86区の月うさぎ   作:crack

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第四話 月のうさぎと桜の花

 

 

 

「え、カイエがいた所では月にうさぎが住んでいるんじゃないの!?」

「そんなわけないだろう…ただ月の模様が兎が餅つきをしているように見えるからそう言われてるだけだそうだ」

「私、月の模様がカニに見えた事ならある!」

「餅って何ー?」

「うさぎいないんだ…残念」

 

 今夜は私がスピアヘッドに来てから大体一ヶ月経つ日だから、カーテンを開けてみると窓の外には満月とそれを彩る星々が出ている。今日も隊舎は騒がしくて、そんな中で私はカイエ達と取り留めのない雑談で盛り上がっていて、ちょうど私が月にはうさぎがいるわけではない事を知って落ち込んでいたところだった。

 

 私が東洋では月にうさぎがいるという話を始めて知ったのは、まだエイティシックスになる前のこと…だと思う。遠い記憶の中で、赤い髪の毛を横に流した女性が幼い私に向けて何か物語を語っていて、多分その時。

 戦場に来て一年が経った頃に、当時私がいた隊の戦隊長にパーソナルネームやパーソナルマークを考えないのかと聞かれて、思いついたのがそれだった。パッと思いついただけで、戦隊長にはなんでそれなんだと聞かれてうまく答えられなかったけど。

 …でも私がそれを選んだのは、そこに確かに、小さな温かみのようなものを感じた気がしたからだと思う。

 

「他にも月にまつわる話はたくさんあるぞ?」

「へぇーどんな?」

「たとえばそうだな…月が光るのは、月の表面に生えている桂の木が光っているからだ、なんてことを詠んだ詩もあるらしい」

「うさぎの次は木ですか…?」

「あとはそうだな…月は、いろんなことの象徴としても扱われるな。『女性』、『優しさ』、『神秘』、『成長』…あとは…」

『——戦隊各員。今日もお疲れ様です』

 

 カイエが続けようとして、その前にパラレイドが起動して、カイエが口をつぐむとともに、銀鈴の声が今日も響く。

 

「お疲れ様です、ハンドラー・ワン」

「どうもーおつかっれす」

「毎晩ご苦労様〜」

「こんばんわ、ハンドラー・ワン」

『まずは先日要求の出ていた補充物資の納入日なのですか…』

 

 そう言って、今日もハンドラーとの雑談が始まった。

 話が途切れて静かにハンドラーとの雑談が続く中、手慰みにカードゲームでも始めようか席をたって、ハルトも使いたいと言っていたから二つ分取り出してきた。

 シャカシャカとカードを切る最中でもパラレイド越しのハンドラーの声は楽しそうだった。

 

「ニャァ」

「ん」

 

 カイエにカードを配っていたら、足先の白い黒猫がわざわざ膝の上によじ登ってきたから撫でてやったら、今日も気持ちよさそうにしていた。全く図々しい猫だとは思いながらも、撫でる手は止めなかった。

 

「ニャア〜」

『…猫、ですか?』

「ああ、隊舎で飼ってんすよ。ちなみに拾ったのは俺っす。ここに配属されたばっかの頃に、戦車砲くらった家の前でミィミィ鳴いてて…親とか兄弟ぺっちゃんこだったんすけど、こいつだけ無事で」

「で、なぜかアンダーテイカーに一番懐いちゃったんだよねー…ムーンヘアが来てからはそっちにも」

「ムーンヘアはともかくアンダーテイカーは、全然じゃらしてあげないし媚び媚びすりすりされてもお座なりに撫でてるだけなのにねー」

「二人とも読書中は動かねえから、いいベッドだと思われてんじゃねえか?」

「なにー嫉妬ですか?そんなこと言うならブラックドッグには絶対懐かないと思うよ?うるさいですから」

「ひでぇ、てか理不尽だ!改善を要求するぞ!ブゥーブゥー」

 

 始まった雑談は、初日と比べればだいぶ全員の口数は多くなったけれど、でも多分まだ私たちと彼女の間には壁がある。その壁は堅牢で強固で、それでいてこちらからは破る気もないからきっと、多分今後は消えない壁なんだろうと思う。

