皆様、いかがお過ごしでしょうか。風邪など引いておりませんでしょうか。私、青いスライム改めウーズやっぱり改めスライムは特に体調を損なう事もなく、現在も見付けた楽園の上に陣取って無限稼ぎの真っ最中です。
動かずじっとしているだけでもいい、そんな夢のような職場ではありますが、中々に暇を持て余すのだなと痛感したのも遥か昔の事のようです。
最近は体の形状を変える基本的な能力の応用で、自分の体を建築物に見立てております。人間であればバスや電車の待ち時間に空気椅子やヨガのポーズをする感じが近いでしょうか。人間と違って負荷や消耗は少なく無限に続けられるのが強みと言えそうです。
初めは小さなダンボールを模す程度だったそれも、絶え間なく核を取り込み続けて増えていく体液のおかげで今ではすっかりサーカスのテントくらいは再現できるようになりました。サイズ的にはわかりにくいですが、細かい事は気にしないのが吉です。
(しかし余計に時間の概念が行方不明になったな)
闘技場と思わしき場所に陣取り、床から産まれてくるモンスターをダイレクトに体内へ取り込み溶かしていく。その流れはどこか工場的なもので、至って効率的だった。
外部――通路であったり、闘技場の周囲に位置する針床であったり――からやって来るモンスターも私の体に武器を振るい、拳をぶつけ、反撃により取り込まれる。骨の槍や猛毒の針を飛ばして来たり、あるいは炎を浴びせても来たが、大したダメージを与える事なく反撃の酸弾で撃ち抜かれ、触手のように伸ばした体で取り込んで終わり。
(しかし懸念材料の人間が来ないのは助かったな……油断はできんけど)
考えてみれば、当然の事でもある。今まで眺めて来た遠征でも感じたが、この世界の人間は基本的に
ゲームのようにヘイトを稼ぐ便利な技はないから精々が盾を叩いて鳴らしたりするくらいで、専門的なタンクは成立しない。バフデバフの類はボス戦でたまにそれらしい魔法を見るくらいで滅多に使われない。回復は本人がアイテムを使う事の方が多く、魔法はやはり貴重らしく見る機会は多くない。つまりはほぼ全員が物理
そして誤解を恐れずに言えば、戦い方も原始的な脳筋スタイルだ。基本的には近接武器を用いた斬打突がメインなので、上空からブレスばっかり吐いてくるチキン戦法のリオレウスには手も足も出なさそうな気配がある。これはダンジョンが閉鎖的な環境だから見る機会がないだけかもしれないが。
原始的なのは道具に関しても言える。デュランダルを付与とか言ってたのは聞いたのでエンチャントの概念はあるようだが、メジャーな炎や雷の属性を持った武器は見かけなかった。
属性武器の代わりなのか、魔剣と呼ばれる炎や氷を放つ武器はあったが、たまに使うと崩れてなくなっていた。しかも距離の減衰が起きていたので、あれなら直に振るうよりも投げたり弓で撃ち出す方が効率よく敵を葬れると思う。あるいは剣は振る物という認識を利用した概念武装なのだろうか。だとしたら剣の形にする事自体が間違えている。いっそ回数を諦めた完全使い捨ての石ころなんかを模すべきだ……ただの手榴弾だな。そうなると着弾型のMAP兵器が自分を巻き込む理論で禁止されている可能性もあるな。モンスターがキャッチして投げ返して来るのも怖いか。落ち着く形に落ち着いた結果なのかもしれない。
かけたり飲んだりすると即座に傷が癒えるポーション的な回復アイテムはあったし、マジックポーションという言葉もあったのでMP回復の手段もあるようなのだが、肝心の見た目以上に物が入る袋は見当たらないし、矢が尽きない矢筒も、矢を必要としない魔法の弓も存在しない。この分だと魔法の込められた指輪とかの装飾品も期待できないのではなかろうか。
偏見に過ぎないとはわかっているのだが、エルフやドワーフがいるファンタジーにしては非常に硬派というか、悪く言えば夢がない。私のスライム転生が当たりに思えてくるレベルだ。
裏を返せば初見殺しでわけもわからず殺される可能性が低いので助かる面もあるのだが、そこはレベルの概念と相まって見た目からは想像できない強さの人間もいるので厄介だ。
さて、硬派で夢がない。それは範囲攻撃が貴重であり、手段を持っていても乱発できない事を意味する。同士討ち的な意味でも使うに使えない。
つまりこの世界、数の暴力が非常に効果的なのだ。この辺は古くはファミコンウォーズ、あるいはファイアーエムブレムのような消耗を避けられない戦いを思わせるし、一度に多数から同時に攻撃されたら簡単に死ぬのはデモンズソウル等のフロム作品にも似る。
以上のあれこれをまとめると、常に複数から狙われるだけでなく戦いに終わりの見えない闘技場へやって来る人間などは、怖いもの見たさのご新規様くらいであり、そっと遠くから眺めるくらいが精々という事だ。つまりほぼ安全は確保されている。
(そんなふうに考えていた時期が俺にもありました……なんて展開にならないことを祈りながら感謝の母校再現チャレンジしてみるか!)
