剣聖冒険譚   作:拝み二刀

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 それは、小さな村から始まった。

 

 ある日起きた小さな地鳴りと共に地下墓地の底が抜け、一人の男が現れた。

 

 その男は一千年前に栄華を誇ったという黄金の国の王を名乗った

 

 かつて栄華を誇ったその国は、しかし一人の狂乱の魔術師の手によって今なお地下深くに囚われている

 

 

『魔術師を倒した者に我が国の全てを与えよう』

 

 

 その言葉と共に、男は塵となって風に消える

 

 かくして人々は、迷宮へと足を踏み入れる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「センシ殿ー、センシ殿ー?……一体、どこへ行ってしまったんでしょうか……?」

 

 ダンジョン地下一階。誰かを探して歩き回るのは、一人の青年だった。

 藍色の髪を後頭部の高い所で纏め、羽織るのは灰色の革のコート。その下は白いシャツに黒い革のパンツ、悪路を進むのに向いたメタルブーツ。背には、背嚢。

 そして、腰の左側に二振りの反りの浅めな片刃の剣を鞘に収めて差していた。

 ダンジョンが現れてからというもの、地下墓地は元々用事が無ければ村人も訪れる事が無い様な場所だったのだが今ではその安全性と出入りする冒険者たちによって村一番のホットスポット。

 そんな場所だからか、青年の人探しも進みが悪い。

 石畳の地面を歩き、歩き、歩き。不意に、その嗅覚が嗅ぎ慣れたニオイを嗅ぎ取った。

 

「センシ殿ー!」

「ん?」

 

 青年が駆け寄る先、そこに居たのは黒い髭が特に印象的なドワーフ。それから鎧を着こんだトールマンに軽装のハーフフット、それから魔法使いのエルフ。

 彼らが囲んでいたのは、大きな鍋。

 

「ブライ、何かあったか?」

「何かあったか?じゃありませんよ。今日はバジリスクの卵を採りに行くと言っていたじゃありませんか」

「……まあ、ソレは明日以降でも何とかなる。それに、魔物食を研究している身として何の知識も無く冒険しようとしている若者を見捨ててはおけんからな」

「?皆さんも、魔物を召し上がるんですか?」

 

 青年が三人へと目を向ける。

 頷いたのは、トールマン。残りの二人は全力で首を横に振っていた。

 

「ブライ、何か野菜を持っていないか?」

「野菜ですか?うーん……」

 

 ドワーフに言われ、青年は背負っていた背嚢を下して口を開き手を突っ込んだ。

 この間に、エルフの女性がドワーフへと詰め寄ってくる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!そもそもあなた、何者な訳!?というか、魔物を料理する手段があるって言うの?!」

「マルシル!上だ!」

 

 思ったよりも、声が響いていた。

 トールマンが叫んだ直後、エルフの彼女の頭上から何やら粘液の様なものが落ちてくる。

 

「「スライム!」」

(不味い、息が……!)

 

 エルフの頭部を覆う粘性生物。

 正面からかち合ったならばそこまでの脅威ではないが、その一方でこうして不意打ちを喰らう場合は大きな障害となる。命を落とす冒険者も珍しくない。

 スライムを撃退するのに最適なのは、火であるとされる。しかし、今直ぐの手元には無い。

 そうこうしている内に、彼女が窒息してしま――――

 

「――――ここです」

 

 鋭い短刀の一撃が、エルフの彼女の顔のすぐ隣へと叩き込まれる。

 見れば、左手に逆手で短刀を握った青年が一瞬で移動し、エルフの顔を覆っていたスライムへとその白刃を突き立てているではないか。

 単純物理攻撃など、粘性生物には効果が無いように思えるが、スライムはその拘束を緩めるとデロリと溶けて死んでしまった。同時に、エルフが咳き込みながら膝をつく。

 

「げーっほ!えほっ!げほっ!」

「だ、大丈夫か?マルシル」

「ゲホッ!!え、ええ……ちょっと鼻に入ったぐらいで…………ごほっ!」

「鼻かんどけ?」

 

 咽るエルフへと布を渡すハーフフット。一方で、死んだスライムの死骸を持ち上げた青年がドワーフへと嬉々として見せに行く。

 

「見てください、センシ殿。貴方の教え通り、スライムを仕留める事が出来ましたよ!」

「うん、よくやった。処理は覚えているか?」

「はい!あ、それから。サカサイモとオオトリニンジンの干物がありました。自分の背嚢の中に入ってます」

「よし。野菜はそれだけあれば良いだろう」

 

 いそいそと作業を進めていく二人。

 ドワーフの方には、トールマンが向かい。青年にはハーフフットが寄ってきた。

 

「何してるんだ?」

「スライムの処理ですよ。このままではとても食べる事が出来ませんけど、ちゃんとした処理をすると美味しく食べられるんです」

「…………食ったのか?」

「センシ殿にお世話になった際に頂きました。こうして柑橘系の果汁を加えた熱湯で確りと洗って、後は水気をとって天日干しをすれば、完成です」

「天日干しぃ?態々、ダンジョンを出なくちゃならないだろ」

「はい。ですので、こちらを使います」

 

 コートの内側から青年が取り出すのは二枚の平べったいザルの様なものを組み合わせた道具。

 ここに、先程処理したスライムを挟み込んだ。

 

