剣聖冒険譚   作:拝み二刀

5 / 7


 ダンジョンは、地下へと伸びている。

 基本的に、その移動には階段を用いるのだが実のところ迷宮の各所にはショートカットが可能な通路が存在していた。

 そんな時活躍するのが、鍵師である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁に沿うように設置された螺旋階段を下り、合間にある踊り場。

 

「ここですか?」

「おう、この辺に近道の入り口がある。ブライ……じゃなくて、マルシル。杖貸してくれ」

「やだ、ぶつけるんでしょ」

「自分の刀でしたら大丈夫ですよ?」

「いや、突発的に魔物が襲ってきた時の為にお前の戦力は落としたくない。ライオス、剣を貸してくれ」

「ああ。鞘入りのままで大丈夫か?」

「壁叩くだけだからな」

 

 ライオスから剣を受け取り、振り被ったチルチャックはその鞘先を壁へと打ち付ける。

 当然、その音は塔内部を反響し、彼はその音を鋭い聴覚で辿ったのだ。

 壁に手を添えつつ音を追い、やがて一つのブロックの前で止まる。

 

「ここだな」

 

 肘で押し込むようにブロックを押せば、その一ブロック分壁が凹み連動するように隠し通路の扉が開かれた。

 

「ほう……この辺りはよく通るが、こんな仕掛けがあるとは知らなんだ」

「チルチャックは、鍵師だからな。さっきの剣の一件も音の反響を利用してこの建物の内部構造を把握したんだろう」

 

 返された剣を受け取りながら、ライオスが先程のチルチャックの動きを補足説明していく。

 ハーフフットの五感の鋭さを利用した仕事だ。身体能力に劣る場合が多い彼らが手に職をつける際に選ばれやすい職種でもある。

 

「言っとくけど、この先は罠だらけだからな。あんまり自分勝手に動き過ぎるなよ?」

 

 強い言葉で釘を刺しに行くチルチャック。しかしこれは、彼の責任感からの言葉でもあった。

 

「俺が一番嫌いなのは、自分の仕事を邪魔される事。こっちの指示に従ってくれよ?」

 

 足を踏み入れた隠し通路は、暗闇一色だ。チルチャックを先頭にして、その後をライオスが続き彼の持つランタンの明かりを頼りに階段を下っていく。

 

「魔物の気配はしませんね」

 

 手持無沙汰となったのか、ブライがポツリと呟く。

 殿を歩く彼に対して、その一つ前を進むマルシルが話に乗ってきた。

 

「ブライは、魔物が好きなの?」

「好き……うーん、興味深いとは思いますよ。食べる事にも特に忌避感はありませんから」

「そういえば、センシに習って一週間ぐらいだっけ?」

「はい。とはいえ、元々の知り合いでは無く、センシ殿と出会ったのも本当に偶然だったんです」

「そんな事も言ってたっけ。聞いても――――」

「お喋りはその辺にしとけ。罠の確認してくるからな」

 

 そう言うと、チルチャックは己の装備を外して出来る限り身軽になり、階段先の部屋へと足を踏み入れていく。

 実に慎重な動作だ。

 

「彼は体が軽いからな。ああやって装備を減らせば、罠にもかかりにくくなる」

「罠は、加重式が多いんでしょうか?」

「うーん、その辺りは俺も専門じゃないからな。ただ、確かに加重式は多い気がする。後は、宝箱だろう」

「ダンジョンが見つかったばかりの頃は、宝箱の罠に殺される人も多かったからね。今は、大半の宝箱が開けられてるから引っかかる人も減ったけど」

「宝箱の罠、ですか」

「一攫千金を夢見てダンジョンを訪れる人間も珍しくないからな。その観点からすれば、宝箱は実に魅力的なんだろう」

 

 ダンジョンに潜ると、人は目の色が変わる。そして小さくとも成功体験を積み重ねることで、その欲望は止まる事無く加速し続けるのだ。

 不意に、ブライは罠のある部屋の中を見渡した。

 

(翼と、獅子?)