 カイエが揃ったカードを捨て終えるのを見計らって、こちらの方から一枚引いた。…ジョーカー。

 運がないなと思いながら、適当にカードを切ってカイエの方に差し出した。

 

「名前はなんというのですか?」

「クロ」「シロ」「ミケ」「キティー」「チビ」「レマルク」「シャーリー」

「だからシンってばその今読んでる本の著者名で呼ぶのいくらなんでも適当すぎるからやめてよ…っていうか何読んでるんだよ、本当趣味悪いなあ」

「私が貸した『西部戦線異常なし』だけど」

「なんで貸すのさそんなの…」

『えぇっと…たくさんいるんですか?』

「話聞いてたの、1匹だよ」

 

 セオの角ばった声音を聞きながら、結局ジョーカーはカイエの手に渡らなくて残り二枚になってしまった手札を念入りにシャッフルしてからカイエの方へ差し出した。

 ……。

 相手のカードが二枚になって、それでゲームは終わらなかったから、ちょっと一息ついてダイヤが話す声に耳を傾ける。ダイヤはいつも明るくてシンとは別のやり方でみんなを引っ張っていくから、こんな時でも饒舌に場を取り持ってくれる。

 …顔には昼間たくさん石を投げられたから、不恰好にもガーゼがたくさん貼り付けられているが。

 ちなみにそれはハルトとセオも一緒で、でもセオだけガーゼの量が少ないのは、容量がいいというか、彼らしいと言う感じがする。

 

 ガシャンッ

 

『え、どうかしましたか?』

「…ネズミが出ただけです」

 

 レイドデバイスを切ったクレナが、足早に広間から出ていくのを見て、シンはそれをチラリと横目で見やった後に答えた。

 …クレナがこの戦隊の人たちとの時間を人一倍大切にしたいと思っているのは知っている。なんてったて彼女の思い人はシンだし、その彼と、そして隊のみんなと過ごし時間が、ハンドラーとの会話で潰されるのが耐えられなかったのだろう。

 

 まあ実際私だって別に前の戦隊の時から好きで同調してたわけじゃないけど。…でも、たとえどんなに短い間でも、話していれば多少の情が湧いてたものだ。

 

 ハンドラーの彼女相手に、前の戦隊の時に一度だけこちらから彼我の間にある壁を壊そうと試してみたことがある。普段の会話の中で、さりげなく私のパーソナルネームの由来について話をしてみて。…会話の最中で、本当にさりげなくだったから、とても卑怯で臆病なことだったと思う。それで相手がそれに気が付かなかっただけで、私は諦めてしまったのだ。

 その私の一方的で卑怯な会話の後は、こちらから歩み寄る勇気が出なくて。その自らの卑怯に勝手に嫌悪感と罪悪感を抱いて、それもあって彼女とは毎日話をしていた。

 もう一度核心をつくような、もっとはっきりとしたことを彼女に問いかけて、共和国人の中でもマシな感性を持つ彼女に今度こそ否定されてしまったら、もう共和国の人間に希望を持てなくなってしまうのが怖いと思ってしまったから。…もう顔も覚えてない父にすらも絶望してしまうのが、怖かったから。

 だから、私はちょっと癪に触るけどそれでも、聖女様の仮面を被ったままの彼女でいてほしいと思ったのだ。

 

 

 …再度引いたカイエのカードはダイヤのキングだったから、ババ抜きは私の勝ちだった。

 

『本当に!?キルシュブリューテ』

 

 自分の回想が途切れたタイミングで、無邪気なハンドラーの明るい声が耳を貫いた。

 

「ああ、みている端からいくつもの星が、ポロポロ空を落ちていくんだ」

 

 自分ジョーカーを机に置いたカイエが、声音を変えずに話し始める。

 どうやら話題はすでに移り変わっていたようで、クレナと、それを追いかけて行ったダイヤが広間に戻ってきた。

 

「空一面光が流れて…それは、見ものだったよ」

『本当に、そんなにたくさんの星が?』

「うん。とても数えきれなかったよ」

 

 膝の上の黒猫が、戻ってきたクレナの方を見やって、何やら落ち込んでいるらしい雰囲気を感じ取ったのか、膝の上から軽やかに降りて彼女の方に駆け寄る。

 膝の上から消え去った温もりと重さが少し残念だったけど、気を取り直して、私もその流星雨に想いを馳せる。

 

