86区の月うさぎ   作:crack

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 前話のシンとルゥがシンの異能のについて話している部分を加筆・修正しました。(2024.3.14)
 深夜の会話と早朝の会話、どちらも変えているのでもしまだ見てない方がいらっしゃいましたらちょろっと見ていただけるとありがたいです。

 戦闘描写書いてたら一万字超えちった。


第二話 月のうさぎとレギオン予報

 

「カイエ、夜ご飯の仕込みってこれくらいでいいですかね」

「どれどれ…うん、十分だ。あとは狩に出ているメンバーの戦果次第ってことになる。というか、ルゥは料理が上手いんだな」

「うん、前の隊でもやってたから。ただ…」

「ただ?」

「向こうでは、こんなに美味しい食材は手に入らなかったし、こんなに時間に余裕を持って作ることもなかったから。…まあでも、簡単なものでも作れる時は作ってたよ、だってそれじゃなきゃ、夕飯はあの…」

「「「プラスチック爆弾!」」」

 

 あはははは。

 

 私がスピアヘッドの面々に挨拶をしたその日は、シンが「今日1日はレギオンは来ないだろう」と言っていて、皆哨戒の時間なのに出ていなかったから、私も気は抜かないけれどその言葉を信じて、隊のみんなと親交を深めることを優先した。

 今のスピアヘッド戦隊は、一ヶ月くらい前に作られて、戦隊の損耗は三人。なのに私以外の追加補充のプロセッサーは来ていない。まあ、この場合追加補充のプロセッサーが来ないことに問題があるんじゃなくて、私が追加でスピアヘッド戦隊に追加で配属になったことのほうがおかしいんだけど。

 

 スピアヘッド戦隊は、死なねばおかしい過酷な86区の戦場で、ほとんどのエイティシックスがレギオンに食われるこの場所で、共和国が想定してないほど生き残ってしまったプロセッサーが最後に処理(・・)される処刑場だ。

 長く生き残ったプロセッサーは激戦区を転々とされるけど、そんな中でこんなところまで生き残ってしまって始末に追えない、他のエイティシックスにとっては英雄とまで言えるプロセッサーが最後に行き着くのが、ここ、第一線区第一戦隊『スピアヘッド』。

 共和国を守らせるためじゃなくて、死なせるために戦わせるようなこの場所だから、その処理中に私のような新しいプロセッサーを加えるなんてことはまず起こらないし、本来なら私がスピアヘッド行きになるのは今ここにいたシンたちが、全員死んでからのはずで…

 私の転属が夜中だったことも含めて(本来なら昼間のはず)、不可解な点が多い。

 

 …いやまあ、共和国のことだから向こうの手違いって可能性が一番高いんだけど。

 

「うーん…」

「ん?…ちょちょ、ルゥ、火、火止めて!」

「え?…あ!」

 

 同じ第四小隊の、燻ったオレンジ色の髪に薄緑色のヘアバンドを巻いた少女——ミクリが、慌てた様子で伝えてきて、なんとか大事になる前に気づけた。共に夕飯の支度をしていたカイエとミクリに平謝りすると、いいよいいよと笑顔で許してくれた。

 

 この場にいる第四小隊のメンバーは三人で、第四小隊唯一の男性であるトウザンくんは狩りに出ているから、台所には私たち女三人の姦しい声が響いていた。その後も夕飯の支度をしながら、そう言えば、と気になっていたシンのことについてカイエに聞いてみる。

 

「私86区の『死神』のことについてあんまよく知らなかったんだけど、シンがその死神っていう認識で合ってる?」

「ああ、合ってる。…私も詳しくは知らないが、彼がいた隊のプロセッサーが全滅していく中で、シンだけが生き残ってしまっていたっていうことと。後は、彼がその死んだプロセッサー達の機体の破片に彼らの名前を刻んで保管しているから、そう呼ばれ始めたそうだ。…例え私達が死んでも、彼が一緒に連れて行ってくれるから、みんな彼のことを、畏怖と敬意を込めて死神なんて呼ぶんだ」

 

 機体の破片…そういう手があったか。

 私が見送った彼らの名前を、1日たりとも、1人たりとも忘れたことはないけれど。私が死んじゃったらそれで終わりだったから…そうだね、できれば私の記憶だけじゃなくて、物として残してあげたかった。

 …今度、丈夫な紙にでも書き出して残しておこうかな。

 

