86区の月うさぎ   作:crack

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第一章 スピアヘッドの月うさぎ 
プロローグ 月のうさぎと転属命令 


 

 

 共和暦三六七年 サンマグノリア共和国

 東部方面軍第九戦区 第三防衛戦隊

 

 

 

 

《システムスタート》

《RMI M1A4〈ジャガーノート〉 OS Ver8.15》

 

 

 システムの起動を示す起動音とともに、首のない無様な白骨死体が体が軋む不吉な音を上げながら立ち上がった。

 

 さらりとこぼれ落ちた銀色の髪の一房に一度目をやって、それからゆっくりとその紅の双眸を光学スクリーンに向ける。高性能を謳っておきながら全くもって見合わない画質の悪いそれを見遣って、何気なく天井を見上げた。

 もうすっかり慣れた暗闇と窮屈に、そしてそれに慣れてしまったことに対してため息をつく。

 耳に取り付けられたレイドデバイスに手を触れる。ジン、と耳に取り付けたそれがわずかに熱を帯びると同時に複数人の気配が現れるのがわかった。

 

「……ムーンヘアより戦隊各位。…聞こえてる?」

『第二小隊、より戦隊長。同調良好、今日も可愛いな、お姫様』

『第三小隊、いつでも行けるよー!』

『こちら第四小隊。出撃準備は整った』

『第五、第六ともにOKです!』

「うん。良さそうだね…あとアルヴィンは後でお話がありますので」

『ひえーおっかねえお姫様だこと』

『そんなこと言ってるとまたボコボコにされるよー?』

『なんせゴリラ並みの怪力だからな!』

「ライラ、リカルド、あなたたちも後で覚悟しておいてね」

『『ひゃー。』』

 

 おどけた口調で軽口を叩いて賑やかす小隊長どもに、こちらも軽口を持って返した。

 戦場へ向かう緊張をほぐし、自らを飲み込まんとする銀色の死から目を逸らさせるために叩いたそれは、狙い通り小さな笑いを戦隊内に波及させて束の間の弛緩した空気を作り出す。…怒ったように見せかけたのだって、このための演技だ。心から怒ってるわけじゃないよ、ほんとに。

 

 …後でなんて、あるかわからないけど。その漏れかけた言葉は、心の奥底に押し込んで。

 

 戦隊に指示を出して、おおよその当たりをつけた〈レギオン〉どもの位置に向けて戦隊を移動させている途中で、パラレイドで繋がる気配がひとつ増えた。

 

『同調完了。——ハンドラー・ワンよりムーンヘア。今日もよろしくお願いしますね』

 

 濁りのかけらもないような穏やかな声が耳朶を打った。私たちエイティシックスのものではない、銀鈴の、どこまでも透き通るような声。

 戦隊の空気が一気に白けたのがレイドデバイスを通してわかった。とはいえ彼らにとってどんなに不愉快だろうが、声を返さないわけにはいかない。

 

「ムーンヘアよりハンドラー・ワン。同調良好です」

 

 少し声が硬くなってしまったな、とわずかに思って、温室育ちのお嬢様の意に沿うように声を返した。

 

「今日も頼りにしてますよ、ハンドラー・ワン」

『っ…はい!』

 

 嬉しげな声が返ってきて、ますます戦隊の空気が白けた。

 でも、これでいい。遥か100キロ以上も遠いところで、勝手に戦友の、同胞の死を悲しまれるよりは、浮かれて喜んでくれている方がまだマシだ。

 毎晩毎晩ご丁寧に私に同調してお話をしようとしてくれるのは別に構わない。でも、私たちの死を、勝手に憐れまれて、悲しまれて、穢すことだけは、絶対に許さない。

 

『ハンドラー・ワンより各位、大隊規模の戦車型(レーヴェ)、並びに大隊規模の近接猟兵型(グラウヴォルフ)部隊です。…先鋒として斥候型(アーマイゼ)が出ています。規模は小さめですが注意して迎撃を。迎撃ポイントは…』

「すでにポイント420に展開済みです、ハンドラー・ワン」

『いつも通り早いですね…接敵は約400秒後です』

 

 感嘆の声を漏らす彼女を無視して、矢継ぎ早に各小隊に指示を出し、市街地の死角に隠れさせた。

 正直癪に触ることの多いハンドラーだけど、こうして情報の共有をしてくれるのは有り難かったりする。

 

 斥候型(アーマイゼ)は、レギオンの中でも歩兵のような扱いを受けている機種だ。『蟻』の名を戴く彼らは、7.62mm汎用機関銃を装備していて、86区では『戦場で最もよく目にするレギオン』として認識されている。

