さて、あれから時は過ぎて……何日かは不明。何しろ、ここは外の景色とは無縁な構造物の内部だ。昼や夜の概念はないし、常に薄暗いが真っ暗闇でもない。
(人間なら体内時計や腹時計から推測できそうだけど、スライムだしな。おかげで食事睡眠アリナミげふんげふん、生活面で助かってる面も多いけど)
そう、おまけに我がスライムボディは睡眠や休息を必要としない。精神的な疲労がないのは割と焦るのだが、そういうものとして受け入れてしまえば逆に便利扱いできる。
受け入れられる時点で既に人間の精神からは変異というか逸脱してしまっているのだろうが、何もかも人間らしいままの精神をしていたら孤独から発狂する自信があるので、ここは生存に繋がる要因だと前向きに捉えるべきだろう。肉体だって水分と栄養的な意味でも人間ならとっくに時間切れだし。
残骸の中には内臓や血管、神経などを確認できたが、味覚と嗅覚は随分と独特の感じになっている自覚があるため、人間向けかの判断はできない。
私の知る限りで一番いけそうなのが青いスライムの残骸である粘液な時点で、人間の生存に適さないにも程がある。なお、他の色違いスライム達は同士討ちしないのに、私には徒党を組んで襲いかかって来た。何故だ。
それと、元は青いスライムだった私の体液は色々と取り込みすぎたせいかすっかり劇物になりつつあるが、一応元の無毒な液体として抽出する事もできる。今のところ使い道はないが。
(その内に薬草を取り込んで回復薬を出せるようにならないかなー。有益さをアピールできれば保護される可能性も高まるだろうし……そもそも人間の姿を見ないけど)
そう、実は人間の姿を未だに見ていない。スライムやスケルトンがメインで収入源として見たら実入りは悪そうだし、ボスは骨な上に強さがヤバい感じだから不人気なのだろうか。
(いやでも時期が悪いだけかもしれないしな。過ごした時間もそんなに長くないはずだし)
そんなわけで感覚は怪しいが、とりあえず年単位の時間は経過していないとは思う。月単位もまだのはず。週はもしかしたら経ったかもしれないが、全く自信はない。
やっている事が徘徊とモンスター退治して核や残害を取り込んでパワーアップするばかりの、代わり映えしない日々を過ごしているせいだ。
(まぁ、ボスには届かないまでもこの辺で出現する普通の雑魚よりは明確に強くなったけど)
その甲斐あってと言うべきか、成果はしっかり上がっている。
まずはレベル的な基礎能力の上昇。これは具体的に数値化できるわけではないし飛躍的な成長には繋がらないため地味ではあるが、外膜は厚く頑丈になったし、内包する体液の体積が増えたのか傷口から漏れる体液の量に対しても明確に余裕を感じる。姿形に変化はないので恐らく密度も高くなっているし、体液で射撃する威力も上がっている。移動や反応の速度だとか体を変形させる際の精密さなんかも確実に上がっていて、生存や殲滅に貢献していると見ていい。
(武装骨なら五体くらいの集団相手にしても核を狙わずに肉弾戦だけで戦闘不能まで追い込めるもんなー)
初遭遇の一体相手でも感じていた必死さが嘘のようだが、こちらも核という弱点があるので油断はしない。たまに同じ種類でも強さの違うモンスターがいるので余計にそう思う。
(特殊能力も一部はカンストしたし、カンスト後に別の能力を得られるのがわかったのは大きい)
そして次にモンスターの残骸から得られる特殊能力だが、こちらは既存の底上げ以外に新規能力がいくつか。
例えば以前は逃げた火吹き蜥蜴。こいつからはスライムから得られる毒よりも強い猛毒を獲得できた。
(どうせなら猛毒よりも火炎が欲しかったよなー。スライムボディに火炎袋的な器官がないから無理とか?)
その火炎だが、火吹き蜥蜴の吐く炎を受ける事故が起きて意外にも私に高めの火炎耐性が備わっていた事が発覚した。
何度か遭遇する内に耐久的な意味で余裕を持てるようになったので色々と試していたら、外れ扱いしていた蜥蜴男の残骸から炎耐性を獲得しているらしい事が判明。直感が働かないからって外れ扱いして申し訳ない気持ちになった。
ここから直感に抜けがある事もはっきりした。スライム的には炎耐性は重要度が高い気がするのだが、直感が働く範囲から外れているのは困った。無いよりはマシだが、肝心なときに反応しないのでは当てにできない。
もしくは命の危険に含まれないから沈黙していたのかもしれないが、この予想が外れていたら直感が働かないから安全に違いないと命の危険に飛び込む間抜けになるので、今後も考える事は止めず慎重に動こうと思う。
(まぁ、今のところマイナス効果はないから今後も残骸は取り込み続けよう。カンストさせた後の二週目って楽しみもあるし)
そしてモンスターから得られる二つ目の能力。
これはあるとき骨羊の残骸であるマントを取り込んだタイミングで直感が働いて、試してみたら黒くなる能力ではなく骨っぽい何かを形成して射出する能力が得られていた事を確認した。
最初は骨粗鬆症を通り越してスポンジのような強度の小さな欠片を短い距離だけ飛ばす程度だったが、今では一般的な鉛筆くらいのサイズになっている。サイズは本家よりは小さいが、強度や射程は上な事を確認しているし、毒薬や麻痺毒を塗布して飛ばせたりもするので利便性はこちらが上だろう。
そして射程は体液飛ばしよりも上なので、ボスの弱点を狙撃して倒せる可能性が高まった。カンストさせた結果次第だが。
「……、……!」
「……!」
(……ん? 声……いや、これ言葉じゃないか!? 人間か!?)