「ただ、まあ」

「うん?」

 

 カイエが、伏目がちに言葉を紡ぐ。

 

「私達が死んで、私たちを彼が、彼の行き着く先まで連れて行ってくれるというのなら、」

 

 一度言葉を切って、カイエは続けた。

 

「シンのことは……誰が覚えていてくれるんだろう」

「……」

 

 彼は、いつも仲間が全滅する中で生き残って、彼らの名を彼が行き着くところまで連れて行ってくれる。

 でも、じゃあ、連れて行ってくれる彼は、連れて行ってもらう私たちとは違くて、孤独なんだ。誰も彼もがシンを置いて逝ってしまうから、彼はずっと、独りで。

 

「たーだいまぁー!今日の戦果はウサギ3匹雉2匹、それとついでにベリーでーす!」

「リズムよく言ってんじゃねーよ」

「ちょっと獲物を深追いしてたら遅れちった。すまんすまん」

「いいですよ、仕込みは大体終わってるので」

「でも次はもうちょっと早くしてよねー!」

 

 持ってきてくれた獲物は血抜きは済んでいたから、一口サイズに切って煮込んで、なんとか夕食の時間には間に合った。

 夕食の準備をしていた私たち以外の当番がなかったプロセッサー達は外で遊んだりしていたから、隊舎に全員が集まった時には夕飯が待ちきれないと言う様子だった。全員で声を上げていただきますを言った後、そんな彼らの前に置かれた料理はみるみるうちに消えていった。

 

「うんめぇー!」

「いつもと味付けちょっと違うね?」

「今回はルゥが主体で作ったからな。私たちはあくまで補助だ…というか、もっと味わって食べたられないのか?」

「やるじゃねえかルゥ!」

「ひゅうぶんあひわっへふよ」

「飲み込んでから話しなさいよ」

「おかわりー!」

「はっや」

「まだ量はありますから、味わって食べてね」

 

 今日1日でわかったけど、この戦隊はすごく賑やかだ。前の戦隊も賑やかな方だったけど、ここは別格だ。

 シンの異能があるから、その分余裕ができるんだと思う。そこまで考えて、気づいた。こんなところでも彼に頼ってしまっているんだ、と。

 

 

 

 お皿を洗い終われば、後は自由時間になる。

 みんながダーツをしたり、カードゲームをしたりしながらギャアギャア騒いでるのを見ながら、私はシンの横でシンの部屋から拝借した本を読んでいた。膝の上には足の先が白い黒猫が乗っている。撫でてやると気持ちよさそうにゴロゴロ鳴いていてとても可愛いです。…名前は適当らしいから、とりあえずシャーリイって呼んでます。

 ちなみにシンは私が荷物にまとめて持ってきた本のうち一冊を読んでいる。

 というか、読ませてる。

 

「それ面白いでしょ?私のイチオシ」

「さぁ」

「さぁ、じゃないの!ちゃんと読んで、感想聞かせてね。貴方の義務だよ義務」

「…なんでそこまで」

「むぅ…色々考えながら本を読む方が、レギオンの声から意識を逸らしやすくなるんじゃないかな?」

 

 本音は、本を語り合える人が欲しいからだけど、それを正直に言うのはなんだか癪だから、最もらしい理由で繕った。私も彼もいろんなジャンルを手当たり次第に読む濫読家だけど、本に対する姿勢は全然違う。だけど、彼にも本を好きになって欲しいと思う。

 

「むぅ…」

「どうしたの、クレナちゃん」

「…べつに」

「んー、あれは…なるほどなるほどぉ」

「ああ、シンか」

「シンくんとルゥが仲良さげにしてるのが気に食わないのねー」

「な、ちょ、そんなんじゃないってば!」

 

 やれ、本当に騒がしい戦隊だ。

 シンから視線を外して、本の文字数を消化する作業に戻ろうとしたところで、耳に取り付けられたレイドデバイスが独特の起動音を上げるとともに、じん、と熱を持った。

 それと同時に、隊舎中に響いていた喧騒がぴたりと止んだ。

 

『戦隊各員。今、よろしいですか?』

「…ええ、構いません」

 