 近接猟兵型(グラウヴォルフ)は、装甲を薄くした代わりに機動性を上げた機種で、その圧倒的な機動性による前肢の講習はブレードによる攻撃と背中に背負った76mm対戦車ロケットランチャーによる攻撃が主なレギオンだ。

 そして、大体の戦場で最も厄介なのが、戦車型(レーヴェ)。主砲として備え付けられた120mm滑腔砲は強力無比で、四対の豪脚に支えられるその巨体は圧倒的な防御性能を誇り、弱点として目が悪いという点はあるものの、文句なしのレギオンの主力兵器であった。

 

 戦車型(レーヴェ)が大隊規模。銀鈴の声がもたらしたその情報を聞いて、わずかに嘆息した。

 

(これは、難しい戦いになりそうだね。)

 

 もしかしたら、『また後で』もなくなってしまうかもしれないな。

 

「第二、第四小隊は第五小隊が敵戦力を奥深くまで誘引してから発砲の指示を出しますので、各々勝手に撃たないこと。攻撃対象は斥候型(アーマイゼ)の後に続く近接猟兵型(グラウヴォルフ)戦車型(レーヴェ)の混成部隊。初撃の後に第三小隊と私たち第一小隊で撹乱、分断します。第六小隊はビルの上に陣取って長距離砲兵型(スコルピオン)の弾着観測部隊が現れたら迎撃、それまでは高所からの援護に徹して」

 

 共和国が誇る駄作機こと〈ジャガーノート〉の57mm滑腔砲では、斥候型(アーマイゼ)近接猟兵型(グラウヴォルフ)ならばともかく、敵の主力たる戦車型(レーヴェ)の正面装甲の貫徹などどれほど近寄ったところで夢のまた夢だ。そのくせ向こうの120mm滑腔砲はこちらのアルミ版の装甲など物ともせずぶち破ってプロセッサーの命を奪う…というかまあ〈ジャガーノート〉の装甲が貧弱すぎるだけなのだが、ともかく正面戦闘などやっていられない。

 そんな感じで集団のレギオン相手に喧嘩を売れるような性能を〈ジャガーノート〉は持ち合わせていないのだから、必然戦法は側面からの奇襲とヒットアンドアウェイの形になる。

 

アルヴィン(エクリプス)了解。初撃の後は第二と第四は俺で指揮を取るとして…姫さんはその後はどうするよ?』

「…私はいつも通り、戦車型(レーヴェ)を受けもつよ」

『ハッ、りょーかい』

『くれぐれも無茶はしないでくださいね、ムーンヘア』

「善処する」

 

 心配するような銀鈴の声音にするつもりもない返事を返して意識から排除し、自らの意識を深くまで潜り込ませる。息を大きく吐きながら、深く、深く。神経を研ぎ澄ませ、機を待つ。

 やがて、物陰に潜む〈ムーンヘア〉の眼前を第五小隊の影を追いかけて走る斥候型(アーマイゼ)が通り過ぎ、そして一体目の戦車型(レーヴェ)が通りがかって…

 

「撃て」

 

 瞬間、ドンと腹に響く音をあげてビルの屋上に陣取っていた〈ジャガーノート〉達の57mm滑腔砲が火を吹く。

 降り注ぐ砲弾に、戦車型(レーヴェ)の周りを固めていた近接猟兵型(クラウヴォルフ)が何両か動きを止めて(くずお)れた。さらに第二陣の砲撃がいくつかの砲弾が一体の戦車型(レーヴェ)の天板に殺到、弾かれながらも一つの砲弾が貫徹し、爆炎を撒き散らしながらその戦車型(レーヴェ)が倒れ伏す。

 その戦車型(レーヴェ)から外れた砲弾が、隣に並んで市街地を進軍していた別の戦車型(レーヴェ)の、〈ジャガーノート〉のそれよりよっぽど洗練された形状の八脚の足のうち二本を吹き飛ばし、バランスを崩してその体を地につけさせた。

 

 初撃で戦車型(レーヴェ)一両撃破ともう一両の行動不能。上出来だった。

 しかし、同胞の死など気に求めず、自らの足が使い物にならなくなったことを認識したその戦車型(レーヴェ)は、光学センサに映り込んだ自らの足を穿った〈ジャガーノート〉を認識し、砲塔のみをぐるりと高速で旋回して、照準をビルの屋上へ向けた。

 照準された〈ジャガーノート〉は、感情のないはずの〈レギオン〉から殺意めいたものを感じて、まだプロセッサーとしての経験が浅いばかりに動きを止めた。止めてしまった。

 

