剣聖冒険譚 作:拝み二刀
「――――うわぁああああああーーーーーッ!!!」
朝は絶叫と共に始まった。
「ど、どうしたんだ?マルシル」
跳ね起きたマルシルへと出発の準備を行っていたライオスが声を掛ける。昨晩吊るしていた死体の様子を見る為の外に出ていたチルチャックとブライも戻ってきた。
「どうかしました?」
「マルシルが虫でも踏んずけたんじゃないか?」
「違うから!!………ちょ、ちょっと夢見が悪かっただけ」
「あー、確かに。寝慣れてない場所だと、変な夢見ますよね」
「悪い酒を飲んだ時とかもな」
あるある、と頷く二人。マルシルの悩みとは違うのだが、夢見の悪さは朝から元気を奪っていく。
不意に流れる、良いニオイ。
「おや?」
「な、なななな何のニオイ!?」
「朝飯だよ。向こうの方で、別のパーティが作ってる」
チルチャックに言われ、マルシルは彼から望遠鏡を借りると覗き込んだ。
「塩漬けの豚を炙って、パンに乗せて食べてる……!」
「旨そうだよな」
普通の食事が恋しい二人には、魅力的であるらしい。
しかし、食の伝道師としては待ったをかけたい状況であるようだ。
「嘆かわしい事だ。実に酷いと、言わざるをえん」
「おっ、何か出てきたぞ」
「近頃の冒険者の食事の偏りは、見ておれん。干し肉、パン、葡萄酒に偏りその他食料も大半が味付けが濃いか栄養価が偏るものばかりだ。迷宮内を探索する上で、肉の脂は実に良いが、それだけでは体は弱ってしまう。せめてそこに、歩き茸や人喰い植物の木の実でも合わせれば改善される事だろう」
言いながら、センシは昨晩の残りの木の実を切り分けていく。
苦言を呈する彼に、反論を立てたのはチルチャックだ。
「単純に食ってる場合じゃないんだよ。食料は重いしな」
「それに、長期間の保存を考えるとなるとどうしても新鮮な食材を持ち運ぶわけにはいきませんね」
水を汲んで戻ってきたブライも苦笑い気味に、チルチャックの言葉を補強した。
迷宮探索は、昨日の今日で戻る事は殆ど無い。これは労力と準備が釣り合わないから。
基本的には、数日から二週間前後だろうか。水を補給する場所もあるにはあるが、食料などは別。それこそ、今のこのパーティにの様に魔物を食べる位しなければ補給できない。
センシもその点には、理解があった。
「確かに、そこはある。何より――――」
悲痛とも言える苦悶の表情。
「我々も決して、素晴らしい栄養状態とは言えん……!」
「昨日食べたのが、大サソリ、歩き茸に幾つかの野菜や藻。それから人喰い植物の木の実ですね」
「……改めて考えると、相当な内容だな」
「何れも栄養価の高い食材ばかりだ。だが、栄養価というのはただ高ければ良い物ではない。何事もバランスが重要だ。例えば、そこなエルフの娘が豚の脂を見て羨ましいと言ったが……それは、彼女の身体が脂を欲しているからだ」
「違う!!単に魔物を食べたくないからじゃ!!」
微妙にずれたセンシの視点にマルシルのツッコミが飛ぶ、が彼が揺らぐ気配は無し。
寧ろ、今日の獲物に対する目星を付けている様子。
「という訳で、今日は若い肉体も大いに喜ぶ脂分の多い魔物を狙うとしよう」
「この辺りで言うと、昨日ライオス殿が言っていた、コウモリやネズミですか?」
「絶対イヤ!!!」
「いや、少々危険はついてくるが、卵を狙える相手だ」
「ッ!成程、アレですね」
「ああ、アレだ」
魔物の知識が人並みを大きく超えるライオスが、気付く。
「なんだよ」
「ふっふっふ……今回狙うのは、胴は鶏、尾は尻尾。蹴爪と牙に毒を持つ…………ヘビの王、バジリスクだ!!」
「あー……」
名前を聞いて、チルチャックの脳裏には件の魔物の姿が浮かんだ。ついでに、マルシルへとしたり顔を向ける。
「良かったな、マルシル。鶏肉が食えるぞ」
「鶏………本当に、鶏って良いの?そもそも、鶏肉の区分ってどうなってるの……!?」
「揺らすな、揺らすな。コウモリとか食うよりは、抵抗ないだろ?」
「バジリスク自体も、毒は強力ですがそれさえ気を付ければ相手をしやすい魔物ですし」
「そう言う事じゃない……!」
そう、そういう事じゃない。彼女が葛藤しているのは、バジリスク以前の問題。
確かにセンシの作り上げる料理は、美味しい。だが、魔物だ。その材料は魔物なのである。如何に美味しかろうとも、食用の家畜や野生動物ではない。