必要かどうかはさておき、他にやる事もなくなってきたので最近は前世の記憶を掘り返している。
特に漫画や小説、アニメやゲームの設定や技は参考になるはずなので可能な限り忘れないように反復して思い出すようにしていた。現在のスライムボディはモンスターの残骸を取り込んで能力を獲得できるわけだし、その活用法という意味でも幅広い知識は持っていて損はない。
(そういえば、これだけ自由に形を変えられるなら人間形態を取って二足歩行とかもできないかな。これにスパルトイやオブシディアン・ソルジャーから獲得した
思い立ったが吉日、早速スライムボディの魔石部分を闘技場内から橋の方に移していき、闘技場に被せていた部分も引き上げる。即座に大量発生したモンスターが追って来るが、広間を抜けた先で迎撃。
そして考えていた通りの変化を試していき……艶々黒光りする
(なんか思ってたのと違う……)
せめてスライムはスライムでもドラクエのバブルでない側であったり、ロマサガのゼラチナスマターやゴールデンバウムだったり、アトリエシリーズのぷにぷにのような柔らかい固形であれば違ったのかもしれないが。無い物ねだりをしても仕方がない。
(いや、本当にそうだろうか? 努力が足りないだけでは? つまり特訓あるのみ!)
心機一転、新たな目標を胸に私は奮起した。時間は有り余っているのでモチベーションの維持に繋がる実現の可能性がある事柄は重要だ。
それはそれとして、闘技場を再び伸ばし広げた体で覆い自動レベルアップを再開させる。そして魔石部分は闘技場に続く橋――上り階段とは繋がらない方向――に移動して、擬態の訓練。念のため橋の先にある通路も塞いでおいたので、これで安全は確保できたように思う。
(……うーむ。形状変化と表面の質感変化が併用できない。右手と左手で全く別の動きをするより難しい気がする。前世でそれをできたわけじゃないけど)
すぐに結果が出るわけでもない。焦らずにじっくりと、できない理由とできそうな可能性を探して試していく。
――そして、どれだけの時間が経ったのだろうか。ついに、ついに私は……
(飽 き た!!)
余りにも進展がないので、一旦投げ出す事にした。
それなりに集中していたので長い時間が経過したと思うが、逆にゾーンと呼ばれる現象を起こして一瞬だった可能性もある。魔石の取り込み具合を感覚的に数値化できれば良かったのだが、残念ながら私にそのような便利機能はない。体液の増え具合も開始前の量を把握していないのは失敗だった。
(まぁいいや。マイナスって事はないし、ペルーダの遭遇頻度も高くて残骸うま味なはず)
結局、火炎放射は覚えられてないわけだが。二つ目の能力は壁歩き……スライム的にはゴミ能力だ。ここに来て株を爆下げするとは、逆に褒めてやりたくなるのは何故だろうか。
(他のモンスターも大体二つ目の能力までカンストしてる気配がするし、魔石による強化もペースが遅くなって来た感じはあるんだよな……ボス行っちゃうか)
こうして修行編は終了し、今度こそボス戦に挑める事を祈りながら私はボス部屋へと向かった。
(そういえば魔石から離れた場所に体を伸ばせるんだし、ボス部屋の外に待機して伸ばした体だけで戦うとか無理かな?)
我ながら極悪な考えではあるが、弱肉強食を絵に描いたような過酷な環境下で綺麗事を言ったところで誰の心にも響かない。野生において狡さとは忌避される非道ではなく、生き残るための知恵であり賢さに他ならないのだ。
(そうと決まれた試してみるか。行けっマイ端っこボディ!)
そんなわけで、実験してみた。体を伸ばしてボス部屋の中心まで到達し……そのまま下り階段にまで届いてしまった。
(そういえばボスのインターバルは知らないままだったわ)
根本的な部分で抜けていた事実に気恥ずかしさを覚えるが、誰かにバレた訳でもないので一人静かに悶える。
(……ハッ!? 動く物の気配が!)