『あっ…』

『っ退避を!』

 

 銀鈴の声の忠告が届くより先に戦車型(レーヴェ)の砲口が火を吹いて、惚けるような呟き一つを残して光学スクリーン上の味方ユニットのアイコンがひとつ掻き消えた。

 パラレイド越しにヒュッとハンドラーの息を呑む声が聞こえ、無意識に眉が寄るのを感じながらも、口は勝手に言葉を紡ぎ出す。

 

「第一、第三小隊突撃、第五小隊も反転攻勢。第二と第四はそれぞれ補助と遊撃」

 

 言うが早いが、真っ先に自分の機体を動かしてワイヤーアンカーを対面のビルに射出し巻き戻し、途中で切り離して頽れたままの戦車型の比較的装甲の薄い天板に陣取り、57mm砲を真下に向けてトリガを引いた。

 眼前の装甲を貫徹し、戦車型(レーヴェ)が完全に沈黙したのを確認。次々と他の〈ジャガーノート〉が〈レギオン〉どもに噛み付くのを見ながら、砲身を起こした。

 

 息を吐く間も無く、首筋にチリチリと何かが走るのを感じる。

 すぐさま飛び上がり、ビルの陰からこちらを照準していた戦車型(レーヴェ)の砲弾を回避。生き残っていた近接猟兵型(グラウヴォルフ)が背部の対戦車ロケットランチャーを発射しながらこちらに切り掛かってくるのを光学スクリーンの端に捉えると、すぐさまワイヤーアンカーを射出し、左右のワイヤーアンカーを交互に操りながら格闘用サブアームに取り付けた12.7mm重機関銃をばら撒きつつ離脱。

 標的を見失って動きを止めた近接猟兵型(グラウヴォルフ)の背後の路地裏から〈エクリプス〉がその近接猟兵型(グラウヴォルフ)を仕留めるのを確認しながら、次の獲物へと矛先を向けた。

 

『っハッ…やっぱすげえよ、お姫様』

 

 戦場をワイヤーアンカーを駆使して飛び跳ね、次々と戦車型(レーヴェ)を屠っていくその姿を、アルヴィンは眩いものを見るように見つめていた。

 

 

 

 

 いくつかの戦車型(レーヴェ)を単独戦闘で撃破したところで、機体の中に警告音が鳴り響いた。〈ムーンヘア〉の左のワイヤーアンカーが故障したことをホロウィンドウが示してきて、舌打ちとともにビルの壁面から抜けなくなったアンカーをパージする。

 

(弾薬も切れてきたし…一旦補給を入れよう)

 

「ムーンヘア、一旦補給入れます。」

ライラ(チャーリーリーダー)了解。さっさと戻ってきてよね!』

「うん。……エクリプスは?」

『…自分で確認して』

 

 言われてから、〈ジャガーノート〉を補給地点まで下がらせつつ、光学スクリーンを確認する。

 …いや、確認するまでもなくわかっていた。戦車型(レーヴェ)との戦闘中だって、集中していたけれど周りの声は耳に入ってきていたし、その最中でアルヴィンが自分の集中を妨げまいと声を上げずに光学スクリーン上から消えて、その消失にハンドラーが悲痛の叫びをあげていたのも。

 アルヴィンだけじゃない。

 もう何人も戦友が屑鉄どもに喰われて死んでいる。

 

 ギリっと唇を噛み締め、〈ジャガーノート〉を走らせた。

 

 

 

 

『…ハンドラー・ワンよりムーンヘア。敵部隊の撤退を確認しました』

 

 あれからどれほど時間が経っただろうか。

 普段よりも規模の大きかった襲撃に、たくさんの同胞達の犠牲を払って、それでやっぱり今日も私は生き残ってしまった。…また、たくさんの戦友達の亡骸が、私の肩にのしかかる。

 連れて行ってあげたいと願ったのは、思ったのは、私の身勝手で、重荷だとは絶対に思わないけど。

 

 少しだけ、寂しいと思った。

 

 

『警戒任務は第四戦隊が引き継ぎます。第三戦隊は帰投をしてください』

 

 パラレイドの向こうで紡がれる銀鈴の声には答えず、〈ジャガーノート〉のコクピットを開けて水溜りの残る地面に降り立つ。しゃり、と阻電攪乱型(アインタークスフリーゲ)の羽を踏みつけながら、ひしゃげて|頽〈くずお〉れた〈エクリプス〉の機体へ向かう。

 ありえない方向へ曲がった腕が機体からはみ出している〈ジャガーノート〉のコクピットを無理矢理にこじ開け、中のアルヴィンの顔を見る。

 苦痛に歪んでいて、でもどこか解放されたような顔をしていて。

 

