剣聖冒険譚 作:拝み二刀
地下迷宮三階。
一階である地下墓地と二階の尖塔の森を抜けると、足を踏み入れるのは黄金城の内部だ。
もっとも、その内情は名前負け。カビと埃で、その荘厳さは見る影もない。
「あれは、スケルトン。あっちはグールで……これは、人間だな」
通路の一つで小休止。披露されているのは、ライオスのちょっとした特技だった。
「何で分かるの?!」
「生き物と骨と腐った物の歩く音は全く違うだろう?チルチャックやブライも出来るんじゃないか?」
「……まあ、聞き分けぐらいなできるかもな」
「自分は音よりも気配の方が気になりますね」
水を向けられたチルチャックとブライは、そんな返答。この点は、二人の魔物や敵対者などに対するスタンスの違いもあるだろう。
チルチャックは、自身が非力であると自覚している。故に、戦闘はできうる限り回避する。
ブライは、一人旅をしていた事もあって荒事は大得意。例え囲まれたとしても問題なく対処できる。
因みに、二人の中間に位置するライオスの場合は単純に魔物好きが高じての特技だ。
迷宮三階は、音がよく響く。上手く使えば、魔物との必要以上の戦闘を避ける事にも利用できるだろう。
「左に進もう。右には、ゴーレムが警戒してるみたいだ」
T字路に差し掛かり、ライオスがそう示す。
だが、
「待て」
珍しく、センシが一行を引き留めた。
ゴーレムは、土などを用いた人型の魔法生物の事。名前の意味には、胎児や蛹など未完成のものといった意味があり。主に、主人の命令を忠実に守る点から拠点防衛などに用いられる。
まさか、と迫真の表情で振り返るのはマルシル。
「言っておくけど、ゴーレムは魔物じゃないから!魔法生物だし、99%土なんだからね!?作り方も知ってるんだから!」
「!教えてくれッ!」
「ダメッ!」
「何に使うつもりだよ……」
魔物でなくとも好奇心が刺激されたらしいライオスを、マルシルが有無を言わさず切って捨てた。
しかし、センシは別にゴーレムを食べるために足を止めさせた訳では無かった。
「わしが用があるのは、あいつらの身体だ。ついてこい」
そう言って、彼が先導し辿り着いたのはダンジョンの一角。
「ここは、わしが普段キャンプ場としている場所だ」
「うわ」
「ここで暮らしているのか?」
「いや、寝泊まりは殆どしない。保存のきく幾つかの食材や、道具類の保管が主な用途だ。もっとも、ここをキャンプとしているのは別な理由だが」
継ぎ接ぎだらけの布を外幕としたテント。
その入り口を開けて、センシは幾つかの道具を取り出していく。ただそれは、武器ではない。
鋤やシャベル、鍬などの農具の類。
「基本的に、二階から四階を行き来している。月に一度は、町で調味料などを買い込むがそれ位だな。お前たちと出会ったのもその帰り掛けだった」
「あの時は焦りましたよ。少し目を離した隙に、センシ殿が忽然と消えたんですから」
「素人の魔物食は食中毒の元だからな。研究している身としては無視が出来んかった。さて、行くとしようか」
取り出した農具をライオス達へと手渡して、センシは目的地へと足を向ける。
「この階層に居るゴーレム。アレは素晴らしい。彼らの身体は、たっぷりと栄養を含み適度な湿度と温度を保ちながら、オマケに害虫や盗人にも対応し水やりもしてくれる」
「……つまり、ゴーレムを畑代わりにしてるって事か!?城の人間が泣くぞ!」
「魔術研究者もね」
「何故だ?わしは魔術は好かんが、アレは素晴らしい。正しく、畑の完成形と呼ぶべきものだ」
農具を担ぎ、木桶を脇に抱えて麦わら帽子迄被ったセンシは、蔦の垂れた壁まで向かうとその中のブロックの一つを押し込んだ。
隠し通路と同じような構造だ。こちらは、アーチがあり分かりやすいが。
指笛が響き、地響きが近づいてくる。
三体のゴーレム。かなりの大きさだ。
「ど、どうするんだ?」
「手伝おうか?」
「要らん」
言うなり、センシはシャベルを手に駆け出す。
その動きには一切の淀みが無く、振るわれる剛腕を掻い潜り足の一部を穿ってバランスを崩すと次の瞬間にはゴーレムの弱点である核を奪い取っていた。
三体のゴーレムが、瞬く間に対処されていく。
「凄い」
「手慣れてんな~……」
「まさか」
「あー……成程?それじゃあ、こちらも準備しましょうか」
マルシルが何かに気付くが、その前にブライは三人へと担いできた農具を手渡す。
同時に、センシの方も片が付いた。