 聞き慣れた銀鈴の声が耳朶を打った。

 本当にここにも繋いできてるのか…「死神によろしく(キリッ」って言ったのが昨日で、その後に彼女はスピアヘッド戦隊に繋いだと言っていたから、ハンドラーが私抜きで死神ことシンとよろしくやってたのはその一回だけだ。そして私と彼女がパラレイドで繋がるのは、実に24時間と少しぶり。…昨日の私死んでくんないかな…

 

『では、改めて、こんばんは。…そういえば、補充のプロセッサーはもう来ましたか?どうやら人事部の方で手違いがあったらしくて私の方にも資料がまだ回ってきてなくて…』

 

 私のことだ。というか、流石共和国というべきか、向こう様の手違いのせいで私はスピアヘッドに遅れて配属になったらしい。ふーん。

 

 そんなふうに考えていたら、肩をつんつんと突かれた。横の方を見ると、シンが無表情でう頷いていた。…え、なに。…あ、自分で言えってこと?…わかったよ…

 

「…ハンドラー・ワン、昨日ぶりです、どうも」

『…ムーンヘア!?貴女、どうして…あ、もしかして繋ぐ部隊を間違えてしまいましたか!?』

 

 どうやらかなり困惑しているらしい。

 無理もない、私も転属命令をもらった時は困惑したもの。

 

「昨日、更新を終了した後に辞令が届きまして。深夜便でスピアヘッドに来た次第です」

『ああ、そうだったんですか…では、「死神によろしく」と言うのは』

「忘れてください」

『え?』

「忘れて、ください」

『あ、はい』

 

 なんとか私の恥ずかしい出来事は抹消できたらしい。これで一件落着である。

 そう思っていたら、1人のプロセッサー…確かキノと言っていた、おかっぱ頭の少年が口を開いた。

 

「なんか別れ際にキザなこと言っちゃうの、わかるなー」

 

 ヤメテ。

 

「人間そう言うもんだぜムーンヘア。俺も似たようなことあるからわかる」

 

 ライデンも黙って。またお母さんって呼ぶよ?

 

「なんだったか、確か、最後に見る」

「おっとこの話はやめにしようか」

「えー、なんだよ気になるー!」

 

 わいわいがやがや。

 やれ、本当に賑やかだな、とルゥは肩をすくめた。

 

 

 

 ちなみに私の「死神によろしく(キリッ」については後でしっかり揶揄われた。

 憂鬱だ。

 

 

 

 

 

 

 

 それから一週間ほど過ぎた日の朝、私はライデン達と森へ木の実を取りに来ていた。

 

 スピアヘッド戦隊では、シンが異能でレギオンの位置を感知するから、哨戒をしなくて済む。その分の空き時間を狩りや採集、娯楽の時間に当てていて、だからこんなにも余裕があって、最前線なのにみんな元気で賑やかだ。

 

「そのベリーは食べられるやつで、そっちのは…まあ食べられなくもないけど、すっごーく酸っぱいやつだから、取らなくていいやつ」

「うん、わかった。ありがとうクレナ」

「おーいダイヤ、ライデン、ちょっとこっち来てみろよ」

「なんだよキノ…って、うさぎかよ」

「べつに珍しくもねえだろ」

「それがさーこいつ、全然逃げないの」

「おーほんとだ」

 

 採集の最中も賑やかで、私はつんけんしつつも優しいクレナに木の実見分け方を教えてもらっていた。

 手に持った紙袋にベリーを詰めながら、森を進む。…真っ赤に熟れて美味しそう。ちょっと食べてみよ…あ、美味しい。こっちのは…

 

「んんっ!?」

「あ、酸っぱいの食べたでしょー!」

「んんー!」

「あはははは」

 

 こちらを指さして笑う彼女に涙目になりながら訴えかけたが、私のことを笑う人数が1人から4人に増えただけに終わった。

 

 ある程度の採集が終わって、近くにいた〈スカベンジャー〉に戦利品を乗せていく。

 

「今日は大収穫だなー」

「ファイドー、いけるかー?」

「ぴ」

「え、この子言葉がわかるんですか」

 

 前腕部の無骨なアームをあげて答える〈スカベンジャー〉…ファイド、と言う名の彼(彼女?)を指さして尋ねた。

 

「んー、多分?シンが戦場で拾ってきたら懐いちゃったらしくて」

「いや、犬じゃないんだから」

「私も変だと思う…よし、これで全部乗っけ終わった。…あ、ファイド、これいじめじゃないからね」

「ぴぴー」

「それはイエスなのノーなの…」

 