 

 何故だか、そのモニュメントが気になった。

 獅子も翼も、意匠としてはそう珍しいものではない。例えば獅子は、力の象徴とされ、勇猛さや勇気を表す場合がある。

 ブライ自身も、何故気にかかったのか分からない。感覚的なモノ過ぎて、彼自身も戸惑っているのだから。

 しかし、その答えを出す前にチルチャックの下見が終わってしまった。

 

「ココとココのタイルは踏んでも良い。ズレんなよ」

 

 彼の指示を受けて、彼の装備を抱えたライオスを先頭にして四人は部屋の中へ。並びは、ライオス、マルシル、センシ、ブライの順だ。

 前二人は言われた通りに進み、

 

「あっ」

「なんヒィッ!?」

 

 ブライが気付いた時には遅かった。

 気にすることなく前へと足を踏み出したセンシの右足が踏んでいいタイルを大きくはみ出し、踏んではいけないタイルを作動させていたのだ。

 結果、先頭を行くチルチャックの足元から幾つもの鋭い槍の様な棘が突き出し、危うく串刺しにされそうになる。

 

「あの、センシ殿。右足がずれています。もう少し右側のタイルです」

「わしは小細工は好かん」

「言ってる場合か!?危ねぇだろ!?」

 

 蘇生にお世話になりそうだったチルチャックが詰め寄る。だが、詰め寄られるセンシは響いた様子が無い。

 

「罠ってのは連動したり、連鎖する代物が多いの!そうなっちまえば、計算が全部パーになって全滅だぞ!?」

「……」

 

 センシ、無言の進撃。踏み込んだ先は、罠のあるタイル。

 

「チルチャック殿!!」

 

 反射的にチルチャックを左手で掴み、右手で腰の刀を抜き放ったブライが降ってきた巨大なギロチンを弾きつつ左手を引っ張ってハーフフットを救う。

 しかし、センシは止まらない。

 次に踏んだタイルからは、矢が大量に降り注ぐ罠が作動。が、これをブライは小脇にチルチャックを抱えたまま右手一本で処理。凄まじい速度で振るわれた黒い刀身が悉く矢を叩き落す。

 更に罠は続く。

 

「むっ」

 

 間一髪、センシの前を業火が舐めた。

 

「死ぬかと思った……」

「罠というのは、多種多様ですね。殺意も中々」

「さっきまでの罠を見てその感想が出るお前も相当おかしいからな?」

 

 抱えられていた小脇から降ろされたチルチャックは、気の抜ける様な事を言うブライに毒を吐きつつセンシの元へと向かう。

 

「なかなかの火力だな」

「言ってる場合か!その足を速く退けろ!火罠の近くには大抵、油や燃料の仕掛けがセットで設置されてんだよ!んなもん浴びて火が来たら、ドワーフの丸焼きだぞ!?」

「油……丸焼き……」

 

 ぶつぶつと何やら呟き始めるセンシ。ドン引きするチルチャック。

 しかし、外野の視線は食の探求家には足を止める理由にはならない。

 

「唐揚げ……フライ……!かき揚げ!!!」

 

 何かがしっくり来たのか、センシがライオス達へと振り返る。

 

「今日の昼食は天ぷらにするとしよう。その油の仕掛けとやらは何処にある?」

「……絶対、食用じゃない」

「それは確かめてみんと分からんだろう。ハーフフットの子供よ。お前は、油の専門家ではあるまい?」

「子供じゃないです」

 

 若干やつれているチルチャックを無視して、センシの言い分は続く。

 

「油というのは、多種多様な原料から生成される。その中でも多いのは、植物性の油だ。原料となる植物が栽培可能で、動物性油脂と比べて集めやすいからだろう。兎も角、現物を見て見たい。それが食用油でないのなら、大人しく引き下がろう」

「~~~~ッ!……分かったよ。その代わり!今後罠の近くに居る時は、俺の指示を聞いてもらうからな!絶対にだ!この条件じゃなきゃ、協力しない!」

「誓おう。必要とあれば、手伝いもするぞ」

「それは結構!俺達には、それぞれの領分がある。ブライは戦闘で、マルシルは魔法。そして俺が鍵や罠を担当するならあんたは料理の担当だ。その調理法に俺も口は出さない。だからあんたも俺の仕事に口を出さないでくれ」