 羨ましい、なんて思うのは全くのお門違いで。エルヴィンのその顔に手を触れる。

 指先についた赤黒い血を一瞥して、口に含んだ。唇に付着した血液を舌先で舐め取り、アルヴィンの顔を見やる。

 

 忘れない。君たちのことは、私が死ぬまで、絶対に。

 

 

 

『お疲れ様です、ムーンヘア。隊の皆も、亡くなった7人も。……本当に、残念です。』

 

 

 

 瞬間、頭に血が昇る。

 怒りに任せて喚き散らそうとして、すぐさま我に返った。

 

 ここで彼女相手に喚き散らすのは、彼らの死を侮辱する行為だ。白豚と同じに成り下がって、彼らの死を侮辱することは絶対にできない。

 これ以上、彼らの死を穢させるわけにはいかない。

 冷えた頭の奥でそう考えた私の口からは、驚くほどに平坦な声が出た。

 

「いつもいつも心優しいお言葉ありがとうございます、ハンドラー・ワン。」

『…っ』

 

 見えない声が、狼狽する雰囲気が返った。

 

「交信終了」

 

 一方的に通信を切って、〈エクリプス〉の前から立ち去る。

 

「みんな、帰るよ」

『…うん』

 

 いつもは答えるアルヴィンの代わりに返事を返したライラの声を聞きながら、アルミの棺桶のコクピットを閉ざした。

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 隊舎の大広間で思い思いに過ごす戦隊のメンバーを眺めながら、私は一人ソファに座って本を読んでいた。

 

 先ほどすでに生き残ったライラとリカルドにはお説教をすませておいたが、さすがの私も今日は彼らに混じって遊ぶ気にはなれなかった。

 

「おーいルゥ、お前今日はやんねえのかー?」

 

 ダーツの矢を手に持ち、私の名を読んで問いかける自分よりいくつか下のリカルドの言葉。

 

「ごめん、今日は私はいいや。」

「ちぇー。…まあ、厄介なライバルが一人消えたってことで!」

 

 再びダーツ仲間に向き直る彼を見届けて、文字を追うことに集中した。

 

 しかし、一枚ページを捲るより前に、再びルゥの安寧の時間は中断された。

 

『ムーンヘア、今、よろしいですか?』

「あぁ…まぁ、大丈夫です」

 

 最初に思ったのは、よくもまあこう毎日毎日繋いでこれるな、と言うことだった。

 このハンドラーが就任した初日の夜に全員に着任挨拶とやらをしてきて、自分はあまり気にはならないが他のプロセッサーには迷惑かもしれないから、だからこれから繋ぐのなら自分一人にしろと言ってからこのハンドラーは毎日のように同調してきて。それにも慣れてからだいぶ月日が経った。

 

 彼女に対する印象はあまり変わらない。

 どこまで行っても世間知らずのお嬢様で、…父親が白銀種(セレナ)だったから、この言葉は使いたくないけれど、どんなに憐れみと同情を持って接してこられても彼女は卑怯な白豚のままだ。

 こちらからは踏み込むことはない。…いちどだけ、踏み込もうとして、辞めたことはあるけれど。それでも、せいぜいが夜の雑談に付き合ってやる程度だ。

 

 今日はいつもより早い時間だが、いつも通り個人的なお話なのだろう、周りの人間のレイドデバイスの電源が入っていないことを確認して渋々本を閉じる。…今いいところだったのに。

 ルゥの持っている本は、ジャンルはバラバラだが、どれもルゥが転属の度に所属した色々な戦隊の隊舎の本棚に残されていた本達だ。

 今読んでいる本もこの基地で見つけた本で、南側の国で作られたという民謡集のようなものらしく、これがなかなか面白いものだった。

 

 近くにいた燻った金髪を持つライラに声をかけてから、裏口から騒がしい隊舎を後にし、沈みかけた太陽に赤く照らされた外に出た。

 真っ赤な世界は、血の色と違って温かみがあるから、私は好きだ。

 

「今日は何のお話でしょうか、ハンドラー・ワン」

『その、まずは謝罪を。先程あなたのことを怒らせてしまってようで…』

「いえまあ、もう気にしてはにないので大丈夫ですよ」

『…!そうですか。』

 

 パラレイドの向こうで顔の見えない銀鈴の声が弾む。

 気にしていないのは本当だ。怒りの理由すらもわかっていないのなら、気にかけてやる価値もないし。

 