 もぐもぐと採ってきたベリーをぱくつきながら行われるそれはなんとも平和的なやりとりで、ファイドのコミカルな動作も相まって面白くて…

 

 

 

 

 ぞわり。

 

「っ——」

「ん、どうしたルゥ…って、あれは…」

 

 首筋に走った感覚に従って、視線を東の方へ向けると、そこには空を埋め尽くす鉄色の蝶の雲があった。

 阻電攪乱型(アインタークスフリーゲ)。鉄色の軍団が、襲撃の前に無線封鎖のために出す、小さなレギオンの軍団。紛れもない、襲撃の予兆。

 東の方へ目を向けると同時に、パラレイドが起動した。

 

『散歩組各員、聞こえる?』

 

 少年の声。この一週間でそれなりに話すようになった、絵の上手い、翡翠色の瞳が綺麗なセオという名の。

 

『予報が変わった。一雨来るよ』

「ああ、こっちでも確認した。阻電攪乱型(アインタークスフリーゲ)が出てるから、もうレーダーはやられてんだろ」

「いつ頃来るって言ってた?」

『二時間後くらいだろうってさ』

「りょーかい。すぐ戻る」

 

 おそらく向こうもシンがレギオンの声が聞こえたから伝えてきたのだろう。

 でも、二時間後なんていう大体の数字までわかるんだから、彼の異能の探知範囲は一体どれほどなんだろうか。

 

『今回も羊飼いはいないらしいから、単純な力押しで来るだろうね』

「羊だけか。鴨打ちだな」

 

 ファイドには荷物を置いてから合流するように伝えて、私たち五人は〈ジャガーノート〉の置かれている整備場の方へ駆け足で向かう。

 

「ねえライデン、羊飼いって、なに?」

「ん、ああ。ルゥはまだシンの下で戦ったことなかったからわかんねえのか。」

 

 言葉をまとめるためだろう、一拍置いてからライデンは言葉を続けた。

 

「まあ、俺達も詳しく知ったのはシンと出会ってからなんだが…要するに、羊飼いってのは人間の脳髄の構造をスキャンした構造図を持つ、レギオンの指揮官機ってところだな」

「…え?」

 

 人間の、脳の構造を、スキャン?

 

「…なんで、そんなこと」

「レギオンの寿命は、帝国が滅んじまったから後二年程度しかないって話、知ってるか?」

「ギアーテ帝国が滅んだって言うのは耳にしたことあるけど、後のは知らない」

「まあ普通はそうだよな。俺たちもセオとシンがいたからわかったことだし」

 

 ダイヤがそうぼやいた。

 彼らが言うには、三年ほど前にギアーテ帝国が自らが作り出したレギオンによって滅んでしまったから、本来なら5万時間…六年弱に設定されている寿命のせいで、二年後に全てのレギオンは停止する予定だったらしい。

 でも、レギオンは、その未来を良しとしなかった。彼らは、近い未来に使えなくなる脳構造図の代わりになる新たな構造図を求めて…そして、その材料が、近くに、大量に、簡単に手に入ることを見つけた。言わずもがな、人間の、ひいてはエイティシックスの脳髄だ。

 

 ライデンが言った『羊飼い』と言うのは、そんな人間の戦死者の脳を新鮮な状態でスキャン・コピーして作られた脳構造図を用いたレギオンらしい。…そして、死後時間が経過した状態の脳をスキャンして作られたレギオン…『黒羊』ならともかく、『羊飼い』には、戦前の自我と思考が、明確に残っている。

 

 ある程度の説明を終えて、キノがつぶやいた。

 

「まさしく、戦死者の意思を残して戦場を彷徨う、機械仕掛けの亡霊、って感じだなー」

「……亡霊?」

「『黒羊』の方は自我もなければ普通のレギオンとそんなに性能は変わんないけど。…でも、死ぬ直前の思考をスキャンして読み込むから、シンにはずっと、断末魔の声が聞こえてるんだって」

「……」

 

 じゃあ、つまり。

 シンは、一日中、休んでいる間すらもレギオンの断末魔の《声》を聴き続けて、生活しているんだ。人が死ぬ間際の、強い願望を。…呪いのような、その意思を。

 ふと、アルヴィンのことを思い出した。

 彼は、わかっていたのかもしれない。…私は、シンほどじゃないけれど、死んでいった仲間達の意思を背負って生きている。多分それは、長い間生き残ってきたスピアヘッドの他の面々も同じで、アルヴィンも一緒だったんだ。