 第九戦区に来たばかりで、アルヴィンと喧嘩しながら戦隊長の争奪戦をして、私が勝ったその翌日の、出撃の後の空。だいぶ遅い時間帯までレギオンの攻勢が続いていたから、その流星雨が流れ始めたのはレギオンが去ってすぐで、まだ戦闘区域の中だった。

 市街地で視界が遮られてよく見えなかったから、戦隊全員で廃ビルの屋上に登って、寝そべりながら眺めたものだった。まだ戦隊を組んだばかりで、その日は戦場に来たばかりのエイティシックスも何人か死んだから、生き残った新兵のプロセッサーが泣くの慰めてやりながら見ていたのを覚えている。

 

「流星雨か、それなら俺も見た」

『本当ですか!?』

 

 そんなものどこで拾ったのか、新品らしいクロスワードパズルを解きながら、ライデンが応じる。…というか、ライデンも文字読めるんだったら本読めばいいのに。

 

「ああ。ただし、敵も味方も壊滅した戦場のど真ん中、隣には男一人。…なあ、アンダーテイカー」

 

 そうか。流星雨は多分86区の全域で見られたから、その時間は共有できていたんだろう。

 

「それはまた随分と色気のない」

『ふふっ』

 

 たわいのない雑談に耳を傾けながら、懐から取り出した本のページを捲る。

 

「本当に恐ろしいほど暗いぜ、戦場の夜はさ。そんなか、青白い光が音もなく、後から後から流れて、空を埋め尽くす。あの時、妙なことを口走ったのは、俺の一生の汚点だ」

 

 なんか口調がねっとりしてて気持ち悪い…

 

「なんて言ったんだよキザ野郎」

「なんかキモいですよライデン」

「言うかよバー…おいルゥ俺今ちょっと傷ついたぞ、てか俺も覚えてるからな、お前の…」

「シン、ライデンってばなんて言ったんです?」

「『最後に見るのがこれなら、悪くないかもな』」

「んふ」

 

 あはははは。

 

「なんで言うかね…全く。こいつそれ聞いて鼻で笑ったんだぜ」

「私もその流星雨は見たよ。…もう二度と、あんなのは見れないでしょうけれど」

『…私も、見てみたかったです。流星雨』

 

 ハルトがせっせと作っていたトランプタワーが儚くも崩れ落ちたから、今度は三人でババ抜きをすることにしたらしい。ハルトが切ったカードの一部が私の方に回ってきたから、揃っている端から捨てていく。

 しみじみとそういうふうに言うハンドラーに、私は口を開いて続ける。

 

「こっちの夜は真っ暗だから。この前も話したけど、空を横断する天の川と、星座なんてかけらもわからないくらいの星々と、空の真ん中に我が物顔で陣取る月がいつも見上げればそこにあるんだ」

「寝る時には灯火完成がかかるから、遮るものが何もない空は、それは本当に綺麗だからな。それは間違いなく、ここでの暮らしのいいところだ」

『いい、ところ?』

「そう」

 

 まるで、残酷なばかりだと思っていた86区にいいところなんてあるのかとでも言いたげな、そんな声音だった。確かにここは酷いところだ。けれど、私たちはそんな中で精一杯生きていて、全員に等しく訪れる死のもとに平等で、自由だから。

 

 何か沈黙があって、ハンドラーがパラレイドの向こうで何かを決心したように口を開く。

 

『…キルシュブリューテ、』

「?」

『私たちを、恨んでいますか?』

 

 そんな質問か、とは思う。でも、それは彼女にとって、卑怯にはならないと言う矜持を掲げる彼女にとって、知っておかねばならないことだと思ってのことなんだろう。…それはそれとして、収容所に叩き込んで戦わせている側が、戦っている側に対して『恨んでいるか』と聞くのは、見当違いで、彼女には悪いけれど、側から見れば厚かましくて恥知らずだ。

 