「後はこのまま持ち運べば、自然と乾くという訳ですね」

「へぇ……」

 

 若干引いた雰囲気のあるハーフフット。

 当然だろう。魔物を食べるなど、本来ならば正気の沙汰ではない。基本的に冒険者は、村などで食料を確りと確保してから潜るのだから。

 そうこうしている内に、料理が出来上がったのか良いニオイが漂ってきた。

 

「出来たぞ。大蠍と歩き茸の水炊き」

「おお!良いニオイですね!」

 

 比較的底の浅い鍋に煮える具材たち。

 もし仮に、魔物であると説明されずに出されたのならば誰しも気にも留めずに食べるのではないか、と思えるほどの出来栄えだ。

 青年も魔物を食べる事に抵抗は無いのかアッサリと鍋の傍を陣取り、ドワーフから器を受け取っている。

 続いてトールマンが受け取り、食欲には勝てぬとハーフフットも受け取った。

 エルフは、何やら気に入らないらしく少し離れてそっぽを向いている。

 

「何か、良いニオイがするな」

「本とは違うな……ちゃんと調理をすると、こうなるのか?」

「熱を通すと、身が縮むから殻からも外しやすい」

「……ふぅ、やはりセンシ殿の料理は美味しいですねぇ」

 

 ハフハフと口から湯気を吐き出しつつ、舌鼓を打つ青年。

 つられて二人もそれぞれ器の中身を口に運ぶ。

 

「!旨い!」

「……確かに」

「調理次第でこれほど変わるんですね!」

「そうだとも。特に、鍋は良い。煮込めば硬い食材も食べやすくなり、汁まで飲めば栄養素を余す事無く摂取できる」

「水と食材、後は塩なんかがあれば比較的簡単に作れるのも良いですよね。センシ殿、お代わりください」

「ああ、たんと食べると良い」

 

 野郎四人が鍋を囲む一方で、少し離れたエルフの腹が鳴る。

 紳士も淑女も無法者も奴隷も。如何なる種族も生きているのなら腹が減る。それは、生物にとって逃げる事の出来ない事柄だ。

 良いニオイと、楽し気な食事風景。空腹も相まって、如何に屈強な精神を持つ者も屈してしまうだろう。

 

「~~~~ッ!わ、私にも一杯ちょうだい!」

 

 食欲に負けて、エルフも椀を受け取った。

 その感想は、言わずもがな。

 五人で囲めば、結構すぐに鍋も無くなってしまう。

 

「ふぅ~~~、食った食ったぁ」

「確かに、美味しかった……」

 

 確かな満足感。ここがダンジョンの中である事を忘れてしまいそうだ。

 それぞれが、食後の後片付けに勤しむ中で、トールマンがそういえば、と口を開いた。

 

「そうえば、まだ自己紹介をしてませんでしたね」

「わしの名は、センシ。ドワーフ語で、探求者を意味する」

「自分は、ブライといいます」

「俺はライオス。こっちのエルフが魔法使いのマルシル。それから鍵師のチルチャック」

「成程……では、ライオス殿とお呼びしますね」

「何か訳あり、といった所か。わしが言う事ではないが、魔物食を素人知識でしようとする程だし」

「ええ……実は、仲間の一人が下層で魔物に食われてしまいまして。消化される前に、一刻も早く助けに行きたいんです」

「!なんと、魔物に……ソレは一体、どのような?」

「竜です。真っ赤な鱗を持った」

「真っ赤な鱗に、下層………ふむ」

 

 顎髭を扱きつつ少し考えこんだセンシは、思い当たった節があるのか指を立てた。

 

「それは恐らく、炎竜(レッドドラゴン)だろう。竜は、その巨体を維持するために極力、エネルギーの消耗を嫌って眠ってばかりいるという。それに伴い、消化スピードも遅い筈だ」

「だと、良いのですが……」

 

 ライオスの表情には憂いがある。気が気ではないのだろう。

 

「ふむ、どうだろうか。その旅にわしも同行させては貰えないだろうか?」

「!良いんですか?」

「こちらから頼み込んでいる。何より――――わしも長年、炎竜を調理してみたいと思っていた所だからな」

 

 思わぬ言葉にライオスが固まる。しかし、差し出した手はひっこめる前に、センシに握られた後。何より、道を急ぐライオス一向にとって、食糧問題をある程度解決できるセンシの存在は実にありがたい所だった。

 そこに固まる一行に、横合いからもう一つ手が挙がる。

 

「あの、自分も良いでしょうか?」

「君も?」

「はい。腕には自信がありますし、足手纏いにはなりません。何より、センシ殿に魔物食を習っている所ですから」

 

 思わぬ申し出だったが、こちらもこちらで中々の変わり者。

 かくして、一行の旅が始まる。

 食うか食われるか、そこには生物の上下関係は存在せず、生き残った者こそが勝者となり血肉を得る。

 

「竜というのは、美味しいのでしょうか」

「さてな。だが、巨体には肉がみっちり詰まっているだろう。ステーキやハンバーグといった王道から、しゃぶしゃぶや卵があれば親子丼も良いかもしれん」

「良いですねぇ。あっ、仕留めたてならば、ホルモンも頂けるので?」

「どうだろうか。よく火を通せば……うむむ、悩ましい」

 

(((それは、食っても大丈夫なのだろうか)))

 

 食の探究者は止まらない。

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