 

 それで、彼が無言で逝ったのは。

 

 多分、私の背負っているものがわかっていたから、言葉も残さずに逝った。呪いを、残さないために。

 …本当に、お節介焼きな副長だった。

 

「…お、着いたぞ」

 

 ライデンの声に思考が打ち切られた。

 すでに整備場の前には他のスピアヘッド戦隊の面々が集まっていて、来たのは私たちが最後だった。

 

「おせーぞお前らー」

「っと、わりいわりい」

 

 その後少しワイワイ雑談して、シンが白髪の混じった黒髪の、サングラスをかけた整備班長と話をしてから戻ってくるまでの時間を潰していた。

 程なくしてシンがこちらへ足先を向けると、全員ピタリとおしゃべりを止め、シンの方へ意識を向けた。

 

「揃ったな。…傾注」

 

 バッと、衣が空気を叩く音。

 

「状況を説明する」

 

 シンの状況説明を聞きながら、出撃の準備を始める。パラレイドはもう起動してあって、そこから聞こえるシンの声は、いつも通り平坦な声音だった。

 

『直近の群れに、後方から別の群れが合流している。おそらく補給だろう、終わり次第向かって来る』

 

 私が駆け寄るのは、他のみんなの〈ジャガーノート〉とは違う、汚れも凹みもない新品のそれ。

 この前セオにパーソナルマークはどんなものがいいか聞かれたから、三日月を背景にうさぎが跳ねている絵がいいと答えて、その日のうちにセオが書いてくれた。

 躍動感あふれるこの絵は、可愛らしさとかっこよさが共存しているようで、私はとても好きだ。

 

 コクピットを開けて、シートベルトを閉める。一応最後に忘れてるものがない確認したら、キャノピを閉めて。そうすれば、あっという間に隙間風の入り込むアルミの棺桶の完成だ。さすがは軍用ナイフでも切り裂ける厚さ10mmのアルミ装甲というだけあって、驚くほど軽い。

 メインシステムを立ち上げると、わずかな駆動音と共に網膜に光学スクリーンが投射され、画質の荒いそれが締め切った棺桶の外の様子を映し出す。

 

『進路上のポイント304で待ち伏せ。メインストリートにキルゾーンを設定し、そこで敵部隊の大部分を仕留める』

 

 セオリー通りの、市街地での待ち伏せと奇襲の戦法。

 でも普通の部隊なら、レギオンがいつ来るかとか、レギオンの規模とか進路とか。諸々の情報が全く足りないから、きっとこんなに完璧にその戦術を遂行できるのはシンの部隊だけだと思う。

 私も直感が走ればレギオンの来るタイミングとかならわかるんだけど、部隊情報はハンドラー任せだし、経験でレギオンの進路を予測して構えてたりした。その点あの聖女様みたいなハンドラーは優秀で、きっちり部隊規模とか相手の位置とか教えてくれたし、近辺の詳しい地形なんかも教えてくれたりしたから、その点では感謝してる。

 

 エンジン音と部品の擦れる音を響かせて、22機の〈ジャガーノート〉がその目を赤く光らせ、頼りない四本の脚でその体を起こす。

 

 そうして、小隊ごとに固まって隊列を組んだら、いざ戦場へ、行軍開始だ。

 …今気づいたけれど、シンの格闘用サブアームの兵装、高周波ブレードなんだ。…他のみんなは私と同じ12.7mm重機関銃で…というか、私自身これまでの戦場で高周波ブレードをつけて戦ってる人は見たことないな…

 

 阻電撹乱型(アインタークスフリーゲ)の重厚な雲が戦場を瞬く間に覆って行く。

 

『やっぱ春でも太陽隠れると寒いなー』

『狭い割には冷えるよね、コックピットの中』

『だって装甲ペラッペラだし。隙間も空いてるし』

『ついでに足遅いし』

『すぐ壊れるし』

『主砲はよわよわですし』

『ああ、素晴らしい駄作機…!』

 

 行軍中、隠れゆく太陽の下ではスピアヘッド線隊による〈ジャガーノート〉愚痴大会が開催されていた。

 …いや、ほんとに主砲はもっと強化して欲しいかな…この主砲でも一応戦車型(レーヴェ)の天板の走行なら貫けないこともないけど、時々斥候型(アーマイゼ)にすら弾かれることあるし。…言っても無駄だろうけど。