「…それは…もちろん、差別されるのは辛いし、悔しい。収容所での暮らしは辛かったし…戦うのはいつまでも怖いよ」

「だからまあ、それを私たちに押し付けておいて、『エイティシックスは人間ではなく家畜だから』なんて言うような人たちのことは、やっぱり好きにはなれませんよ」

『でも、』

「けど、貴女達白色系(アルバ)の全員が全員悪人じゃないと言うのも分かってはいるんだ。エイティシックスの全員が必ずしも善人ばかりでなかったのと同じように」

『え?』

 

 惚けるような呟きは、これもおそらく彼女の先入観なんだろう。

 彼女の中では、悪いのは全て共和国で、虐げられているエイティシックスは全て…言い方は悪いが、『可哀想な人たち』なんだろう。…彼女に自覚はないだろうが、少々傍迷惑な話である。

 

「たとえば私ですね。私は父親は共和国の貴種の、エイティシックスからしたら一番の恨みの対象の白銀種(セレナ)で、母親は帝国貴族の系譜の焔紅種(パイロープ)だったから。他のエイティシックスにとっても、私たちは異物だったんだ。…両親の顔は覚えてないけど、収容所で私のことを必死に守ってくれていたのは今でも覚えているよ。」

 

 エイティシックスが、全員が善人ではない。…それは、極東黒種(オリエンタ)と言う珍しい人種であったカイエにとっても同じことなんだろう。

 結局のところ、共和国人もエイティシックスも人間の本質は変わらない。不満が、不平が溜まったら、それは自然と『自分たち』以外の少数派に向けられて、『自分たち』とは違うから、だから傷つけても構わないと、そう思うようになる。

 

 …父は、白銀種(セレナ)のくせして、母と私が収容される時にわざわざ髪を染めてついてきて。でも収容所ではすぐに白系種(アルバ)だとバレて、元々格闘術や何やらをやってた人だったから、戦場に出るまでは大事は起こらなかったけど。

 父も母もすぐさま《グラン・ミュール》の建設とレギオンの足止めのための使い捨ての歩兵として駆り出されて、呆気なく死んだ。母の遺体は戻ってこなかったけど、父は一応白系種(アルバ)だったから、遺体だけは戻ってきて。

 でも、簡素に埋葬した墓は…翌日には荒らされていた。保護者のいなくなった少数派(スケープゴート)なんて、いい的だから、そんな扱いは私が戦場に出る前も、そして戦場に出た後も続いた。

 手に戻った父の遺品も戦場を転々とするうちに、他のエイティシックスに壊されたりしたから、もう残りはなくて…いや、一つだけ。カバンの中に入っているボロボロの、母らしき女性が読んでくれた記憶のある月のうさぎの絵本だけは、ずっと残っているけれど。

 

 

 私は真っ先にカードを全て揃え終えて上がって悠々としてたけど、残ったカイエがハルトからどうやらジョーカーを引いたらしく、ハルトがそのガーゼと湿布だらけの顔を愉悦に歪めていた。

 

「…もちろん白色系(アルバ)にもいい人がいるのは…まあ、私は会ったことがないけれど、仲間の何人かは知っているから、分かってはいるんだ」

 

 話をしながら、ちらりと視線を流星の絵を描いていたらしいセオに向けて、カイエが続ける。

 

 セオの、笑う狐のパーソナルマークは、彼が昔いた隊の、白色系(アルバ)の戦隊長のものらしいと言うのは、彼と仲を深めていく過程で知ったことだ。嫌われ者だったその戦隊長は、最後はセオ達を逃すために囮になって、その生涯を閉じたと聞いて、父もそんな人だったのだろうか、なんて考えたこともあったものだ。

 

「だから、白色系(アルバ)言うだけで、恨んだりはしない」

 

 ——色付きだからと言うだけで差別して、戦わせる貴女達と、同じには成り下がらないから。

 後には続かなかったその言葉は、だけどみんなが抱えているものだ。エイティシックスの誇り。決して卑怯には成り下がらず、高潔に生きて平等に死ぬのだと。

 

 セオの握る鉛筆の、黒炭をスケッチブックの粗い面に擦り付ける乾いた音が、広間に反響して聞こえた。

 

『そうですか、では、その人達に感謝しないといけませんね』

「…ハンドラー・ワン。貴女に少し興味が湧いてきた」

『本当ですか!?』

 