とはいえ、既に行動し始めたセンシとノリノリのライオスを止められる筈もない。
「かっこいいよなぁ。いや、俺も昔は色んな生物の特徴が混じっている方が良いと思っていたんだが、諸々の環境を加味すると二種類程度が最もお互いの利点を最大限に引き出せるんじゃないかと思えてきたんだ」
「バジリスクも、そうなんですか?」
「ああ。彼らは、鶏の胴に蛇の尾を持っているが、鶏は恒温動物、蛇は変温動物だ。この点で、常に体温を保てる鶏部分のお陰で蛇の尾の動きが鈍らず、一方で動き過ぎて熱が溜まってしまった際に、蛇の部分を利用して放熱する事が出来る。要は、活動時における体温の制限を無くすことができる訳だ。勿論、極端な環境じゃあその限りじゃないけど、それでもこの地下二階で活動するには問題ないだろう」
「成程……」
「因みに、もう少し深層に住むコカトリスも、バジリスクと同じ尾蛇類に分類されていて………実は、この魔物たちの味を確かめる事が俺のひそかな夢だったりする」
「そんな野望を…………」
熱心にライオスの話に相槌を打つブライの一方で、マルシルは引いた表情を浮かべていた。隣のチルチャックも同じくマジか……?と頬を引きつらせる。
自分たちのリーダーが抱えた小さな野望に頬を引きつらせながら、一行はバジリスクの生息域へと足を踏み入れていく。
「バジリスクは、二、三日おきに卵を周辺に生み散らかす。基本的には、無精卵だ。踏まないように足元は気を付けるように」
「後は、バジリスク自体に遭遇した時には一目散に逃げるのは、避けた方が良い。背中を見せれば、毒のある蹴爪に切り裂かれかねない」
毒というのは、新米熟練問わず冒険者の大敵とも言える状態異常だ。体が弱り、そのまま死に至る。毒の種類によっては意識だけを残して体が動かず、そのまま魔物に食べられる可能性もあった。
誰しも、苦しい思いはしたくない。
細心の注意を払いつつ、一行は今日の食料探しを開始する。
発見は、センシ。壊れた塔の一部に植物が茂った区画があり、そこに産み散らかされていた。
「何か細長くない?それに、軟らかいし」
「ふむ……これは鶏というよりは、蛇の卵に近い気がしますね」
「え゛っ」
ブライが余計な事に気が付いた。その発言を聞いていたマルシルが、硬直する。
だが、彼女がその部分を追及する前に甲高い鳴き声が響いてきた。
「バジリスクの威嚇だ。早いとこ、離れるとしよう」
「少し待て。卵は布で包んで保護せねば、破れてしまうからな」
マイペースを崩さないセンシにやきもきしながら、バジリスクを警戒する。
その時、塔の外から絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
急いで外を確認すれば、エルフの女性とトールマンの男性がバジリスクに追いかけられているではないか。
一行が塔から二人を視認した直後に、トールマンの方が背からバジリスクの爪に大きく切りつけられてしまう。
「あの逃げ方は不味い。背中を蹴ってくれと言ってるようなもんだ」
「だったら、早く助けてあげれば?」
「とりあえず、首を両方飛ばせば良いですかね」
二刀を抜刀して軽い足取りで塔から抜け出すブライ。
「ブライ、バジリスクの毒腺は主に脚部と蛇の頭にある。そこだけ気を付けてくれ」
「了解です」
ライオスの言葉を背に受けて、ブライは苔むした木の足場を駆け出した。
時間にして、数秒。バジリスクと二人にしてみれば、突然両手に
その瞬きの次の瞬間には、バジリスクの背後へとブライの姿は移動しており、同時に鶏の首と蛇の首が宙を舞う。
崩れ落ちる首なし死骸へと近付き、ブライは刀の一振りを鞘に納め、もう一振りで爪の辺りを切り落としていく。
呆気にとられる二人。そこに、ライオスがやって来た。
「傷の具合はどうだ?」
「え、あ……」
「彼は、うちのパーティで前衛を務めてもらっているブライ。一歩遅かったみたいだな。蹴爪にやられたか」
「は、はい……」
「ぅぅ………」
呻く青年に、ライオスは頭を掻く。そもそも、彼らが気付いた時点でバジリスクに一発貰う直前だったのだから、間に合わなかったのはこの際致し方ない。
問題は、別。
「参ったな。今は毒消しの手持ちが……」
そもそも、ライオスの目的は炎竜に食べられた仲間の救出。その為に、装備を殆ど整える事無くダンジョンへと潜っている。マルシルとチルチャックも似た様な状態。
