのか?
『オオオオッ!』
(第二波ぁぁぁぁ!)
そうだよ、考え事なんてしてる暇じゃなかった!
敵……敵でいいんだよな、攻撃して来てるし。とりあえずこの骨が健在な以上は自分の状態だって確認してられない。
意識を骨に集中して、さっきみたいに簀巻きにされて転ばされた状態で動く感じに……よし、避けれた!
(しかし、どうしたもんか。逃げてばかりじゃどうにも……あれ?)
なんだろう、骨の胸辺りに紫色の塊が……いかにも弱点っていうか、俗に言う
『オオオオオッ!』
(希望が見えたら落ち着いて来たぞ。いや嘘です。一杯一杯だよ。今からでも夢なら覚めて欲しい)
現状できそうなのは、武器を掻い潜って体当たりくらい。上手く転ばせる事ができたら各部位がバラバラになって、弱点っぽい紫色の塊が剥き出しになったら嬉しいなー、なんて考えている。
武器を振り下ろす速度からすれば力で勝てる気はしないし、不意討ち一発で決めないと駄目だ。
何度か攻撃を避けてタイミングを見計らう。さぁ、集中して……ここ!
(だりゃああああ!)
『――――!?』
毎回ほぼ同じモーションで振り下ろして来たので、タイミングは把握できてた。
そして全力の体当たりで武装骨の胸部に突っ込み……肋骨の間をすり抜けて、紫色の塊が体内に入り込んだ感触がした。
(はい?)
ぶつかった衝撃に備えてたはずが見事にすり抜けちゃったもんだから、着地のバランスが取れなくて地面に「べちゃり」って、なんか液体っぽい音がしたんだけど。もしや私は猫になっていたのだろうか(現実逃避)。
(……いやいや、それより骨はどうなった?)
まず確認するべきは安全だな。そのまま確保もできなら更に良い。
そう思ってたら、ガラガラカラカラと何かが落下して積み重なるような音がした。慌てて周囲を見渡す。
(んん~? 予想通りに核っぽいのを失った骨が姿勢を維持できなくなってバラけたと思ってたけど……骨じゃなく灰になってる)
維持できなくなったのは姿勢だけじゃなく存在もなんだろうか。しかしそうなると私の体内に入り込んだっぽい骨の核が気になるな。
(そうだよ、私の体はどうなってるんだ。なんかめっちゃ水っぽいものが落下した音だったじゃん。骨がいなくなったから安全は確保できたって事にして、現状を確認しないと!)
何をするにも情報が必要だ。改めて顔を動かして、自分の姿を見る。見た。見て。
(な、なんじゃこりゃあああ!?)
心の中で大絶叫。
視界に映るのは、明らかに人のものではない……むしろ生物かすら怪しい青色の液体だった。サラサラ感はなくドロドロ。
ゼリーや肉まんのようなしっかりした形を保っているとは言えない流動的な体だが、恐らくは記憶にある存在と見ても良いだろう。
(これが『転生したらスライムだった件』ってやつか)
題名だけで詳しくは知らないが、本屋で見掛けた際は題名で内容紹介とか消費社会におけるコンテンツの扱いも来るところまで来たなーと思ったものだ。
尤も、新聞の一面見出しだけを見て雑談の話題に使うのが社会人の交流術なので、印象深くておおよその内容が把握できる題名は理に叶っているのだろう。知らんけど。
(しかしそうなるとこれは異世界転生ってやつだろうし、身の振り方を考えないと)
我が身はスライム。基本的に日本の一般的な認識としては雑魚の筆頭格なモンスターだ。
比較的浅いその歴史を遡れば、酸性の液体で構成された群体または単細胞生物で、物理攻撃無効だわ武器防具を腐食させるわ触れる者を取り込んで同化してしまうわで結構な強敵だったりするのだが。そこから更に遡るとみんな大好き奉仕種族に辿り着くはず。
(一戦した感じだと決して強くはないよなぁ。武装してたけどスケルトンもゾンビやゴーストに並ぶアンデッドモンスターの雑魚筆頭格だし)
強さについて思いを馳せながら今後どうするか考えていると、私の聴覚がピシ、パキ……という謎の音を捉える。音の出所を探ると、今居る部屋の壁にヒビが入って、ドンドンと広がっている最中だった。
(あー、そうか。そうだよな)
時を置かず、壁の一部は内側から破砕されたかのように弾けた。そしてその中から骨の腕が飛び出している。
(雑魚ならポンポン湧くよなぁ、そりゃ)
しかも生えてきた腕は三本……すぐに六本に増えた。そうして続いて上半身を現す三体の武装骨に対して、私の取った行動は――先制攻撃であった。
(一度に複数相手なんでできるかボケェ! 二体でもかなり厳しいけど三体はもっと厳しいんじゃい、わかれ!)