 嬉しげな銀鈴の声を聞きながら、カイエは結局また手元に一枚だけ残ったジョーカーを机に放って、ソファから立ち上がって、伸びをして口を開く。

 

「私からもひとつ聞いていいかな」

『はい、なんでしょう』

「貴女は、どうしてそんなに私たちのことを気にするんだ?」

『——それは…』

 

 一息ついて、ハンドラーは話し始めた。

 昔、戦場でプロセッサーの人に助けてもらって、その人は、自分は共和国で生まれた共和国市民だから、国を守って戦うのは市民の義務で誇りだと言っていたらしい。

 そして、自分たちはそんな彼らの戦いを、見届ける義務があるから、こうしているのだと。

 …とても、高潔で、到底難しい理想だ。

 

 それに、少し苦笑してカイエは答えた。

 

「ハンドラー・ワン。…貴女は処女だな」

 

 …ショジョ?しょじょ、しょじょ。…処女。

 

『ん…ええ!?』

「「「あっはははは!」」」

「あ、えと、間違った。その、つまりだな、処女みたいだな、と言うことで」

 

 神妙な雰囲気から突如として飛び出したカイエの発言に、隊舎の中が笑いで満ちる。うちの小隊長どの波動にもこう言う癖があるそうで、時たまとんでもない爆弾発言を繰り出したりする。そして私は、そんな彼女のことが、とても好きだ。…恋愛的な方ではなくて、人として。

 いつも落ち着いた雰囲気の彼女には、人を惹きつける不思議な魅力があるなと、今はその漆黒のポニーテールを揺らしながら慌てて言葉を訂正する彼女を見ながら考える。

 

「その、つまり言いたいのは、世界はお花畑だと思っている女の子みたいだというか、傷ついていない純粋な理想を抱いているというか、」

 

 あたふたと手を揺らして、徐々に言葉を見つけて紡いで。

 

「——貴女は、悪い人じゃない。だから忠告させてもらうけれど……貴女は、その役目は向いていない…ましてや、わたしたちなどに関わってはいけない」

 

 見届ける役目は——忘れない役目は、一度だけその優しい心で嘆いて見届けて、それだけにしてしまっている彼女には、難しくて。同時に、壁の中からただ嘆かれるのは、同胞の死をいたずらに汚す行為だから。

 …それをしっかり伝えるカイエも、優しい人間だと、私は思う。彼女が見届ける役目に相応しくないと言うことをしっかりと伝えて、彼女自身のためだからと。…彼女が、理解しているかはわからないけれど。

 

 

 そんな会話を聞いて、唐突に、なるほどと思ってしまった。

 そうだ。私は彼女に…私たちの生きた証を、覚えていてくれる人になって欲しかったんだ。共和国人が全員卑怯な人間なんだと絶望したくないと言う気持ちと同時に、生きていたことを覚えて欲しかったから、こちらから壁を破ろうとして。でも、否定されるのが怖かったから、壁に一度触れただけで私はまた、星空の綺麗な真っ暗な86区の月夜に、逃げて閉じこもってしまったんだ。

 

 

 カイエのその言葉に、え、と呆然となるパラレイド越しのハンドラーの声は、けれどその後元に戻った隊舎の雰囲気と始まった雑談にかき消されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 カイエは、私にとっては久しぶりにできた、頼れるひとだった。

 エイティシックスになってからこの方、そうそう心を許せるような人間なんていなかったし、前の隊のプロセッサー達だって、私が守る人間だったから。だから、自分と同じ希少な人種で同じような境遇だったと言うこともあってか、私は彼女にすっかり心を許してしまっていたようだ。

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

『そっちはダメです!キルシュブリューテ!』

 

 

 銀鈴の、緊迫した声が耳をつんざいて。

 

 

『え、湿原』

 

 

 

 

『ここに?どうして…』

 

 

 

 だから、やめて。

 

 

 

 

『あ…いやだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

『死にたくない』

 

 

 

 

 

 

 

 光学スクリーンの上から何かの夢か幻のように消え去った味方アイコンは、二度と戻ることはなくて。

 

 

 戦車型(レーヴェ)の注意を引いてくれていたらしいミクリの声にはっと我に帰って、そんなにすぐさま切り替えのできる自分に嫌気がさした。




 カイエちゃん(´;ω;`)

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