瞬時に跳び跳ねて壁を蹴り天井に。改めて周囲の様子を伺って、私は目を疑った。
(一人……だと……)
今までに見た人間は、基本的に遠征で通り過ぎる数十人が当たり前。稀に実力者だけの精鋭なのか十人足らずでやって来る事もあったが、それでも複数で来るのが常識だった。
何しろ攻撃手段の関係で囲まれると弱い。全員が前方から来ても左右上下で複数相手になると厳しい。なのにやって来た人間は一人。
(これは完全に厄ネタですわ。下手に動くと逆に察知されそうな怖さがある)
早い話、一人でも来られる圧倒的な強者の可能性が非常に高い。この世界における上から数えた方が早い人間の可能性に、私は気分を高揚させていた。その頂きを見たい。
その人間は、子供のような背丈をしていた。恐らくはパルムだかピノだか呼ばれている種族なのだろう。
私に気付いたかは不明だが、そのままボス部屋に入って行った。こっそり可能な限り気配を消し外見の迷彩を施した上でボス部屋を覗くと、中央付近で周辺を見渡して、そのまま階段を下って行った。
と、思ったらすぐに戻って来た。再び中央付近に陣取ると、唐突に虚空から逆カマボコ型の装置やら発泡スチロールらしき箱が出現した。
(な、なんじゃそりゃああああ!)
私は驚愕した。何故ならその人間は……ボス部屋で焼き肉を始めたのである!
(いやいやいや、意味がわからん。目的はなんだ?)
肉だけでなく、綿菓子のような物やカボチャらしき物も焼いている。かつて見た遠征組の食事とは雲泥の差だ。私がスライム転生してから初めて見るマトモな食事と言ってもいい焼ける肉の、油の弾ける音だけでも涎代わりに体液が滴り、ないはずの腹が鳴る幻聴を聞いた。
(あぁ、肉だ。野菜もある……小皿に注いでいるあれは醤油だれ? 炊飯ジャーまで出て来た。私は夢でも見ているのだろうか。いや、夢でもいい、どうか覚めないでくれ)
そうして私は唐突に始まった文明開化の音に引き寄せられ、無意識に焼肉をする人間の前に姿を晒してしまい、全く気付かなかった後を追って来ていた野良
味覚も嗅覚も変わってしまった私だが、前世の記憶がこの肉と米の組み合わせは最強だと教えてくれた。楽園はここにあった……闘技場は闘技場でしかなかったわ。
(ていうか虚空から色々取り出してたのアイテムボックスだよな。しかも喋るモンスターを相棒って事はテイマーとかだよな。例外中の例外がここにいたわ)
感謝の気持ちをボディランゲージで表現していたら、一緒に来るかとまで言ってもらえる始末……答えはもちろん一生憑いて生きます、だ。変換がおかしいのは荒ぶるテンションのせいだと思われる。私は誘ってくれた小人族の女性をご主人と呼ぶ事を決めた。
と、ここで部屋が揺れ始めた。
『あれ、ネキー、ウダイオス来るっすよ。ネキってば……駄目っすね、考え事してて無反応になっちゃってるっす』
(え、このタイミングでボスなの? どうする……いや、ここは一つ有用性を示すチャンス!)
元よりボス討伐の目標を掲げて来たのだし、ご主人達も一人と一体で活動する実力者で、万が一にも負けはないだろう。となれば、ここは一つ共にボスを迎え撃ち大手を振って庇護してもらうべきだと私は考えた。
「さまようよろい系統なら誤魔化せるかな……ピサロナイトってあれ中身いたんだろうか……」
(一撃でボスが粉々になったあああああぁ!?)
そんな覚悟を吹き飛ばす、ご主人の何気ない一撃。
独り言を呟きながら取り出した、丸みをなくしたマラカスのような何かを複数放り投げたと思ったら、発火、噴射、反射、そして爆発。某ファンネルばりに直線的で鋭角な進路を取りながら突っ込んでいったミサイルの直撃を受けて、出落ちに近い流れで魔石を砕かれ灰になっていったボスの心境やいかに。
あと地味にボスは肋骨を動かしてミサイルを遮ろうとしていた。弱点狙いの対策はちゃんとあったらしい。不規則な軌道で迫る複数のミサイルを迎撃するには不足だったわけだが。
(逆らう気は最初から無いけど、からかうのも自重しよう……)
こうして私は運命の出会いパート2を果たしたのである。そしてそれは終生の誓いにもなったのだった。