「終わったぞ。ゴーレムの背から野菜を収穫してくれ」
「何か茂ってると思ったら……これ全部野菜か。寄生されてるようなもんじゃないのか?」
「何を言う。寧ろ野菜が根を張る事でより堅牢となっている程だ。まあ、雑草は抜いてもらうがな」
ぶつくさと言うチルチャックの一方、ピッチフォーク片手にジャガイモの収穫を進めていくブライ。
鼻歌すら歌いそうな手際で、ゴーレムの背中からどんどんイモを発掘していく。
突然始まった農作業。冒険者として使う筋肉と、農家が使う筋肉は違うという事もあって慣れないものは大きく体力が削られる。
「ブ、ブライの体力ってどうなってるの……!」
手の甲で汗をぬぐい、マルシルはジャガイモを掘り起こしてキャベツの収穫へと移るブライにポツリと零す。
「慣れの問題じゃないか?ふぅー……ブライはかなり手際が良く見えた」
鎧を着たまま農作業するライオスは、そんな所感を一つ。
実際、ゴーレムを畑として活用しているセンシは当然として、何というかブライの動きには所々に慣れが見て取れた。
「農作業の手伝いでもしていたのかもな」
「そうね………あー、体がバキバキになっちゃう」
大きく伸びをするマルシル。関節が小気味いい音を立てた。
労働には対価が必要だ。
今回の農作業の対価は、瑞々しい採れたての野菜たち。
「久々に、普通の野菜が食べられそうね」
「瑞々しい野菜は、迷宮内ではそう手に入るものじゃありませんから」
「そういえば、ブライは農作業に慣れてるの?すごく手際が良かったけど」
「え?……そうですね、昔取った杵柄という奴ですよ」
いつも浮かべる温和な笑み。しかしほんの少しだけその頬は引きつっていたか。
だが、気付かれる前に彼の手際に気付いたセンシに呼ばれ、ブライはその場を離れてしまいマルシルも気が付かない。
「この肥料を水で薄めて撒いてくれ」
「分かりました」
「ライオス。ブライが肥料を撒いた場所をよく混ぜて、畝を作ってくれ」
「分かった」
作業そのものは、何の変哲もない畑作業だ。しかし、魔術関連に明るいマルシルはこれを見咎めた。
「やっぱり!ゴーレムの核の位置が分かっていたのは自分で埋め込んだからね!無許可の魔法生物使役は犯罪だよ!?」
「わしはただ土を掘り返して戻しておるだけだ」
「それに、法律は咎める側が居るからこそ機能しますからね」
シレッとそんな事を言うセンシと、らしくない事を言うブライ。
そんな一行の慣れない農作業も漸く終わり。流した汗を濡らした手拭いで拭い、流れる水で喉を潤した。
「あ~~~~疲れたぁ」
「魔物との戦闘より疲れた気がするな………」
「そりゃ、ライオスが鎧を着たままだったからだろ。まあ、疲れたのは確か、か」
ぐったりする三人。そんな彼らへと濡らした手拭いを渡しながら、ブライは苦笑いを浮かべた。
「お疲れ様です。慣れない作業は体に負担を掛けますから、後でストレッチをしておいてくださいね」
「あー、ソレはあるかもしれないな。俺も、剣を始めて振った時には腕を痛めたりしたもんだ」
「一応、自分は按摩……マッサージの類は出来ますけど…………受けてみます?」
「おっ、マジで?んじゃ、俺の肩揉んでくれよ」
「それじゃあ、失礼して」
悪乗りしたチルチャックの背後へと向かい、ブライは自身の手が汚れていたり湿っていたりしないことを確認してから、小さな方へと手を掛けた。
小柄であろうとも、やはり冒険者。戦闘職では無いが、それでも確りと鍛え上げられた肉がその中には詰まっていた。
その固まった筋肉を、じっくりと解す。決して力任せに行うのではなく、宛ら塊肉へと調味料を揉み込むようにじっくりと、だ。
「ああああぁぁぁ…………」
チルチャックは溶けていた。
動いた後だからか暖かな手はじんわりと服越しに熱を伝えてきて、且つ揉み解す手は優しくも決して弱すぎない絶妙な力加減。
当然、そんな反応をされてしまえば気にならない筈もなく。
「うぅ……次、私!ちょっとトイレに行ってくるから、帰ってきたら変わってね!?」
そそくさとトイレへと立ったマルシル。
彼女の背を見送りながら、センシはゴーレムが倒れた衝撃で散った土をなるべく元の形になる様に寄せ集めていた。
「ブライの按摩は上手いからな。わしも後々頼むとしよう。ライオス、水を汲んできてくれんか」
「……あ、ああ」
「センシも受けた事があるのかぁ……?」
「ああ。力加減が絶妙でな。数十年分の凝りが解れた」
「大げさすぎますよ」