「……では、そうしよう」

「よし」

「だが、料理の注文や手伝いならば喜んで応じるぞ」

「誰が……」

 

 疲れた溜息と共に、チルチャックはライオスに預けていた荷物を受け取った。

 ついでに、興味深そうに天井を見上げているブライにも声を掛ける。

 

「さっきはありがとな、ブライ。怪我してねぇか?」

「はい。あの程度でしたら自分でも対処可能です」

「あの程度って……」

 

 チルチャックが思い出すのは、降り注ぐ矢の雨。

 自分一人狙った狙撃では無く、逃げ回るであろう範囲全てをカバーした面攻撃だ。それを、ブライはその場から一歩も動かずに片手で処理をした。掠り傷の一つも負わずに、小脇に抱えたチルチャックにも毛筋の一つ傷をつけないように、だ。

 

(こいつも十分化物染みてるな)

 

 内心でそう評しながら、チルチャックは同時に件の青年が善性をもって一行に加わっている事に感謝した。

 割と本気で、ブライが自分達を殺して金品を奪おうとすれば抵抗の一つも出来ないだろう、と考えてしまったから。

 嫌な想像を振り払って、チルチャックは己の仕事を行うべく部屋の奥へと向かう。

 そこは大量の宝箱が設置された宝物庫。もっとも、その中身は既に先客たちによって空なのだが。

 床に近い棚に置かれた幾つかの宝箱を足で押して確認するチルチャック。

 

「……これだな。床に固定されてる」

 

 その内一つを見極めて、解錠にかかった。

 後ろから覗き込もうとするセンシを追い払い、彼は慎重にその手を伸ばす。

 

「普段は一番大人なんだけどね」

「罠の中には、パーティ全員の命を一瞬で奪うようなモノも存在している。それらを解除する役割を担うからこそ、この手の事でチルチャックは気を張ってるんだ」

「ふむ」

「ライオス殿たちにも、それらの経験が?」

「チルチャック程じゃないけどねー」

 

 宝箱に仕掛けられた罠を解除するチルチャックの背を眺めながらの雑談。

 程なくして解除を終えたのか、彼は振り返ってきた。

 

「終わったぞ」

「油は?どうやったら、取り出せる?」

「取り出し方までは知らん。でも、この引鉄が作動すると油がこの噴出口から噴き出してくる」

 

 ピッキングツールで罠の仕組みを説明するチルチャック。その説明を聞いて、徐にセンシは背負っていたいつも料理使っている鍋を構えた。

 

「では、わしが鍋を構える。お前が引き金を引き、油を出せ」

「はぁっ!?嫌だよ!それに、煮え油だぜ!?俺も一度引っかかったことあるけど、即死できない分酷いぞ!?」

「いいから、早くしてくれ」

 

 引き下がらないセンシ。彼のマイペースさと、食への探求心を言葉で押し留める事が出来る者など、まず居ないだろう。

 

「~~~~ッ!どうなっても、知らないからな!!」

 

 引き金に通して固定していた糸を引き、噴き出した油。

 これをセンシが鍋で受け止める。ただ、油の勢いはかなりのモノ。鍋で受けるといっても、全てを受け止める事が出来る筈もなく、勢いの弾けた油滴が少々。

 その一つが、ライオス達の方へ。

 

「あっづぅ!?」

 

 鎧の中へと油滴が飛び込んできたライオスは、転げまわり。

 一方で自身の方へと飛んできた油滴を、ブライは自身の服の袖口を掴んで腕を振るい、これを振り払っていた。

 ついでに、その油滴を弾いた袖のニオイを嗅ぐ。

 

「これは………オリーブ?」

「うむ、そのようだ。この辺りは、元々オリーブ油の産地でもあるらしい。元々、他と比べても製造がしやすい利点もある事を考え、罠の油にも用いられたのだろう。とにかく、これで揚げ物が出来る」

「それじゃあ、準備を始めましょうか」

「……よし、アレも使うとしよう」

 

 そう言ってセンシが手に取ったのは大蝙蝠。食用にならない部分を落とした塊肉の状態。

 

「切り分けるのなら、自分がしましょうか?」

「任せよう。ハーフフットの子供。お前さんには、油を任す」

「え゛っ」

 