 

 そんなこんなで〈ジャガーノート〉を駆ること数十分。

 その間も彼らの雑談は続いていて、この隊は他の隊のように、極度の緊張が伝播して無理に笑いをとって緊張をほぐさなきゃいけなくなるような状況とは無縁なんだろうな、と思った。

 

『ハンドラー・ワンより戦隊各員、敵部隊が接近中のようです。ポイント208にて展開、迎撃を!』

 

 パラレイドの同調対象が1人増えて、切迫したような雰囲気の銀鈴の声が言葉を紡ぐ。

 

『アンダーテイカーよりハンドラー・ワン、すでに展開済みです。より前進した地点の、ポイント304にて迎撃します』

『…あなたも私より早いんですか……流石ですね、アンダーテイカー…敵部隊は戦車型(レーヴェ)が大隊規模、近接猟兵型(グラウヴォルフ)が二個大隊規模です。注意してください』

『把握しています。了解しました』

 

 今のやりとりも、私が前いた戦隊で何度か繰り返したのと同じ感じのものだ。

 とはいっても私の異能じゃ、せいぜい彼女が同調して来る前に配置が完了してたことなんて数えるほどしかないし、その点シンの異能の速さは異常だ。

 

 相手の規模は、前の隊で戦ったよりも多くて、こっちは人数の足りてない小隊もあるというのに。

 なぜか、不安は感じない。

 

 隊の面々が銀鈴の声に対して少し白けるような雰囲気を醸し出しているのをパラレイド越しに感じていると、ふいに、光学スクリーンの端に、レギオンの接近を知らせる文字。

 

『お、来るぞ』

 

 ライデンが声を上げるとともに、街の大通りの稜線の裏から、続々と銀色の軍団が現れた。

 斥候型(アーマイゼ)すら10tにもなるのに、脚部の衝撃吸収機構が〈ジャガーノート〉の何倍も優秀だから、レギオンは一切の足音をさせない。でも、重量はしっかりあるから、振動はきっちり伝わる。聞こえるのはレギオンの駆動系が出すわずかな排熱音と部品の擦れる小さな音だけ。それが無数に折り重なって、ざわりと広がる。

 あと聞こえるのは、自分と他のプロセッサーの息遣い。

 

『へぇー今日も大勢でご苦労なことだなレギオンども』

 

 誰かのぼやきが聞こえた。

 街のビルの上の、壊れた外壁や瓦礫の影に隠れながら、そろそろ来るであろうシンからの発砲の合図に備えて、いつも通り意識を深く沈める。大きく息を吐きながら、脱力して、深く、深く。

 

『…ムーンヘア?』

『ん?なーに?』

『いや…なんでもない』

 

 シンから問いかけがあって、意識が少しそちらを向いた。でも、すぐさまその問いかけは撤回されたから、そのまま意識を集中させていく。

 目の前を斥候型(アーマイゼ)が通り過ぎて、主砲のトリガを改めて握り直す。

 キルゾーンに、戦車型(レーヴェ)が差し掛かった。

 

『——撃て』

 

 瞬間、狙いを定めていた戦車型(レーヴェ)の天板に発砲。直撃の爆炎と土煙で、敵主力部隊が見えなくなった。

 斥候型(アーマイゼ)のすぐ後ろに控えていた近接猟兵型(グラウヴォルフ)はすでに頽れていて、標的を探すようにセンサを右往左往させるようにする斥候型(アーマイゼ)が、感情のない機械のくせして、見えない敵の出現に戸惑っているようにも見えた。

 

 そんな斥候型(アーマイゼ)部隊に、街中に潜んでいた第三小隊の〈ジャガーノート〉が身を翻して12.7mm重機関銃を発砲。次々倒れる斥候型(アーマイゼ)部隊の注意が発砲してきた〈ジャガーノート〉部隊に移ったところで、ビルの上に潜んでいた部隊が再び顔を出して、高所から57mm滑腔砲を次々放って弾幕を展開して追撃する。

 

 でもレギオンは、そんなことじゃちっとも動揺してくれないから、すでに体制を立て直したらしい近接猟兵型(グラウヴォルフ)が背部に背負ったミサイルを放つ。戦車型(レーヴェ)斥候型(アーマイゼ)の目をたよりにビルの方を砲撃して来るようになったから、そろそろ潮時だ。