肩から首筋、そして頭のマッサージを続けていくブライは自身の評価に苦笑い。
だが、センシの方も何もお世辞を言ったつもりはなかった。
「わしは嘘を言ったつもりはないぞ。一度受ければ、その効果は実感できるだろう」
「へぇー……それじゃあ、俺もお願いしようかな」
水を汲んで戻ってきたライオスもそう言い、ますますハードルが上がるブライ。
その後は、マルシルが帰ってくる前にセンシがゴーレムの核を土に埋めてしまったりして、食事の準備へ。
そこで、一悶着。
「…………」
「納得いきませんか?」
唇を尖らせて、準備を進めるセンシをマルシルに、ブライが声を掛けた。
「簡単に済ませる事って、そんなに悪い事かな」
「うーん……」
野菜の餞別をしていたブライ少し考えこむように唸る。
「センシ殿が魔法を苦手としている、のもあると思います。ですが、確かに楽を覚える事は良くないでしょうね」
「そう?手間が減れば、その分だけ他の事も出来るでしょ?」
「確かにそうですね。ただ……あくまでも自分の考えですけど、安易な楽に手を染めると、どうしても気の持ちようが軽くなる様に思えます」
言葉を選びながら、ブライは収穫したニンジンを手に取った。
「自分達は、周りの命を貰って生きています。野菜も動物も、それこそダンジョンの魔物であろうとも。マルシル殿、先程の収穫は大変でしたよね?」
「そりゃあ、勿論。魔物と戦ったりする方が楽だったよ」
「その苦労を思うと、この野菜たちも市場で買うよりも違うものに見えませんか?」
「………」
そう言われ、マルシルも野菜の一つを手に取った。
苦労して収穫した野菜と市場で買った野菜。見てくれはどうであれ、確かに同じものだ。
だが、何と言うべきか胸の内に過る一種の感動と言うべきものが前者にはあった。
「…………確かに」
「自身で確保したからこそ得られる感動がある、自分はそう思います。そして、だからこそ自分の手で最後まで調理の全てを行い、美味しく食べようと心がけてます」
話の最中で幾つかのジャガイモの皮を剥いて一口大に切って鍋に入れたブライは、そこに水を注いで火の傍へ。
調理をするセンシと一言二言話してから邪魔にならないように、蓋を乗せた鍋を火の傍へと置いた。
一方で、ブライの言葉を聞き、マルシルは何やら考え込む。
時計の針は進み、部屋にはいい香りが漂う。
「うむ、こちらは完成じゃ。ブライ、そちらはどうだ」
「出来上がりましたよ。久しぶりに作りましたが、味見をした感じ腕は鈍っていなくて何よりです」
出来上がったのは、キャベツを丸々使った煮込みとカブのサラダ。そして、椀を受け取った一同の真ん中に置かれた皿に盛られた見慣れない物。
「これ、何だ?」
「イモモチです」
「イモモチ?」
「はい。茹でるか蒸かしたジャガイモを形が無くなる程度にまで潰し、片栗粉を混ぜて粉っぽさが無くなるまでよく混ぜてから形を整えて焼いたものですね。タレの方は、しょうゆや砂糖、みりんを使っていますよ」
「ほーん」
凡そ十個のイモモチ。一つ一つも一口二口で食べきれるであろう大きさ。
「うん、旨い。成程、淡白な味にこの甘辛いタレがちょうど良いな」
1つ頬張ったライオスが頷く。他の者もそれぞれに舌鼓を打っていた。
口の端に着いたタレを親指で拭って舐めとりながら、チルチャックは食事中の話題の一つをブライへと振る。
「どこかでこの料理を習ったのか?イモモチ、だっけ?」
「昔に少し……野菜の収穫が久しぶりに出来たからでしょうかね。思い出したので作ってみたんです」
「久しぶり、ねぇ」
「はい。あっちこっちと旅をしていると、その場に止まる事もあまりありませんからね。タイミングが合えばお手伝いもするかと思いますが……中々」
そう言って笑い、ブライはイモモチを頬張る。
農耕というのは、ヒトがその場に定住する切っ掛けとされている。裏を返せば、その場に止まらない人種にとっては縁のない文化でもあった。
確かな満足感を覚え、食器類を回収したブライは一人水場で洗浄へ。
「…………はぁ」
小さな溜息。それは、食器洗浄を疎んでの事――――ではない。寧ろ、その程度の事を厭う様な性格ではない。
彼を憂いさせるのは、僅かに開いた記憶の扉のせい。その隙間から漏れだす過去は、彼にとって正直な所捨て置きたい事だった。
「四年、か」
その独り言を最後に、ブライは自分の気持ちを切り替える。
誰にだって、語りたくない、見たくもない過去の一つや二つ抱えているモノなのだ。