人間の姿を見ない発言がフラグを立てていたのか、それらしい音をキャッチした。
最短最速のルートで様子を見に行きたい所だが、会話能力を持たない悲しきスライムボディのまま飛び出して行ってもモンスターの増援扱いでまとめて退治される未来が見える。まずは体色を黒くして周囲に溶け込ませてから天井をゆっくりこっそり移動しよう。
(失礼しまーす)
どうやら広間で戦闘をしているらしいが、声の感じからして規模が大きい。索敵や感知能力に優れた斥候とかがいると思われるので、慎重に歩を進めて行く。
(おーおーやってるやってる。っていうか人間多いな!?)
眼下では、大体四十名程の集団が通路から迫って来るモンスターと戦っていた。既に結構な数の灰と核の破片が散らばっているので、部屋から出現した集団との戦闘中にどんどんお代わりが来たのだろう。私にも叫び声が聞こえたくらいだし、他の聴覚や嗅覚に優れていそうな蜥蜴男や狼頭などはもっと遠くからでも駆け付けて来るに違いない。
『ギャオオオオ!』
「まだ来るの!?」
「援護は要るか!?」
「大丈夫です! まだ増援は続くぞ、前衛は手早く押し返せ!」
(妙だな……初心者向けダンジョンの浅い層にこれだけの集団だと? ま、まさか!?)
観戦しながら疑問に内心で首を傾げていると、私の脳裏に電撃が走った。
(学園の演習だなこれ!?)
戦闘は人間側の優位だが、じわじわ押してる風で見ていてじれったい程だし、後方の面々は荷物を持ってて戦闘に加わっていない。
また、後方にいながら荷物を持っていない者もいるが、その面子に小柄でありながらがっしりした体型の老人がいた。つまり教師だ。やはり学園の演習に違いない。
そんな教師陣の中には尖った長い耳の長身痩躯や、貫禄たっぷりで落ち着いている子供もいる。種族的にはがっしり老人がドワーフ、長い耳と体がエルフ、子供が名前を使ってはいけないあの種族辺りだろうか。子供に関しては単なる天才少年の可能性もあるが。
(エルフかー、すげー美形だな。杖を持ってるって事は魔法使いか? 見てみたいけど教師が介入するピンチにはならなそう。あっちの戦ってるエルフは弓を使ってるし)
どうやらこの世界のエルフは私の――日本人のイメージするエルフに近いらしい。そうなると傲慢で森に引きこもる人間嫌いなイメージもあるが、それに反発する例外がいるのもエルフだ。ドワーフと仲が悪いのも定説だが、喧嘩もせず隣にいる。
「これで、終わり!」
『グオォォォ……』
「疲れたー」
「気を抜く暇はないぞ! 周囲警戒! サポーターも回収急げ!」
「は、はい!」
戦闘が一段落したが、気を抜いてしまっている生徒達に教師からの叱責が飛んでいた。そして同じ声で指示が下され、荷物を持たずに後方で待機していた何人かが死体の処理を始める。
全体的に手際は良いが、何人か慣れてない感じの者もいる。実習への参加回数によるものだろうか。骨羊とかはこのダンジョン固有の種類な可能性もあるし、経験の有無もあるのかもしれない。
(しかし、見た目からは強さがほとんどわからんな。これは人前に姿を現すのが怖いぞ)
少なくとも集団の前に出て行く気にはならない。かといって少数の場合は少数でも戦える証明になるので、余計に注意が必要ではあるのだが。
(ていうか、この集団を追跡すればボスの戦力が把握できるし、上り階段の位置も分かるって事だよな?)
教師陣ならあのボスを倒せるのかもしれないし、遠くからチラ見する場合でもボスの解説を聞けるかもしれない。もっとも、その場合はボスより強い人間が珍しくない上にボスが復活するという絶望感もセットなわけだが。
(ボスを倒して先に進むなら、それも追うべきかな。モンスターの情報もそうだけど、人間の欲しがる物を把握したい)
当然、戻る場合でもそちらの後を追って、出口までの経路を案内してもらう予定なのだが。どちらの場合でも情報は得られて、交渉のきっかけを掴めるかもしれない。
(まぁ、一先ずはお手並み拝見ってやつだな)
こんな上から目線で発言しているが、ボスからは脇目も振らず逃げ出したのが私である。当時と比べて強くはなったが、まだ勝てるとは思えない。
しかしながらあの集団がボスと戦う場合、人数的に考えて乱戦になるだろうし、こっそり地面から飛び出す杭の威力や強度を調べる事もできると思われる。勝つために必要な一歩なのだ。
なお、この集団は教師陣が中心となって一丸となって戦い、見事にボスを打ち倒した。私、涙目。
しかも途中でボスが武装骨を大量に呼び出したのを見て、私は一層精進する事を決めたのであった。具体的な手段は雑魚の核を取り込むくらいしか思い付かないが。
それと、ボス戦で魔法を初めて目撃したが、あれはヤバい。ボスも呼び出された武装骨も例外なくまとめて吹き飛ばした。しかも魔法の詠唱をしている最中に魔法陣が展開されるのだが、その際にこちらを捕捉された気配を感じたし、逃げ出したら教師エルフがこちらを振り向いて目視してきた。はっきり言って怖すぎた。ボスよりも怖かった。エルフ怖い。
全力で逃げる余り人間の集団は見失ってしまったのだが、そのまま追跡を諦めた。きっと後の世では英断だったと言われるはずだ。