 ワイヤーアンカーを引っ掛け、壁伝いに地面へと足をつける。

 

『——第三小隊、交戦中の小隊を誘引して南西に後退。第五小隊は…』

 

 矢継ぎ早に死神の指示が飛ぶ。

 その指示は素早くて、的確で。我らが戦神は、亡霊の声を頼りにスピアヘッドの部隊を手足が如く操っていく。

 

『私たち第四小隊は第三の誘引に引っ掛からなかったあぶれものの処理だ。ガンメタルスコームは私と、ムーンヘアとレウコシアはそこでバディを組んで当たってくれ』

『ガンメタルスコームりょーかい』

「ムーンヘア了解。…よろしくね、レウコシア」

『レウコシア了解。ムーンヘア、合わせるから好きに動いていいよ!』

「それはありがたいです…ね!」

 

 物陰から飛び出すと共に、主砲を一発打って離脱。

 〈レウコシア〉が入れ替わるように私に気を取られた敵部隊に発砲して、私はその間にワイヤーアンカーで対岸のビルに飛び移りながらサブアームの重機関銃で弾幕を展開する。

 

 スピアヘッドにいるだけあって、〈レウコシア〉も流石の練度だ。やりやすいことこの上ない。

 

『ムーンヘア、右!』

「見えてる!」

 

 ビルの隙間からこちらを狙っていた戦車型(レーヴェ)の主砲を機体を斜め前にずらして回避して、そのままビルの外壁を疾駆して戦車型(レーヴェ)に肉薄。

 グリンと、戦車型(レーヴェ)の主砲がこちらを向く。とった、とでもいいたげに、空中にいるこちらを照準して。

 ベッと舌を出して、どうせ聞こえないだろうけど告げる。

 

「こっちじゃないよ」

 

 ビルの外壁に刺してあったワイヤーアンカーを巻き戻して、機体を強引にずらす。

 

 すでに発砲された戦車型(レーヴェ)の120mmの弾丸は、遥空の彼方へと通り抜け、惚けるように立ちすくむそれの上には、〈レウコシア〉。

 トリガ。爆炎をあげて戦車型(レーヴェ)が地面に平伏し、二度と動かなくなった。

 

『やるね、ムーンヘア』

「そっちこそ。やりやすくて助かってます…っと、」

 

 首筋に、またチリチリと走るもの。おそらく…

 

長距離砲兵型(スコルピオン)!」

 

 その時。

 ノイズのような、微かな音がパラレイド越しに聞こえた気がした。

 

『前期射撃停止。散開!』

 

 瞬間、空から降り注ぐ砲弾が、彼らにとって味方のはずの(レギオンに味方意識があるのかは知らないが)斥候型(アーマイゼ)諸共吹き飛ばした。

 道路のアスファルトが捲れ上がり、しかし被弾した〈ジャガーノート〉はゼロ。

 

『ハンドラー・ワンより戦隊各位、長距離砲兵型(スコルピオン)の長距離砲です、注意してください…観測機の推定位置は、アンダーテイカーから方位030,160,270、それぞれ距離は1200です。確認と制圧を』

『ガンスリンガー、方位030、距離1200のビル屋上に四機』

『了解、任せて』

『情報ありがとうございますハンドラー・ワン。次の観測機が出てきます、引き続き、位置の特定をお願いします』

『…っはい!』

 

 パラレイドの向こうで喜ぶ気配がして、眉根が勝手によるのがわかった。

 

『…今日はちと多いな、アンダーテイカー』

『鴨撃ちなんだろ、楽しめばいい』

『っへ、簡単に言ってくれるな』

『確かに、今日は戦車型(レーヴェ)の数が多い。…今のうちに減らしておいたほうがいいだろうな』

 

 補給を終えた〈アンダーテイカー〉が高周波ブレードを構える。…単騎で戦車型(レーヴェ)を片付けるつもりだろうか。

 彼の腕はまだよくわからないけど、ライデンの様子を見るにそう珍しいことでもないらしい。…また、彼に任せっきりだ。…それは、だめだ。

 