横から飛び掛かって肋骨の隙間を通り紫色の結晶を取り込む。一度勝った相手なので恐怖は最低限。残り二体が全身を現し自由になる前に仕留めたいと思い全力で移動する。
(二体目! 残る一体……は完全に出て来ちゃったか)
カタカタと全身を震わす骨。地味に持ってる武器が槍になっているではないか。マイナーチェンジありなのかこの世界のモンスター。
(それとも別種類扱いなんだろうか。ソードスケルトンとかスケルトンソルジャーみたいな……まぁ、考えるのは後だな)
槍を構える武装骨。しかし悲しいかな、その槍は先端を削って尖らせたもので、日本刀の一種みたいな切断もできる槍ではない。私のスライムボディーにダメージを与えるなら突き一択で、有効箇所はそれこそ私の体にもあった核のみと言っていいだろう。
(って速っ!? 咄嗟に体を捻れてなかったら死んでたんじゃ!? 怖っ!)
槍持ち骨は剣持ちみたいに大きく振り被ってはくれなかった。突き出す前に軽く引いてはいたが、予備動作は剣に比べてずっと短い。つまりピンチだ。
(とは言っても、単調なのは変わらないな。いっそ槍を伝って本体に取り付いてやろう)
そういう事になった。タイミングを計って実行したら一発で成功。骨は焦ったらしいが、槍から腕、そして肋骨の隙間を通り核を奪取。体の動かし方もかなり
(お? 灰にならずに残った部分がある……武器を扱えるような体じゃないし、核みたいに取り込んで消化できないかな)
三体目が支えを失ったかのように崩れてから灰になっていく流れを眺めていたら、他の個体と違って灰にならない部位が形を保ったまま残っていた。
これで私が人に近い姿をしていたのならそのまま振り回したり削って槍にして戦う道もあったかもしれないが、生憎と液状なのだ。
かといって、残しておけば誰かが拾って使うかもしれない。この場合の誰かを考えると、筆頭は骨だ。自前の武器を持ってる以上は、新しく拾った道具を投げて来る事も考えられる。
早い話、嫌な予感がするから食べて糧に出来ないか試すのが後腐れなくて良いよね。
(うむ、なんか細胞壁? 外膜? 人間でいう皮膚に当たる部分を硬質化させる能力を得た気がする)
試してみると、まぁ脱皮したての蟹くらいかなって程度に硬くなった。近くの濁った白色の岩にぶつかってみると、儚い抵抗と共に簡単にひしゃげるマイボディ。痛みはないが精神的な
それはそれとして岩に沿う形で張り付いたぞマイボディ。これは使える。
(数を取り込めば少しずつマシになっていくのかな? でも戦闘は避けたいな……疲れとか力が入らないとかは感じないけど)
スライム転生をあっさり受け入れて適応した感じの振る舞いや思考をしている部分に関しては自分でも思うところがある。でも現実逃避しても解決しないし、向こうは問答無用で襲ってくるからしてる暇なんてない。
本来ならこうして立ち止まっているだけでも割と間抜けを晒してると言われても否定できないが、かといって闇雲に動き回って迷うのも十分に間抜けなんだよなぁ。
(いや、とりあえず地面にのんびりするのは違うな。岩に張り付いたって事は壁移動や天井に張り付いて待機もできるはずだ。天井から覆い被さるようにして襲い掛かるのは不定形あるあるだし、この部屋は天井も高くて薄暗いから潜めないかな)
そうと決まれば善は急げ。またぞろ壁から骨が出て来ても困るし、とっとと天井に向かおう。
『……』
(あ、どうも。最近引っ越して来たスライムです。よろしくお願いしまってうおおおお!? 何か飛ばして来たぁ!? 溶けてる! 岩! 酸! 酸だぁぁぁぁ!?)
まさかの同種からも手荒い歓迎を受ける事態に私、混乱。いや、色が違うからワンチャン別種族で敵対的か?
(とりあえずやられたらやり返す!)
同じかどうかはわからないが黄色いスライムに出来たのだ。青いスライムの私に出来ない道理はない……はず。
実際、ちょっと力んだら体の一部を飛ばせそうな感じだったので、そこそこ力んで勢い良く飛ばす。
とはいえ放たれた弾丸は狙い通りに黄色いスライムの核を撃ち抜いて撃破した……これ才能あるのでは? それともスライムボディの補正があったりするんだろうか。
(っとと、このやり方だと砕いた核を拾えなくて困るな。まだ地面が近いし取りに行こう)
それほど高さはなかったが、体が飛び散って核が地面と直にぶつかり砕けて死亡とか嫌なので、壁伝いに地上へ。砕けた核を取り込み終わると、灰になってない黄色い粘液の存在を認識した。
(取り込んだら核が溶けて死亡とか嫌だよなー。でも骨の例からすると酸の生成能力とか酸への耐性を得られそうな気がする)
ほんの少しだけ取り込んで様子見してみようと試した瞬間、急に心臓が大きく脈動したような、妙な感覚を抱いた。
(え、もしかして酸だけじゃなく毒があるとか――?)
そんな考えを最後に、私は意識を落とした……。
あ、嘘です。意識ハッキリ、超元気。