となれば、
「ライオス。センシが、毒消しならあるって」
「!そうか。センシ、すまないんだが一つ毒消しを……なんか嫌そうだな」
「コレは、今日の食材に使おうと思っている。食べるのなら、少し待て」
「「えぇええーーーー!?」」
この状況でも揺らがない、センシのマイペースっぷり。
一歩離れて状況を窺っていたチルチャックは、引いたように頬を引きつらせる。
「マジか」
「恐らく、人種ごとの肉体強度に関しての考えが及ばないからではないでしょうか」
「でもよー、目の前で死にかけてる奴が居たら気にならねぇ?」
「確かにそうかもしれませんけど……多分、中にはここが迷宮だから、と死ぬのを待つ人もいると思いますよ。そう考えれば、時間がかかるとはいえ毒消しを施す意思があるだけマシでしょう」
「まあ……そう、か?」
頷きたくは無いが、チルチャックにも思い当たる節がある。
迷宮に潜る人々の欲望は止まる事を知らない。当然ながら、金に汚い人間も少なくない数。寧ろ、今ではそちらの方が多いかもしれない。
今回は、ライオスとマルシルの活躍で早めに調理を始める事になった。
「まずは、羽を毟る」
「この辺りは、鶏肉と同じだな。そういえば、ライオス」
「ん?」
「もしもブライが居なかったら、どうやってバジリスクを仕留めるつもりだったんだ?」
軽く湯がいて皮膚を柔らかくし、羽を毟りやすくしたバジリスクを毟りながら、手持無沙汰にチルチャックが問いかける。
「ああ、バジリスクには必勝法があるんだ」
「必勝法?」
「ああ。まず、バジリスクの前に大声と一緒に出来る限り自分を大きく見せるようにして飛び出す」
「…………おう」
「コレは、他の獣や魔物にも言える事なんだが、自分よりも大きな相手にはどうしたって一歩すくむ。野生に置いて、体の大きさはそのまま武器になるからな。そこでバジリスクを驚かせてから、前後で挟む」
「挟む?蛇の頭があるだろ?」
「確かに頭は二つだが、体は一つだ。違う方向から襲われた場合、二つの頭から下される指令に体は混乱し、硬直する。そこを、首を刎ねる」
「へぇー……」
羽を毟り終わり、ここからはセンシの領分だ。
「ブライ。野菜の準備を頼む」
「分かりました。詰めるんですよね?」
「ああ。細かく頼むぞ」
羽を毟り取って大きな鶏肉となったバジリスクの胴を開きながら、センシが指示を飛ばす。
手慣れた様子でブライは自身の短刀を使って、受け取った薬草その他の皮を剥き、刻んでいく。他三人も若干の気まずさを覚えながら、彼の手伝いとセンシの調理スピードを急かしにかかる。
程なくして、完成したバジリスクのロースト。
少々時間的には早い昼食。大きな肉に齧り付いての食事というのは、満腹感以上に満足感が強いものだった。
そして、駆け出し冒険者へとアドバイスへ。
「食生活の改善!!!生活リズムの見直し!!適切な運動!!この三点に気を付ければ、自ずと強い体は作られる!!!」
センシの勢いに押される新米たち。しかし同時に、真理でもある。
「え、ええっと、ブライさん?はどうですか?」
「自分ですか?そうですね………色んな武器を使ってみるのは良いと思いますよ」
「武器?」
「はい。勿論、自分たちの懐具合と相談すべきだとは思いますが、中には先入観からある武器種を使わない冒険者の方も居るんです。かく言う自分も、今は二刀流に落ち着いていますが、一通りの武器は使ってきました」
体を作るのとはまた別。人によって合う武器というのは違うのだ。
種族、体格、筋力、肉付き、性格、運動神経。様々な要因によって、適切な武器を選ばなければ各々の実力は発揮できない。
因みにブライの場合は、それぞれの手に太刀を握るために片腕で常人の両手分の筋力が最低でも必要だったりする。
「自分に合う武器……」
「勿論、武器を変えるだけでは強くなりません。魔物を相手取るのなら、正しい知識と経験が必要になります。この点は、こちらのライオス殿にお尋ねになると宜しいかと」
シレッと自分たちの頭目の評価を挙げつつ、矛先をずらすブライ。
そんな一幕があった後日、新米一行は人喰い植物に挑んで全滅する事になる。
食わねば強くなれないが、強くなければ食えない。自然界は弱肉強食、強き者こそが絶対だった。