 ブライがセンシから塊肉を受け取り、チルチャックには油の入った鍋が渡された。

 そのまま罠部屋で作業開始となる。

 

「はぁ……何やってるんだ、俺」

「まあまあ、チルチャック殿。これも美味しい食事にありつくための手間ですよ」

「お前は良いのかよ。その剣、大切なモノじゃないのか?」

「え?ええ、まあ、そうですね」

 

 チルチャックに答えながら、ブライは引き抜いた刀で大蝙蝠の塊肉を骨ごと寸断していく。その手つきには一切の躊躇いが無い。

 

「確かに、この刀は大切な得物ですが、だからといって戦闘以外に用いてはいけない、何て事もありません。結局のところ、道具は道具ですから。大切なのは、使い手の問題ではありませんか?」

「…………だからって、罠を調理器具に使うか?」

 

 ぶつくさと文句を垂れながらも、チルチャックは淀む事のない手際で火の調整を続けていく。この辺り、彼は仕事人気質がよく出ている。

 その作業を尻目に、ブライは作業終了。ブロック肉が幾つか出来上がった。

 

「センシ殿。こちらは終わりました」

「うむ、ご苦労」

「うわ、可食部少なくない?」

「こっちは、綺麗な骨だ。軽くて堅牢」

「空を飛ぶ生物ならではですね。鳥もそうですが、出来る限りの身体の軽量化をしています。内臓類と毛皮を避けてしまうと、どうしても可食部は少なくなりがちですね」

「ただ、骨は少し違うな。鳥の骨は、内部が空洞になっていてその分も大きく軽量化に役立っている。代わりに身体的な強度には劣るんだが、その分高高度でも飛行する事が出来る」

「?コウモリも飛べるでしょ?」

「いえ、コウモリの飛行高度はそこまで高くなかった筈ですよ」

「ああ。鳥は、体内に気嚢という器官を持ってるんだ。これは、肺に繋がって主に体温調整に用いられていると言われている。後は、呼吸の効率が上がるらしい。この点は、体重の十五%から二十五%に相当する大きな胸筋を持つ鳥類が進化の過程で最適化していった部分と言えるだろう。そして、コウモリはこの気嚢が無い。呼吸の効率が悪い彼らは、あまりにも高い高度を飛んでいると直ぐにバテテしまうんだ。それに、コウモリの皮膜はそこまで頑丈じゃない。下手に危険を伴う高さで飛んでしまうと命にも関わる」

「……あんたの蘊蓄は、留まるところを知らないわね」

「そうだろうか?それで、この骨何だが。流石は大蝙蝠だと思わないか?」

 

 ライオスに言われ、しかしマルシルは骨を見たとしても何と返せば良いのか分からない。

 代わりに、話に乗ったのはブライ。

 

「確かに、そうですね。あの巨体ですから、強度と軽さを両立したものだと思います。腕のいい職人なら、加工も可能なのでは?」

「分かってるな、ブライ。という訳で、マルシル。この骨、持って帰っても――――」

「早く捨てて来い」

 

 無慈悲。しかし、それも当然の反応か。

 幾ら縁起物と言われても、魔物の骨を加工した代物などバレた時点で袋叩きにあってしまいかねない。

 馬鹿二人の尻を蹴っ飛ばして処理を急がせるマルシル。そうこうしている内に、良いニオイが漂ってきた。

 

「出来たぞ」

 

 ふるまわれる、揚げたての天ぷら。食生活に乏しいダンジョン内で、揚げたての揚げ物を食べられるというのは、実に贅沢な事だろう。

 サクサクの食感と、溢れる旨味を堪能しながら、ふとブライは罠部屋の装飾へと目を向ける。

 

(罠だからこそ、気になったんですかね?)

 

 実際、ライオンの口から火が噴き出た。

 ブライは基本的に一人旅。このダンジョンのある島に来た際には商隊の護衛依頼を受けてきたが、だいたいは一人だ。

 一人旅は、気楽である一方で全てが自己責任。そうなると、自然と色んな感覚が育っていく。

 そんな第六感に罠が引っ掛かったのだろう。ブライはそう結論付けて、残りの天ぷらを口へと放り込むのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。