「それで、お話って何でしょう」

『昼間は言いそびれてしまったんですが、今日付でこの第9戦区を離れて…スピアヘッド戦隊の指揮管制の任につくことになりました』

 

 スピアヘッド戦隊。なるほど。

 声からして彼女はだいぶ若いのに、その歳でスピアヘッドを任されるならさぞかし優秀なのだろうが、それはそれとして。

 

「…あぁ、それはそれは」

 

 ニィ、と自分の口が歪むのがわかった。

 パラレイドは、椅子に座って対面して話している程度の感情の変化は伝わるから、相手もこっちの雰囲気が変わったことがわかったのだろう、困惑の雰囲気が伝わってきた。

 ひとまず取り繕って、声をかけた。

 

「お話は、それだけでしょうか」

『え、ええ、はい。この後は友人にレイドデバイスを預けて設定を変更してもらう手筈になっています』

「そうですか。では、最後に。お悔やみ申し上げますハンドラー・ワン」

『…?それはどういう…』

 

 私は会ったことないけれど、もし会うことがあったら、私もこれまでの戦友達の記憶共々彼が行くところまで連れて行って欲しいものだ。

 そう考えながら、困惑する彼女を無視して言葉を紡ぐ。

 

「死神によろしく」

『っ——』

 

 ぶつりと一方的に通信を切った。

 相手はお優しいお嬢様だし、この程度の無礼は許してくれるだろう。

 

 世間知らずの聖女のように高潔なお嬢様の相手は結構疲れるのだ。

 …それでも毎日のおしゃべりは女同士ということもあってそれなりに弾んで、それがなくなるのはちょっと寂しい、なんてまあ、思わないこともないけれど。

 

 隊舎に戻ると、喧騒が出迎えて、少し笑みを浮かべた。静かに本を読むのは好きだけど、騒がしいのも嫌いじゃない。

 定位置の少し破けて所々繕われた一人用ソファに戻ろうとして、その途中でライラが何か封筒のようなものを持って話しかけてきた。

 

「はいルゥ、これ」

「これは…あぁ」

 

 茶色い封筒に入って中が見えないようになっているそれは、もう何度も目にした転属命令の紙切れだった。

 エイティシックスごときの転属命令のためにわざわざ共和国軍人が直々に伝えにきたり、ご丁寧に無線やパラレイドで直接伝えにきてくれるわけはなく、基本的にこう言った無機質な封筒に入った転属命令書が送られてくるのみだ。

 

 もうこの戦区にきて長いし、それなりの期間生き残ってしまって、私がこの部隊に来た時から一緒にいた戦友はアルヴィンだけで…彼も今日、帰らぬ人となった。

 この転属命令もそろそろくる頃だと思っていたし、さっさと荷物をまとめて持っていく本を選別しないといけない。

 エイティシックスが持っていける荷物は小銃以外だとごく少ないし、お気に入りの本以外は置いていかなければならないのがこの転属の辛いところだ。まあでもこの隊舎においてあった本はあらかた読んだし、この転属命令は意外と都合が良かったりするかもしれないな、なんて考えながら封を切った。

 

 なになに…

 

 

『 E030-67539

 

  本日付で東部方面軍第九戦区第三部隊戦隊長の任を解き、

  新たに東部方面軍第一戦区第一部隊『スピアヘッド』戦隊への転属を任ずる。

  この文書が届いた場合、当日の2200に整備場の前に輸送機が到着するため、それに乗り込むこと。

 

                         共和国東部戦線兵站部        』

 

 

 なるほどなるほど。

 

 …ここで一つ思い返してみようか。

 あのハンドラーのお嬢様はどこへいくって言っていたっけ。

 そうそう、確か『スピアヘッド』とか言ってたな。

 

 もう一度辞令に目を通して、一文字一句間違いがないことを確認した。

 

 

 なるほど、つまり私は、もう一度あのお嬢様の指揮官制の元で戦う、と。

 百歩譲って最前線の『スピアヘッド』戦隊に飛ばされるのは良い。

 

 

 え、私思いっきり「死神によろしく(キリッ」とか言っちゃったんだけど。え、まじ?

 

 

 

 

 

 その日。

 おそらく第三部隊の次期戦隊長となるであろうライラに肩を揺さぶられるまで、哀れな月のうさぎは固まったまま動かなかったとさ。

 





 エイティシックスの二次創作少ないなー、と思って書きました。
 もしエイティシックスを知らないという方がいたら、原作はすごく面白いので是非是非読んでみてください。
 小説版、漫画版、アニメがあります。…特にアニメは無茶苦茶クオリティが高いです。

 お読みいただきありがとうございました。
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