「じゃ、私も戦車型(レーヴェ)一緒に受け持つよ」

『…わかった、補助は任せる』

『ムーンヘア、気をつけて。…レウコシアは私と合流して斥候型(アーマイゼ)の掃討だ』

『ライデン、その他の相手と指揮は任せた』

『りょーかい。アンダーテイカーもムーンヘアも、アルドレヒトのおっさんにどやされるなよ!』

 

 その返答を聞くや否や、アンダーテイカーは物陰から飛び出して、リミッターを解除してあるだろう足回りで道路の真ん中に悠々と陣取る戦車型(レーヴェ)に肉薄する。

 …あれは彼1人でもいけそうだ。狙うべきは、他の戦車型(レーヴェ)

 

 〈アンダーテイカー〉の向かう戦車型(レーヴェ)の後ろに控えて120mm方を轟かせる三両の戦車型(レーヴェ)。今撃って、周りには彼らの目となる斥候型(アーマイゼ)はいないから、今がチャンス。

 

 ビルの間をワイヤーアンカーを使って飛び移り、戦車型(レーヴェ)の頭上の高架に飛び移る。

 

 たった今〈アンダーテイカー〉が一両の戦車型(レーヴェ)の天板に砲弾を叩き込んで黙らせたところで、レギオンの注意は完全に向こうに行っている。

 

 飛び降りて、一両の戦車型(レーヴェ)の頭上に陣取って、トリガを引く。そしたらもう一両の戦車型(レーヴェ)の主砲がこっちを向くから。

 

『助かる』

 

 一声と共に、こちらへ主砲を向けた戦車型(レーヴェ)が頽れた。片側の脚を切り裂かれて折られて、当然主砲の狙いは外れて、的外れな方角へ砲弾が飛んでいってビルを崩した。

 〈アンダーテイカー〉が横向きに倒れたレギオンの天板に、57mm砲を叩き込んで沈黙させた。

 

 そちらへ主砲を向けて、恐れるようにわずかに後ずさる戦車型(レーヴェ)の無防備な後方から、ワイヤーアンカーで天板に陣取って。

 発砲音一つ残して、戦車型(レーヴェ)部隊は沈黙した。

 

『これが、アンダーテイカー…』

 

 私もいたよね??

 

 

 

 

 

 

 敵の主力を討って、しばらくすると、レギオンは撤退を始めた。

 

 阻電撹乱型(アインタークスフリーゲ)の鈍色の雲も晴れて、チラチラとその残骸の舞い落ちるオレンジ色の空が顔を出した。

 戦隊のみんなもコックピットを開けて、東の方へ去って行くレギオンの行方を静かに眺めていた。

 

 銀鈴の声も今日は誰も死ななかったから面倒な嘆きもなく、挨拶一つ残して同調を切ったあと。

 

『…帰るか』

『そうだな』

『ふぃー今日お終わったぁ』

『それにしても、ルゥはすごいな。シン以外であんなに戦車型(レーヴェ)とやりあえるプロセッサーは初めて見た』

『私のは補助ありきだし、さすがにシンの方がすごいよ』

 

 わいわいと、帰り道でも雑談を繰り広げながら、長く伸びる影を引きずる〈ジャガーノート〉が世界を赤く染める夕日の中誰もいない街並みを悠々と凱旋して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、共和国第一区にて。

 

「あ、あれ…?」

 

 重ねられた紙を見て、目を見開く。

 

「…これも、これも…あ、これも!」

 

 何枚重ねても同じ柄の戦闘報告書を眺めながら、ゴーンと鳴り響く時計の鐘をきいた白銀の聖女がいたとかなんとか。

 

「もう…」





 作者の推しキャラはカイエちゃんです。
 黒髪ポニテ、ボーイッシュ、和風キャラ。いいと思います。身長低めなのもいい。死に方も人間味がありましたし。…それはそれとして、死んでしまった時は悲しかったんですけど。…実はおんなじ感じでミチヒちゃんも好きです。
 カイエちゃんのパーソナルネームの〈キルシュブリューテ〉。響きはかっこよさ全振りで尚且つちょっと物騒ですが、ドイツ語で『桜』や『桜の花』を意味するらしいですね。ロマンチックです。

 話は変わりますが、時系列調べてみるとわかるんですけど、シン達がスピアヘッドに配属されてからレーナが着任するまで大体一ヶ月と少ししか経ってないんですね。…一ヶ月でハンドラー五回も変わったんですか、あそこ…

 お読みいただきありがとうございました。
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